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「直感」文学

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「直感的」な文学作品を掲載した、ショートショート小説です。
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#電子書籍

「直感」文学 *底なしポケット*

「直感」文学 *底なしポケット*

 いつだってそうなのだけど、

 今履いている、このパンツの右ポケットは、

 底なしだ。

 何かを入れると、その度にそれらのものはなくなってしまう。

 そして僕には(もしかしたらこのパンツにも)、なくなってしまったものの居場所が分からない。

 それをまだ覚えている時はいいのだけど、

 ふとした習慣で何かを入れてしまうと、

 たちまち入れた物は消えてしまって、僕は非常に困ることになる。

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「直感」文学 *暇だから、タバコ。*

「直感」文学 *暇だから、タバコ。*

 「……だって、暇だからタバコ吸うんでしょ?」

 彼女が僕にそう言ったのは、散々泣き散らした後。

 騒がしい居酒屋の中で、彼女はテーブルを思いっきり叩いてから、発した言葉だった。

 ……え?最後に言うことが、それ?

 僕は呆気にとられ、ただ呆然と立ち上がった彼女を見ていた。

 「え?……暇?なにが?」

 情けない声が、居酒屋の中に立ち込めた。彼女が大声でそんなことを言うもんだから、騒が

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「直感」文学 *開けてはいけません」のドア*

「直感」文学 *開けてはいけません」のドア*

 目の前には一枚のドアがあって、「開けてはいけません」と書いてあった。

 「開けてはいけません」と書かれているからには、開けたくなってしまうのが人情というものだと思うのだけれど、それを開けるには勇気が必要だったし、なぜだか僕にはその「勇気」が伴っていなかった。

 
 僕はこのドアを開けることが出来るのだろうか?

 未来の僕はそれを知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。

 いず

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「直感」文学 *一瞬の勇気*

「直感」文学 *一瞬の勇気*

 傑(すぐる)は、なんの躊躇いもなく、少し高いその場所から水の中に飛び込んでいった。

 「おーい!お前も早く来いよー!」

 少し離れた場所から届く傑の声に、僕は足を震わせて口を閉ざしたままだ。

 「大丈夫だって!怖いのはその飛び込む一瞬だけなんだから!そこから一歩だけ踏み出しちゃえば、あとは流れの赴くままなんだからさー!」

 傑は、僕を急かすように言葉を投げるけど、

 僕はこの場所から一

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「直感」文学 *つうじる*

「直感」文学 *つうじる*

 目覚めると、そこには紛れもない現実しかなくて、僕はこの世をどう受け止めたらいいのか分からなくなってしまった。

 昨日、母親が死んだのだ。それが僕に突きつけられた〝紛れもない現実〟だった。

 もう長い事生きたさ。
 と、兄貴は言っていたけど、僕が生まれてから1秒だって母さんが生きていなかった時なんてないのだ。それを急に受け止めろと言われても、それは随分と難儀な事に思えた。

 電気を消した暗い

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「直感」文学 *風向きが変わる*

「直感」文学 *風向きが変わる*

 風向きが変わった。
 そう思ったのは、ただそう思いたいと自分が勝手に考えていたからかもしれない。
「今年一年は、とても空虚に過ぎ去っていったわ。泡がはじけるみたいに」
僕がまだ子供だった時に言った、母の言葉が今でも忘れられない。もうずっと前の言葉だ。それなのに、頭の中に残るシミみたいに、いつまでもその場所を占拠していたのだった。
「ねえ、今年一年はどんな年だった?」
妻は僕にそう聞いた。
「そう

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「直感」文学 *ただ、それだけ*

「直感」文学 *ただ、それだけ*

花を渡したかっただけ。雪の降るその日、暖かいネオンの下で僕は君を待っていた。
僕はただ、君に花を渡したかっただけなんだ。

だけど君は来なかった。だから花は死んだ。うな垂れた首が示すのは、悲しみよりも絶望に近い。

君は来なかった。あの日、待ち合わせをしたあの場所に。
ずっと一緒にいて欲しいとも言いたかった。だけどそれは傲慢過ぎる。だから、ただ花を渡したかっただけ。

だけど君は来なかった。
……

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「直感」文学 *見えない鍵*

「直感」文学 *見えない鍵*

「ああ.......」

不意に漏れたのはそんな情けない言葉だけだった。

いや、最初から間違っていたのかもしれない。

そもそも僕は自分の会社のセキュリティのことなんてあまり知らなかった。それが原因だ。

セキュリティーカードを持っている。鍵だって持っている。

それなのに、僕は会社のエントランスから出ることが出来ずに、天井からは甲高いブザー音が鳴り響いている。

ドアは固く閉ざされ、僕になす術

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「直感」文学 *十分な落ち着き*

「直感」文学 *十分な落ち着き*

 雑多とした風景が目の前に広がっている。

 ここは大して高いとも言えない3階。

 ビル群がひしめき合い、それぞれが煌々と看板の明かりを灯していた。

 待ち合わせまではまだ十分に時間があるから、僕は近くにあったこのカフェで時間を潰していた。

 やりかけの原稿を仕上げてしまいたいたかったこともあったし、なにより落ち着く場所で一息つきたかった。

 ここはそんな僕の気持ちをくみ取るように静かで、

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「直感」文学 *個人の弔い*

「直感」文学 *個人の弔い*

 毎日の日課。

 就寝前には、スマホを充電器に挿す。

 その日課は、当たり前過ぎて自分でも毎日そんなことをしていたなんて気付いてもいなかった。

 だけど今日、僕はそれに気付いた。

 なんでかって、その挿したスマホが充電を開始しないからで、いつもだったら一度ブルっと震えて充電マークが表示されるのに、今日はなぜだか表示されない。

 パーセンテージが増えることもなければ、いやむしろ、減ってく一

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「直感」文学 *僕と彼女の距離*

「直感」文学 *僕と彼女の距離*

「なあ、秘密を演じるのって、疲れない?」

 僕はただ純粋にそのように聞いた。

 彼女があまりにも自分を隠そうとするから、ただ純粋にそういった疑問を持ったに過ぎなかった。

 いや、そんなものはただの言い訳なのかもしれない。

 本当は、

 僕はもっと彼女のことを知りたかったのだと思う。

 もっと自分の心の底から、彼女の心の底まで届くような、

 そんな真っ直ぐで、一直線の”繋がり”を僕は持

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「直感」文学 *孤独島*

「直感」文学 *孤独島*

 この島に来る人は皆、「独りでいることが好きな人」ばかりだった。

 独りでいることが好きだというのに、その人たちが「集まる」っていうのは何だか可笑しな話だとも思うのだけど、それが前提条件としていると、皆その規律を守るのだった。

 ・人に話しかけない

 この島でなくても社会ではそれは普通にあるのかもしれない。
 特に僕がそれ以前にいた東京という街では。

 でもこの規律があることによって、僕は

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「直感」文学 *ジャングルジム*

「直感」文学 *ジャングルジム*

「ジャングルジム」って言葉は、なんだかその言葉自体にワクワクさせる要素があるのではないか。

 そう思うのは一つ大人になった証拠なのかもしれないと、随分と久しぶりにジャングルジムを見て思うのは僕であって、

 「わー!ジャングルジム懐かしいなー!」

 と言ったのは彼女だった。

 「これって何なんだろうな?ただ登るだけで何が楽しいんだろう……。まあ、僕も子供の時は散々遊んだけどさ」

 「登るだ

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「直感」文学 *眠れないその日の情事*

「直感」文学 *眠れないその日の情事*

 太陽はもうすぐ昇るはずだけど、外はまだ暗がりの中に潜んでいた。

 結局、私は寝れないまま朝を迎えてしまうのだろうか。暗い部屋の中でいやらしく光る携帯の画面は5時を示していて、時間を知らせるその様が、なんだか私を妙に落ち着かせたりもした。

 稀に眠れない日がある。原因は分からないし、眠れなければ次の日の仕事に多少は支障をきたす。寝てないのだから日中に眠くなるのは当たり前のことだ。

 しかし、

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