舞台 「柔らかく搖れる」 観劇レビュー 2023/09/22
公演タイトル:「柔らかく搖れる」
劇場:こまばアゴラ劇場
劇団・企画:ぱぷりか
作・演出:福名理穂
出演:井内ミワク、池戸夏海、江藤みなみ、大浦千佳、荻野祐輔、岡本唯、佐久間麻由、篠原初実、富岡晃一郎、山本真莉
期間:9/14〜9/16(兵庫)、9/20〜10/4(東京)、10/7〜10/8(広島)
上演時間:約1時間45分(途中休憩なし)
作品キーワード:田舎、家族、会話劇、ヒューマンドラマ、LGBTQ、不妊
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
第66回岸田國士戯曲賞を受賞した、福名理穂さんが作演出を務める演劇団体「ぱぷりか」の公演を観劇。
今回は、2022年に岸田國士戯曲賞を受賞した『柔らかく搖れる』が再演されるということで観劇した。
「ぱぷりか」の演劇作品を観劇するのは、2022年12月に上演された『どっか行け!クソたいぎい我が人生』以来2度目となり、今作の初演は観劇していない。
福名さんが手がける作品は広島弁を駆使した家族の群像劇が多く、今作もそういった類の演劇作品である。
物語は、小川家という広島の田舎の家族を中心に描かれる。
小川家には、父と母の幸子(井内ミワク)、長男の良太(荻野祐輔)、長女の樹子(篠原初実)、次女の弓子(岡本唯)がいたが、良太はすでに結婚しており、樹子も一緒には住んでいない。
そこへ、良太たち兄弟の従姉妹にあたるノゾミ(大浦千佳)とノゾミの娘のヒカル(山本真莉)が小川家で暮らすことになる。
理由は、ノゾミの夫が火事で亡くなってしまったからである。
そこから、良太や樹子、ヒカルといった様々な人物にフォーカスしながら、家族間の依存や家父長制、LGBTQ、不妊といった社会問題や田舎の閉塞感を描いていく群像劇となっている。
事前に戯曲を未読の状態で、しかも当日パンフレットの福名さんの挨拶も読まずに観劇に臨んだ。
たしかに、家族の間で繰り広げられる会話や人間描写は丁寧かつリアルで引き込まれるものはあるのだが、今作が岸田國士戯曲賞を受賞するほどの優れた戯曲だったかというと、個人的にはそこまで凄みは感じなかったというのが率直な感想。
こういった田舎の閉塞感を描く演劇団体は複数いて、松本哲也さんが作演出を務める「小松台東」や、石黒麻衣さんが作演出を務める「劇団普通」が該当するが、そういった他団体の作品と比較して特に目新しさや突き出た面白さを私は見出せなかったからかもしれない。
個人的には、前回観劇した『どっか行け!クソたいぎい我が人生』の方が好きだった。
あの作品は、母と娘という親子に視点を絞ることで、男性である私にとっては新鮮な感情表現も沢山あり、それを脚本の面白さだけでなく劇場の空間を上手く生かして演劇として面白く見せていた点に面白さを見出せたから。
そこで福名さんが脚本家としてだけではなく、演出家としても素晴らしい方だと実感したから次回作も観たいと思ったのである。
今作で面白かった点といえば、劇中に登場する台詞と役者の演技がとてもナチュラルでハマり役で雰囲気がかなり高いクオリティで作られていたということ。
夫の仕事の忙しさや不健康のせいで妊娠出来ないにも関わらず、その責任が全て妻にいってしまう田舎の淀んだ価値観や、同性愛ということを認めてくれずカミングアウトすることが出来ない生きづらさというのが丁寧に描かれていて、着飾らないリアルな会話劇にずっと引っ込まれて飽きることはなかった。
会話劇はずっと観ていられるが、私が観劇していてそこまでダメージは受けなかった理由が、まだ自分が今作で描かれる社会問題に対して、当事者になったことがないからかもしれないとも思い、そこにもちょっとした残酷さを感じた。
きっと、当事者が観劇したらまた違った感想になるだろうから。
個人的に印象に残った役者さんが、良太の妻の志保役を演じた佐久間麻由さんと樹子の同棲相手の愛役を演じた池戸夏海さん。
佐久間さんは、画餅『ホリデイ』(2023年1月)で初めて演技を拝見してコメディ女優なイメージだったが、今作では田舎の家に嫁に行った肩身の狭い妻を演じていて新たな一面が観られて良かった。
池戸さんは初めて演技を拝見したが、最初は樹子の愛人のようには見えなくて、でも会話を聞いているうちに段々と愛人に見えていく様が、人によって見え方は違うと思うし、自分のジェンダー観を試されているような感じがして良い観劇体験だった。
岸田國士戯曲賞受賞作として個人的な期待値は高めだったからこそ、そのハードルを越えることはなかったが、完成度の高い群像劇だと思うので、とくに田舎の閉塞感を描いたヒューマンドラマが好きな方、小劇場演劇が好きな方にはおすすめしたい作品だった。
↓戯曲
【鑑賞動機】
2022年12月に『どっか行け!クソたいぎい我が人生』を観劇して、福名さんが劇作家としてだけではなく、演出家としても実力のある方だと感じたので、「ぱぷりか」の公演は次も観てみたいと思っていた。今作は、第66回岸田國士戯曲賞を受賞していてその再演なので、絶対面白いに違いないと期待値高めで観劇した。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、戯曲を購入していないため私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
雨音とセミの音が小さくなって明転すると、喪服姿の小川幸子(井内ミワク)と長男の良太(荻野祐輔)、そして良太の妻の志保(佐久間麻由)がいた。どうやら、良太の従姉妹のノゾミの夫が火事で亡くなってしまい、ノゾミとその娘と一緒にこれから暮らすことになりそうだという話をしていた。火事にょって夫は亡くなったけれど、店は大丈夫だったからなんとか稼ぎ所を失うことだけは免れたようだと言う。
一方、ノゾミ(大浦千佳)と娘のヒカル(山本真莉)も二人とも喪服姿で、夫の葬式にいたようであった。
小川家、ちゃぶ台を囲んで良太とヒカルが座っている。ヒカルは休日だというのに勉強をしている。
良太の妹である弓子(岡本唯)がやってきて、タンスから金を取り出す。ノゾミが二日酔いの状態で起きてくる。そして、勉強をしている娘のヒカルに抱きついて、そんなに勉強することはないともたれかかる。
小川家に農協の信雄(富岡晃一郎)がやってくる。持っていける野菜はないかと尋ねるが、あいにくないと幸子は答える。世間話をした後で信雄は去る。
ヒカルはどこかへ出かけるらしく、支度をして外へ出る。途中で、農協の信雄(富岡晃一郎)に出会う。ヒカルは信雄と少し話して、そのまま電車に乗ってどこかへ向かう。
小川家に弓子がいると、そこへ姉の樹子(篠原初実)がやってくる。樹子は、いつもいつも借金をしてくる弓子に、借金を返済するよう押しかけてくる。弓子は樹子に叱られる。そして、それでも弓子は尚樹子からお金を借りようとする。最初は拒んでいたが、樹子はお金を貸すことになり、弓子は喜ぶ。
ヒカルが帰ってくる。樹子はヒカルに対しては非常に明るく接してくれる。樹子はヒカルの前で弓子を責める。ヒカルは、弓子はいつも家事をやってくれて助かっているのだから、そんなにひどいことを言わないでと言って気まずい空気を作る。樹子はヒカルに、早くこんな家出て行った方が良いよと言って去っていく。
小川家の夜、ちゃぶ台で良太はパックの日本酒を呑んでいた。そこにヒカルもいて、ヒカルも良太に日本酒を少し呑まされる。ヒカルは苦しそうに注がれた日本酒を飲み干す。
夜、床で眠っていた良太を志保が起こす。良太はスーツ姿で、爆睡していた。良太は仕事が忙しく残業続きでそのまま床で寝てしまったようだった。ご飯もコンビニだったらしく志保に心配され叱られる。
良太のスマホに電話がかかってくる。仕事関係の電話で、良太は応答する。
良太と志保は車に乗ろうとする。どこかへ向かうようだ。その直前にも良太のスマホに仕事場から電話がかかってくる。今日は休みをもらっているから電話をかけてくるなと言って切る。
そのまま二人は車を運転しながら病院へ向かう。不妊の原因を調べてもらうために、良太の精子の検査をするようである。
病院で、良太と志保は産婦人科医(江藤みなみ)の元へ案内される。良太の精子の状態は極めて良くなくて、この精子の状態だと妊娠することは難しいと診断される。その産婦人科医の診断に、志保は驚きを隠せずどうにかならないかと食いついてしまう。
そんな中でも良太は、自分のスマホに再び電話がかかってきてしまって、席を外さざるを得なくなってしまう。そして後輩の渡辺の失敗に対して謝罪する始末だった。
小川家にて、志保は幸子と会話する。幸子に子供はまだ出来ないのかという話の流れになって、志保は幸子に良太の精子の検査の結果、妊娠は難しいと診断されたと言ってしまう。
後日、志保は良太に母の幸子には精子のことで不妊していることを言ったと言い、良太は激怒してしまう。なんでそんなことを母に言ってしまったのかと怒鳴りつける。
良太と志保は自動車に乗っている。志保はどこか遠出するような格好をしている。最後何食べたい?と聞くと、良太はラーメンと言う。ラーメンかよというリアクションを志保はする。そして、良太は、広島駅で志保を降ろす。元気なと、新しい仕事見つかると良いねと言って良太は志保とお別れする。
樹子は、愛(池戸夏海)と一緒にいた。樹子は、愛と同棲してしばらく時間が経つらしく、そろそろ愛人として自分を紹介して欲しいと樹子に言う。樹子は、実家の人間になんて言われるかと心配しているようである。でもここで恋人として紹介しないと、色々と面倒臭いことになると樹子は考える。
ずっと子猫の鳴き声がしているので、愛は子猫の鳴く方へ向かう。そして、カッパを着た男性から箱に入った子猫を手渡される愛。
愛は、箱を抱えて家へ戻る。しばらく樹子と愛は子猫が可愛いと言って遊ぶ。樹子は出かける。
愛は電話で友人と話している。そのとき、子猫が何か苦しそうな声を上げていたのでパニックになる。暗転。
愛の家には友人の真澄(江藤みなみ)が遊びに来ていた。先ほどの愛の電話の相手も真澄であり、子猫が大変だという話だったが、何の問題もなかったということが描写される。
愛は同居人の樹子のことで悩んでいて、愛人となると一気に関係性が難しくなるから大変だと打ち明ける。友達でいられた方が楽だと。
真澄も、実は産婦人科医を辞めて農家をやることになったと伝える。愛は、全然違う仕事に就けるって行動力が素晴らしいと言う。真澄は、深く突っ込んでこない所が愛の優しさだよねと言って、理由を話す。それは、この前産婦人科に精子の検査をしにきた夫婦がいて、精子が妊娠出来る状態じゃなくて、それを伝えたことによって離婚してしまった夫婦がいたからだと言う。そういう情報は、田舎だからすぐ広がってしまうのだと。
その男性というのが、どうやら愛の家の近くを通ったらしく、あの人だと小声で指を指す。
樹子が帰ってくる。真澄に挨拶して真澄は帰っていく。樹子と愛は二人で楽しくダンスをする。
ノゾミと弓子がやっているキャバクラに信雄がやってくる。信雄は弓子のいつもとは全く違う派手な服装に驚く。こんな水商売でもしないとお金が手に入らないからと。
夜、良太は父が行方不明だと懐中電灯をつけながら捜索する。そこで信雄に遭遇する。一瞬父かと思ったら信雄だったかという感じ。父を知らないかと聞くと、川の所に父がいるのを発見するが、浅瀬で溺れているという。良太と信雄はそちらへ向かう。
小川家、父は川に溺れて亡くなった。幸子やノゾミ、弓子たちはあんな川の浅い所で溺れて死ぬかねなどと話している。ヒカルはちゃぶ台の所で眠っている。
喪服姿で、樹子と愛がやってくる。樹子は愛が自分の愛人であり同居していることを幸子に打ち明ける。そして、そそくさと挨拶を済ませるとその場を離れてしまう。ここで上演は終了する。
観劇しながら、6月に観劇した「劇団普通」の『風景』を思い出していた。その作品も今作も、どちらも田舎の閉塞感ある家族たちの人間関係を描き、家父長制だったり子供を産まないのは悪みたいな価値観の強要などが展開されていてとても良く似ていた。今作ではそれに加えて、同性愛も描かれていた。同性愛に関しても田舎だとまだまだ理解のない人たち、特に年配の方たちに多いだろう。同性の愛人と同居しているだなんて、絶対に許されないだろうと考えると打ち明けるにも勇気が必要になる。そんな生きづらさが濃厚に描かれていた。
私は事前に戯曲を読んだり、当日パンフレットを読んでいなかったので、樹子と愛がお互い恋人関係だと認識するのに時間がかかった。それは自分自身も、付き合うのは男性と女性みたいな固定観念がどこかにあったからかもしれない。二人の会話のやり取りを聞いて、徐々に恋人関係なのだと理解出来た。そういう点で、ジェンダー観の捉え方によってもこの作品は人によって見方がかなり違うんじゃないかと思った。
ただ、これは「劇団普通」の『風景』でも思ったことなのだが、描きたいことが沢山盛り込まれていて、若干テーマが発散しているような感じもした。きっとこの類の作品は、田舎の日常を切り取ったような物語なので、そこに起承転結とかないのかもしれないが、ちょっと中途半端に終わってしまう感じが私個人的には消化不良に思えた。でもこれは好みの話なのかもしれない。
岸田国戯曲賞を受賞している脚本ということで、人間描写や設定はリアルで完璧だったのではないかと思う。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
「ぱぷりか」の作品で前回観劇した『どっか行け!クソたいぎい我が人生』の具象舞台装置とは異なり、今作は比較的抽象度の高い舞台装置ではあったものの、田舎の閉塞感が伝わってくる世界観で完成度が高かった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番でみていく。
まずは舞台装置から。
中央には小川家のちゃぶ台が置かれていて、上手奥と下手奥にはそれぞれ木造の横に細い材木を並べて壁にしたようなユニークな舞台装置が置かれている。
下手側には椅子が二つ置かれて、良太と志保が車に乗っているシーンを再現するように伝われ、上手側にはノゾミと弓子が働くキャバクラのカウンターのようなテーブルが置かれていた。さらに、下手側手前には、本物の河原の砂利が敷かれていて、そこを歩くとジャリジャリと河原を本当に歩いているような音が聞こえるようになっていた。
舞台装置は抽象的で、極めてシンプルだが、そこがとても良くて、舞台空間が洗練されていたように思えた。また、砂利道の演出が良い。録音の音を使うのではなく、砂利の上を歩く生音を使うことで田舎の気味の悪さだったりを上手く演出している気がした。暗転中に砂利道を歩く音が鳴っていたら怖いから。
次に、舞台照明について。
夜のシーンも多くて、あのあまり明るくない感じのぼんやりとした照明が、田舎の閉塞感ある世界観に合っていた。
印象に残ったのは、樹子と愛が二人でダンスする時のシーンのオレンジの照明。凄く楽しそうに、けれど肩身狭そうに感じられるダンスシーンが好きだった。
父を発見した時の懐中電灯の灯りを客席の通路に向ける演出は、観客のことを考慮されていてよかった。
次に舞台音響について。
なんといっても今回耳に残るのは、雨音の効果音と水中のブクブクと言わせる効果音だろう。この水中のブクブクという効果音は、どことなく沈みかけているこの作品の登場人物たちの心情のようにも思えてくる。この田舎に暮らす人々の淀んで濁り切った変わり映えのしない感情を表しているように思えた。樹子は小川家が嫌いで出ていこうとしているが、ずっと弓子が金を欲しがって借金させているという依存関係から抜け出せない淀み、弓子やノゾミはキャバクラやパチンコに入り浸っているという淀み、良太は仕事も忙しいし小川家からは逃れられないという淀み、そんな濁った感じをブクブクという水中の音で表現しているように思えた。
しかしラストのシーンで、父が川に溺れて亡くなってしまう。ラストはそんな父の死を想起させるような水中の音としても感じられた。
子猫の鳴き声の効果音が素晴らしい。本当に子猫なんじゃないかと思うくらいリアルだったのと、流している位置もまるで箱の中に子猫が入っているかのように聞こえていて、音量もとても適切だった。
ヒカルが乗車する電車の音もリアルだった。電車が発車する音、ヒカルが電車に乗車して揺られる時の音、全てがリアルで情景が浮かび上がってくるようだった。田舎の電車なので、自分が田舎に旅行をしてほとんど人がいないようなローカルな電車を思い浮かべた。それくらいリアルだったし、良き観劇体験だった。
最後にその他演出について。
皆広島弁の方言を話しているのだけれど、「劇団普通」の茨城弁や「小松台東」の宮崎弁みたいに、方言に対してあまり意識がいかなかったのはなぜなのだろうか。広島弁自体がそこまで癖強くなかったからなのだろうか。方言で聞き取りにくいみたいな台詞はなかったし、割とすんなり理解できた点に、他の方言の演劇よりもハードルの低さを感じた。役者陣が、そもそも広島弁ネイティブじゃなかったりすると、広島弁を話してもそこまで癖を感じなかったりするのだろうか。以前「玉田企画」で拝見した『夏の砂の上』(2022年1月)なんかは長崎弁が強かったので、聞き取れない箇所も全然あったくらいなのに、そこまで今作はネックにならなかった。考えてみれば、『どっか行け!クソたいぎい我が人生』でもそこまで方言で苦戦しなかったかもしれない。
良太の職場からの電話は、あまりにも頻繁にかかってきていてちょっと拍子抜けだった。こんなにに頻繁に電話かかってくることあるのかなというくらい不自然に感じた。普通だと結構問題視されることだと思うけれど、田舎だと当たり前にあるものなのだろうか、この辺は福名さんがどれくらい現実を認識されて描いているか気になった。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
どの配役もハマっていて、かつ魅力的な俳優さんが多くて素晴らしかった。作品に没入出来たのは、脚本や設定のおかげもあるけれど、それを上手く活かしている俳優さんのおかげでもある。
特に印象に残った俳優について記載していく。
まずは、良太役を演じた荻野祐輔さん。
仕事に忙殺されている感じが良い味を出していた。別に悪い人ではないのだけれど、やっぱり根っこには家父長制の考えがあるのだなと要所要所で思った。
妊娠出来るような精子でないのは、仕事で不健康な生活を送っている良太のせい、酒に明け暮れて不規則な生活やストレスを抱え込んでいるのがいけなかったのだろう。しかし、それを親には言いたくなかった。しかし妻の志保は言ってしまった。その途端に、良太は強い口調で志保を叱りつけた。
真面目に仕事をしていて、一見昭和男というか古い家父長制の価値観の持ち主ではなさそうに最初は思えたのだけれど、いざ結婚してとなると妻に対する接し方とかに出てしまうのかなと思った。あとは、志保が優しい女性というのもあったから、余計そういった側面が出てしまったのかなとも思った。
次に、志保役を演じた佐久間麻由さん。佐久間さんは、画餅『ホリデイ』(2023年1月)で一度演技を拝見している。
『ホリデイ』でも落ち着きのある役ではあったが、如何せんコメディだったのでお笑い要素が強いイメージだった。しかし、今作をみて俳優としての幅広さを感じた。いつも良太のことを思って近くにいてくれる志保の存在は見ていてとても好きだった。また、とても献身的な妻に思えるのに、幸子からは良く思われていないのが非常に苛立ちを覚えるポイントだった。
幸子からは、早く子供を産むように葉っぱをかけられていて、だからこそ不妊の原因を突き止めたかったのだろう。けれど、不妊の原因は良太の精子にあった。これでは妊娠が出来ず、小川家での面目がないと思ったが故に、良太と別れることになったのだろう。そんな心境を劇中の描かれていない部分で感じられて世知辛かった。
良太が志保を広島駅へ送っていくシーンがなんとも印象的で、かつ見ていて一番苦しかった。ポジティブに二人が演じているからこそ逆に辛かった。そして最後までラーメンを食べたがる良太は自分勝手だなとも思った。
女子高校生のヒカル役を演じた山本真莉さんも良かった。
ヒカルは母のノゾミとは大違いで、真面目に勉強を頑張る女子高生。「劇団普通」の『風景』でもそうだったけれど、親がダメ人間で子供がしっかりしているみたいな関係が多い気がする。
あまり女子高生の気持ちは分からないが、密かに真面目に勉強してこんな環境から早く抜け出して都会へ行きたいという願望もあるのかもしれない。そんな気持ちが根底にあるからこそ勉強しているのかもしれないななんて思いながら観ていた。
今作で一番印象に残ったのが、愛役の池戸夏海さん。
池戸さんの演技を拝見するのは初めてだが、とても魅力的な俳優さんだった。
まず、子猫を拾って育てようとする感じとか、樹子と付き合って幸せそうにしている感じとかが、本当にナチュラルで引き込まれた。
きっと愛が子猫を拾って育てたいと思ったのは、同性愛の二人からは子供は産まれないから、きっと我が子だと思って育てたいと思ったんじゃないかと感じた。また子猫を拾ったという行為が、樹子と愛の間で恋人関係という関係がしっかり結ばれたというふうにも解釈出来るのかもしれない。
ラストシーンで、幸子が樹子と愛の関係についてどう思っているかしっかりとした描写はなかったが、このまま結ばれて欲しいなと思う。しかし、良太と志保が離婚しているという描写が前に描かれていると、この二人のその後もあれこれと気になってしまう。
でもそこまで樹子と愛を応援出来るくらいまでの恋人関係を演じ切った池戸さんは素晴らしかった(もちろん樹子役の篠原さんも)。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
アフタートークでも出演者と福名さんが話をされていたが、今作は劇中に描かれていないことも沢山あって、そこを想像することによって色々と解釈も見つかってくる作品だと思うので、ここでは劇中に描かれなかったことについて考察していくことにする。
まず、今作ではヒカルの父でノゾミの夫である男性と、幸子の夫で良太たちの父が全く登場しない。なのに、彼らが亡くなったことによる家族への影響はとても大きいことが窺える。
まず、ヒカルの父でノゾミの夫の男性は火事によって亡くなってしまったが、それによって二人は小川家に暮らすことになってしまっている。良太たちの父に関しても、家族内で度々話題に上がっていたし、良太は父のことを心配して夜探したりなどしていた。
ここで象徴するのは、家父長制なのかなと思っていて、その家を取り仕切るのは主人であって、その主人の意向というのは劇中に登場しなくても存在が大きかったことを描きたかったのかなと思う。
あとは、福名さんがアフタートークでネタバレをしていたが、実は小川家の父を殺したのは農協の信雄であったそう。信雄は神出鬼没に小川家に出入りして、小川家の女性に手を出そうとしていたし、もしかしたら小川家の父の存在が邪魔だったのかもしれない。
そういった得体の知れない怖さというのが、この田舎の不気味な世界観とも相性が良くて面白いと感じた。
個人的に刺さったのは、愛の友人の真澄が産婦人科医を辞めてしまったこと。これは紛れもなく、良太と志保の夫婦の出来事のせいであろう。結果的には真澄の放った発言によって、二人は別れることになってしまった。でも仕事上それを伝えるしかないので、その行いは決して間違いではないと思う。しかし、田舎は情報の拡散や噂話がすぐ広まってしまうせいで、良太と志保が別れたということを真澄も知ってしまう。そんな出来事が息苦しくなって産婦人科医を辞めたのだろう。
まだこの段階では愛は良太夫婦たちのことを知らないが、樹子に紹介してもらって知った時に愛は一体どんな感想を抱くのか興味を唆られる所である。妊娠出来ないと知って別れるしかなかった小川家に、同性愛という形で紹介される愛の小川家の立ち位置ってどうなるんだろうか、想像しただけでも怖くなってしまうし、明るい未来が想像出来なかった。
そういった感じで、劇中の描写からあれこれ想像して、描かれていない部分に恐ろしさを感じさせるという点で、今作の戯曲は優れていたんじゃないだろうかと、観劇後に考察をしながら感じた。
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