舞台 「もはやしずか」 観劇レビュー 2022/04/02
【写真引用元】
アミューズTwitterアカウント
https://twitter.com/amuse_stage/status/1494276074968346627/photo/1
公演タイトル:「もはやしずか」
劇場:シアタートラム
劇団・企画:アミューズ
作・演出:加藤拓也
出演:橋本淳、黒木華、藤谷理子、天野はな、上田遥、平原テツ、安達祐実
公演期間:4/2〜4/17(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:不妊治療、家族、シリアス、夫婦
個人満足度:★★★★★★★★☆☆
今年(2022年)6月には、映画「わたし達はおとな」の公開も控えている「劇団た組」主宰の加藤拓也さんの作・演出作品を初観劇。
今作は劇団た組の公演ではなく、アミューズという芸能事務所がプロデュースする公演となっている。
康二(橋本淳)と麻衣(黒木華)の夫婦は不妊に悩まされていたが、治療の末に授かった子供に半分の確率で障害を持っていると医師に診断される。
麻衣は授かった子供を産みたいと言うが、夫の康二にはトラウマがあり出産に反対して夫婦は対立するという物語。
丁度2022年4月1日から、不妊治療に保険が適用されるようになって非常にタイムリーな内容を扱った舞台作品にも感じられる。
この作品のテーマとして私が感じたのは、男性と女性の出産に対する価値観の違いと、その価値観の違いをどう必死に訴えても相手には伝わらないもどかしさである。
この価値観の違いというのは、康二と麻衣の夫婦間だけではなく、康二の夫婦と保育園の先生との間で生じる、障害を持った児童に対する接し方についても対立が起こる。
現代的な社会問題をテーマに扱っていて、非常にリアリティのある残酷さを作品に描き出しているので観劇していて非常にしんどかった。
こういった作風を扱う劇団・演劇ユニットとしては、「劇団時間制作」や「ゆうめい」などがあるが、そういった団体の作品よりも数倍しんどく感じられた。
舞台セットも凄くシンプル且つ空虚な感じで、ニトリで売られている無機質でシンプルな家具が置かれた感じ。
それがこの作品全体を良い意味で空虚で活力の感じられない印象を与えていて心を抉られた。
そして俳優陣の演技が本当に素晴らしくて、もうどこからが台詞でアドリブなのか分からないくらいリアルな会話劇で、特に康二の母役を演じた安達祐実さんや、麻衣役の黒木華さんが泣きながら訴えかけるシーンは直視出来ないくらいしんどかった。
子供を授かること、障害を持った子供を育てることの辛さを体感するために多くの人に観て欲しい作品ではあるが、これは人を選ぶ作品だと思うし、元気のある時に観劇しないとだいぶ引きずってしまう作品だと思われる。
【写真引用元】
ステージナタリー
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【鑑賞動機】
「劇団た組」の加藤拓也さんは以前から名前を存じ上げていて、ずっと彼の舞台作品を観劇したいと思ってタイミングを伺っていた。昨年(2021年)10月に上演された「劇団た組」の新作公演である「ぽに」はチケットを取っていたのだが、急遽観劇出来なくなってしまったので、「劇団た組」の公演ではないが加藤さんの作品をやっと観劇出来るという気持ちで嬉しかった。
加藤さんの作風に影響を受けた劇作家の一人に劇団papercraftの海路さんがいるが、彼の「殻」という作品も私にとって非常に好みな作品だったので、今回の加藤さん作品の観劇も期待値は高めだった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
康二(橋本淳)がまだ6歳だった時の話。康二の母である郁代(安達祐実)と康二の父である雅夫(平原テツ)は、家に保育園の先生(藤谷理子)を呼んで、彼らの子供で康二の弟が発達障害を持っていて、そのことについて話し合っていた。
雅夫と郁代は、子供が発達障害の持った児童なので保育園側としてしっかり面倒を見て欲しいと強く要求するが、保育園の先生側の立場としてはこの児童だけ特別にという訳にも難しいといった心境で、上手く濁しながら返答をしていた。その受け答えに対して郁代は保育園の先生に怒りを感じ、口論となってしまう。保育園の先生側も、発達障害のある子供に対して病院に連れていくように勧めたり、両親の愛情が足りなかったからじゃないかと反論する。
保育園の先生が帰った後は、障害の持った子供を家で誰がずっと面倒を見ているかについて郁代と雅夫で口論し始める。郁代はスーパーに買い物に行きたいのに、その子がいると買い物すら行けないのだと。
そんな夫婦喧嘩を部屋の片隅で康二は聞いていた。そして康二の横には障害の持った弟がいた。康二と弟は2人で家を出る。しかし車のブレーキ音と、車が何かを轢いてしまった音が聞こえた後、康二だけが服を血だらけにして帰ってくる。
大人になった康二は、妻の麻衣(黒木華)と一緒に暮らしていた。康二は映像のエディターとして活動していて忙しそうにしていた。
康二が部屋を去り、麻衣が一人になるとカーテンを閉めてスマホで誰かと会話を始める。田中(松井周)と名乗るその男性は、不妊で悩んでいた麻衣に精子を提供する者で、どうやら2人はネット上で知り合ったようであった。麻衣はどうやら自分の顔を相手に見せていないらしく、田中から顔くらいみせてくれたってと言われる。そして何時にどこどこで待ち合わせて精子を提供するという約束が2人の間でなされる。その時田中は、何も無しで精子を出すのは難しいから、少しくらいエロい画像を送ってくれとせがまれるが、麻衣はそういった目的で繋がる訳ではないと頑なに断る。
ある日、麻衣は家のゴミ箱に妊娠注射器を紙に包んで、さらに缶箱に入れて捨てて部屋を去る。その後に康二がコーヒーを淹れに部屋へやってきた時、偶然ゴミ箱に缶箱と紙に包まれた妊娠注射器が入っていることを発見してしまう。
康二は仕事で忙しくしていた。上司に提出した映像が一からやり直しになってしまったらしい。麻衣には、「issue(イシュー)」だの「trend(トレンド)」だのビジネス用語を使って説明するが伝わっていないようだった。
康二は仕事に向かおうと家を出るが、外付けハードディスクを忘れたと言って戻ってくる。康二はどこにやったかと色々探し回っていたが、麻衣もその外付けハードディスクを探している時、康二のバックからタバコを発見する。
麻衣は厳しく康二を叱りつける。不妊治療をしている最中であるにも関わらず、タバコを吸うなんて酷いと。以前もタバコを止めるように言ったのに隠れて吸っているなんてと。
康二は少しナヨっとした態度で謝罪して、特に反省している様子には感じられなかった。
ある日の夜、麻衣は康二に向かって嬉しそうに妊娠注射器を見せて妊娠したことを知らせる。2人とも嬉しそうに抱き合う。
ある日の日中、麻衣は妹の香里(天野はな)を家に呼んで話をしていた。麻衣はどうやら康二に対して不満らしく、不妊治療中にタバコを止めていなかったことや、妊娠に対してそこまで前向きではないのではないかと愚痴を吐く。妊娠して、康二も部屋で自慰行為する頻度も増えたと。
香里に、ではなんで康二と結婚したの?と麻衣は聞かれる。そこでやっと麻衣は康二のことが好きだと言う。
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ステージナタリー
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ある日の夕方、その日は康二は早く仕事が終わって家に帰ってきていた。そこへ麻衣が帰ってくる。麻衣は産婦人科で診断してもらった帰りだった。麻衣はもし仕事が早く終わったのなら康二に迎えに来て欲しかったと言う。康二はなんだかんだ迎えに行けなかった言い訳を言っている。
そして麻衣は、今日の産婦人科での診断で、産まれてくる子供に1/2の確率で障害を持っていると言われたことを告げる。康二は「なるほど」と言う。麻衣は彼の「なるほど」に苛立ち、「なるほど」ってどういうこと?と聞き返す。
そこから康二と麻衣で口論が始まってしまう。麻衣は絶対に今お腹に授かっている子供を産みたいと切望する。産まれてくる子供が障害を持っているという診断結果を聞きたくないから、医師には診断結果を伝えないようにお願いすると言う。一方、康二は障害を持って産まれてくるのならいっそ産まない方が良いと言う。
麻衣はお腹に授かった子供に障害を持たせてしまったのは、康二がタバコを止めなかったからだと責める。そして泣き出す。
劇中ではこの時しっかりと描かれていなかったが、その後康二と麻衣は離婚する。
康二が6歳だった過去に遡る。障害を持った弟が亡くなってしまった後の話。
郁代と雅夫の元には、再び保育園の先生が訪れる。保育園の先生は、郁代と雅夫の息子が亡くなってしまったことを心からお悔やみ申し上げると言った後に、自分はNPO法人に所属していてそちらに加入しないかという誘いをする。NPO法人に加入すれば夫婦ともども寄り添えると。
その勧誘に郁代はキレる。どこまで空気の読めない人なのかあなたはと怒鳴る。そして口論が始まる。雅夫も怒りがこみ上げて声にならない声を上げながら包丁を持って保育園の先生に襲いかかる。
その時、康二は壁を噛むような形で口に入れていた。どうやら康二は弟を亡くしてから、ティッシュやその他家にあるモノを口に入れる癖が治らなくなっていた。
時間が戻って康二と麻衣が離婚して数カ月後の話。
康二の家には前田(上田遥)という女が居候していた。前田は康二にしつこく離婚した麻衣の存在について聞いてくる。なんで離婚したんですか?とか、なんで子供いないのに離婚しちゃったんですか?とか。
その時チャイムが鳴る。康二がインターホンを覗くと、そこには麻衣と郁代と雅夫の三人がいた。康二は突然の彼らの訪問で、しかも家の中に前田という女性がいるという状況で、どうやって迎え入れたら良いのかと困惑する。麻衣とは離婚してから一度も連絡を取っていなかった。
前田はマッサージをしに来たという体でその場にいることにし、3人を迎え入れる。
麻衣から大事な話があるから、マッサージ師には帰って欲しいと言い、前田は家を出ることにする。郁代からは随分変な服装をしたマッサージ師だと言われる。前田は部屋を出ていく。
麻衣は、無事子供を出産して今7ヶ月といった所だが、今の所障害を持っている訳ではなく元気に育っていると言う。そこで、麻衣も仕事に復帰したいし再婚して子供を育てないかと提案される。
郁代も雅夫も麻衣の提案について肯定的で、康二はもし産まれてくる子供が障害を持っていたら、亡くなった弟と重ねてしまい辛かったからだろうと推測していて、産まれてきた子供が障害を持っていないのであれば、安心して子育て出来るんじゃないかと思っていた。
しかし康二は麻衣の要求を受け入れず、再婚することに反対した。康二は別に子供が欲しい訳ではなかったからである。それに、麻衣が自分以外の他の男性から精子を提供していたことも知っていたんだということを暴露する。郁代も雅夫もその事実は初耳だったので驚き、麻衣に厳しい眼差しを向ける。だから今の7ヶ月の子供も自分の子供ではないのではないかと。
麻衣は他の男性から精子提供を受けていた事実は認めたが、今産まれてきた子供は康二との子供であると主張した。
康二は、6歳の時に目の前で障害を持った弟を亡くしてしまったことを語り始める。弟は両親(つまり郁代と雅夫)の前ではギャーギャー言っていたが、康二の前ではおとなしくしていた。だから自分は弟を世話出来ると思っていた。
康二は弟を外へ連れ出して保育園の送迎バスのバス停まで歩いた。しかし弟は車に轢かれて死んでしまった。
康二はずっと脳内でシュミレーションをしていたと言う。
麻衣が最近の康二の仕事について気になるというので、最近作った映像を観せてと言う。麻衣と郁代と雅夫は康二の創った映像を再生し始める。
舞台全体は暗くなり、下手側の白い壁には大量の血が滴り始める。車のクラクションの音がして、車がぶつかる音とともに、キッチンの引き戸が勝手に開かれ、子供の形をした人形が大量に放り出される。
その人形を康二はひたすら口に入れてむしゃむしゃ食べているのだった。ここで物語は終了する。
康二のトラウマである弟を目の前で亡くしてしまった6歳の時と、康二と麻衣とで不妊治療を続けて子供が授かる時の2つの時間軸を同時並行で描きながら、康二がなぜ子供を育てるということに対して否定的になってしまったのかに迫るといった感じ。
とにかく諸々の社会問題がそこには詰め込まれていて、不妊治療など耳では聞いたことはあったけれど、実際これだけ大変なことで犠牲も大きいものなのだと改めて痛感させられた。
また立場の違いから、お互いの主張が相手に伝わっていなくて口論に発展してしまうもどかしさも非常に感じられた。誰も悪くはない、保育園の先生だって立場上あのような振る舞い方しか出来ない。しかし言葉を伝えるって難しくて、特に子供を亡くすといったメンタル的にダメージを受けたことに対してはセンシティブになるので、ちょっとした言葉のかけ方のミスによって大事故をおこしかねない。
それぞれの登場人物の心境については考察パートで触れることにする。
【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/472368/1795179
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
世界観・演出も、凄くシンプルで空虚な感じで、それがまた作品が与える影響をよりしんどいものにしている感じがした。それは舞台装置が与える印象が大部分を占めるのだけれど。
舞台装置、照明、音響、その他演出について見ていく。
まずは舞台装置から。
シアタートラムってそんな客席の配置が出来たのだと驚いた。なぜかというと、中央にステージが存在して、その両サイドに客席が配置されていたからである。シアタートラム入り口からみて奥側と手前側に客席があって、客席がステージを挟む形で配置されている。客席によって舞台の見え方も異なるであろう。
ステージはシアタートラム入り口手前側から観ると、下手側に玄関へ通じるでハケがあって、奥へずっと通路が伸びている。舞台中央にはキッチンが縦に配置されていて、このシンクの引き出しが、下手側方向へ自然と開くギミックになっていて、そこからラストシーンの子供の人形が飛び出すようになっている。
キッチンにはもう一つ、麻衣が妊娠注射器を隠して捨てたゴミ箱もしまわれている。また、コーヒーメーカーもそこに保管されていて、康二が度々それを使用している。
一番上手側には、奥側にテーブルと椅子が用意されていて、このテーブルで保育園の先生と郁代、雅夫夫婦が口論するシーンが描かれる。そしてそれよりも更に上手側にソファーが置かれている。ソファーでは麻衣が田中と精子提供をやり取りするシーンなどに使われる。
舞台装置は完全に一般家庭のリビング、キッチンといった感じで、ニトリで売られている家具を揃えたような無機質でシンプルなデザインのもので統一されている印象。それがまた、この作風を空虚でしんどいものにさせている。
次に舞台照明。
基本的にはおしゃれな黄色い温かみのある照明が全体を照らし出していた印象。場転も完全な暗転は最後以外はしていなかったと記憶していて、暗く青い照明が点けられていたと記憶している。
照明も普段小劇場で吊り込まれているようなものではなく、シーリングライトを天井に沢山吊り込んでいる感じが、舞台装置ともマッチしていてよかった。
あとは、ソファーの近くに大きなフロアライトがあって、それも黄色い温かみのある照明を照らしていて印象に残った。
次に舞台音響。
場転中に流れる、緊迫感を感じさせるような「キーン、キーン」という音が凄く印象に残っている。ずっとヒリヒリさせられる舞台作品であるが故に、音響効果によってもその感覚を助長される。
また、障害を持った康二の弟の声をスピーカーから流していたようだが、序盤というのもあったか少し違和感を感じた。人形を人間に見立ててスピーカーから声を出すという演出に慣れていなくて、嘘くささを感じてしまったからかもしれない。
あと、松井周さんが声を務める麻衣の精子提供をしたおじさんが本当に良かった。ちょっと不気味な感じがする声が良かった。ネットで繋がって少し低俗な感じというか、エロい画像まで求めてくる感じが非常に怖く感じられた。
最後にその他演出について見ていく。
まず印象的だったのが、序盤のシーンの障害を持った康二の弟を人形で表現して、声だけスピーカーから流すという演出。先述した通り、こういった演出手法を慣れていない上に、物凄く嘘くさく感じられてしまって違和感を感じたのだが、そういった演出をとった裏側を考えてみる。最初フライヤーデザインから、藤谷理子さんがそういった役を務められるのかなと思ったがそうではなかった。この作品において、障害者って結構モノ扱いなのかなとも思った。保育園の先生と郁代・雅夫が障害を持った子供を挟んで口論する。麻衣と康二が不妊治療によって授かった子供も対立を産む引き金。本来は一人前の人間である存在を、あえてモノで表現するところで、この作品が映し出す残酷性が助長されている気もする。
次にラストシーン。あれはおそらく康二が6歳の時から抱えていた脳内シュミレーション。白い壁から大量の血が流れてきて、子供に見立てた人形が投げ捨てられるかのように放り出される。非常に視覚的にも聴覚的にもインパクトを残す演出で怖かった。特に血が流れてくる演出は、どことなく映画「シャイニング」を想起させる。また気になる点としては、麻衣と郁代と雅夫が康二の創る映像を見始めたタイミングで、そのラストシーンに繋がる点。康二が創作していた映像って、6歳の時に抱えていたトラウマを表現するものだったのかと考えると恐ろしい。
あとは康二はどうして弟を亡くしてから、無性にモノを口に入れるようになったのだろう。そのヒントがラストで描かれる。それは、事故に遭って亡くなった弟を康二が食べていたということである。なんでそんな行動に出たのかは理解し難いが、おそらくとんでもない衝撃を幼い時に経験した反動なのだろうと思っている。
【写真引用元】
ステージナタリー
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
出演されている俳優陣はとにかく素晴らしい演技で、ずっと圧倒されていた。会話が噛み合わず口論に発展する感じ、必死で主張したいことはあるのだけれど、それが上手く表現出来ず伝わらない感じ、そして涙する演技。全てがどこからが台詞でどこからがそうでないのか分からないくらい自然体の会話劇に見えて素晴らしかった。
印象に残った俳優を紹介する。
まずは主人公の康二役を演じた橋本淳さん。橋本さんの演技を観劇するのは初めてだが、シス・カンパニーや劇団た組、城山羊の会など数多くの舞台作品に出演されている他、テレビドラマや映画にも多数出演されている。
今回の康二という役は、優しそうではあるけれど夫としては少々頼りない感じのキャラクター性。あまり主張は激しくない、けれどラストシーンだけ過去のトラウマについて激しく主張していた。これはきっと、弟が障害を持っていて自分が彼を世話しないといけないという使命感から、自分の主張というものをしてこないで大きくなってしまったために、主体性のない人格になったのかもしれない。
とにかく橋本さんは非常にはまり役で素晴らしかった。自分もこの役には親近感を感じるので、観劇していて非常に辛かった。でもそう感じさせるくらいあっぱれだった。
次に麻衣役を演じた黒木華さん。黒木さんもテレビ出演をかなりされている有名な女優さんだが、演技を生で観るのは初めて。
麻衣はずっと子供が欲しいけれどなかなか授からず、不妊治療を受けていた。それでも授からなくて焦って、ネットで精子提供してくれる存在を探したくらいだった。康二と麻衣という夫婦で見てみると、麻衣の方が主導権を握っていそうな感じはした。
一番印象に残っているのは、授かった子供が障害を持っているかもしれないと知った時、自分は子供を産みたいのに康二は過去のトラウマから消極的であるシーンの麻衣の泣き崩れるシーンが非常に観ていて辛かった。それは泣いちゃうよって思うし、こんな辛いシチュエーションは観ていられないよと思ってしまう。
黒木さんの演技は凄く可愛らしくもたくましい、それがこの麻衣という役にはまっていて素晴らしかった。
保育園の先生役の藤谷理子さんも素晴らしかった。藤谷さんはヨーロッパ企画所属の女優ということで、「夜は短し歩けよ乙女」と「九十九龍城」で演技を拝見したことがある。
今回は空気の読めない保育園の先生役だったが、普通に客席から観ていると、こいつどんだけデリカシーないんだとびっくりしてしまうが、でもよくよく考えたら言葉選びがそこまで上手くなくて、そして保育園側の対応としたらそれしか出来なくて、結果人を傷つけるつもりはなくても傷つけてしまうのかなとも思った。
その辺りの話し方だったりが藤谷さんは非常に上手かった。
康二の両親に当たる、郁代役の安達祐実さんも雅夫役の平原テツさんも非常に素晴らしくて、演技を観ているだけで辛かった。
郁代のあのどんどん怒りのボルテージがあがっていく感じが、こちらの感情まであがってきて、自分も一緒に保育園の先生に向かって怒鳴りたい気持ちにさせてくれる。
雅夫は、包丁を持って保育園の先生を襲うシーンが本当に怖かった。あの言葉にならない声が非常に感情を物語っていて好きだった。
【写真引用元】
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)
加藤拓也さんが描く作品は、だいたい内容の方向性というか作風は想像ついていたが、ここまでメンタルを抉られるくらいしんどい作品だとは思っていなかった。とりわけ、主人公の康二がちょっと自分とも似ていて親近感を感じたので、非常に観ていてしんどかった。
ここでは、それぞれの登場人物について深く考察していこうと思う。
まず主人公の康二は、6歳の時に目の前で障害を持った弟を事故で失っている。それがトラウマとなってずっと脳内でリピートされ続けいていて、子供を育てるということに対して抵抗を感じてしまっている。しかしこの康二というキャラクター性には少し不思議に思う箇所がある。
まず、なぜ子供が産まれても育てられる自身がなかったのに、出産願望の強い麻衣と結婚したのだろうか。劇中では、普通誰だって子供は欲しいと思うものだと康二が言っていたので、子供が欲しいという感情を持っていたこともあったようで、観劇直後はずっと疑問に感じていた。
しかし、今改めて振り返ってみると、おそらく康二は子供を育てるということに対して認識が甘かったのではないかと思っている。男性は実際に子供を産む訳ではないので、自分の子供という自覚や認識が女性と比べて甘いという言葉を聞いたことがある。きっと麻衣と結婚する時は、軽い気持ちで子供欲しいと言っていたんじゃないかと思う。でも実際産まれてくる子供が障害を持っているかもしれないと言われ始めて、初めて子供を育てることの大変さみたいなものを想像したんじゃないかと思う。
実際、康二は不妊治療を麻衣がしていた時にはタバコを吸っていた。タバコは精子にとって悪影響なので不妊治療中は禁煙というのが鉄則、それでもタバコを吸っていたという訳なので、出産ということ自体甘く考えていた、またはそこまで子供をつくりたいと思っていなかったのかもしれない。
康二の振る舞いや様子を観ていると、どこか空虚で頼りない感じが伺えて、自分の意志というものをあまり感じなかった。だから麻衣に厳しく言われてもヘラヘラしていたし、仕事でもクオリティとして大丈夫だと思っていた映像が、上司のチェックで一からやり直しになっていた。
これは康二の育った環境にも依存しているような気がする。康二はいつも障害持ちの弟の世話をしていた。両親もいつも障害持ちの弟に視線を向けていて、康二のことはかまっていなかったのかもしれない。弟が亡くなってからも両親の気持ちは、ずっと亡くなった弟にあっただろう。そういう環境だと、康二はきっと自分の主張がしずらい環境で育ったがために、自分の意志を主張できない頼りない人格となったのかもしれない。
最後に保育園の先生について。観劇中はなんてデリカシーのない先生なのだと感じていたが、保育園側の立場からするとあのように振る舞うしかなかったのではないかという気持ちもしてくる。よくよく考えてみれば、先生も非常に言い方を考えながら話していたようにも思える。ただ若い先生なので言い方が上手くなかったりで、郁代と雅夫を怒らせてしまったのではないかと。
やはりここでも、お互いの主張の分かりあえないもどかしさを感じられる。
不妊治療の保険適用は実現され、前よりは治療を受けやすくなったのかもしれない。しかし、子供を産む育てるという姿勢と覚悟、それから産まれてくる子供には障害があるかもしれない、その障害を持った子供を育てる責任というのはここまで辛いものであるというのを非常に深く知ることが出来たという意味では、良かったのかもしれない。
【写真引用元】
ステージナタリー
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