「鍛えすぎ」にはご用心、か⁉~「体幹」の深層筋と短距離走との不思議な関係~
さて、今回もちょっと面白い論文を見つけたので、この記事ではその紹介がメインです。
いつ頃のことでしょうか。
ある時期を境に、日本の一般的なスポーツシーンでも「体幹」という用語が頻繁に使われ始めた印象があります。
「体幹」というのはおそらくtrunkの訳語で、ほんらいは木の「幹」や人間の「胴体」という意味です。
上端では肩関節(もしくは肩甲骨)を通じて腕とつながり、下端では股関節を通じて脚とつながる部位です。
(樹木であれば枝葉に相当する)四肢の動きを支える基礎となる部分ということで、「体の幹」という語が用いられるようになったのだと思います。
この大元となる部位がしっかり安定していないと、四肢をバランス良く動かすことができません。
というわけで、競技パフォーマンスを向上させるためには「体幹」をしっかり鍛えましょう、という機運が生まれたように思います。
体幹トレの大流行
とりわけ、「体幹トレーニング」が広く脚光を浴びるきっかけとなったのは、サッカー日本代表(2024年3月時点)の長友佑都選手の存在ではないでしょうか。
2005年にサッカーの強豪・東福岡高校から明治大学に進学した長友選手。
おそらく当時は、全国的に注目されるレベルの選手ではなかったのだと思います。
明大進学とサッカー部への入部直後に、椎間板ヘルニアが再発。
リハビリも兼ねて「体幹トレーニング」に着手することに。
そして故障から復帰するや、めざましい活躍を遂げることになります。
当時の監督が、復帰後の動きを「別格」と評したとか。
パフォーマンスを著しく向上させた結果、なんと明治大学の卒業を待たずして、2008年にJ1のFC東京とプロ契約。
その後は岡田武史監督率いる日本代表にも選出され、2010年の南アフリカW杯では持ち前の走力とフィジカルを活かし、決勝トーナメント出場に大きく貢献しました。
また、W杯後は世界最高峰のリーグであるイタリア・セリエAのチェゼーナにレンタル移籍することに。
そのセリエAでも実力が認められた長友選手は、ついに世界的なビッグクラブの一つであるインテルに移籍することとなり、まさに「世界レベル」のプロスポーツ選手の一人に数えられるようになったのです。
ということで、それまで「無名」だった(と世間が勝手に思っていた)選手が、世界的に評価される選手に成長するという「大変貌」を遂げた「きっかけ」ということで、「体幹トレーニング」が大注目されるようになったと記憶しています。
もちろん、この一見分かりやすい「ストーリー」にはいくつかの留保が必要です。
➀長友選手は全国的には「無名」だったとはいえ、本当に「それほど」でもない選手だったのか
(小学生時代に、地域のクラブユースチームのセレクションに不合格だったことはあるそうですが)
②体幹トレーニングを行えば、本当にだれでも「競技力」が向上するのか
➂そもそも「体幹」というのはどこの筋肉で、どうやって鍛えるのが良いのか
など、検討すべき点がいくつもあります。
特に、②と➂はスポーツ科学にとっては重要な問題です。
胴体部の筋群、かりに一例を挙げるなら「腸腰筋」と呼ばれる深層の筋群は、かねてからその重要性が主張されていて、斯界ではなにかと注目されていました。
なので、体幹の機能と競技パフォーマンスとの関係を調べるというテーマは、スポーツ科学の世界では色々と研究が行われている領域です。
今回紹介するのは、その流れの一つに位置づけられる研究ということになります。
2019年に、日本の桜美林大学を中心に行われた研究です。
他にも、明海大や順天堂大などの研究者も著者に名を連ねています。
ちょっと面白かったのは、桜美林大学は英語表記だと「J.F.Oberlin University」というんだとか。
なんでも、桜美林の創設者(清水安三という方です)が留学した先の大学が、J.F.Oberlinという方が創設したアメリカのOberlin College(オーバリン大学)なのだそうで、「桜美林」というのはそれに由来する「語呂合わせ」ということです。
おうびりん≒オーバリン
なんですね。
なんだか江戸川乱歩(エドガー・アラン・ポー)みたい。
実験内容
さて、この実験では14人の大学陸上部に所属する男性スプリンターが被験者に選ばれました。
諸々のデータは次の通り。
年齢:20.1±1.8歳(±の数字は標準偏差)
身長:171.0±5.2㎝
体重:65.6±4.8㎏
100m走のベストタイム:11.0±0.5秒
体格は日本人としてはわりと標準的で、100m走のタイムも大学生アスリートとしてはまずまずなのではないでしょうか。
この方たちを被験者に、体幹部の筋肉の厚みを計測しました。
計測したのは以下の部位。
大腰筋(腸腰筋の一部・略称「PM」)
腹横筋(TA)
多裂筋(MM)
と、3つの筋肉の厚みを計測しています。
どれもいわゆる「深層筋」、もしくは「インナーマッスル」と呼ばれる部位ですね。
超音波画像診断によって、計測したようです。
論文によると使用機器は「ProSound C3」だそうですが……正直どんなもんなのか良く分かりません。
かつて存在した「アロカ」という日本の機器メーカーの製品で、今は日立に吸収されたようです。
実際の画像はこんな感じ。
さて、それでは結果はどうなったでしょうか。
計測結果
まず、腹横筋(TA)と多裂筋(MM)に関しては、面白い結果が出ました。
100m走のタイムと併せて分析すると、
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