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複雑で、美しい。

『Dear Coronavirus』

というタイトルのライブを、これまで福岡、北海道、東京、大阪、九州ツアーと、それぞれ単発で行ってきた唄人羽。

点を線で繋ぐように、今回4年ぶりにようやく実現した同じタイトルの全国ツアー。

きゅっと詰まった日程で、ぽんぽんぽーんと日本各地へ飛んで、それぞれの場所で待ちに待っていた人達や、一緒に旅をするようにその土地へ足を延ばした人達に唄を届ける。

これぞ全国ツアー。THE 全国ツアー。

2022年11月5日、東京公演に行ってきた。


三軒茶屋 GRAPEFRUIT MOON

18時開場。

定刻の少し前からスタッフさん達が連携をとって整列や受付をしていたおかげもあって、前回よりも確実に入場がスムーズだった。

ライブの伸び代がこんなところにあったらしい。

現状で満足することなく、より良いライブを作ろうとしている心意気が見えて少し感動した。

今回は私の気まぐれで後方の席を選んだ。後方の席から見渡す会場内は相変わらず雰囲気が良かった。

程よくお洒落で気張らず居られる。四方八方に配信機材が並んでいるのにも、もうすっかり慣れた。

ソールドアウトの客席がサワサワと埋まっていき、スルスルと会場が完成していく光景はとてもワクワクする。

それでもその時はふと何か物足りない気がした。

何がどう足りないんだろう。と考えているうちに、場内がゆっくり暗転して唄人羽がステージへ。

あ、そうか。2人がステージに立つことでこの会場は完成するのか。

と、そこでようやく、当たり前すぎてこれまで考えもしなかった事を考えた。

歩いている時に「どうやって歩いてるんだろう」と考えてしまったような、なんとも不思議な瞬間だった。


「東京!唄人羽です。よろしくお願いします」

哲郎さんの言葉でライブが始まる。安岡さんも何かしら投げかけているけれど、哲郎さんの言葉でライブは始まる。

いつも思う。安岡さんの方が圧倒的におしゃべりなのに、必ず哲郎さんの言葉で始まるのは何故なんだろう。そこに理由はあるのだろうか。

ライブ全体を大きな一曲と捉えて、哲郎さんのそれはカウントをしているようなものなのだろうか。いや、そんなのは私の考えすぎで、私が行くライブがたまたまそうなだけなのだろうか。それとも、昔からずっと応援している人なら何か知っているのだろうか。

もしかすると、それもまた「どうやって歩いているんだろう」と同じなのかもしれない。


最初にバババッと3曲。フロアに広がる音楽はギターと唄だけのシンプルなものであるはずなのに、いつものように私の所まで届く頃には信じられないくらい分厚くなっている。

音楽を作るってすごいことだなあ。

なんて、その瞬間は考える余裕も無かったもので、それをはっきりと感じたのはライブが終わってからだった。


「懐かしい唄を」

と、歌い始めたのは、私が聴けるといいなと思っていた『白紙の日々へ』

思わず油断していた私の涙腺を水分が乗り越えそうになった。

ただ、滲みはしたけれど流れてはいないからセーフとすることにする。

”駆け足て過ぎて行く日々よ 僕を追い越さないで”

という言葉で始まる『白紙の日々へ』は、中学生の頃から聴いてきた。

何度も聴いてきて、何度も考えだけれど、一度も満足する意味に出会えたことがない。

子どもだったあの頃はもちろん、今になってもまだ見つからない。そのまま受け止めようとすると、どうしても言葉と景色が不鮮明になる。

おそらくあの頃探していた答えと、今探している答えは違っていて、この先探すであろう答えも変わっていくんだと思う。

そうやってこれからも、私はこのシンプルな顔をした複雑な言葉に翻弄されながら聴くことになるんだろう。

二人を追いかけるように、いつも私の少し先を行くその言葉を追いかけるんだろう。


「今日、カバーをしようと思って」

と、中盤に安岡さんが切り出した。

昔一緒に切磋琢磨した仲間で、もう辞めてしまった仲間。懐かしそうでもあり少し寂しそうでもある表情で紹介した後に歌い始めたその曲は、私の耳にも、おそらく会場にいるたくさんの人の耳にも馴染みのあるものだった。

CHARCOAL FILTERの孤独な太陽。

当時かなり聴いていた私には非常に胸アツな時間だった。

2007年に解散をしたCHARCOAL FILTER。チャコフィル。

その人達の曲を歌う、もうすぐ23年目が終わり24年目に入る唄人羽。

「同期はみんな売れていった」「辞めるタイミングをなくしてしまった」と、いつもそんな冗談で私たちを笑わせてくれるけれど、長くやっていく中で辞めていく仲間達を見送ることも少なくなかったんじゃないかと思う。

一緒に戦った仲間が辞めていくのを見送る時、二人は何を感じるのだろう。どんな景色を見るのだろう。

そんな中で二人はずっと続けてくれる。その原動力のほんの1ミリにでも私はなれるのだろうか。私は二人の"味方"になれているだろうか。

そんなことを考えながら、私は私の無責任で残酷な"懐かしい"という言葉の影に隠れて『孤独な太陽』を聴いた。

やはり今も好きな曲だった。


勝手な感覚ではあるけれど、今回は前回の東京ワンマンよりも会場の空気が柔らかかった気がする。

終盤の『ONE MORE SMILE』が始まった時、客席全体が揺れていたのを見て強くそう思った。

それぞれが音楽に身を任せて自由に体を揺らす。後方から見るその光景は涙が出そうなほど楽しくて、嬉しかった。

その様子がステージ上の二人にも伝わっているならもっと嬉しい。

あの、圧倒的にバラバラで圧倒的な一体感はライブでないと感じられない。

と、思っていたけれど、配信アーカイブを観ているとその様子がしっかり映っていて、何度見ても楽しくて、嬉しい。


そろそろ終わりだろうか。

考えないようにしたところで、曲数からどうしても薄々感じられてしまう"終わり"が見えた時はなんとも寂しい。

それを頭の中から振り払おうとした時、何も言わずに始まった安岡さんのギター。

おそらく会場全体が最初の数音で『花火』と気付いた。

ギターを置いた哲郎さんがハーモニカを吹く。その姿に、昔の哲郎さんが見えた。気がした。

確かにきちんと歳をとっている。それなのにそのハーモニカを吹く姿。角度?クセ?よくわからないけれど、あの頃の"てっちゃん"が一瞬だけ見えた。気がした。

私だけが感じたのであれば、それはそれで嬉しい。

後から確認してみると、私がライブで『花火』を聴いたのは"あの頃"ぶりだった。

いつまでも花火のようにキラキラしている二人が、あの日の私をここへ連れてきてくれたのかもしれない。そしてまたどこかへ連れて行ってくれるのかもしれない。


配信が終わると、会場だけの内緒の時間が始まる。

その場で客席から飛んでくるリクエストにたくさん応えてくれた。

今回のツアーでは、各会場でそうしてくれているらしい。

誰かと誰かの声が被っても、全て聞き分けて拾ってくれた。もしかすると、唄人羽は聖徳太子なのかもしれない。

懐かしい曲、レアな曲、ワァッと歓声の上がる曲、いろんな曲がリクエストされた。

リクエストされた曲それぞれに、きっとリクエストした人の思いがあって、記憶があって、描く景色がある。

「その時、この曲が生まれました」「そんな気持ちを唄にしました」

今回のMCでは、安岡さんがそんな解説をすることが多かった。

私は今まで、それを聞いてしまうとその曲で浮かぶ景色が固定されてしまう気がしていた。

でも、それは自分の想像力の許容範囲が狭かっただけなのかもしれない。

自分が描く景色とまた別の景色、それらはどちらも存在して良くて、違うのもが加わることでその曲の景色が更に広がるのかもしれない。

だから、安岡さんがたくさんの景色を教えてくれたことで、私が自分自身で固定してしまっていた景色をぐーんと広げることができた。


ひとしきりリクエストに応えてくれた最後の最後。

マイクを通さず、ステージ前に腰掛けて歌ってくれたのは『雨上がりの空』だった。

私には少し前から頑張っている事があって、頑張ってみようと思い始めてから5年近くが経過した。挑戦した数は10を超えたけれど、未だに上手くいく気配が全くない。

ちょうどライブの数日前、またひとつ挑戦に失敗したところだった。

そんな状態で聴いた『雨上がりの空』は、空のコップに水が入っていくようで、全部がドバドバ私の中に入ってきた。

ちょうど一曲分、私の中にある虫歯のような空洞がぴったり埋まったところで「もうちょっとだけ頑張ってみよう」と思えた。

もちろんこの曲にも作った思いや背景があって、それは私がこれを聴いて描くものと違う。そして私以外の人が描くものともきっと違う。

だからまたそうやってこの曲の景色が広くなるんだろう。



2022年11月5日。

秋が冬に変わっていくグラデーションの真ん中。

唄人羽の音楽は、その複雑で美しい季節に似ている。

いろんな思いで会場に集まって、いろんな景色を浮かべながら、いろんな景色を描いた音楽を聴く。

その日のライブも、その複雑で美しい季節に似ていた。

全てが終わって外に出ると、グラデーションはどちらかというと冬寄りで、街は肌寒くなっていて、それなのに私の真ん中はホカホカしていて、寒さなんて気にならなかった。

ライブの後に暑さや寒さが気にならなくなるコレは、どういう現象なんだろう。

なんて、そんなことを考えるのもまた「どうやって歩いているんだろう」と同じなのかもしれない。


相変わらず私は本人を目の前にすると緊張しすぎて、サインを貰うだけで何も言えなかったけれど。

たくさんたくさん、ありがとう。


やっぱりGRAPEFRUIT MOONの配信は画質も音質もカメラワークも素晴らしかった。前回よりも凄くなっているような気がするのは気のせいだろうか。

いろんな人に観てほしい。

他の会場の配信を観ても思う。配信のクオリティがグングン上がっている。

こんなところにもライブの伸び代があったらしい。


全国ツアーはまだ続く。

ツアー最終日は12月18日の福岡。唄人羽のデビュー記念日。

私はそこへ行くことはできないけれど、そこへ繋がるグラデーションの一部にはなることができた。

各会場へ足を運んだ人、足を運ぶ予定の人、足は運べなくとも配信を観た人、配信を見る予定の人、みんながグラデーションになって最終日へ繋ぐ。



もしかして、それってとんでもなく複雑で美しいことなんじゃなかろうか。


あの日を共有した全ての人にありがとーう。

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