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自分を幸せにしてくれる人、不幸にしちゃう人②

<photo by Takayuki Wakai>

2023年1月。私は約6年ぶりに家族に会いました。母方の祖母が95歳で天国へ旅立ったため、彼女のお葬式に出席した際に。家族と疎遠になった原因は母との確執でして、それについて書き綴ってみました。家族やその他人間関係について、悩んでいる方のヘルプになれば幸いです。

なお、この記事は前回からの続きです。先にこちらをご覧いただくのがおすすめです。

#あんたの存在がずっと恥だった

誕生日の前夜、実家付近の駅に着いた私を母は迎えにきてくれました。

彼女がびっくりしてパニックにならないように、柄なし・主張なし、地味な洋服を着ていきましたが気に入らなかったらしい。彼女は私が何を着ていても気に入らないのです。(どうせ文句言われるなら好きな格好した方がいいよね!ってことで今の私に仕上がりました)

数年ぶりに実家に行ったけれど、服装や見た目から始まり、私の人間性を否定し始めたので聞こえない振りをしてすぐ就寝。翌朝は起きてからもずっと文句を言い続けていましたが、どうしても祖母に会いたかったので老人ホームへ連れて行ってもらいました。老人ホームの場所、教えてもらえなくて自分では行けなかったので。

その帰り際、母は「あんたの存在がずっと恥だった。いなければいいと思ってた。だからちゃんとしてよ!」と怒鳴り始めました。「ちゃんとして」って言うのは、彼女の思い通りの娘になってよ、っていう意味。(だと思う)私が会社勤めのOLで姉Can的風貌(古い?)だったらよかったのかな。実際はふーてんのフリーランスライター兼ポールダンサーです✌️イエーイ!昼間っから酒飲んじゃうよ!

私が生まれた日は、彼女がシングルマザーになった日。彼女にとってはそれが恥ずかしかったみたい。だからって誕生日にわざわざ、私の存在を全否定するようなことを言わなくてもよくないか!?

自分の誕生日は昔からあまり好きじゃなかったけれど、この日から嫌いになりました。自分はなんでこの世に生まれてきたんだ。(思春期かよ)親にも愛されない人間かぁ……。不快だったのですぐに東京の家へ帰宅。別れ際「また帰ってきてね」と言った母。どんな心境なんだろうか。

#本当はお母さんが好き

その日を境に約4年間。私は母と一切連絡をとりませんでした。父や弟も。祖母は高齢なので二度と会えないだろうと腹も括りました。その分、自分のそばにいてくれる友人や恋人を存分に大切にしようと決めて。

その後、あのモラハラDV野郎と出会い、彼について悩んでいました。彼は私のことを好きだと言いながら、ひどい言動を繰り返していたんです。まるで母のように。それについて、ひとりの友人がアドバイスをくれました。

「心のどこかではお母さんが好きだし愛したいのだと思う。お母さんとの関係を、彼との間に無意識に作り出しているのかも。お母さんとの関係を見直してみたら?」

(ちなみにモラハラやDVをする人は変わらないので、身の安全を確保するために速攻離れるべしです。友人もそのようにアドバイスをくれた上で、この発言をしています)

幼い子どもに大人の対応を求めるのはお門違いであるように、できない人にできないことを期待することは不毛です。それでも私は「いつか穏やかな時間を持てるかもしれない」と無意識に期待していたのかもしれません。母の手紙は大きなターニングポイントだと思って、自分の誕生日に会いに行ってしまった。今度こそ仲良くできるかもしれない。お母さんのことが好きだから。本当は仲良くしたいから。

けれど、私たちは仲睦まじい家族にはなれない。楽しく一緒に時を過ごすことはできない。私が甘かった。母は思い通りにならないと泣き散らす小さい子のような状態です。残酷でもその現実を受け止めて、自分がどう行動し、どう振る舞うべきか決めてその通りにする。「母にこうして欲しい」「状況がこうなったらいい」って外側へ期待するのではなく、自分がどうするかだけ。それは自分を責めたり追い込んだりすることではなく、自分で考え方を変え、行動を変え、状況を変えていけるっていうパワフルな捉え方だと思うんです。

母が何を言おうと何をしようと、私は母が好きだし愛しているって気持ちを認めてみよう。だから今まで苦しかったのだ。どうでもいい人なら、何をされても傷つかない。私が傷ついたのは、母が大事な人だからなのです。それでいいじゃん。かっこ悪いことじゃない。見返りなんて要らん。その他のごちゃごちゃした感情は「あるなー」って感じてから手放せばオッケー!って開き直りました。

許せない人・コトって好きになれなくても、愛することってできたりする場合もあると思ったんです。(それに値しない人・コトはさっくり縁を切ればいい)ムカつくー!許せないー!って思っている時間を1分でも短くして、楽しいうれしいことに充てた方がいいじゃん。自分の貴重な時間だもの。

許し難いことをした張本人は忘れている・なんとも思っていないことの方が多い。言った・やった本人が忘れるようなことで、自分を何年も苦しめる必要はない。他人のネガティブな言動に支配されているうちは、自分の人生を生きられていない。時間も人生ももったいない。自分にひどいことをした人を許せたらベストだけど、すぐに許せなくてもいい。そんな自分もOK。いつかフッと力が抜ける時がくる。自分を苦しい場所に置いておく理由はない。

#電話してみたら、母号泣

そこで私がしたことは母に電話すること。約4年間、メールも電話も一切していないのに、突然電話しました。彼女がしてくれたことや、それに関する感謝の気持ちを事前に書き出して、そのまま伝えてみました。「産んでありがとう。お母さんの子どもでよかったよ」と。見返りは不要。自分がこうしたいからするだけ。以上。

母は「ごめんね。色々ひどいことをして本当にごめんなさい。産まれてきてくれてありがとう。あなたのこと産んでよかった」と泣いていました。

母が若い頃は今よりもシングルマザーは少なかっただろうし、相談する人がいなかったんだろう。思い込みでネガティブ沼のどん底にいくようなタイプの人だから、ポジティブに物事を捉えられなかっただろう。それでも産むと決めて育てて、生かしてくれたのは有り難いことです。

母の選択次第では私はこの世にいなかったかもしれない。生きているって本当に奇跡。私の思い描く“母の愛のカタチ”ではなかったけれど、彼女は彼女の器の中でがんばってくれたのです。

母と電話して以来、母からメールが届いた時には返信するようになりました。とはいえ電話をした後も面と向かって会うことはありませんでした。なぜなら適度な距離が必要だから。事実、彼女は今でも暴言をメールで送ってくることがあります。異常な回数かかってくるので、彼女からの電話は着信拒否のまま。

じゃあなんで、祖母のお葬式で再会したのか。それについてはまた次回!


※親と不仲の方に「仲良くした方がいいよ!」っていう類の記事ではありません。
私がしたことが正しいことだとは思いません。世の中にはいろんな親子・家族がいるので、縁を切ることがベストな場合もあるでしょう。また、許す・手放すことがベストだとも思いません。怒りや憎しみの感情がその人自身を支えている場合だってあります。タイミングや人生の様々な局面だって影響します。大事なのはその時の自分の気持ち。人がなんと言おうとそれは他人が決めることじゃないので、自分の気持ちを否定せず認めてあげて、あなたがしたいようにしてください。



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