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小4から不登校で公務員になった話⑤「好き」は最高の原動力

こんにちは、結(ゆい)です。

このnoteでは、長男の不登校をきっかけに、ホームスクーリングという育ち方を選択した我が家のアレコレをお伝えしています。
このシリーズは、不登校を経て社会人になっている私のことを振り返っています。
初回 小4から不登校で公務員になった話①「いい子」のエネルギー切れ

今回は、不登校をしているときに私を支えてくれたダンスについてお伝えします。

仕切り(黄緑葉っぱ)

上手くはないけど夢中になったダンス

中学校に通ってはみたものの、どうにも合わずに再び不登校になった私は、小6から始めていたジャズダンスに軸足を置き始めます。
※中学校の話は 小4から不登校で公務員になった話④中学に行ってはみたもののをご参照ください

とは言っても、私は運動神経が壊滅的なので上達スピードはカメの歩みです。それでも「音に合わせて体を動かすのが楽しい!舞台の上でライトを浴びて拍手をもらえると嬉しい!」という気持ちだけでレッスンを続けていました。

そうしているうちに、スタジオの先生が「結ちゃん、日中時間があるのなら、主婦向けのクラスや幼児向けのクラスのアシスタントをしてみない?」と声をかけてくださいました。

その先生は「学校に行っている行っていないよりも、しっかりと挨拶を出来るかどうかの方が舞台人としては大切!」というスタンスで、不登校の私に対して本当にフラットに接してくださいました。

そうして私は、昼間はアシスタント、夜は舞台に向けたレッスンというダンス漬けの生活になったのです。
レッスンは日中から夜遅くまで続くので体力的に消耗しますし、舞台までに振り付けを覚えるのはもちろん、アシスタントとしての役割もあったので頭は常にフル回転です。

ゲーム漬けの引きこもり生活からここまで変化できたのは、「好き」という感情が原動力だったからだと思います。

女子同士の同調圧力はあった

思春期女子のグループ行動が性に合わず不登校になった私ですが、ジャズダンスのスタジオも女子ばかりでした。
しかもその年齢層は小学校3年生から高校2年生くらいまでと、まさに思春期真っ盛り。中学校の時と同じように、特定のグループで固まっていましたし、上達が遅く周りの足を引っ張りがちだった私は、嫌がらせを受けることもありました。

ですが、2か月で辞めた中学校とは違い、ジャズダンスはどんなに辛くても悔しくても辞めようとは思いませんでした。

「好き」だから頑張れた

思春期女子のドロドロとした感情に触れるという条件は同じでも、ジャズダンスを続けることができた理由、それもはやり「好きなことだから」に尽きると思います。

実際、そこで経験した人間関係の機微は今の私を形作っていますし、先生から叩き込まれた礼儀作法は社会人生活にとても役立っています。

自分にとって合わないと感じる環境で直面する嫌なことはただの嫌なことでしかありませんが、好きなことを続けるために発生した嫌なことは、自らを成長させる経験になるのだと思います。

私はたまたまジャズダンスに出会いましたが、「好きなことに出会って世界が広がって行く」というのは誰もが通る道なのではないかと思います。

でもここで大切なのは、「私が自分でジャズダンスを選んだ」ということです。きっと両親が無理やり私をスタジオに連れて行って「さぁここで色々な経験をしておいで」と言っていたら…きっとこうはならなかったと思います。

仕切り(黄緑葉っぱ)

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今回は、ジャズダンスを通じて私が得たことについてお伝えしました。
次回は、高校の進路を考えたときのことをお伝えします。
↓次回↓

「夢中になれること」の効力はこちらの記事でも綴っています。
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「不登校」や「ホームスクーリング」など様々なテーマで連載をしているため、全体をまとめたページを作っています。
↓こちら↓


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