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僕が26歳で映画を劇場公開するまでの話(映画との出会い・いじめ・友達について)

僕は、特に映画に興味を持たない高校生だった。
強いて言えば、子供の頃に兄と一緒に金曜ロードショーをみるとか、兄が借りてきたDVDを一緒に見るぐらいのレベルだった。

あの頃の僕には、きっと「小津安二郎」「大林宣彦」「デビットフィンチャー」「リュックベンソン」なんて名前を言っても知らないくらいの1992年生まれの高校生だった。

そんな、高校生が映画と「本当の意味」で出会ったのは、高校2年生の夏だった。
おれは、寮生活をするために、家から離れた生活をしていた。
よくある、あの当時の上下関係の厳しい部活に入っており、週一に繰り広げられる

締め会!!!!!!

により、先輩のターゲットにされたことにより、自分の人生は大きく変わった。(まあ、この理由は自分もかなり当時ナルシスト系の生意気クソ野郎だったので、まあ、やられるのは、わかるのだけど)
その時から、僕は、子供の頃から人のことをイジメることはしても、いじめられる事はなかった。

辛かった、
簡単に言えば、それまで同級生だった奴に飲み物買いいってこいと、当然その金はしかも、俺が出している訳で、そんな、まあよくあるいじめられた生活を送っていた。

ただ、生きていける理由だったのは、その状況に置かれても、

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変わらずに接する友人たち

がいたという事。(写真は、大学時代の友達ww高校時代の写真がなかったので)

これにより、僕は生きられた。部活内のいじめが辛くて、そして、寮でもそいつらがいる事は、地獄でしかなかった。
一度実家に帰った事がある。
まあ、クズみたいな人たちの上辺だけの説得(先生)と上辺の謝罪(いじめてた奴)により寮生活戻ってくるのだが、変わらずに接する友人たちがいたから戻ってこれたのだろうと思う。
(後に奴らに、強く当たられると、やめろよ、また実家に帰るぞ的ないじりをされた。地獄に落ちろと思った)

きっと、彼らは部活の人たちからそういう目に合っているのは、気づいたのだとは、思う!!

それでも、接してくれた事に感謝しかしない。

そして、当時彼らと休みの日に何をする事が流行っていたかというと

友達たちと映画を見る事

俺は、よく監督デビューしてから、何か監督を目指すにあたってきっかけの映画はありますか。
おれにとってのきっかけは、彼らと映画を見る事だった。
彼らと映画っておもしろいなとか、そういう同じものを共有し、感動、おもしろさを与える力を持つ映画てすごいなと思うようになった。

そして、そう思っていた頃に友達と見た映画で

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この映画を見た時、涙が止まらなかった。
まるで自分と同じように差別を受けた人たちが、必死に取り組み、勝利を勝ち取る、こんなに、あの時の自分にくる映画はないだろう。

そして、僕は、映画監督を目指すようになった。

そして、一つエピソードとして伝えておきたいのは、劇場デビューした東京公開の日、わざわざ、2時間かけて11時の渋谷まで来てくれた高校の友人がいる。


それは、あの時友達でい続けてくれた友達だった

本当にありがとう。俺は感謝しかない。
俺は、彼らが面白いと思える映画を作り続けようと思った。


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