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舞台 「猫、獅子になる」 観劇レビュー 2022/11/12


【写真引用元】
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https://twitter.com/haiyuza/status/1589825935263797248/photo/1


【写真引用元】
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公演タイトル:「猫、獅子になる」
劇場:俳優座劇場
劇団・企画:劇団俳優座
作:横山拓也
演出:眞鍋卓嗣
出演:岩崎加根子、塩山誠司、清水直子、安藤みどり、志村史人、若井なおみ、野々山貴之、小泉将臣、滝佑里、高宮千尋
公演期間:11/4〜11/13(東京)
上演時間:約125分
作品キーワード:8050問題、ヒューマンドラマ、家族、演劇部、猫の事務所、泣ける
個人満足度:★★★★★★★★☆☆



大阪の演劇ユニットである「iaku」の横山拓也さんの新作戯曲を、劇団俳優座の公演として眞鍋卓嗣さんの演出によって上演された舞台作品を観劇。
岸田國士戯曲賞ノミネート経験もある横山さんの戯曲を眞鍋さんの演出によって上演されるのは今回が3度目であり、2018年に上演された「首のないカマキリ」、2020年に上演された「雉はじめて鳴く」に続く。横山拓也さんの作品は、「逢いにいくの、雨だけど」(2021年)、「フタマツヅキ」(2021年)、「あつい胸騒ぎ」(2022年)に続き4度目となる。
眞鍋さんの演出作品の観劇は初めて。

今作は、現在の高齢化社会の日本で大きな社会問題となっている「8050問題」を扱っている。
「8050問題」とは、80代の親が、自宅にひきこもる50代の子供の生活を支えていて、親が高齢化することで自分自身も介護等が必要となっていって、経済的にも精神的にも行き詰まってしまう家庭が増えている社会問題を指す。
この物語でも、中学時代に演劇部に所属していた蒲田美夜子(清水直子)が、演劇部時代にとある事件を起こしてしまったことをきっかけに、その出来事がトラウマになってしまって50歳までずっと引きこもり状態になっていた。
一方で、その母親である蒲田妙子(岩崎加根子)も高齢になってしまい、買い物に出かける途中に玄関で転んで入院してしまう。
美夜子の妹であり、妙子の次女である岬野朝美(安藤みどり)は結婚して自立していて、朝美の24歳の娘の岬野梓(滝佑里)は、劇団ドリームランドに所属して演劇活動をしている。
その劇団で今度上演されることになる宮沢賢治の「猫の事務所」と、美夜子が引きこもりになってしまった原因をリンクさせながら、「8050問題」が起きてしまった蒲田家のそれぞれの立場の人間の衝突と、人間ドラマを時には残酷に、時には優しく描いていく物語。

私自身、「8050問題」という社会問題自体を恥ずかしながらよく知らなくて、今作を観劇して初めて触れることが出来たのだが、まずこういった事実が日本社会で至る所で起こっているということに対して、もっと多くの人に知ってもらうべき事象だと思ったし、こういった内容を題材として扱った舞台作品が、こうやって上演されることに非常に意義があることだと感じていて、観劇出来て本当に良かったと思っている。

さすがは横山さんの戯曲というのもあって、同じ家族でもそれぞれ立場が違うからこそ対立してしまう、誰も悪いわけではないのに傷つけあってしまう世知辛さを痛感させられる描写は、涙なしでは見られなかったし、人間の描き方が非常に丁寧だと改めて感じさせられた。

そして宮沢賢治の「猫の事務所」自体も、私は内容も知らず触れたことがなかったのだが、ラストの展開で「そうつながるのか!」と合点がいって、最後にその内容が分かったからこそ、なぜ美夜子が引きこもりになってしまったかへの解像度も上がって、戯曲としての巧みさを感じられた。

物語としても非常に良く出来ていて、なんでこうも横山さんの脚本はいつも素晴らしいのだろうと感心させられるし、「8050問題」という日本人が絶対に知っておくべき社会問題にも触れられて、多くの人に観て欲しいと感じた。

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↓宮沢賢治『猫の事務所』


【鑑賞動機】

横山拓也さんの舞台作品は、今までiakuで何度も拝見してきたがどれも外れがなく、いつも丁寧に優しく、そして時には残酷に人間ドラマを表現することに優れた劇作家だと感じていたので、今回劇団俳優座で横山さんの新作戯曲を上演するということで、観劇することにした。
以前「雉はじめて鳴く」で横山さんの戯曲を劇団俳優座の眞鍋卓嗣さんが演出されていて、Corich舞台芸術アワード!2020に選出されていたので、再びお二人のタッグと聞いて期待値高めで観劇した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等あるがご容赦頂きたい。

体育着姿の蒲田美夜子(清水直子)は、学生時代に受けたクラスメイトからの批難によって悩まされていた。
美夜子が去ると、蒲田妙子(岩崎加根子)がやってきて、誰かと電話している。妙子が買い物に出かけたいから一緒に付き合って欲しいといった内容のようだが、電話越しの相手には断られているらしく、激しい口調で電話越しの相手と口論して電話を切る。

岬野家のリビング。リビングには、岬野彰仁(塩山誠司)がいて、そこに妻の岬野朝美(安藤みどり)がやってくる。先ほど妙子が電話していた相手は、娘の朝美だったようであり、朝美は忙しいことを理由に母の妙子と一緒に買物に行くことを断り、夫の彰仁に押し付けていた。朝美は母の妙子の頑固さにうんざりしていて、イライラしているようだった。彰仁は、イライラしている朝美をなだめる。
彰仁はフリーランスのコックとして以前は働いていたようで手に職はあるようだが、失業して今は仕事をしていないようだった。
そこへ24歳の娘の岬野梓(滝佑里)が帰ってくる。梓は劇団ドリームランドという劇団に所属していて、近々その劇団で子供向けに演劇を上演するということで、その稽古で忙しくて帰りも今になった。朝美は、梓が社会人になっても演劇活動を続けて好きなことをしている生活に腹が立っており、梓に八つ当たりしたあとで、妙子の買い物に付き合って欲しいとお願いする。梓は稽古で忙しいが了承する。
そして朝美は、50歳近くになる姉の美夜子についても、ずっと引きこもっていることに言及して、食べ物とかどうしているのだろうかと訝しんでいた。

しかし梓は劇団の稽古もあるので、一度は妙子との買い物に付き合うことを了承していたものの、あとで妙子に電話を入れて稽古があって買い物に付き添えなくなったと伝える。

劇団ドリームランドでは、劇団の座長の柳井真奈(若井なおみ)と、劇団員の石戸雄真(小泉将臣)、宇治弘(野々山貴之)、越智理沙(高宮千尋)が近いうちに子供向けに宮沢賢治の「猫の事務所」を上演することになり、その稽古に勤しんでいた。しかし、肝心の劇団主宰であり劇作家・演出家の蔵下光夫はいなかった。どうやら座長の柳井と蔵下は同棲しているようで、劇団トップの2人で交際しているという状況に、他の劇団員たちは呆れていた。
その稽古場へ、梓がやってくる。梓は柳井から、主宰の蔵下と密かにLINEを交わして海へ行こうとしていることを追及される。梓のスマホは劇団員たちに奪われ、蔵下とのLINEのやり取りを読み上げられ、海へ行く約束をしていることが発覚する。
梓はこれから本番を迎える劇団ドリームランドでの立ち位置が危うくなる。

その間、妙子は一人で買い物に行こうと出かけようとして玄関で転んでしまい救急車に運ばれ入院することになってしまう。
病院へ急いで駆けつけた朝美と彰仁、朝美は医師から妙子について、特に命には別状はないが数ヶ月入院が必要だと告げられたそう。そこへ梓がやってくる。朝美は梓を叱りつける。梓が稽古に行かなければ妙子はこんなことにはならなかったと、別に演劇を辞めろとは言っていないけれど、もう少し家族のことについて協力して欲しいと叱られる。
そこから朝美と彰仁は、退院しても妙子をこのまま実家には置いておけないし、介護施設に預けるお金も厳しいという話になる。そこで朝美は、いっそうのこと妙子が住む実家に引っ越ししないかと言う。彰仁は驚く。妙子がいる実家は本来姉のものになると思っていたが、姉の美夜子はずっと引きこもりなので、岬野家のものにできるのではと言う。そうしたら今の家賃も浮くことになるし、金銭的にも良いのではないかと言う。ギラギラした目で語る朝美に、彰仁は落ち着くようにと言う。

劇団ドリームランドの稽古場。
宮沢賢治のことについて詳しく調査したいがために岩手に行ってしまって不在の劇団主宰、そんな中劇団員たちは台本を片手に稽古をしていた。台本は、「猫の事務所」が書かれた当初の文体で書かれており、劇団員たちは非常に台詞を頭に入れづらそうだった。劇団員たちが、これだと取っつきにくいし現代版の「猫の事務所」で上演したいと言うものの、柳井は劇団主宰が当時の文体の脚本にこだわりたいという思いから変更出来ないと言っていると言う。それに、今主宰が自分で脚色した「猫の事務所」を執筆している最中なのでもう少し待って欲しいと言う。なかなか台本が上がってこないじゃないかと不満を募らせる劇団員たち。
そこへ、梓が発言する。梓の叔母にあたる美夜子は、中学時代に演劇部で「猫の事務所」を上演していたはずで、もしかしたらその時の台本があるかもしれないから、確認してみると言う。

梓は美夜子の家を尋ねる。玄関の扉をノックしても音沙汰がない。
そこで梓は、今度劇団ドリームランドの公演で「猫の事務所」を上演することになって、以前美夜子が中学時代に練習していた時の「猫の事務所」の台本を貸して欲しいとお願いする。美夜子は、玄関を開けて手だけ出して台本を梓に渡す。

梓は入院中の妙子の病室を尋ねる。妙子は、インスタントの味噌汁を飲んでいるがだしから取っていないから美味しくないと愚痴を言う。看護師さんは、この味噌汁はインスタントではないと言うが、インスタントにしか思えないと。
妙子は梓が手にしている台本を見て、「何だい、それは?」と尋ねる。梓は、これは宮沢賢治の「猫の事務所」の台本で、美夜子から借りたものだと言う。今度自分が所属している劇団ドリームランドの公演で使いたいのだと。すると妙子は、どうして蒲田家の人間はみんな演劇が好きなのだろうと言う。そして、梓の母である朝美も演劇が好きだったのだよと語る。梓は驚く。朝美も本当は中学で演劇部に入りたかったのだと、しかし美夜子のせいで演劇部が廃部になってしまってそれが叶わなかったのだと言う。
ここから、美夜子が中学時代に所属していた1984年の志野原中学校の演劇部の回想に移る。

美夜子は当時演劇部の部長をやっていた。そして宮沢賢治の「猫の事務所」を部員たちで卒業公演として上演しようとしていた。その演劇部員にブラジル人のハーフのロドリゴがいて、彼は肌の色の違いからクラスの面子からいじめられ不登校になっていた。美夜子はロドリゴに学校に来てもらいたいがために、彼の自宅に行って迎えに行っていたようであった。
「猫の事務所」においても、ロドリゴが不登校でおそらく演劇に参加することが出来そうになかったため、かま猫役を部員の誰かがやって、獅子役を顧問のクラゲ先生(志村史人)が演じることになっていた。しかし、部長の美夜子は顧問のクラゲ先生にこう提言する。自分がこの「猫の事務所」の脚本の最後を脚色して、かま猫役をロドリゴが演じて、獅子役を自分が演じることによって、社会によって虐げられている人たちを解放してあげたいと。これは、社会へのアイロニーであると。そしてこの社会は、学校というコミュニティとしても捉えられる解釈を与えたいというのである。
しかし、顧問のクラゲ先生はその美夜子の提言を却下する。中学で上演する演劇で、そんな難しい解釈を与える作品を創る訳にはいかないと。それに付け加えて、美夜子が度々ロドリゴの家に訪問して、学校に誘いに行っていることについて言及する。ロドリゴは美夜子が彼の睡眠の邪魔をして、彼が夜勤で勤めている工場で右指を切ってしまったと。
それを聞いて、美夜子は自責の念にかられて自分自身も学校にいけなくなってしまう。当然その時上演予定だった「猫の事務所」も上演されることがなく中止。そして演劇部も廃部に追い込まれてしまう。

岬野家のリビング。
朝美と彰仁は、妙子の退院後についての諸々の費用を整理し、今後の暮らし方について相談していた。朝美は仕事が順調で、そこで収入は得られそうであった。彰仁は、妙子の実家には敷地があるので、そこのスペースを使って何か喫茶店をやるのもありかもしれないと言う。立地も良いし、腕の良い自分が何か料理を作ってお客さんに振る舞えれば収益に繋がるのではと。そして梓には劇団で活動しながらアルバイトとして喫茶店で働いてもらえばと。

劇団ドリームランドの稽古場。
梓が用意した美夜子から借りた台本を使って「猫の事務所」の稽古が進んでいた。主宰は一向に稽古場に姿を現さず、花巻東高校のグランドなんかを写メで送ってきていた。
そこへ、とある男性が稽古場にやってくる。そしてその人は、蒲田美夜子さんはいませんか?と尋ねてきたのである。誰かと尋ねると、その人はロドリゴ・サワグチ(志村史人)と名乗っていて、今度子供向けに上演される「猫の事務所」の台本に目を通して最後の脚色が蒲田美夜子の台本と全く同じであることから、自分も出演したいと思ってやってきたのだと言う。
ここには美夜子はいなかったが、その名前に覚えがある梓は、その人が美夜子の同級生の日系ブラジル人のロドリゴであると分かる。この事実を早速美夜子に伝えようと、ロドリゴと梓の2人で美夜子を尋ねることになる。

妙子の元に、朝美と彰仁、それに梓がいた。朝美は、妙子が退院したら実家で岬野家も一緒に暮らしたいと申し出る。妙子は、実家にそんなスペースはないと言って反対する。
朝美は、それに対して猛反発して美夜子もずっと引きこもりで妙子の面倒も見られない訳だし、私が一緒に暮らさないと難しい旨を伝える。しかし、妙子はそんな自分の都合でいきなり実家に暮らしたいなんてわがままを言うなと激怒する。美夜子が引きこもってからずっと彼女の面倒を見てきたのは一体誰だと思っているのかと。妙子自身だって旦那も5年前に亡くなってしまって、ずっと実家に縛られて過ごしていたのにと言う。自分だって美夜子の面倒を見る立場から逃れたかったけれど、朝美が逃げて結婚して家庭を持ってしまったから逃げられなかったのだと。この前だって、買い物に行くから一緒に付き合ってくれと言ったのに、仕事を理由にして付き合ってくれなかったではないかと、梓だけの責任にするでないと言う。
それに対して朝美も反論する。私は逃げたんじゃない、自立したんだと。自分だって演劇をやりたかったのに、姉のせいで廃部に追い込まれてしまって、姉が引きこもってずっと妙子は姉の面倒を見ていたが、自分は何もされなくて、だからいっそ自立して自分の力で暮らしていきたいと思ったのだと。

岬野家のリビングに戻る。
朝美は、ちょっと熱く語りすぎたと反省する。子供のように本当のことを語りすぎてしまったと。なだめる彰仁。

一方、梓とロドリゴは引きこもっている美夜子の家の玄関へやってくる。梓は、美夜子が以前中学時代の演劇部で一緒だったロドリゴが会いたいと言っていると話す。美夜子は、私のせいで右指を切ってしまったのでしょ?と言っている。しかしロドリゴは、右指の怪我は大したことないし、あれは美夜子のせいでは全くないと言う。
今度、劇団ドリームランドで子供向けに「猫の事務所」を上演し、ロドリゴが獅子役をやるから一緒にやらないかとロドリゴは誘う。美夜子はやるとは言ってはくれなかった。ロドリゴは自分を散々演劇に誘ったお返し、いや仕返しだと言う。

劇団ドリームランドでの、「猫の事務所」の本番が上演される。
かま猫役の梓が、他の猫たちに虐げられているところへ、ステージ上方から獅子役のロドリゴが登場する。獅子は、事務所の解散を命じる。そして、美夜子が最後に付け足した台詞を言う。
「猫の事務所」の上演が終わると、美夜子と妙子、そして朝美と彰仁の夫婦が盛大な拍手を送っている。そして、美夜子はまるで感極まったかのように体を揺らしながら満面の笑みで拍手をしていたのだった。
ここで上演は終了する。

横山拓也さんの作品らしく、非常に人間の描写が丁寧で、誰も悪人は出てこないし、誰も悪くないからこそ境遇によって傷つけあってしまう所に世知辛さを感じる。「8050問題」という今の日本社会の様々な家庭で起こっていそうな普遍的な問題を、上手く一家族のドラマに起こして、それによって生じうる問題の残酷さを学んだ気がした。
そして、戯曲の構成も秀逸だった。最後に劇中劇として、「猫の事務所」を持ってくる辺りが非常に好きだった。美夜子は最後の獅子の台詞を脚色して中学時代に上演しようとしたが、たしかにこれを部長が演じてしまうと、ちょっと説教臭くなるというか、たしかに顧問もNGを出すのもよく分かるなと、最後合点がいってしまう。しかし、それを月日が経ってロドリゴが演じたことによって、ある種ロドリゴも昔のロドリゴとは違って、猫が獅子になったんだなと思わせてくれる点が、非常に胸を突き動かされたポイントだった。
詳細な考察は、考察パートで書き記すことにする。

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【世界観・演出】(※ネタバレあり)

いつものiakuの舞台とはまた違った舞台装置の作り込みと、全く異なる音響照明の演出の数々。しかし、それらが上手く横山さんの戯曲に溶け込んでいて素晴らしかった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージは大きく分けて3つのエリアに分かれていた記憶だった。
まず一つ目は、下手側に岬野家のリビングとなり得るスペース。ソファーが2つほどあってソファーに囲まれるように小さなテーブルが置かれている。朝美と彰仁が会話をするシーンの多くは、ここで展開された。
二つ目は、上手側の沢山の椅子と横に長いテーブルが置かれたエリアで、劇団ドリームランドの稽古シーンや、妙子と岬野家のやり取りのシーンで使われていた。椅子は、劇団ドリームランドの台本稽古で、劇団員たちが座りながら演技をしていた。
そして最も目を引いた舞台装置である三つ目は、下手側の舞台後方にあった上部へと続く階段と扉。その扉は美夜子が引きこもっている住まいの扉になっていて、梓は何度もその階段を登って美夜子を訪問していた。それと、最後の劇中劇ではその扉からロドリゴが獅子役で登場して、美夜子が付け足した台詞を言う。この扉の位置といい、セットの仕方といい個人的には好きだった。開演前からこの扉は存在感があって目立つのだが、そんな深い使われ方がするのだと感心した。この戯曲はそう考えると、俳優座劇場のような少し大きな劇場でないと上演が難しいかもしれないと思った。

次に舞台照明について。舞台照明は非常に格好良い演出が見られた。横山さんの戯曲でちょっとエンタメチックな照明演出が見られるとは思わなかった。
一番印象に残ったのは、美夜子が中学時代の演劇部で劇団員から冷たい言葉をかけられて悩まされるときに、照明が様々な角度からスポットで次々と照らされる演出が素敵だった。舞台全体が凄く黒い感じなので、そこだけ白く照らされて凄く素敵な照明演出に見えた。

次に舞台音響について。音響については、結構横山さん戯曲を彷彿させる演出だったかなと思う。
まずは効果音についてだが、美夜子が中学時代の演劇部でのメンバーからの冷たい言葉が頭の中でリフレインする演出で、音声を使ってなんて言っていたかは分からないものの、色々な人が彼女を攻撃するような言葉をかけている演出があって、その音響が演出として印象的だった。おそらく劇場の設備の問題だと思うが、あまり音声がクリアでなくて、イコライジングや機材の部分で粗があるような気がしたが、演出技法としては好きだった。
また音楽が本当にベタで泣かされてしまう。ここでいうベタは褒め言葉で、横山さんの戯曲だとどうしてもそういった音楽にも期待してしまうが、程よいタイミングで程よい楽曲を流してくれるのが好きだった。一番好きだったのは、ラストの「猫の事務所」が上演されて、観客が拍手をするシーンでかかる音楽。非常に感動的だった。

その他演出について。
まず最後の劇中劇の猫の被り物が可愛らしかった。子供向けに「猫の事務所」を上演するということだったので、たしかに子供ウケするようなカチューシャになっていて耳のふわふわした感じとかセンスが良かった。そこからのロドリゴが演じる獅子の被り物が凄く迫力あって良かった。迫力はあるけれど、子供向けというスタンスを守って可愛らしさが残る感じも良かった。
度々劇団ドリームランドの稽古シーンが登場するが、さすが横山さんという小劇場事情に詳しい方が脚本を書いているだけあって、描写にリアリティがあった。劇団主宰が凄くこだわって台本がなかなかあがってこないなんてことは実際よくあることだし、終いには岩手に行ったまま帰ってこないというのも凄く蔵下という登場しない人物だけれど人物像が浮かび上がってきて面白かった。そして劇団の座長と付き合ってしまうあたりもリアリティあるし、梓と仲良くなってしまうクズさ加減も良かった。
1984年の中学の演劇部の生徒たちの赤い体操着も時代に合っていて好きだった。美夜子の衣装がずっと赤い体操着というのも意味深である。そして、最後のシーンで「猫の事務所」を観るシーンで着替えて、年齢相応の姿になるのも素晴らしかった。美夜子がずっと過去の経験に囚われ続けいていて、ロドリゴにしてしまったことを悔いていたが、ロドリゴが獅子となって「猫の事務所」を演じたことによって、美夜子は中学時代の過去から解放された。それによって赤い体操着でなくなった。こういう演出も素晴らしかった。
あとは、1984年の中学時代の演劇部のシーンで、その当時の設定が1980年代にふさわしくて良かった。例えば、日系ブラジル人がいじめに合っているという事実も今では絶対に許されないことだが、容認されていたのも価値観の古さを感じるし、そのロドリゴが夜間には工場で働きに出ていたというのもその当時だったらありえる設定なのかもしれない。そして、一番は顧問の先生で、先生があそこまで権威の象徴のように物事を言えてしまう時代だったという価値観の古さもしっかりと反映されていて興味深かった。
また現代の時代設定も上手いと感じた。彰仁はコックとして手に職はあれど失業中。まさに今の時代の世知辛さを反映しているかのような設定だったことも興味深い。妻である朝美も働いていて、女性の稼ぎで生計が成り立っているというのも現代では珍しくないので、凄く時代設定と照らし合わせても納得のいく設定だった。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

劇団俳優座の劇団員の演技は、清水直子さん以外は初めて拝見したが皆、とても素晴らしかった。声もよく通るし、演技をするときの姿勢も良いし、全体的にとても清々しく感じられて透明感があって好感が持てた。
特に素晴らしいと思った役者について記載していく。

まずは、蒲田美夜子役を演じた清水直子さん。清水さんの演技は、iakuの舞台作品である「フタマツヅキ」以来2度目となる。
清水さんは、凄く心に秘めている感情を舞台上で放出させるエネルギー量がものすごい役者さんだと感じる。「フタマツヅキ」で演技を拝見したときも、夫に嫌われたときの泣き叫ぶ演技のエネルギー量が凄まじかった。
今回の美夜子役でも、1984年の中学の演劇部のシーンで、顧問からああやって酷いことを言われて泣き叫ぶ感じが、とにかくエネルギー量が物凄くて、いかに辛い仕打ちだったかを痛感させてくれる。
そして個人的に印象に残ったのはラスト。ロドリゴが獅子となって、美夜子が中学時代に書いた台詞を演じてくれて、それによって彼女自身も過去の辛い経験から解放された感じがあって、物凄く感動的に拍手をしていた演技がとても印象的だった。体を揺らしながら心から盛大な拍手をする美夜子の、なんとも嬉しいひとときだったろうか。凄く素敵だった。

岬野梓役を演じた滝佑里さんも素晴らしかった。
横山さんの戯曲には、物語のヒロインとなるような女性が登場するのだが、その女性が非常にピュアで心から応援したくなってしまうほどの魅力を感じさせる女性である場合が多い。2022年8月に観劇した「あつい胸騒ぎ」の千夏がまさにそうであった。
今回はその役が梓に該当すると思うのだが、天真爛漫な様がとても好きだった。24歳という若さもあって演劇に没頭していて、家族のことよりも自分の活動を主軸に置く感じ。母親も父親もいて母親は仕事をしているので、自分はまだまだ自由にやれる。そういったピュアさが好きだった。そして劇団主宰には同棲している恋人がいるのに、一緒に海に行こうとしてしまう感じも若さゆえの身勝手さがあって好きだった。
ただ彼女の魅力ポイントは、そこではなく美夜子という叔母を非常に慕っている点だと思う。自分も演劇が好きで、叔母も演劇が好きだったという共通項もあって、しきりに美夜子を頼るあたりが好きだった。
あとは、梓が「猫の事務所」の台本を読み上げるなり、LINEの文面を読み上げるなり、はっきりと声に出して音読する姿が好きだった。さすがは劇団俳優座の劇団員だった。

個人的に一番素晴らしいと感じた役者は、蒲田妙子役を演じた岩崎加根子さん。
とてもきれいな白髪頭の女優さんだと思ったが、彼女が演じるお祖母さんが本当にリアリティがあって素晴らしかった。ゆっくりゆっくり話す話し方。もちろん、戯曲の台詞の描き方も素晴らしいのだと思う。インスタント味噌汁が美味しくないという感じの台詞や、台本を目にして「何だい、それは?」と言う感じも凄く台詞的にも言い方的にも、こんなお祖母さんいそうだと思わせられるくらいリアリティがあって好きだった。
そして歳のせいもあってか、ちょっと頑固な性格を感じさせる所もリアリティがあって好きだった。
朝美と口論するシーンが物語の後半であるが、ずっと自宅に縛られてきた妙子の心境が、自分には全く視野になかった考え方だったので勉強になった。長い年月実家に縛られる人生というのも、それはそれで苦しい生活だったのだと言うことを。

岬野朝美役を演じた安藤みどりさんも良かった。
いかにもバリバリ社会進出して活躍していそうな女性といった感じで、夫に対する物言いも厳しかったり、母の妙子に対する喧嘩も凄まじかった。演劇に対しては自分も本当はやりたかったというのもあると思うが、非常に嫌いで、大人になってもやっている人を嫌っているようにも思えた。
これからの暮らしについても、あれこれ自分で考えて、良いアイデアだと思ったら、それを一方的に話してしまう感じも、凄く朝美の性格を表していてキャラクター設定としてよく出来ていた。

また、朝美の夫の彰仁役を演じた塩山誠司さんも素晴らしかった。
ちょっと妻の朝美に押されながらも、料理人としてのプライドは高くて凄く好感の持てる旦那さんだと思った。自分もそうなりたいと思った。

【写真引用元】
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)

なんでこうも横山拓也さんが描く脚本は、私の心を大きく動かしてくれるのだろうと観劇する度に感心させられる。横山さんが描く脚本の登場人物に悪人は誰もいない。登場人物がどうしてそういった振る舞いをすることになるのか、非常によく理解出来るからである。だからこそ登場人物が対立してしまった時、お互い理解出来るからこそもどかしく辛くも感じられる。今作でも、例えば妙子と朝美がお互いに言い争うシーンや、1984年の美夜子と顧問のシーンでもそれを感じた。

また今作は、過去の横山拓也さんの戯曲の良さを織り交ぜて創作されている感じがした。
例えば、ラストが本当に素晴らしくて、非常に清々しく感じさせてくれる。長年引きこもり続けた美夜子が、ようやくその過去の呪縛から解放されたかのような清々しいエンド。ラストの美夜子の笑顔が本当に忘れられない。そのくらい、強く深く胸に残るラストだった。この点は、横山さんの過去の戯曲である「逢いにいくの、雨だけど」と共通する部分がある気がする。幼馴染が、ずっと自分のせいで失明させてしまったと過去の出来事を引きずってたので。
また、梓が物凄くピュアでまっすぐな女性である点も、観ていて清々しかった。「猫の事務所」の台本を読み上げるシーンなどは、俳優座所属の滝佑里さんの演技力の高さも相まって、透明感のあるシーンだった。この点は、横山さんの戯曲だと「あつい胸騒ぎ」に登場する主人公の千夏とも似通っている。20代前半という若くて周囲の物事が皆光り輝いて見えるのだろうなと、そのピュアさに心打たれた。
そして、物語終盤の朝美と妙子の親子喧嘩も、どことなく「フタマツヅキ」で登場した親子喧嘩を想起させる。今作の親子喧嘩は、お互い胸の内に秘めていた不満や本音を打ち明ける形だったが、それによって誤解も解かれて間違いなくポジティブな方向に向かったと思う。

今作は「8050問題」という今の日本社会で深刻化している社会問題を題材として扱っている。「8050問題」とは、80代の親が、自宅にひきこもる50代の子供の生活を支えていて、親が高齢化することで自分自身も介護等が必要となっていって、経済的にも精神的にも行き詰まってしまう家庭が増えている社会問題を指す。
高度経済成長期の日本は、頑張れば頑張るほど生産性も向上して報われる時代だった。大量生産、大量消費がまさにその時代の象徴だった。現在75歳以上となる後期高齢者はこの高度経済成長期に社会人として働いていた世代である。しかし、その子供の世代にあたる今50代を迎える世代は、1990年くらいの昭和から平成への移行時期に社会人を迎えている。日本社会はより効率性を求める時代になっていって、頑張れば報われる訳ではなく、成果を出せない人間は社会に適応出来なくなる時代となった。2000年以降はITも普及してその傾向はさらに強まっているだろう。
そんなご時世で仕事に就けなかった人たちは、気づけば50代を迎えてその親世代までもが介護等が必要な時代に2010年以降は差し掛かっている。働いてこなかったので当然お金もなく80代の親も50代の子供も共倒れになってしまう家庭が後を絶たないのである。

私はこの「8050問題」と聞いて、最初は何が問題なのだろうかとピンと来なかったが、今作を観劇していて一番の理由はお金にあるのだと感じた。親世代が介護が必要になっても、ずっと引きこもっていた子供が介護出来る訳でもないので、施設に預ける等を考えるかもしれないがお金がない。親世代も年金生活であろうが、それでは到底施設へ通うお金にならないのかもしれない。
そして親世代が亡くなってしまうと、今度はずっと引きこもっていた50代の子供が食べ物等手に入らなくなるので孤独死してしまうケースもあるようである。「8050問題」について今作を観劇して調べてみると、とても恐ろしい事態が起こっているのだと感じた。
社会復帰できていない子供を持った高齢者の親世代の苦悩、そして社会復帰できずに50代を迎える子供。今作の妙子や朝美、美夜子の心情を理解すると、誰かが悪いわけではないので非常にもどかしい気持ちになる。

そして、今作ではそこに宮沢賢治の「猫の事務所」を織り交ぜている。「猫の事務所」自体は有名な物語だが、恥ずかしながら私は読んだことがなかった。
この物語は、「猫の事務所」が登場するのだが、そこには様々な種類の猫が在籍している。そのうちの一匹である「かま猫」は、夜に窯に入って寝る癖があることからいつも汚れている猫だった。だから他の猫たちから嫌われていた。そこで「猫の事務所」を支配する獅子は、その事務所の解散を最後に命じるのである。
この物語を知っていれば、今作において「猫の事務所」がいかに巧妙に機能していたかが分かる。たしかに美夜子が「猫の事務所」を使って、ロドリゴが肌の色によって差別を受けている今の学校のあり方を批判したいという気持ちは分かる。しかし、たしかにそれをロドリゴと美夜子で演じてしまったら露骨すぎるなという感じはある。もし私がそれを観劇したら、ちょっと説教臭く感じすぎるなと敬遠する気がする。
それに、そこまでを学校教育の一環として上演するのかというと、たしかに違うなと思ってしまう顧問の気持ちも分かる。劇中では、この顧問はかなり薄情な存在のように描かれていたが、私にはそうは思えなかった。たしかにロドリゴの怪我について美夜子のせいにするのはやりすぎだと感じたが。

それを何十年の歳月が経ってから再び上演されることになって、このロドリゴによる獅子の解散にはどういった意味があるのだろうか。
まず、ロドリゴにとっては以前は出演に誘われても断っていた過去を断ち切って、今では一人の自立した男性として活躍していることを顕示した描写に感じられる。
これを観劇した妙子は、ずっと美夜子の引きこもりの面倒を見ながら、ずっと蒲田家に縛られて生きてきたが、これからは娘の朝美が一緒に暮らしてくれるということによる解放感があると感じた。妙子は朝美が蒲田家を逃げたと思っていたが、自立しただけで戻ってくることに肯定的だった。
朝美も、これを観劇して妙子とのギスギスした人間関係を清算出来たこと、妙子にも自分の気持ちを分かってもらえた清々しさがあると思う。
そして、なんといっても美夜子の視点では、今までずっとロドリゴを怪我させてしまったという自責の念にかられていたが、そうではなかったことが判明し、その呪縛から逃れられた。そして今では元気なロドリゴの姿を見たことによって、獅子の解散は過去のトラウマからの解放になったと思う。だからこそ、体育着姿から私服に変わって拍手をしていたんじゃないかと。時間が進んだんじゃないかと感じた。

本当に横山拓也さんが描く脚本は、みな素晴らしくて感動的である。年内にはもう一本、「夜明けの寄り鯨」という新作脚本が上演されるので楽しみにしていたい。

【写真引用元】 劇団俳優座 Twitterアカウント https://twitter.com/haiyuza/status/1589784775346163713/photo/1


↓横山拓也さん脚本・演出作品


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