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舞台 「どっか行け!クソたいぎい我が人生」 観劇レビュー 2022/12/01


【写真引用元】
ぱぷりか Twitterアカウント
https://twitter.com/pap926/status/1598583445487517697/photo/1


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公演タイトル:「どっか行け!クソたいぎい我が人生」
劇場:こまばアゴラ劇場
劇団・企画:ぱぷりか
作・演出:福名理穂
出演:占部房子、富川一人、林ちゑ、阿久津京介、岡本唯
公演期間:11/24〜12/6(東京)
上演時間:約105分
作品キーワード:シリアス、親子、ヒューマンドラマ、ホラー
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


「柔らかく搖れる」で今年(2022年)の岸田國士戯曲賞を受賞した、演劇団体「ぱぷりか」を主宰する福名理穂さんの作演出作品を初観劇。
今回の「どっか行け!クソたいぎい我が人生」は、福名さん自身が岸田國士戯曲賞を受賞してから初めてとなる新作公演であり、「ぱぷりか」としては第6回公演となる。

物語は、広島県内の田舎町を舞台とした母親と娘の親子の話である。
赤木かすみ(占部房子)は、旦那とは離婚(していたと思われる)して一緒に暮らしておらず、一人娘の20歳の赤木初衣(岡本唯)と暮らしていた。
赤木家には、かすみの弟夫婦も近くに住んでいるようで、頻繁に遊びに来ていた。
かすみたちが暮らす近所で殺人事件が起きる。
加害者はかすみの同級生の女性であり、その女性の浮気相手から暴力を振るわれていて、正当防衛的な形で浮気相手の男性を殺してしまったのだそう。
かすみは、そんな物騒な殺人事件が近所で起きてしまったことで、自分も誰かに襲われるんじゃないかという恐怖心が募っていき、それは周囲の人間をも巻き込んでいってしまうというもの。

冒頭でその殺人事件の話が登場するのだが、そこからかすみはずっと周囲に対して警戒心を抱き、その心理描写を演劇で上手く描いていたので、ずっとシリアスな展開が続いていき、それだけでも観客をぐっと引き込ませる力を感じていた。
その描き方が非常に演劇的だったので、福名さんは岸田國士戯曲賞を取る腕のある脚本家というだけでなく、演出家としても実力があることを痛感した。

次第に過剰なまでに周囲に対して警戒心を強めていき、誰が見ても異常だと思われるくらい狂ってしまうかすみ、そんな母親の様子に耐えかねてしまう娘の親子の人間関係が非常に興味深かった。
男性である私にとっては、娘にとって母親とはどんな存在なのか、母親にとって娘はどんな存在なのかというのが直接的には分からないので、あまり感情移入出来なかったのだが、2人の立場を想像しながら解釈したり、時には意外に思う描写もあって楽しむことが出来た。

演出面においては、非常に「音」にこだわった演劇だと感じた。
かすみを主人公として、彼女が今の状況について抱く不安と恐怖心が緊迫感を持って劇中で描写されるので、ちょっとした物音やわずかな変化に敏感になりながら、ホラー作品に近い感覚を得ながら楽しんだ。
舞台セットも地方の田舎の民家といった生活感のある美術が非常にハマっていたし、役者陣も田舎というどこか閉塞感を抱えながらうつろな感じで暮らす雰囲気を上手く醸し出していて良かった。

今作は間違いなく男性と女性とで見え方も変わってくる舞台作品だと思うし、きっと誰かの母親であったり、娘である方によってでしか感じ取れない描写や解釈もあると思った。
今作を観劇した女性ともディスカッションしたいくらいだった。多くの人にオススメしたい(特に女性に)演劇作品だった。

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【鑑賞動機】

「ぱぷりか」という演劇団体はかなり前から評判がよくて知っていた。2018年の「MITAKA "Next" Selection 19th」にも選出されているくらい、実力のある演劇団体だと世間から評価されていた。そして今年(2022年)に、岸田國士戯曲賞を受賞したということが観劇の決めて。受賞後、福田さんの初めての新作公演ということで観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇して得た記憶なので、抜けや間違い等あると思うがご容赦頂きたい。

7月のある日の朝、赤木かすみ(占部房子)は自分の44歳の誕生日を迎える。自分の星座である蟹座が1位であることにも上機嫌になる。
娘の赤木初衣(岡本唯)が起きてくる。初衣は真っ先に母のかすみに誕生日おめでとうを言う。そして、リビングに隠してあった小さな袋を取り出してかすみに渡す。誕生日プレゼントだそう。かすみは早速開けてみると、中にはルビーの耳飾りが入っていた。ルビーは7月の誕生石で本物だそう。かすみは嬉しさのあまり、早速ルビーの耳飾りを付ける。

かすみの職場にて、かすみの職場には後輩で25歳の柴田大志(阿久津京介)という男性がいた。彼は金髪である。
柴田は、近所で殺人事件が起きたことをかすみに話す。それは柴田の元カノが犯行を犯したもので、その元カノには浮気されていたのだが、その浮気相手が殺されたのだと言う。かすみはその話を聞いて非常にゾッとする。しかも、その犯行を犯した女性というのはかすみの中学の同級生であることも判明する。柴田は40代半ばという随分良い歳して、まだ結婚しておらず恋人だったのだなと言う。

赤木家、かすみの誕生日の日の夜。家には、かすみとかすみの弟の宮本将太朗(富川一人)とその妻の宮本紗々子(林ちゑ)がいた。かすみは、今日職場で柴田から聞いた近所の殺人事件の話をしていた。その加害者が中学時代の同級生であり、いつも笑っていて何を考えているか分からない子だったと言う。
初衣が帰ってくる。かすみは、初衣に近所で殺人事件が起きたことを知っているかと聞くが、初衣は知らないという。
かすみは風呂からあがり、着替えて脱衣所にいる。リビングに初衣がいる。玄関で何か物音がしたような気配。かすみは初衣に、玄関の様子を見てくるように頼む。初衣は怖がり、かすみがやるように言う。かすみは今日は誕生日なのだからと言って、初衣にそんな時に誕生日を出してきてずるいと言われる。初衣は恐る恐る玄関へ向かって、様子を見て戻ってくる。何もなかったことに2人とも安堵する。

深夜、かすみが一人でリビングにいると、玄関のチャイムが鳴る。こんな時間に誰が尋ねて来たのだろうと訝しみながらかすみは玄関に向かう。玄関の鍵を開けると、どうやら外には知っている人がいたらしく「あー」という感じで、リビングに戻ろうとするが、その時かすみはその人物に襲われる。
かすみはリビングで目を覚ます。先ほど玄関で誰かに襲われたのは夢であったことが分かりホッとする。しかし、あまりの気味の悪さに、かすみは玄関へ通じるリビングの扉を凝視する。そして、その扉に向かってファブリーズを吹きかける。そのまま至る所にファブリーズを吹きかける。さらに、リビングの部屋の至る所にカッターなどの護身用の凶器を隠しておく。
そこへ玄関から将太朗がやってきて、かすみは非常にびっくりする。脅かさないでよと。かすみは、どうしても怖くなってしまい、セミナーを受けて護身術を学びたいなどと言い出す。将太朗は呆れる。

かすみは助手席に柴田を乗せて自動車を運転していた。柴田は今度上京してカメラをやりたいとの旨を伝える。そのため、かすみと同じ職場にいられるのも残り僅かだという。
かすみたちが乗った自動車は、この前殺人事件のあった現場を通り過ぎる。そこから話題は殺人事件の話に。その浮気相手の男性からは、ずっと家に上がりこまれていて、暴力を受け続けていたと言う加害者の女性。その殺人を犯した中学の同級生だけでなく、一緒に住む住人も含めて暴力を殺された男性から受けていたようである。そのため、今回の殺人事件は最初は加害者の正当防衛だったのだと。ずっと殺人を犯した方は被害者だったのに、加害者になってしまうとは...とかすみは言う。

赤木家では、初衣と紗々子が会話していた。紗々子は将太朗と結婚したばかりの新婚だった。初衣は洗濯物を畳んでいる。紗々子に、家では洗濯物とか畳んだりしないの?と聞く。紗々子はしないよと答える。洗濯機を回して、自分のは自分で干して畳むのがルールらしい。今度は食事とかは作らないの?と紗々子に尋ねる。作らないよと答える。自分で食べたいものを自分で用意するらしい。初衣は、そんな生活は楽で羨ましがる。紗々子は子供も産もうという気もないみたいだった。
かすみが帰ってくる。かすみは、柴田という男性を家に連れてくる。はじめましてと初衣と紗々子に挨拶する。柴田の年齢が25歳ということで、初衣は自分と5歳違いということで親近感を抱く。
かすみは、柴田が東京に行ってしまうというので、手飾りを渡そうと棚の高い所からモノを取り出そうとする。しかし高すぎて届かない。代わりに柴田が高い所のモノを取るが、その時の手を伸ばす感じにかすみはキャッキャする。
かすみは、その箱の中に入っていた手飾りの一つを柴田に渡す。この子が東京に行きたがっていると言って。かすみ、柴田、初衣、紗々子はそれぞれ手飾りをする。
そこへ将太朗がやってくる。将太朗は柴田とはじめましての挨拶を交わし、かすみたちに何か訳のわからないことに付き合わされているのではないかと心配する。柴田へビールを振る舞おうとするが、そこはお客さんなのでと言わんばかりに、初衣が冷蔵庫からとってきて振る舞う。また、手飾りの入った箱を棚の上に上げるときも、柴田が上げたのだがかすみがキャッキャする。
ゴロゴロと雷が鳴り始め、雨が降ってくる。柴田は帰っていく。そして、宮本家夫婦も帰っていく。

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夜、大雨が降りしきる中、宮本家夫婦は自動車を運転していた。将太朗は、かすみが殺人事件が起こってから、やけに身の回りをきれいにし始めたり、セミナーに行きたがったり凄いのだと話す。紗々子は、では今度みんなでパワースポット行く?と提案する。きっとかすみも乗ってくれるんじゃないかと。それに、私たちは幸運に恵まれているから大丈夫だと紗々子は言う。名前の文字の画数も多いから大丈夫だと。
その時、後方から車のヘッドライトが眩しく光り、クラクションが鳴る。

赤木家、かすみが一人リビングにいる。かすみは初衣から誕生日プレゼントとしてもらったルビーの耳飾りの入った箱を、ゴミ箱に捨てようとしていた。
そこへ初衣がやってきて、その光景を目の当たりにしてびっくりする。初衣が、ルビーの耳飾りはお気に召さなかったかと小さい声で言う。かすみは、このルビーの耳飾りをしているといつも不幸なことが起こるのだと言う。最初に付けていた日は近所で殺人事件があったし、次に付けていた日は宮本家夫婦が自動車事故に巻き込まれたと。だから災いが自分たちに来る前に処分しようと思うと。ルビーの耳飾りはちょうど2つあって、かすみと初衣の分の2つだと。
その言葉に初衣は激怒する。娘のことよりも自分の身の安全に気がいってしまうのかと。そして初衣は、かすみからもらった手飾りを投げ捨てて、泣き崩れながら立ち去る。

初衣は、柴田とこっそり2人で会う。初衣は、柴田と一緒に東京に行きたいと言う。柴田は了承する。
初衣は東京に行ったら、東京タワーやディズニーランドに行ってみたいと言う。東京スカイツリーは?と柴田に聞かれると、スカイツリーは中には入らず眺めるだけで良いと言う。

赤木家にて、柴田が東京に旅立つ日、初衣も東京に行く支度をする。少しおしゃれをした格好をして、キャリアケースを持って。その姿を見たかすみは、初衣に東京に行かずにここに留まるように言う。初衣がこの家からいなくなってしまったら、私は一人になってしまって寂しいからと。
そんな束縛をしようとする母のかすみに対して、初衣はその束縛を振り払おうと抵抗する。
そこへ柴田が初衣を迎えに赤木家へやってくる。柴田に対して、かすみはリビングに仕込んでいた電気ショックを持ち出して、娘を連れて行くなと抵抗しようとする。柴田はびっくりする。そこへ将太朗もやってきて、かすみをなんとか落ち着かせようとする。
柴田と初衣は赤木宅を出て東京に向かう。その後将太朗はかすみに、かすみの元旦那が1年前にガンで亡くなっていたことを伝える。かすみはその知らせを聞いて、まるで我に返ったかのように力が抜けてうなだれる。

初衣は、先ほどの出来事で気を動転させてしまったのか、東京へ向かう方とは逆方向に行こうとして、柴田に逆だよと指摘される。そして柴田の話し言葉から、初衣は3日間だけ東京に行けるとのことで、ずっと東京に行ける訳ではなかったと勘違いしていて、ショックを受ける。

長い暗転。自動車が沢山走っている音が聞こえてくる。

赤木家、初衣がキャリアケースを引いて帰ってくる。しかし、リビングには誰もいない。脱衣所の方や台所の方を覗いてもいない。そしてリビングの窓を開ける。
そこへかすみが穏やかな表情をして戻ってくる。どうやらかすみは散歩をしていたようだった。良い運動をしてきたと気持ちよさそうな顔をしていた。東京はどうだったかと聞かれたので、初衣は沢山人のいるファッションショーの話をした。全ての出来事が新鮮だったようで楽しかったようだった。
かすみは、初衣に父親が1年前に既に亡くなっていたことを伝える。ガンでずっと闘病していたようだとのこと。きっとお父さんも辛かっただろうねと言う。そして、今日は蟹座が1位だと初衣に告げる、そのまま2人は仲良く会話する。ここで上演は終了する。

物語前半は、殺人事件が起きたという設定と、かすみの悪夢が相まって、非常にホラーのような不気味な空気感の漂う作品でずっと引き込まれていた。しかし、物語が後半に向かっていくことによって、ストーリーの主軸がかすみという母親と初衣という娘の話へシフトしていく。かすみが次第にその恐怖や不安のあまりに狂い始めて、それによって娘の初衣もついて行けなくなって、親子関係が冷え切っていく展開が非常に面白かった。
前半部分はシリアスでホラー要素強め、後半は親子のホームドラマ、ヒューマンドラマとしての側面があって、全く観客を飽きさせない脚本構成であったため、流石は岸田國士戯曲賞を受賞した劇作家の作品だと思った。また福名さん本人が女性で、おそらく女性でしか描けない母親と娘の関係のリアリティさが、この作品にはあったのだろうなと思う。だからこそ、男性である私にはあまり感情移入できない箇所もあって、とにかく女性による感想が聞きたい所だった(女性、女性連呼してしまいすみません)。
あとは、おそらく福名さん自身もきっと東京出身ではなく、どこか地方で生まれ育った方なのだろうなと思った(と思って調べたら、やはり広島県出身だった)。地方に暮らす人々から漂う閉塞感と不安の描き方が非常にリアルだし、東京への憧れも、地方出身である私と同じ感覚を抱くので、その点に関しては凄く共感出来る作品だった。

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【世界観・演出】(※ネタバレあり)

まるで広島の田舎の民家をそのまま切り取ったような舞台セットと、リアルに近いくらい再現性の高い舞台照明、そして洗練された舞台音響。小劇場ならではの舞台美術がそこには用意されていて、福名さんは脚本家だけではなく、演出家としての手腕もレベルが高いことを実感させられた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には、ほぼ全面を使って赤木家のリビングが本物の民家のようにリアリティを持ってセットされていた。下手手前側には、リビングの窓ガラスがある体で、ベランダのようになっていた。下手側の壁には台所へ通じるでハケが手前側に設置されており、その奥には玄関に通じていると思われるでハケが設置されていた。
舞台奥下手側の壁には、脱衣所に通じるでハケが用意されていて、序盤のシーンでかすみが風呂から上がったような姿でそこから現れ、初衣に玄関の様子を見てくるように言う。舞台奥上手側の壁には、ソファーが置かれていて、そこにはよく紗々子が座っていた印象。
リビングの空間の中央には、大きな食卓が置かれていて、その周りには複数の椅子が置かれていた。基本的にはかすみはその食卓に座って、悪夢にうなされたりしていた。
上手側の壁には、背の高い棚が置かれていて、その上に東京へ向かう柴田へプレゼントする手飾りの箱が置かれていた。また、タロットカードなども置かれていた。
上手手前側は、赤木宅ではないエリアが存在し、一段下がった家のフローリングも何もない場所がある。そこでは、基本的には椅子が横に二つ並べられていて車を運転するシーンで使われた。かすみの運転で、助手席に柴田がいるシーンや、宮本夫婦が車を運転するシーン。または、東京へ向かう柴田と初衣の2人のシーンもここで演じられた。
赤木家のリビングは、非常に生活感のあるリアルなリビングの舞台美術が非常にハマっていて印象に残った。壁が若干薄汚れている感じなども、変に汚しを掛けている訳でなく妙にリアルだった。リビングに置かれているモノもきっと舞台関係者の私物を持ち込んだのだろうなと感じさせるくらい皆使い古されていてリアルだった。

次に舞台照明について。
個人的には舞台照明も凄く好きだった。というか時間帯の表し方が凄くリアルで好きだった。個人的に好きだったのは、かすみが悪夢から目覚めた時の、あの明け方の感じの照明。全体的にどんよりと薄暗いけれど、ちょっと薄い緑がかった明け方の感じが、本当に家の中で夜明けを迎える感じの色彩で、非常に印象に残った。もう一つ、ラストのシーンの日中のシーンの舞台照明も非常に好きだった。かすみが散歩に出かけていたくらい、太陽の差し込む日中だと思われるが、その明るさが赤木家の親子2人の今後の希望とも捉えられて好きだった。心地よい眩しさがその舞台照明演出にはあった。
あとは、かすみが見た悪夢のシーンの照明も非常に他のシーンと比較すると特徴的で良かった。私はこのシーンが始まった時、きっとかすみの夢であろうと類推することが出来た。ある観客にはそう分からせるくらいの程よい演出だと思う。ちょっと不気味がかった紫と黄色(たしか?)の照明がかすみに当たって、そしてそのシルエットが不気味にも背後の壁に作られる感じが、ちょっと遊び心を感じられて良かった。これが、また悪夢の中だから遊べるのだなとも感じた。凄く印象に残ったし、序盤でしっかり観客を劇に引き込む要素だったと思った。
あとは、宮本夫婦が大雨の夜に自動車事故を起こすシーンで、背後からまばゆいスポットライトが当てられる照明演出も面白かった。そのスポットライトは、ずっとソファーの下の箇所に設置されていたのだが、ずっと気が付かなかった。そのシーン以降、そのライトがソファーの下にあることがちょっと気になった。でも素晴らしかった。こんな演出もあるのかと思った。
あとは、雷雨が降ってくるシーンでの、皆が赤木家のリビングにいて、急にゴロゴロという音と共にリビング中がちょっと黄色と緑で照らされる、落雷で照らされる照明演出が好きだった。あのきっかけによって、ここから登場人物たちは、何かよからぬ方向へ向かう、シフトするきっかけでもあるのだろうなと察しが付いた。それが、宮本夫婦の自動車事故であるのだが。

そして舞台音響について。舞台「夏の砂の上」を観ていても思うのだが、田舎の閉塞感のある民家をリアルに描こうとすると、演劇ではどうしても「音」に意識がいってしまう。今作も「音」への関心がどうしても観劇しているといってしまうような仕掛けがあるように感じられ、そこをしっかりと作り込まれていた感じがしたので素晴らしかった。
まず開演と同時に、何かヘリコプターが空を飛んでいるような効果音が流れていた。暗転しながらこの音が流れるのだが、それがどこか映像演出的にも感じて、映画っぽかった。その上、ここからシリアスな物語が始まるというメッセージにも聞こえたのが面白かった。
あとは、なんと言ってもかすみの悪夢のシーンでの、緊迫感が張り詰めた効果音が流れていたのは演出としても良かった。だからこそ、このシーンだけ今までとは違うな、きっと夢なんじゃないかなと勘ぐることが出来た。
あとは、無音だからこそ感じさせる恐怖というのをこの舞台空間は創り上げていた気がする。無音も舞台音響の内と言われるような演出が、まさに今作では生きていた。かすみが不安と恐怖のあまり、ずっとファブリーズをクシュクシュやっているシーンがあるが、あの時の無音な空間がまさに恐怖を掻き立てられる。田舎の人が少ない地域でひっそりと暮らしていた頃の、一人家に夜の時間いる時のあの寂しさと恐怖心、田舎で育った自分だからこそよく伝わってきた。
あと個人的に好きだった音は、終盤の初衣が柴田と東京に行ってしまった時間を表す長い暗転で流れていた物音。私には自動車が何台も近くを通る音に聞こえて、きっと柴田と初衣が楽しそうに東京を散策していることを表す暗転なのだろうなと推測した。一方で、その時間はかすみが広島で一人孤独な時間を過ごしていた時間でもある。都会のようでどこか都会を感じさせない自動車の音にも聞こえた。時間が走るように過ぎ去ったようなニュアンスにも感じられた。

最後にその他演出について。
やはり広島県の田舎町を舞台とした劇というのもあって、全体が広島弁で構成されていた。タイトルの「どっか行け!クソたいぎい我が人生」も広島弁であろう。「たいぎい」というのは広島弁で「面倒くさい」という意味だそう。劇中でもよくかすみが「たいぎい」という言葉を使っていた。役者陣はおそらく広島出身でない方もいるだろうが、皆自然と広島弁を不自然なく話していて素晴らしかった。広島弁がしっかり馴染んでいたからこそリアルに感じられた部分もあったのかもしれない。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

小劇場演劇では名の知れた俳優陣による演技ということで、皆素晴らしかった。名前は聞いたことあったが、実際演技を観るのは初めてという方もいたので、観劇できて良かった。
5人しかキャストがいないので、全員について感想を述べていく。

まずは、主人公の赤木かすみ役を演じた占部房子さん。占部さんの演技を生で拝見するのは初めて。占部さんは舞台出演はもちろんのこと、映画「偶然と想像」などの映画出演や、NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」や大河ドラマ「風林火山」、「相棒」などテレビドラマへの出演も数多い。
今作は、近所で殺人事件が起きたことをきっかけに次第にその恐怖と不安のあまり、狂い始めて娘をも傷つけていく母親役を演じている。こんな感じの女性田舎にいそう!と思わせられるくらいリアルな演技だったし、広島出身ではないのに広島弁が凄く馴染んでいるように聞こえて、方言も凄くマスターされていて自然な印象を受けた。
凄く恐怖する演技が上手かった。周囲を見渡しながら恐る恐るファブリーズを吹きかける感じが、本当に何か見えないものに怯えている印象を与えていて上手いと感じた。人が急に現れてびっくりするときの、声にならない声も凄くリアルで素晴らしかった。
次第に狂っていく感じは、終盤はもっと発狂して娘たちに向かっていっても良かったかなと思うが、かなりの難役を見事に熟されていて素晴らしかった。あと、柴田が腕を伸ばした姿にキャッキャする感じのギャップも好きだった。

次に、赤木初衣役を演じた、ぱぷりか/時々自動所属、そしてYKKというバンドグループで歌とギターもしている岡本唯さん。岡本さんの演技拝見は初めて。個人的には岡本さんの演技が、今作の俳優の中で一番好きだった。
まず初衣のあの田舎娘っぽさが凄くキャラクターと舞台設定に合っていて良かった。たしかに広島にずっと住んでいそうな20歳の娘だなと思ったし、せっせと家事を熟している感じも似合っていた。まさに恋愛とかやりたいことはそっちのけで実家に尽くしている娘といった感じ。
そこから柴田に出会ったことによって、徐々に自分の感情に対して正直になっていくあたりが好き。柴田に一目惚れしている感じの、あのキラキラした目つきが本当に素敵だったし、ここで「恋しているな」という感じを上手く出していてグッときた。母親に折角プレゼントしたルビーの耳飾りが捨てられてしまうシーンは、本当に初衣が可哀想で胸が痛かった。
そして東京に憧れる感じも純粋で好きだった。柴田と東京に行って一緒に回りたい所が凄くストレートで田舎娘!という感じが素敵だった。そんな色々と心を動かしてくれる演技をしっかり演じ切られていた岡本さんは素晴らしかった。

柴田大志役を演じたDULL-COLORED POP所属の阿久津京介さんも素晴らしかった。阿久津さんの演技を拝見するのも実は初めて。
気持ち良いくらいな金髪頭なので、どこか菅田将暉さんを連想させられる。チャラくて、でも性格は良くて優しいから女性にモテて、菅田将暉さんを凄くイメージしながら観劇していた。
かすみとは年齢的には20歳くらい離れているが、奇策に話しているあたりがどこか親しみやすくて、そして田舎にいるあんちゃんな感じがする。そして年下になる初衣にはお兄さんらしく優しく接している感じが好感を持てた。

宮本将太朗役を演じた劇団はえぎわ所属の富川一人さんは、田舎にいそうな力の抜けた感じの男性が似合っていたし、宮本紗々子役を演じた青年団所属の林ちゑさんは、あのミステリアスな感じと、何があっても決して動じなさそうな感じが好きだった。

【写真引用元】
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)

福名理穂さんの岸田國士戯曲賞受賞後初めての新作公演ということで、とても楽しみにしながら演劇作品を観劇したが、もちろん脚本家としての才能も素晴らしいのだが、それだけでなく演出家としても素晴らしかったことをこの目で確かめる事ができた。
ここでは、今作のその演出力の素晴らしさについてと、母かすみと娘初衣の関係について感じたことを男性視点で考察してみようと思う。

私も地方の村で生まれ育っているので、田舎に暮らす人々が抱える閉塞感というものをなんとなく知っている。その閉塞感を非常にリアルな形で再現していた点に、福名さんの演出家としての素晴らしさを見出せたのかなと思う。その閉塞感というのも、色々な種類が存在していて、例えば今後どんどん人口が減少していって未来がない、活気がないという閉塞感もあれば、対人関係が限られていて決まった人としか顔を合わすことがない閉塞感というのもある。この作品では、地方の閉塞感によって感じられる不安、恐怖、そして寂しさをかなり解像度を上げてリアルに描いていると感じた。
都会と比べて地方は当然人口が少ないので、どこか一人で家の中にいると、凄く物悲しい感じを受けることがあった。周囲の車通りや人通りも少ないので、だからこその寂しさと、そこから来る恐怖と不安というものがあって、それをこの演劇作品を観劇しながら思い出してしまった。

ましてや、近所で殺人事件なんかが起きてしまったらよりその恐怖心は煽られることだろう。地方の田舎に住む私の家族も、近所で物騒な事件が起きるとやたらと反応する。
都会に住んでいれば、たとえここから歩いていける箇所で事件が起きたとしても、そこまで恐怖を感じない。それは、近所にかなり多くの人々が住んでいて、そのうちの多くの人を赤の他人だと認識しているからである。
しかし、田舎になると近所付き合いもあって、周辺に住んでいる人たちは皆知り合いみたいな感覚なので、近所で殺人事件が起きると、まるで身内の人が殺されたみたいに、自分の身のすぐ近くで物騒なことが起きたという感覚になる。だからこそ、かすみも近所での殺人事件に過剰に反応していたのだと考えられる。しかも、その加害者が昔の中学の同級生だったとわかれば、尚更身近な殺人事件になりうるだろう。

そんな、田舎で起きがちな近所の物騒な事件の発生による胸騒ぎと、地方の田舎に暮らしているが故の恐怖心、不安、寂しさを上手く掛け合わせて、地方に暮らしたことがある人間なら誰もが感じるような、ノスタルジーを感じさせる寂しさを演劇空間を上手く活かしながら描写していた点に、福名さんの演出家としての力量を感じた。

この殺人事件は、やがてかすみを徐々に恐怖のどん底へと追い詰めていき、一人娘の初衣との関係をもぶち壊すまでに至ってしまう。
初衣は、至って純粋で母親思いの真っ直ぐな娘であった。母親の誕生日にルビーの耳飾りを買ってくれたりと、最初は母親を慕っていたと思われる。実家を出て結婚してもその結婚相手の男性に尽くさないといけないし、子供を産まないと田舎なので周囲から何か言われるし、あまり前向きではないのかなと思われた。その根拠となるシーンが、初衣と紗々子とのエピソード。初衣は紗々子を羨ましく思っていた。なぜなら、紗々子は全く家事をしないで夫と暮らしているから。そんなのアリなのかよとまで思っている。そこからは、初衣も出来れば家事とかから解放されて自由に生きてみたいなという願望は密かにあるのかなと感じた。だから、結婚してしまうとそんな自由は基本的にはないので消極的であったのかなと考えられる。しかし、もし将太朗のような家事を一切しなくても良い男性と結婚出来たら、それは自分も幸せになれるのかななんて思っていたのではないだろうか。
だからこそ、柴田という歳の近い男性が現れた時には、この人とならお付き合いしてみたいという一目惚れがあったのかなと思う。わざわざ柴田のために初衣が飲み物を準備したり、ちょっとドキドキして緊張を隠せない表情をしたりする姿から、初衣は柴田に動揺している印象は感じられる。

しかし、同様に母親のかすみも20歳も歳下ながら柴田を恋愛対象として見ていた。その様子は、初衣も絶対に気づいていたことだろう。柴田に高い所のモノを取ってもらう時にかすみはキャッキャしていた。母親と娘が同じ男性を好きになってしまってそれにお互いが気がついた時、2人はどのような気持ちになるのだろうか。男性である私にとっては、ちょっと想像がつきにくい所である。私が感情移入出来なかったポイントの一つがまさにここである。
よく女友達同士が同じ男性を好きになってしまったら仲が悪くなるイメージがある。それと同じように、母親と娘も、親子という関係から外れて女性同士という関係に変わって仲が悪くなるものなのだろうか。でも今作の人間関係を追っていくと、どうやらそのようになりそうである。
柴田の取り合いという点だけではなく、初衣が買ったプレゼントをかすみが捨てようとしたこと、その理由が災いを呼ぶものだと決めつけられたからであるというのが決定打のようだが。

初衣は、かすみと仲違いしてしまうと、心の中では東京に渡りたいという夢があったようで、大好きな柴田と東京へ移り住もうとする。喧嘩した母親とは一緒に暮らしたくないというのもあるからだろう。
しかし、かすみは娘を手放したくなかった。子供を東京に向かわせてしまうと自分が一人になるから。ましてや物騒な事件が近所で起きて、弟夫婦も交通事故に遭った矢先、自分の身に何かあるかもしれないと不安にかられていたから余計そう感じたのだろう。この気持は母親になったことはないが私もよく分かる。独り立ちしたい娘と、それに反対する母親。この構造は、田舎を飛び出す娘であれば、割とよくあるし共感しやすい箇所なのかなと思う。

しかし、かすみは将太朗から旦那が1年前にガンで亡くなったことを知らせる。それによって、かすみは我に返ったかのように落ち着く。実はこの心情変化も男性である私には納得がいかなかった。
おそらく、かすみが悪夢でうなされて、赤木家の玄関で襲われたのは元旦那だったのではないかと思う。かすみは、いつかこの家に急に元旦那がやってきて襲われると恐れていたのだろう。ここは私の推測になるが、かすみが離婚する時、初衣をどちらが育てるかという選択で、きっとかすみは初衣と一緒に暮らしたいという望みを曲げなかったのだと思う。元旦那もそうしたいと願ったにも関わらず。
だからこそ、ずっとかすみは元旦那に後ろめたい気持ちで生きてきたから、何か逆恨みされて自分を襲ってくるのではないかとずっと不安に思っていたのかもしれない。そう考えると、近所の殺人事件でかすみがやたらと不安がる理由もよく分かる。同じ男女のトラブルによって起きた殺人事件だから。

ただ、その自分を襲ってくるかもしれないという可能性が消えたことによって、最後にここまで初衣に優しく出来るようになるものなのだろうか。元旦那が亡くなってしまったと知れば、最後まで娘と会いに行かずじまいで良かったのだろうかと後悔もするんじゃないかと考えてしまうが、実際女性とは離婚した相手に対してはそうは思わないのだろうか。そこが個人的には若干違和感を覚えた。正しい違和感なのかわからないが。

でも間違いなく、かすみは元旦那が死んだことを知ったことによって、今までの恐怖と不安からは解放された。それによって、娘への束縛もなくなったようである。
娘の初衣も、東京に行くという夢を叶えて、これでやっとかすみと仲直りが出来たんじゃないかというシーンで幕を閉じた。
あくまで男性視点での考察と私の考えなので、きっと女性が観劇するとまた違った解釈と考察があることだろう。そんな観劇者によって解釈も変わってくる素晴らしい戯曲を書いた福名さんは、やはり岸田國士戯曲賞を受賞するだけある腕のある脚本家だった。

【写真引用元】
ぱぷりか Twitterアカウント
https://twitter.com/pap926/status/1599006651138596864/photo/2


↓富川一人さん過去出演作品


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