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感覚のズレを埋める照明計画

人は人種によって目の色が違い、それが光の感じ方や色彩感覚にも影響を与えることがあります。アメリカやヨーロッパの室内空間が暗いのは、目の色が黒い黄色人種よりも、目の色が青い白色人種のほうが明るさや眩しさを感じやすいからです。実は「雰囲気が良いから」「美しいから」といった理由ではなく、身体的な機能の差が快適に感じる照明に差を生んでいました。

とはいえデザイン教育をうけてきた人は、デザインのルーツであるヨーロッパからの影響を強く受けているため「暗いから雰囲気が良い」「明るいのはかっこよくない」といった刷り込みを受けているのではないでしょうか。実際に私もそんなふうに考えていましたし、それが間違っているとも思わないくらいに洗脳されてしまっています。

そんな「暗くてかっこいい空間」が評価される場面もありますが、「ミニマムに」「必要なところに必要な光を」といったマインドで計画した照明環境に対して「暗い」と指摘を受けることも少なくないです。暗くて快適と思ってもらえたら良い仕事をしたと言えますが、暗くて不快と思わせてしまったらそれはエゴでしかないですよね。
今後はエゴを押し付ける照明計画ではなく、今回タイトルに掲げている「感覚のズレを埋める照明計画」について考え、実践してみようと思います。


なぜ暗さを感じるか

各タスクに対する「局所照度」、空間全体の「全般照度」どちらも一般的な照度基準に沿った計画をしているのに「暗い」と言われてしまうのはなぜでしょうか。

慣れた照明環境とのギャップ

現代の建築ではダウンライトやスポットライトによる照明が一般的ではありますが、これらの指向性が強い光よりも、蛍光灯のような拡散光が好まれてきた歴史があります。安価で効率の良い蛍光灯は高度経済成長とともに一般家庭にまで普及し、明るさが豊かさの象徴のように思われていきました。(拡散光を好むのは蛍光灯に始まったことでもなく、日本建築の大きな特徴である障子越しに入ってくる拡散された自然光などがルーツであるという考えもあります。)
学校でも蛍光灯、スーパーやコンビニでも蛍光灯、自宅でも蛍光灯といったように、どこにいっても白くて明るい照明環境です。これが多くの人にとっての「安心する光」となったが故に、ダウンライトやスポットライトなどの局所を照らす、影や暗がりをつくる照明に対する拒否反応をもたらしているのではないでしょうか。

光の感じ方の違い

全く同じ空間をみていたとしても、その人がもっている身体や感性の違いによって同じ光を感じているとは限りません。「こんな差があるかもしれない」とあらかじめ考えておくことで、どのくらいの明るさに設計するかの目安にしてみましょう。

性差 : 女性の方が明るい部屋を好む傾向にあります。
これは色を判別するための錐体細胞すいたいさいぼうが男性よりも多いことに由来しています。錐体細胞が明るい場所でないと十分に働かないことが、男性よりも明るさを求めると考えられている理由のひとつです。住宅においてはまだまだ女性の家事の割合が多く、掃除や料理などには高い照度が必要なことも影響しているでしょう。

年齢差 : 老化による視覚の変化に伴い明るさの感じ方が変わります。
20歳を基準にすると45歳でおよそ1.5倍、60歳でおよそ2倍の明るさが必要とされています。80歳では3倍を超えてくるので、500Lx(普通の会議室くらいの明るさ)で問題のなかった空間に、1500Lx(印刷工場くらいの明るさ)が必要ということになります。

個人差 : 身長、骨格、目の大きさなどによっても見えている景色が違います。見えている景色が違うというのは、目に入ってくる光が違っているということです。また好みや生活環境などによっても感じ方に違いがあるでしょう。これに関しては具体的にどんな差があるかを比べることは難しいですが、違いがあるという事実を認識しておくことが重要です。

環境光とのギャップ

自然光が入る空間では自然光=環境光。
自然光が入らない空間では、隣接した別の空間の光が環境光となります。人の目は明るさを絶対評価することはできず、無意識に相対評価をしています。
天気がいい日のピクニックでは眩しい直射日光を避けるため快適に過ごせる木陰を探す方が多いと思いますが、実は夏の晴天時の日陰ではおよそ10,000Lxの高照度がある(冬でも5,000Lxほど)と言われており、とてつもなく強い光を浴びていることになります。
室内で浴びることを想像すると恐ろしいほどの高照度ですが、環境光がそれを超えて明るければ、そういった高照度も「暗くて快適」と感じてしまうほど人の感覚というのは相対的で曖昧です。
環境光との対比があることで生じる現象としては他にガラス面のミラー効果が挙げられます。外から見ても営業しているかどうかわからないような路面店でも、中に入ってみるとしっかり照明が点いていたり、室内が明るいせいで眺めたい夜景が見えづらいなどの現象もこのミラー効果によるものです。

感覚のズレを埋める照明計画

明るさの感じ方は人それぞれだということ、環境光との対比によっても違いがあるということがわかりました。公共性のある空間や幅広い年齢の人が一緒に過ごす住空間においては、どうやら照度の許容値を設けておくことが重要そうです。
たくさんの照明を設置して暗さがない計画にすれば、文句は言われないのかもしれませんが、それをしてしまったらただの思考停止です。
「これ以上足すと過剰」と「これより少ないと暗い」というようなギリギリを実現してこそ、美しい照明環境が実現すると考えています。
また、無駄な照明器具の生産は資源やエネルギーの無駄遣いになります。モノの生産への加担をする職業であるからには、そこに対する配慮や責任感は必要ではないでしょうか。
どうにか美しさを保ちつつも、多くの人が快適に過ごすために落としどころを探ってみましょう。

意匠照明を設置する

美しい空間を実現するために採用されることが多いグレアレスダウンライトは点灯感がなく、見慣れていないとしっかり照度がとれていたとしても暗い印象を与えやすいです。
そういった器具を採用する場合は全般拡散型のペンダントライトやスタンドライトを併用することで、器具そのもののや天井や壁を照らすことによる視覚的な明るさを加えることが有効です。
一般の方は照度よりも輝度によって空間の明るさを捉えていると考えておきましょう。

建築化照明を設ける

いわゆる間接照明のことです。無理なく空間デザインに取り入れられる状況や、意匠照明をどうしても使いたくない場合におすすめしたい手法です。
当然のことではありますが、出力やサイズが大きな器具だとしても建築に隠れてしまえば見た目への影響はほぼありません。
作業面を直接照らさないので水平面照度への影響は小さいですが、空間の中で大きなレフ板である天井や壁面を照らすことは、視覚的な明るさを確保するための有効な手段だと思います。

配置された器具を少なくみせる

意匠照明や建築化照明はできれば設置したくないという場合には、最終手段として数を少なくみせる方法をとってみましょう。

分散配置ではなく集中配置をする
空間に対してバランスよく配置するのではなく、複数のダウンライトなどを中央に寄せるなどして設置範囲を小さくする方法です。
器具サイズをアップして数を少なくするよりも、小さい器具を多く配置したほうが、個人的には見た目は美しいと思います。

こんな感じの配置です

照度が片寄ってしまうことで平均照度が低くなる傾向があることや、照射範囲が狭まることで視覚的な明るさを得られにくいなどのデメリットがあることは理解しておきましょう。暗さを感じやすい手法なので、指摘を受けた場合のプランBとして、スタンドライトの設置は考えておきたいです。

スリットを設ける
配線ダクトを内包したスリットを設けることや、天井に段差をつけた「擬似スリット」を設けるなど、照明器具を設置するラインを限定的にしておくことで天井面を整理する方法です。

擬似スリットの事例

建築造作としてボックスをつくることもありますし、既製品のシステムとして販売されているものもあります。
スリットそのものの意匠性や存在感は強いですが、設置台数や位置が気になりづらくなるメリットがあるので空間の雰囲気に合うなら有効な手法です。

まとめ

空間デザインをなるべく歪ませることなく、明るさの許容値を設ける方法「感覚のズレを埋める照明計画」について考えてみました。
胸を張って「ミニマルな照明計画」とは言えないかもしれませんが、思考停止した結果30点になってしまうのだけは避けたいですよね。
ギリギリの明るさを追求できないことが事前にわかっている状況なら80点90点を目指してみるのもアリだと思います。

今後も照明に関する、ためになる記事を投稿していきますので
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