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舞台 「ドードーが落下する」 観劇レビュー 2022/09/23

【写真引用元】
劇団た組 Twitterアカウント
https://twitter.com/wawonkikaku/status/1540507047242104832/photo/1


公演タイトル:「ドードーが落下する」
劇場:神奈川芸術劇場 大スタジオ
劇団・企画:劇団た組
作・演出:加藤拓也
出演:藤原季節、平原テツ、秋元龍太朗、金子岳憲、今井隆文、中山求一郎、安川まり、秋乃ゆに、山脇辰哉
公演期間:9/21〜10/2(東京)、10/8〜10/9(長野)、10/22〜10/23(北海道)
上演時間:約125分
作品キーワード:青春、マイノリティ、シリアス
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆



最近では、映画「わたし達はおとな」で映画監督デビューも果たした、加藤拓也さんが主宰する「劇団た組」の舞台作品を初観劇。
加藤拓也さん演出の舞台作品は、今年(2022年)4月に上演された「もはやしずか」、同年7月に上演されたシス・カンパニー主催の「ザ・ウェルキン」に続き3度目の観劇。
加藤拓也さんが脚本を務める舞台作品は「もはやしずか」に続き2度目の観劇。

物語は主人公である信也(藤原季節)が、3年前に失踪した年上の友人である夏目(平原テツ)から電話がかかってくる所から始まる。
夏目は、以前はお笑い芸人を目指してコンビを組んでいたが、とある事件が起きたことによって彼の人生は狂い始めていき、やがては失踪に至ることになる。
そんな夏目が失踪するまでの過程とその後について、彼と主人公である信也たちを中心に描いた青春物語。

夏目が起こしてしまった事件というのは、彼が患ってしまった精神疾患によるものなのであるが、それによって家族や友人からも距離を置かれていく夏目。
そんな夏目のことを思って、しきりに働きかけようとする主人公の信也なのだが、どんな親友の間柄でも普通の世界に住む人間と、精神疾患を患ったマイノリティな人間の間には、絶対に分かり合えない壁というものがあって、その壁を容赦なく突きつけて来る所に本作のシリアスな部分を感じた。
劇中の夏目のおかしな言動に、周囲の登場人物につられて笑ってしまう部分も多々あったが、その笑いこそがそういったマイノリティを傷つけてしまうのかと考えると、終演したあとに観客側にも罪悪感を感じさせられ、胸糞悪くなる感じが「劇団た組」の作風なのだろう。

しかし、「もはやしずか」と比較すると胸を締め付けられるような衝撃的な場面はほとんどなく、個人的には想像していたよりはあっさりと終わった感覚で、もう少し心苦しいシーンが多いかと思ったがそうでもなかった。
沢山観劇をし過ぎていて、その辺りの自分の心のセンサーがバカになっているのかもしれないが。

舞台美術が非常にユニークだった。ミニチュアの扱い方、要所要所に置かれたインテリア、こんな舞台装置から一体どんなシチュエーションが展開されるのだろうかと開演中はワクワクが止まらなかった。

俳優陣も素晴らしく、信也を演じた藤原季節さんは、友人の夏目を助けようとしているがどこか空虚な感じが印象的でハマっていた。
そして、夏目役を演じた平原テツさんのあの絶妙な感じが好きだった。凄くシュールな感じがハマっているといったらあまり褒め言葉のようには聞こえないけれど、会場を湧かせるようなゲラゲラ笑いを取ることがしたいけれど、それが出来ない感じが絶妙にハマっていて好きだった。

演劇を通じて、あまり一般の方にとっては馴染みのない精神疾患についての知識を得ることも出来るし、普段想いを巡らせることのない事について考えさせられるので、多くの人に観劇して欲しいと思った。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/494595/1905210

↓戯曲『ドードーが落下する』



【鑑賞動機】

今年(2022年)4月に観劇した「もはやしずか」が、加藤拓也さん作演出作品の初めての観劇だったのだが、非常にショッキングでメンタルを抉られるくらい引きずった内容だったので、非常に記憶に残っている。そしてそんなシリアスな作風は私の好みでもあるので、また加藤拓也さん作演出作品を観劇したいと思っていた。
加藤さんが主宰する「劇団た組」の本公演であること、そして藤原季節さんをはじめ、平原テツさん、今井隆文さん、秋乃ゆにさん、山脇辰哉さんといった、過去観劇していて印象に残った俳優さんも沢山出演されていたので観劇することにした。期待値は非常に高め。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

現在、信也(藤原季節)は友人の夏目(平原テツ)から電話がかかってくる。信也は夏目が今どこにいるのか教えるように言う。そしてどうやら線路沿いにいるらしく「死にたい」的な発言も夏目はしている。それを電話越しで必死に止める信也。しかし夏目からの電話は切れてしまう。そばにいた、同じく友人で夏目のことをよく知っている庄田(秋元龍太朗)と、夏目のことを心配する。
一方夏目は、誰か違う人間と線路沿いで電話していた。夏目はその電話相手に象形文字のことについて話をしていた。「心」という漢字の象形文字は心臓だと言われているが、実は心臓ではなくて「ちんこ」なのではないかと。だが、どうやら電話越しの相手に馬鹿にされたらしく、夏目はこっちは真面目に話しているんだとキレて携帯電話をフェンスへ投げつける。
信也は、夏目の先輩にあたる鯖江(今井隆文)に夏目の件で相談する。鯖江は夏目のことについては呆れていて、もう付き合いきれないからと縁を切っていた。

三年前に遡る。
イベントスタッフをやっていた信也は、夏目やその仕事関連の仲間たちの庄田、鯖江、山中(金子岳憲)、原(中山求一郎)、それから藤野(安川まり)と大江(秋乃ゆに)の女子2人とでカラオケボックスにいた。夏目は自分の持ちネタの曲を入れて、上半身裸で踊り出す。女子2人はキャーキャー言っている。そして夏目は手を十字に組んで踊りだし、それを他の人にタッチすることで、その踊りを他人にも強要して浮かれていた。夏目につられて皆踊り出す。踊りたくない大江はずっと夏目から逃げ回っていたが、散々逃げ回った挙げ句、観念して大江も踊り始める。
夏目はその後、ウイスキーを飲みすぎてベロンベロンになっていた。そしてその勢いで、上に寝っ転がった大江とキスしてしまう。その光景を見た原は、夏目に向かって結婚して妻がいる身なのに他の女性とキスしてんじゃねえと激しく叱責する。
皆でベロンベロンに酔って眠ってしまった夏目を持ち上げながらエレベーターに乗り、外へ出す。そしてアパートに向かう。
朝になって皆は退散し、夏目と信也だけが残り、信也は眠りから覚めた夏目の話を聞く。お笑い芸人を目指してライブをしている夏目は、今度演劇に出演することが決まり、その関係で忙しくなってバイトの継続も難しくなっていて収入面でピンチなのだと伝える。

夏目は、今度オープンする中華料理店のバイトを始める。そこには同じバイトスタッフに、庄田と沙良(秋乃ゆに)がいた。バイトリーダーの坂本(山脇辰哉)がやってくる。坂本は夏目に自己紹介させる。夏目は、自分がお笑い芸人をやっていることを伝える。坂本が何かネタをやってみせろというので、夏目はネタをするのだが周囲は冷めていて滑ってしまう。たまに沙良がクスリと笑うくらい。
坂本は夏目のネタのつまらなさに愕然とし、色々と文句を付けられる。

夏目は、妻の芽衣子(今井隆文)と自宅にいた。芽衣子は夏目の最近の収入面について心配している素振りを吐露する。
夏目はしきりに、自分は早くお笑い芸人として売れて稼ぎたいと言い、意気込みだけは調子良かった。ただ芽衣子は、自分の両親も夏目のことを舐めていると言う。

信也の自宅に夏目がいる。そこへ、信也の元カノである藤野が酔っ払ってやってくる。
藤野は別の男性と付き合い始めたことを告白する。そして信也の悪い所を語り始める。信也が何しに来たんだと藤野に話しかけると、なぜ藤野の元カレのTwitterアカウントをブロックしているのかを聞きたかっただけだと言う。信也は見たくないだけだと答え、藤野を帰らせる。

カラオケボックスに夏目はナンパで青鬼(安川まり)というあだ名をつけた女性を連れてくる。青鬼は髪の色がブルーだったから青鬼とあだ名をつけたようだった。
カラオケボックスには夏目と信也の他、庄田など男性が複数いて、青鬼はそんなに男性が多いことを知らずドン引きしていた。さらに夏目がもち曲を披露して上半身裸になって歌い出したので、さらに青鬼はドン引きして去っていった。

信也と夏目は2人でいる時、夏目は何か物凄い物音がするというが、信也には何も聞こえていなかった。また夏目はカテゴライズという謎の言葉を頻発するようになる。
夏目はバイト先で、あまりの仕事の出来なさに坂本から叱られる。坂本から回鍋肉を渡され、これを2番テーブルに持っていくように指示する。その時沙良が店にやってくる。沙良はバイトが休みなのに店にやってきて、手伝おうかなと冗談を言って坂本とイチャイチャする。
その間夏目はボーッとしていて、坂本に早く回鍋肉を運べと怒られる。

坂本と沙良と庄田と夏目のバイト仲間で海に行く。坂本と沙良はイチャイチャしていて、あそこの店の回転がどうのこうのとイチャモンを付けている。庄田はそんな2人の様子に呆れる。
その時、夏目は海で溺れかけていた。そこを庄田は命からがら救い出す。
夏目は駅のトイレで寝ていた所を信也に発見されて起こされる。信也は夏目に事情を聞くと、またカテゴライズの謎の話をする。そして信也は夏目がFacebookに連投してる漢字の成り立ちについても聞き出すが、明確な回答は得られなかった。さらに夏目は、自分の電話帳に信也が「あ」と入力して一番上に出てくるように「信也」の名前の先頭に「あ」を加えているのだという。しかし、「あ」を加えているのは信也だけではなく、夏目の妻やそれ以外の人にも全て「あ」が付いているので、結局全員に「あ」を付けているだけになってしまっていた。

信也の誕生日会。
信也の周りには、庄田、山中、原、大江、藤野がいた。夏目は連絡がつかなかった。藤野は信也の誕生日に、自分が結婚したことを告げる。信也はおめでとうと言い、そこから藤野が信也に向けて悪口を言ってくるので場が冷え切ってしまう。藤野は帰っていく。
そこへ信也の携帯に夏目から電話がかかってくる。夏目は「体が死ねって言っている」と言うので、信也は大騒ぎする。
その後、信也は鯖江から夏目が統合失調症にかかっていて、その発作であったことを知り、夏目はずっと薬を飲み続けていたけれど金がなくなって飲むのを止めてしまったとのことだった。今は家族が夏目を探しているのだと言う。

3年後。
信也はまた夏目から電話がかかってきていたので鯖江に相談すると、もうこっちが心配する必要はないと言う。3年前同じようになったときも結局戻ってきたのだからと。

1年前(夏目が失踪してから2年後)。
夏目は信也たちの元に戻ってきていた。どうやらずっと入院していて退院したらしい。他のイベントスタッフ仲間が荒井由実の「ルージュの伝言」を歌っている間、信也は夏目からこの2年間で起きたことを聞く。
どうやら夏目は、バイトを辞めてしまったことが原因で芽衣子と喧嘩し、夏目が芽衣子に目掛けて薬を投げつけたことで離婚。その後、お笑いコンビの相方も結婚するとのことでコンビも解散した。
夏目の統合失調症の症状は激しくなって、なぜか相方が自分のアパートに監禁されていると思って大騒ぎをしたら、アパートの管理人が様子を伺いに現れて、夏目は自分がおかしいと思って警察を呼ぶように言った。そして警察が来ると今度はドッキリかなにかだと思って、何かおもしろいことしなければと焦って逃げてしまった。警察に疑われた夏目はそのまま捕まえられた。
その後は病院で2年間療養したのだと言う。今は一人で暮らしているのだと。
皆で「ルージュの伝言」を楽しく歌う。帰り道、大江は原から色々と口説かれて、ホテルに誘われそうになる。怖くなった大江は、夏目に電話して夏目の家にお邪魔することになる。大江と夏目は2人で同じベッドに横になる。大江が面白い話をしてと言うので、夏目は元妻との話をする。そして猫カフェに行きたいという話になる。

夏目は信也と山中に、猫を飼いたいと言い出す。信也たちは止める。食費を削って猫を飼うものではないと。夏目は就職して金を稼ぐと言う。
しかし信也は反対する。夏目には、就職せずお笑い芸人として夢を追いかけて欲しいと言う。統合失調症というハンディキャップはあるけれど、そこを夏目の武器にして売り出してYouTubeチャンネルやTikTokを始めたら、きっと夏目を応援しくれるファンも出来るはずだと。
夏目は憤る。そのハンディキャップを売りにして成功した人物はいるのかと。自分は統合失調症ということをあまり世間に知られたくなくて、それを売りにしたくはないんだと。
信也は、でももう周囲は皆夏目が統合失調症だと知っていると言う。トイレで寝てしまっていた映像はネットに上がっていたし、皆知っているから隠せないだろうと。
山中は、信也と夏目に喧嘩は止めるように言う。そして夏目に、信也は夏目のことを思っていっているのにその言い方は酷いと言う。

信也は山中から電話がかかってくる。夏目の家に子猫の死体があって凄く臭いのだと。これを始末しようとしたら、アパートのオーナーに見つかって、ペット禁止だから自分が怒られていて最悪な状況だと言う。きっと猫は猫カフェから連れてきた猫だろうと言う。山中も、もう夏目の面倒は見きれないと言う。

現在、信也はまた夏目から「死にたい」という電話がかかってきたり、夏目は大江に漢字の成り立ちについて「心」の象形文字は心臓でなく「ちんこ」だと言うと、大江に笑われたので、夏目は大江にキレて電話を投げ捨てる。

信也と夏目は会う。
夏目は、価値のない自分が見えない社会が健康的に見えるなどと言っている。信也はそれを否定する。
そして夏目は信也の頭の上に、こっちの世界にやってこれる証のような冠を被せてくれる。そして、信也と夏目で2人でクエンティン・タランティーノの映画ごっこをする。
最後に「ハッピーバースデイトゥーユー」と言って、ミニチュアの灯りが灯って上演は終了する。

統合失調症という持病を抱えている夏目というマイノリティと、その持病による辛さを分かってくれない社会の残酷な構図。
私は正直、終盤の信也と夏目の口論には苛立ちを覚えた。なぜ信也はそこまで強く夏目に統合失調症であることを強みにせよなんて言えるのか。そんなの人に公表したくないという気持ちをもっと考えて欲しいと思ったし、かなり視野の狭い発言に聞こえてしまって、私も統合失調症の患者でもないし、周囲にそういった人はいないけれど、それはまずいだろうって思ってしまったので、ちょっと信也への感情移入は出来なかった。
ここは考察パートでも触れたいとことではあるが、ちょっとあまりにも周囲の人間が夏目と向き合わなすぎて、こんなに社会って残酷なのだっけ?と思ってしまった。自分の認識が甘くて本当に残酷なのかもしれないが、自分にはそこに関して多少リアリティを感じなくてイマイチだった部分があった。
また、統合失調症ってただ幻聴や幻覚が見えるだけではなくて、象形文字やカテゴライズといった意味不明なことも言い出したりする精神疾患なのだと勉強になった。あまり身近で見たことがなかったので、色々な描写が新鮮だった。
また、時間軸を行き来しながらストーリーが展開される様子も面白かった。最初に現在が出てきて、最後にも同じ現在が登場する構図は、同じシーンの繰り返しでも見え方が全く違ってくる。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/494595/1905207


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

Twitterでの今作の評判を見ていると、「これぞ劇団た組の演出」みたいなことが書かれていて、「劇団た組」の舞台作品としてオーソドックスな舞台美術・演出だったのだと思うが、「劇団た組」初観劇の私的には色々と目新しい演出に見えて面白さを感じた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
客入れ段階では、ステージ上の下手奥に線路沿いを表すフェンス(夏目が線路沿いで電話をするシーンで使われる)、下手手前にダイニングテーブルと複数の椅子(信也の誕生日会、夏目と芽衣子のダイニングテーブル、そして夏目のバイト先の厨房として使われる)、そしてオシャレに吊り下がった照明、そして上手奥にカラオケボックスに使われるソファーと小さなテーブル(基本カラオケのシーンで使われる)、上手手前にはベッド(酔いつぶれた夏目を寝かせるシーンで使われる)があった。
そして舞台中央には例のミニチュア、正方形のベニア?の上にビルがミニチュアとして10件弱建っていた。こちらは中にある照明が点灯することで、ビルの中に明かりが灯る仕掛けになっている。客入れ中は天井から4本の鎖で吊り下げられていて、開演するとそのミニチュアがステージ床まで降りてくる。
上記以外にも細々とした舞台装置が登場する。例えば、洋式トイレの便器が登場して芽衣子がそこで用を足すシーンもあった。また、駅のトイレで夏目が寝てしまっているシーンでも使われていた。
それから海水浴のシーンも印象的。上手側のカラオケボックスのエリアとベッドを一面にブルーシートを被せて海に見立てるのが素晴らしかった。そのブルーシートに潜ってもがきながら溺れた様子を表す夏目の演技も良かった。また、そのブルーシートを全てトイレの便器に詰め込むのも好きだった。
あとは、エレベーターを描写するのに、天井から箱馬みたいなのが降りてきたのもびっくりした。それでエレベーターを表現するって驚きだった。

次に舞台照明について。
基本的には派手な照明演出はなくて、若干薄暗い感じの、劇場の壁自体が黒いのでそれらが目立つような暗い印象を感じさせる照明だった。というか劇場である神奈川芸術劇場(以下KAAT)の大スタジオが、そもそも暗い劇場な印象があるので、そもそも派手に照明を吊り込めないのかもしれない。
その代わり、インテリアの照明が凄くオシャレで可愛らしかった。例えば、下手手前にあるダイニングテーブルの上にある吊り下がった照明は可愛らしかった。それと、ミニチュアの中に光る明かりも可愛らしかった。ちょっぴり関電工のCMを想起させられた(伝わるのか?)。
あとはラストの照明演出は印象的。夏目と信也で、クエンティン・タランティーノの映画ごっこをやって、最後に「ハッピーバースデートゥーユー」といって暗転し、ミニチュアの中の照明だけ灯される。なんとなくバースデーケーキの蝋燭を思わせるが、それ以外に何か解釈は思い浮かぶだろうか。こじつけかもしれないけれど、今作は密かなハッピーエンドなのかなと思っていて、信也が夏目のことを理解したと夏目は思っていて、2人だけの世界が細々と始まったことを意味するのかなと思った。そういった意味での明かりなのかなと思った。

次に舞台音響について。
基本的にはカラオケボックスにおける音楽と効果音。
まずは音楽だが、夏目が踊り出すもち曲としてT.M.Revolution「HOT LIMIT」が使用されていた。私自身はあまりよく知らない楽曲だったが、夏目がこの曲に合わせて踊るシーンがなんとも痛くて、ゲラゲラは笑えないのだがクスクスきていた。特に青鬼がやってきたときに、「地球が青いのは、君の髪が青いから」とか言って踊りだしたのが、本当にツボだった。これは引くわ。
それと荒井由実の「ルージュの伝言」は良かった。ユーミンの楽曲はよくカラオケで歌う自分としては、凄くカラオケ行きたくなったし、ああやってみんなでマイク持って楽しそうに歌っている様子を見るとほっこりする。素敵なシーンだった。
それ以外は効果音だろうか。最初の電車の音や、人々の足音が舞台上に流れる開演は好きだった。それに合わせて、キャストも全員登場して準備する感じも好きだった。


↓T.M.Revolution「HOT LIMIT」


↓荒井由実「ルージュの伝言」


最後にその他演出について。
非常に舞台装置の使い方が何となく「ハイバイ」の舞台作品ぽいなという感じがした。舞台上に存在する装置は全て具象なのだけれど、扱い方が抽象的という言い方が適切なのだろうか。例えば、ミニチュアってビルの形をしているし具象なのだけれど、それをアパートの壁に見立ててパンチして、壁を叩く演出をしてみせたり。
それと、ここからここまでがステージという境界がなくて、上手く舞台装置の置かれていない空白のエリアも活かして作品作りがなされていた印象である。最後に夏目が舞台全体を駆け回る演出などもそうである。
序盤のシーンで、電話をしている信也と夏目以外は、みんな動きを微動だにせず固まっている演出も印象に残った。加藤拓也さんの演出ってそういうの多い気がする。
今井隆文さんが、着替えながら芽衣子役から鯖江役に切り替わるのも面白かった。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/494595/1905211


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

名前としては知っている、むしろ舞台で演技を既に観たことがある役者が多く、そして皆素晴らしかった。年齢層は若めなキャストが多い印象だが、凄くパワーが伝わってきた。
特に良かった役者について書いていきたいと思う。

まずは、主人公の信也役を演じた藤原季節さん。藤原さんの舞台作品での演技拝見は初めてだが、映画では今泉力哉監督の「his」で演技を拝見している。
加藤拓也さんの脚本の主人公は、いつも周囲の人間観察に鈍感な正義感の強い男が多い気がする。舞台「もはやしずか」の主人公だった康二もそんな感じのキャラクター設定で、橋本淳さんが演じていらっしゃった。だからこそ、結構周囲に敵も作ってしまうのかなという印象、本人に悪気はないのだけれど。
今作に登場する信也も、統合失調症である夏目のことを親友だと思って気遣っているようで傷つけている点がある。一番良い例が、夏目に統合失調症ということをネットで公開してYouTubeチャンネルとかTiktokを始めるように促すくだり。信也の立場としては夏目のことを思っていっていると思うし、それが正しいことだと思いこんでいる節があるが、それは夏目にとっては苦しめる言葉になっていることを分かっていない。そこに鈍感さがあるように見える。
そしてどこか感情表現が苦手な節があって空虚な感じを醸し出している。夏目とつるんでいたり、他のイベントスタッフ関連の仲間とカラオケでふざけているときも、どこかつまらなそうな、あまり楽しく思っていなそうな感じがあるのは私だけだろうか。そして信也の誕生日でも、どこか感情的に軽い感じが否めなかった。自分の誕生日会であるにも関わらず。
だからこそ、そんな淡白な性格の信也に嫌気が指して藤野は別れてしまったのかなと思う。藤野は、感情表現苦手だよねみたいな台詞もあったし、どことなく信也というキャラクター性を否定するような発言が多かった気がする。たしかに藤野は、とことん欧米の人たちのように大げさでも愛情表現を示してくれる男性の方が合いそうな気がする。
そして、そんな空虚な感情表現が苦手そうな、けれどなんか正義感の強いような男性をしっかりと演じきっている藤原季節さんは素晴らしいと思うし、はまり役だったなと思う。

次に、統合失調症である夏目役を演じた平原テツさん。平原さんの演技は、「もはやしずか」以来2度目。
平原さんは「もはやしずか」では、障害を抱えた息子の父親役を演じていたが、今回は全く異なるキャラクター性を持った役を演じていて素晴らしかった。
お笑い芸人を目指しているが、痛いギャグしかできない滑ってばかりの夏目だが、あまりにもウケてしまわない感じが、平原さんの演技で存分に発揮されていた感じがした。ネタが全部微妙だから素晴らしいという矛盾した評価になるが。
それと、統合失調症を患ってどんどん訳の分からない言動をする感じにも恐怖を感じられてよかった。あんなに狂気じみた演技が出来るなんて素晴らしい。
そして物語終盤に近づくにつれて、夏目の孤独さが浮き彫りになっていき、非常に感情移入してしまう。徐々に前半で夏目を笑いまくっていた自分に罪悪感を感じてきて胸糞悪くなる。
大江と2人で過ごすシーンで、夏目が自分なんて生きている価値ないみたいな自己肯定感の低い発言をしている感じが非常に辛く感じたり、ラストの自分が見えていない社会が健康的だという発言は、胸が痛くなってくる。

次に芽衣子役と鯖江役を演じていた今井隆文さんも良かった。今井さんは、たしか月刊「根本宗子」の「今、出来る、精一杯。」に出演されていた記憶がある。
今井さんしか出すことの出来ない独特な演技が好きだった。鯖江役のあの、のんびり構えた先輩オーラは凄く好きだし、芽衣子の感じも今井さんでしか出せない独特な味があってよかった。

個人的に好きだったのは、大江役と沙良役を演じた秋乃ゆにさん。秋乃さんは、山口ちはるプロデュースの「川澄くんの恋人」以来の2度目の演技拝見となる。
大江役でいくと、あのあざとい感じが本当に色気満載で、男性ならつい見入ってしまう演技だった。TM.Revolutionで踊りだしたくなくて逃げ回る大江も可愛かったし、原にずっと接触を受けて軽く流している感じが、モテてきた女子って感じがあって上手いなと感じた。
夏目と大江の2人のシーンも好きだった。夏目とはなぜか居心地が良い感じするのは男性であるが分かる気がする。原は絶対アカンだろうなと思う。マットレスに寝そべっている大江は本当に色気が半端なかった。
沙良の役も良かった。沙良は、髪型をお団子にしている感じも好きだった。バイトの自己紹介で夏目がネタをやっている時に、たまにクスッと沙良が笑う感じが好きだった。あんな女子本当にいそうだった。

そして、バイトリーダーの坂本役を演じた山脇辰哉さんも凄く面白くて素晴らしかった。山脇さんは悪い芝居の「愛しのボカン」で演技を拝見したことがあるが如何せん人数が多かったうちの一人だったので、こんなに演技をマジマジと観たのは初めてかも。
あのオカッパの髪型は、どことなく映画「ノーカントリー」のアントン・シガーを思い出すが、山脇さんの役は人殺しではなくバイトリーダー。
物凄くデリカシーのないバイトリーダーだなと思いながら観ていた。まず夏目に自己紹介させてお笑い芸人だからといってその場でネタをやらせるのはパワハラだろ。そのくらいわきまえろよと思う。そして、やたらと仕事に対する意識が高くて引いてしまう。仕事に対する意識が高いだけなら良いのだが、お笑い芸人を見下してきたりするのは許せなかった。あと海水浴の回っていない営業に茶々を入れたり。こういう人はきっと統合失調症に対しても理解はないだろう。
ただ、一つ一つの言動が面白くて、台詞のテンポが凄く良くて面白かった。ウザ面白かった。だから嫌いになれないキャラクター設定だった。そんな素晴らしい役を演じきる山脇さんは素晴らしい。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/494595/1905206


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

今作のテーマは、統合失調症というマイノリティな精神疾患を抱えた人間が感じる、周囲の普通な人間との分かりあえなさと、マイノリティな人間が感じる孤独と自己肯定感の欠如なのかなと思う。

統合失調症を描いた映画で有名なのは、2001年にアメリカで公開された「ビューティフル・マインド」である。この映画は、実在した数学者であるジョン・ナッシュの半生を描いていて「ゲーム理論」を確立した数学者として有名である。しかし、彼が没頭する研究の途中で統合失調症が発覚し、その難病との葛藤も描かれている。
今回の舞台は、同じ統合失調症患者の話でも立場が違う。ジョン・ナッシュは数学者であるが、夏目は売れないお笑い芸人である。そして世の中の統合失調症患者は、そういった平凡な世界に暮らしている方が一般的である。
私は今まで統合失調症と聞くと、幻覚が見えたり幻聴が聞こえる精神疾患というイメージだったのだが、どことなく認知症や発達障害とも近い症状も見受けられるのだなと感じた。例えば、漢字の成り立ちについて仕切りにSNSで投稿する異常性があったり、記憶が出来なくなってしまって自分で警察を呼んでおいて逃げ出してしまったり。統合失調症は誤診が多いと聞いたことがあるが、たしかに発達障害などのそれ以外の病気との区別も難しいのかもしれない。

夏目は、以前は統合失調症の症状を抑えるために薬を飲んでいたが、演劇に参加するようになって今までようにバイトに入れなくなってしまって収入が減り、金銭面的な問題から薬を飲まなくなってしまった。
ここにも、貧困問題とマイノリティが混在した社会問題があって非常に興味深いし考えさせられる。夏目としては、ずっと皆に自分が統合失調症であることを隠して生きてきていて、自分のやりたいことをやるために貧しくなった結果、持病が現れてしまった。
お笑いを目指したい、だけれど統合失調症という難病もあるし薬を飲むためにある程度のお金がないといけない。夏目にはそういった苦悩とずっと戦い続けていたのだろう。

そして統合失調症が酷くなってしまったことで、今まで築き上げてきた人間関係もほとんど崩れてしまった。お笑いコンビの解散、妻との離婚、そしてイベントスタッフ関連の仲間にも距離を置かれる。夏目の先輩の鯖江も距離を置いた。それによって、夏目は社会から自分は必要とされなくなってしまった、迷惑な存在なんだと自己肯定感を失っていくのである。
この夏目の姿がなんとも心苦しかった。夏目の異常な行動が無責任な立場であれば可笑しくも感じられるが、関係者だったら怒り狂ってしまう。山中も子猫の死体の処分に困ってうんざりしていた。そこに社会の残酷さを感じてしまう。
夏目が信頼していた信也でさえも、彼の気持ちを理解することは出来ない。だから統合失調症というハンディキャップを活かしてSNSデビューすれば良いと言う。そのハンディキャップをさらけ出す覚悟とリスクを信也は夏目のようには決して分からない。

劇団た組の作品として抉られるのは、その社会という存在に上手く観客も巻き込んでいくところ。終盤に差し掛かるまで観客の多くは夏目の可笑しな言動にクスクス笑いがこみ上げていたことだろう。しかし、その笑いこそがマイノリティな人間と自分たちとを隔てる壁だった。そしてその壁が、マイノリティをさらに苦しめる方向へ働きかけていた。
そんなエグい演出を上手く組み込んでくる加藤拓也さんは、本当に劇作家として素晴らしいと思う。
ただ個人的には、主人公の信也をもう少し夏目の気持ちを理解したキャラクター設定として描いた上で、さらに結果的にマイノリティとの壁はあるという描き方をしてくれた方が脚本としてリアリティがあって好きだったが。

最後にタイトルの意味を考えて終わろうと思う。
「ドードーが落下する」。ドードーとは絶滅したとされるアホウドリの一種である。では一体ドードーとは何のメタファーだろうか。そしてドードーが落下するとはどういう意味だろうか。
きっとここで言うドードーは統合失調症の夏目自身なのかなと思う。統合失調症というマイノリティな精神疾患を患い、社会から無価値で見えないものとされている夏目が、絶滅したとされる(この世界にいないとされているが、もしかしたらいるかもしれない)ドードーとも対応すると考えられる。
「ドードーが落下する」とは、統合失調症を抱えたマイノリティで、社会から無価値と思われているであろう夏目が、社会から転落していくさまを表しているのかと思う。
その転落を許すのか、許さないのか。そしてそこから救うことが出来るのか出来ないのか。それは信也の最後の言動が夏目にとってどう影響するのか、観客の想像にお任せしているように思う。

【写真引用元】 ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/494595/1905209


↓加藤拓也さん演出作品


↓今井隆文さん過去出演作品


↓秋乃ゆにさん過去出演作品


↓山脇辰哉さん過去出演作品


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