見出し画像

「本音を書く」は本音で生きること

昨晩に想定していた通り今日の朝は身体が重たく、ちょっぴりだるおもでした、よしです。


今は仕事帰りにカフェにより少し休憩がてらに今日のことを忘れずに振り返って、こうしてnoteを書いています。


ここ2日3日の記事と振れ幅の大きい記事に今日はなりそうだ。エモーショナルな感じというかなんというか。心に向き合う感じです。


いつかまた「あんなことあったなぁ」と笑い話にできるように、書いておきますか。


今日は朝から経営幹部が集う場にリモートで出てプレゼンをする必要がありました。調子も戻ってしていたので大丈夫かと思ってたんですが、一昨日に嫌やなことがあってそのモヤモヤが取りきれずに今日もまた頭の中で拡大していったんですよね。


ぁあ、いつもの「不安物語からの心配物語を紡ぎ始めてるなぁ」と言い聞かせながらもやっぱり電車の中で心臓の鼓動が速くなる。



そんな中でちょっとでも気を紛らわせようと、よしのマガジンの中にある「後で読み返したい記事」の過去のものを遡って読んでみました。



1年前に読んだ「もよさんの記事」を読んでるととても心が身軽になって、すこし楽になりました。



確かね、1年前にも読んでて「ぁあこんな記事、心から書いてる文字いいなぁ」って思わせてくれて、本音で書くことって大事だなぁって学んだことを思い出したのよ。


とにかく文章がすいすい入ってくる。会ったこともないけど、親近感を感じる。その世界に入っていって今抱えている感情から離れられるんですよね。



すごいなぁと思いながらふと「あれ、、何で悩んでたっけー」となったわけです。


そんなこんなで、文章の中で心に印象として残った言葉を紹介期待。

“でも、私のお腹の奥の方では
熱い熱い何かが燃えている。”

どんな流れでこの言葉が出てきたかは、下にある記事を読んでもらうとして、なんかこの2行にすんげーポジティブをもらって、自分の腹の奥に熱くなるものを感じたんですよね。


自分の中に確かにある想い。気持ち。感情。本音。塞ぎ込んでないかって問いかける自分がいて。その腹の奥をかきわって、熱く燃えてるマグマを見たような気持ちになって。


そんでもって、また素敵な文章が続いて、、


そう自分で自分にマルをつけてあげられていればそれでいいか、と思えるようになっている自分に気づく。


その感覚はきっと、自分自分と自分のことで頭がいっぱいで、自分の夢や目標を実現することが1番の幸せだと疑わなかった私が、「母」になった証かもしれないなと思う。

いろんな幸せの形があって、そのときどきで幸せを感じる絶妙なバランスも変化していく。今はそのことを、自分の人生を通してちゃんと知っている。

前後の文脈はまた記事を読んでほしいが(受賞記事なのでめっちゃ読まれてる記事です)、自分に優しく、自分が誇れる自分でいたいなって思わせてくれました。


だから、今できること。不機嫌になる自分なの?いいや違う。笑顔でいたいなって。神妙な面持ちでしゃべるの?いいや違う。自分の振る舞いは、自分で選べるなって。


自分でつけてあげれる◯があればええやんって思ったんですよ。大事なことってすぐに忘れてしまうよね。でもこうして、いろんな人の生き様に触れて、重ね合わせて見つめ直してってできること。奇跡だなって思いました。


1年の時を超えて救ってくれた文章。
もよさんに感謝感謝。


そして、僕は本音でどんどん書いていきたい。本音の気持ちを、本音の心をどんどん出していきたいって。熱く熱く燃えてる何かを感じている。


本音で生きるってどんなんだろう?って思うけど、1つだけわかったのは、「本音を書くこと」も本音で生きることなんだって思った。今書いているこの気持ち、この時間は、本音で生きている感覚になっている。

生き様を言葉に表していこう。


それができる場所がここnote。
今日もまた素敵な日になりました。
ありがとうございました。


これは僕が『鬱』を克服し
最高の人生を歩み始めるまでの物語

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございます。これからも皆さんの心をゆるっとほっとさせることができるよう発信していきたいと思います!今後とも宜しくお願いいたします!