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2019/12/13 舞台「今、出来る、精一杯。」観劇

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公演タイトル:「今、出来る、精一杯。」
劇場:新国立劇場 中劇場
劇団:月刊「根本宗子」
作・演出:根本宗子
音楽:清竜人
公演期間:12/13〜12/19
個人評価:★★★★★★★☆☆☆

【総評】
月刊「根本宗子」10周年である2019年最後の公演として、2013年に大ヒットした「今、出来る、精一杯。」を音楽劇としてリメイクした舞台。
根本宗子演出の作品は初めて鑑賞したが、非常に繊細で現代社会に生きる僕らにとって深く突き刺さる内容だったのではないかなと思った。
人はみんな違うから皆精一杯出来ることも限度も違う。だからこそお互い傷つき合ってしまう。お互いの気持ちを思いやり、理解することの重要さも伝わってくる傑作だった。
また回転舞台の活かし方、音楽の使い方、私の想いと名付けられたダンサーの演出がとてもユニークだった。こういった発想が出来る凄さに根本宗子さんの鬼才さがあるのではないかと思った。
とても透き通るようで繊細で、でもメッセージ性には熱いものが感じられる。観て良かったと思える素晴らしさ。音楽劇が好きな方は必見、舞台を見たことない方にもオススメしたい作品。

【鑑賞動機】
劇作家の根本宗子さんは結構有名なので以前から知っていて、しかし彼女の作品は一度も見たことなかったのでこの機会にと観劇。
2013年に一度大ヒットしている彼女の代表作の再演だというのもあって期待値はかなり高めだった。わざわざ時間のない中金曜の夜に観劇した。

【ストーリー・内容】
舞台は、中学時代の徒競走での金子優一(小日向星一)による事故が原因で車椅子生活となった長谷川未来(根本宗子)が、5年間付き合っていた彼が手料理を食べてくれず別れるに至るシーンから始まる。

OP音楽を挟んで、メインの舞台となる「ママズキッチン」という名のスーパーマーケットのバックヤードに移る。そこでは、篠崎ななみ(伊藤万理華)と久須美杏(春名風花)の若い女性2人がアルバイトとして働き、そこには小笠原大貴(水橋研二)という店長と、彼と一度だけ性的関係を持ったことがある利根川早紀(池津祥子)、バイトリーダー的な西岡加奈子(内田慈)、長谷川を車椅子生活に追い込んでしまった自責の念から吃音症となってしまった金子優一、そして付き合っている矢神亮太(今井隆文)と遠山陽菜(川面千晶)が働いていた。
そこに仕事は真面目に頑張りそうだが、中国出身のため片言で名前の覚え方が独特な坂本順子(瑛蓮)がアルバイトの面接に赴き、「ママズキッチン」で働くこととなる。

その後に、安藤雅彦(清竜人)もアルバイトの面接にやってきて合格するが、彼は恋人の神谷はな(坂井真紀)と同棲しており、それまでの生活費はほぼ彼女が出資していてしばらくニートを続けていた。
やっと「ママズキッチン」で働くことができる安藤だったが、バックヤードでの店長と利根川の関係性、そこを妬ましく思う篠崎、といったドロドロとした人間関係にうな垂れてしまい、落ち込んだまま家に帰る。
しかし、いつもは優しく励ましてくれた神谷だったが、その日は友人の死別と重なって安藤を支える余裕が持てなかった。そういった状況が二人の不和を生んでしまい神谷は家出をしてしまう。ここで休憩が入る。

物語後半は、吃音の金子はずっと好きだった遠山に気持ちを伝えるも振られてしまい、お互い心に傷を負わせてしまった金子と長谷川が10年越しに本音をぶつけ合う、篠崎は店長のためならと利根川の性欲処理を自らが引き受ける、安藤は神谷家出後に彼を優しくしてくれた西岡を殺害してしまうが、戻ってきた神谷はその光景を見てなかったことにして二人で逃走しようとする。

登場人物それぞれが皆生きながら違う困難に立ち向かっている、その生き苦しさがとてもよく伝わってくるほど、登場人物各々の人物像を上手く掘り下げられていて良かった。

【世界観・演出】
まずは回転舞台を上手く生かした大道具のユニークさ・新規性には驚いた。「ママズキッチン」という大きな文字を舞台の中央に据え置き、舞台後方に生演奏者たち、右端にピアノ、中央はバックヤードにもなったり、安藤、神谷の住むアパートにもなる不思議な配置だった。店内で働く人間の様子が「ママズキッチン」の文字の後方で見られるのはとてもユニークで面白かった。物語後半になると舞台が回転して、「ママズキッチン」の文字の後ろに取り付けられている空中の長い通路で、車椅子の長谷川と金子が言い合う作りが非常に印象的で上手いと思った。ラストシーンの舞台を半分回転させて、斜めの角度で複数のシーンの演技を同時に行う演出もとてもユニークだった。
そして、なんといってもこの舞台は音楽劇ということで生演奏が良かった。あまりうるさくなりすぎず、繊細で透き通るような音楽がとても印象的。特に、木琴による陽気な演奏、バイオリンによる静かで重みのある演奏、ピアノによる演奏、先週観劇した「ミー・アット・ザ・ズー」とはまた一味違う生演奏劇で、今回は女性奏者ということもあり繊細で綺麗な演奏だった。
他にも要所要所ユニークな演出が多く見られ、例えば「私の想い。」と名付けられた物語上は登場人物とはカウントされないダンサーたち、前説やカーテンコールのない構成はとても独特だった。何か意図でもあるのだろうか。

【キャスト・キャラクター】
今回の作品で一番演技が素敵だったのは、安藤を演じる清竜人さんと神谷はな演じる坂井真紀さん。
清さんは音楽も手がけながら演じて歌えるって本当に素晴らしいことだなと思った。音楽のセンスや歌も物凄く素敵だったのだが、今回圧倒されたのは演技そのもので、引っ込み思案でメンタルが弱く外でやっていけなそうなキャラクターを演じるのがとても上手かった。あの脱力感、力の入っていない感じ、なよなよした感じがとてもナチュラルなので、どうしても女性から見るとそういった弱さが魅力的に写ってしまうように感じた。
そして坂井さんは、今まで懸命に安藤を支えてきたしっかりものの女性という感じが自然とあって好きだった。特に、友人との死別で家に帰ってきた時、ただでさえ精神的に疲労している中安藤を支えるなんてそれは無理、それを上手く伝えるあの辺りがとても印象的で素晴らしかった。

あとは個人的に好きだったのが、遠山演じる川面千晶さん。彼女はハイバイに所属している女優のようである。失礼な言い方だがちょっとふっくらしたあまりモテるタイプではないが、彼氏が出来て(おそらく初めて?)テンション上がっちゃってるあの感じが実によく表現されていて、この人演技上手いなと思えた。
それと吃音しながら演じている小日向星一さんも力強い演技、特に物語後半がとても印象的で良かった。あそこまで感情のこもった演技ができるって素晴らしい。
長谷川役の根本さんは、車椅子生活をしているのにあそこまでエネルギッシュな熱演に若干違和感は覚えたが、これもこれでありかなんて思いながら観ていた。

【舞台の深み】
この舞台には、色々なタイプのキャラクターが登場して皆個性が違う。だからこそ、当然今まで生きてきたバックグラウンドも違えば、価値観や考え方も大きく違う。自分が生きることに対してしっかり向き合って精一杯出来る度合いも違う。だからこそお互いに衝突してしまう。
一番良い例が安藤と神谷、安藤は人付き合いが元々得意ではないからアルバイトすることだってお金を稼ぐことだってやっと、そんな彼には神谷のようなしっかりしている優しい彼女が必要だった。しかし、人間いつでも人のために支えられるほど強靭ではない。友人を亡くすといったことがあれば、それは支える余裕なんてなくなる。しかし、そういったことってなかなか他人だと伝わりづらい。どんなに長い時間一緒に居ようとも、その人は自分にとって他人でしかない。長谷川の五年付き合った彼氏もそうだった。だからお互いが衝突してしまう。今、出来る、精一杯のバランスが崩れてお互いが納得しなくなった段階で。

いや、ほんとに今作のタイトルはこの作品にピタリと一致するタイトルである。
バックヤードをとっても、金子はずっと吃音に悩まされながら生きてきて相手にされることもなかったが、遠山だけは優しくしてくれて好きになってしまった。しかし遠山には矢神という彼氏がいて彼との関係性を壊せるほど自分に自信なんてない。お互いに精一杯出来ることがぶつかってしまって衝突が起きた。
篠崎も今自分に精一杯出来ることは、好きな店長のために利根川の性欲処理を行うことだった。しかし友達の久須美はそんなドロドロした状況がどうしても受け入れられなかった、バイト先を出て行くしかなかった。

様々な人間の姿を通して、自分も精一杯生きよう、出来ることからしていこうと思わせてくれる傑作だった。

【印象に残ったシーン】
一番印象に残ったシーンは個人的には、第一幕のラストシーンの安藤と神谷のすれ違い。お互いの事情をこと細かくシーンでやってきているので、どちらの身にも共感してしまう。だからこそ辛く悲しい。特に神谷さんがもう可哀想すぎて辛かった。ここは自分も泣けたが、観客の多くも泣いていた模様。
それと、舞台全体のラストシーンも印象に残った。何と言っても、舞台の使い方がすごかった。空中通路と、ソファー席と玄関。あれを一気に見せる舞台設計って凄いと思った。

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