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ちいさな、ちいさな、みじかいお話。

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2017年7月の記事一覧

『短編』スタディルーム 第1回 /全4回

『短編』スタディルーム 第1回 /全4回

「いらっしゃいませ!お一人様でしょうか、おタバコはお吸いになりますか?」 
「……いや、吸わない」
俺がそう言うと、若い店員は「こちら側の席へお願い致します」と言って店内のおおよそ半分のスペースへと促した。

 今の時代珍しい。店内にある席の半分が喫煙席なんて。しかも、見ての通り禁煙席と喫煙席の人の入りは明らかに違う。これなら喫煙席などなくした方がいいに決まってる。いっそ、さっきの店員の女の子にそ

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『短編小説』最終回 逃避行 /全6回

『短編小説』最終回 逃避行 /全6回

   *

「おう、お前ここにいたのか」

朝、公園の水道で顔を洗っていると後ろから声が掛かる。権蔵だ。彼の嗄(しゃが)れた声は彼の顔を見なくても容易に分かった。

「ああ、……どうも」

「知らねえ顔がいるって聞いてたからよ、お前だったのか」

不思議に思った。この前会った時は俺をまるで他人のように扱ったのに、今はなぜか〝同族〟のように扱われる。まだ身なりはさほど汚れてはいないはずだし、そりゃ綺

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『短編小説』第5回 逃避行 /全6回

『短編小説』第5回 逃避行 /全6回

     *

「お父さんな、みなとには自由にしてもらいたいんだよ」

自分の部屋の勉強机に向かい、ひたすら何かをノートに書き続けているみなとに向かってそう言う。部屋の電気は点けず、机の電気だけを点けているせいで部屋は(いやみな)明るさだった。

「母さんの言うように、勉強は確かに大切だし、いい大学に入ることも大切だ。……だけどさ、毎日毎日勉強ばっかりやってて大変じゃないのか?もっと他にやりたいこ

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『短編小説』第4回 逃避行 /全6回

『短編小説』第4回 逃避行 /全6回

 自覚はなかったが、俺は少しずつ蝕まれていったのだと思う。加奈子との毎日の言い争いの中で、少しずつ消耗していき、俺の一部は削れていったのだろう。俺はそれに気付くことが出来なかった。もし少しでも早くその異変に気付いていれば、何か対策を案じることが出来たのかもしれない。ただ気付いた時には遅かった。気付いた時には俺は家を飛び出していた。なぜ自分がそんな行動をしたのかはっきりとした理由は見つからない。

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「直感」文学 *小さな雨粒たち*

「直感」文学 *小さな雨粒たち*

 傘を叩く雨の音は、私に何の許可もなくメロディを作らせる。

 音は自然の中で発生し、私の頭の中で調律される。

 どうしてこんなにも雨の日は楽しいのだろう。

 私はそう思えてならなかった。

 だってそれは、私の創造力を掻き立て、爆発するように生み出される。

 バーーーーーーーーーーーン!!!

 ふふ、私の頭の中で爆発した音が、また一つの音楽を生み出した。

 早く、

 忘れない内に、形

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『短編小説』第3回 逃避行 /全6回

『短編小説』第3回 逃避行 /全6回

     *

「どうして!」
部屋に高い声が響く。
「そんな大声出さなくたっていいだろう?それにみなとは受験勉強してんだから」
「だってあんたがそうさせてるんでしょ?」
「そうさせてるって、……ただちょっとそういう話をしたかっただけだから」
「だからそういうことなんでしょ!?」
「まあ、そういうことなんだけど……」
「……っもう、信じられない!」
そう言いながら、妻の加奈子は俺の体を必死に叩いた

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『短編小説』第2回 逃避行 /全6回

『短編小説』第2回 逃避行 /全6回

 大体、朝の鳥の鳴き声で毎日目が覚める。夜更かししている割には、随分と早い起床だが、どうにも鳥の声が気になって目が覚めてしまう。昔からそうだった。俺は神経質というか、音に限らず周りのあれこれに神経を尖らせていた。おかげで人間関係なんて昔から下手だった。だからこういう生活に成るべくしてなった人間だろうと思う。だからといってこの生活が自分に合っているのかどうかもまた微妙な問題だった。この生活は人と雑音

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『短編小説』第1回 逃避行 /全6回

『短編小説』第1回 逃避行 /全6回

 排他的な街。……ああ、ここで突然倒れたってきっと誰一人だって俺に気を留めやしないだろう。俺だけが認められていない訳じゃない。この街は誰にだって興味を示していないんだ、本当の意味では。
 かりそめの笑顔が至るところに見える。ああ、なんて空虚なんだろう。それでも誰一人、俺にはたとえかりそめであっても笑顔を向けてくれはしない。向けられるとすれば軽蔑の眼差し。仕方ないことだ。身なりがこれだけ汚く、辺りに

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『短編小説』最終回 少なくとも俺はそのとき /全17回

『短編小説』最終回 少なくとも俺はそのとき /全17回

「仕事のことですか?」
「仕事だけじゃない、全部だよ」
「全部って言われても……」
「深く考えることじゃないよ、ただなんとなく、ぼーっとさ、色々って思ったりしない?」
ただなんとなく、ぼーっと、って言われても彼女の言うその感覚を掴めそうになかった。まあでも確かに、色々は色々なのかもしれない。だって、うん、どうだっていいことだけど、俺は今自分の働く風俗店の一番指名が入る女の子と隣でお酒を飲んでいる。

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