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シュール

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吉田図工のシュール作品です
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#SF

【ショートショート】AとBの取り違え

報道陣と中継カメラがひしめき合う謝罪会見の会場。登壇したスーツ姿の男は神妙な面持ちで頭を下げた。一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。 十数秒下げ続けた頭をゆっくりと上げると、十数本のマイクがセッティングされた席に着席する。席の前に設置された名札には『日本血液型協会 会長』の肩書が記されている。 そして再び短く一礼し、うやうやしく口を開いた。 「えー、この度は……ABO式血液型において、長年に渡りA型とB型の基本性格を取り違えていたことを深くお詫び申し上げます」 記者達が一斉に

【ショートショート】均等の波

青年は黒縁のメガネをクイと押し上げると皆を見据えた。 「犯人は分かった。精巧なトリックもこの真実のメガネを素通りすることなんてできな……」 「ちょっと待て!」 トレンチコートの男が遮った。帽子を正すと窓際までゆっくりと歩を進める。皆が見つめる中、空を見つめながら口を開く。 「その前にこの屋敷の秘密を紐解く必要がある。今、真実が私に語りかけてい……」 「わたくし、気づいてしまったの」 婦人の透き通る声が広間に響き渡った。そして花瓶から1輪のバラの花を抜き取るとその香りを嗅いだ。

【ショートショート】伝説の泥棒

彼の逸話は1冊の本が容易く書けるほどに存在する。 最新の防犯システムをもってしても一度も逮捕されたことが無く、弱者からは盗らず悪名高い権力者をターゲットとするスタイルと、盗んだ金を匿名で保護施設に寄付しているとの噂もあり、現代の石川五右衛門として庶民から絶大な人気があった。 当然ながら年齢も不詳で、40年にもわたりその名を轟かせていることからすでに代替わりしているのではないかとの噂もあり、同じように親子2代に渡り彼を追いかける警察官も存在した。 目撃されることは稀有で防犯カメ

【ショートショート】止まらない時計

24時間365日休みなく働くことに耐えられないと、ある日突然全ての時計達が働き方改革を敢行し1ヶ月が経った。 各自、おもいおもいに休憩を取るようになり全ての時計は正確な時刻をしめさなくなった。 「母さん、もう12時半だけど昼ご飯まだ?」息子は大げさに腹を抑えてリビングに入ってきた。 「えー、今あの時計で8時だからまだ11時半じゃないの」壁かけ時計を見上げながら母親は言った。 「違うよ、アレ今休憩してるから動いてないよ」 「あらやだ、すぐ作るわ」「そもそも日時計見たら一発なんだ

【ショートショート】文継ぎセミナー

「これは器が割れたり欠けたりした際に施す金継ぎと同じ要領なんですよ」 文継ぎセミナーの講師は文継ぎについて説いた。 各々受講者が持ち寄った壊れた文章は様々で破損や汚れで肝心な所が読めなくなったアイデアノートや、理由あって引き裂かれた片方だけのラブレターなど様々だ。 私も内容が破綻し収集がつかなくなった執筆途中のショートショート小説をいくつか持参した。 隣の席の女性はこのセミナーの常連だそうで、講師の助手さながらに初心者である私の世話を焼いた。 「もしよろしければ、こちらも使っ

【ショートショート】プロ食事人

「ねぇ、彩。ずっと気になってた澤山って三つ星のお店。急遽キャンセルが出て二人入れるんだけど今晩どう?」 グルメな先輩社員の誘いに彩は申し訳無さそうに苦笑いをした。 「すみません先輩。私まだ二つ星なんです」 「あーそっか…じゃあこれは久美子に声かけてみるか。じゃあまた二つの店の時に誘うね」 再度すみませんと頭を下げ、彩は自席へと戻った。隣の席で同期入社の上村が待ってましたとばかりにため息をつき、スマホ画面を向けてきた。 「牛丼の吉田家、ついに一つ星になるんだってさ。俺のオアシス

【ショートショート】タコ足伏線

男は静かに302号室の前に立った。 両親から預かっている合鍵を使いドアノブに手をかけた瞬間、ふと誰かに見られているような感覚に襲われた。 辺りを見回すも人の気配などはなかった。薄気味悪さを覚えながら男は部屋に入った。 この部屋に住む青年が音信不通となり一週間。身を案じた両親からの依頼で男は訪れた。 両親の話では青年は小説家を目指しており、最近はスランプに陥ったようで思うように執筆が進まずひどく悩んでいたようだ。 両親にも立ち入りへの同行を求めたが母親の方の動揺が激しく、やむな

【ショートショート】要冷蔵読書

新刊コーナーを通り過ぎ冷蔵ケースの前で足を止める。『生鮮本』コーナーがこの書店の売りだ。 生鮮本とは読了まで時間がかかり放置される不憫な本を救済し、読書サイクルをあげ業界の底上げを狙った新しい試みとして開発された。 冷蔵ケースにずらりと並ぶキンキンに冷えた中から1冊を選ぶと、レジにて持ち帰り時間を聞かれた。1時間ほどと答えると保冷剤を同封された。 「ご帰宅後は冷蔵庫で保管し、ぜひ新鮮な内にお読みください」 と店員は言った。鮮度が落ちるとどうなるのかを店員に問うと 「食品とは違

【ショートショート】足しゴム

「まさに見た目は黒い消しゴムだが違うんだ。1度使ったら手放せなくなるぜ。 この『足しゴム』は今日これから大事な試験を迎える兄ちゃんの助けになることは間違いない。活かすか殺すかは兄ちゃん次第だ」 饒舌に語る露天商を前に、試験会場へと急ぐ青年は相手にするなという気持ちと藁にもすがりたい想いとの間で葛藤していた。 「…黒いとこ以外は普通の消しゴムと同じみたいだけど、結局何が違うの」 「そこだ兄ちゃん、使い方は消しゴムのソレと全く同じだ。ただ得られる結果が真逆なんだな。どういう意味か

【ショートショート】食歴社会

面接官は履歴書の食歴欄にフォーカスを当てると緊張した面持ちの受験者に質問を向けた。 「食歴欄を確認したところ不規則な時間に外食をしていたり、またジャンクフードの摂取の割合が多いようですが。自炊はされますか」 「何度かチャレンジはしましたが、料理が苦手で自炊は…。ですが持病も無く健康には自信があります」受験者は答えた。 「そうですか。あと、非常に好き嫌いが激しいですね。当社で働くにあたり野菜を多く食べることは可能ですか」 「野菜…ですか。どうしても人参はだめなのですが、生野菜じ

【ショートショート】調節社会

男は休日出勤の代休を、平日の木曜日に調節した。その方が店も空いており映画などは割引があるためだ。 家族サービスに休日が潰れてしまうことは厭わないのだが、平日とあれば家族それぞれが忙しく、自分の為だけに費やせる。独身時代を思い出しそれはそれで嬉しいものだった。 美容室に予約をとり、その後、気になっていた映画を観に行こうと予定をたてた。 先ずは腹ごしらえと行きつけのカレー屋に入ると迷うことなく『6辛』を注文する。 その店のカレーは最大で10段階の辛さ調節ができ、自分の1番好みの辛

【ショートショート】I4D

ある年配の男は、自身の孫とそう変わらないであろう若い役場の担当者にI4Dの手ほどきを受けていた。 「それではここのゲイズを波長に合わせて、インテレストしてください」 今となってはどんな仕事や各種申請にもI4Dが必須となっている。 男はそのような最新の技術はとうの昔に諦め、何をするにもサポートが必要なのであった。 「ゲ…?ようはここの上に手のひらをあてたらいいんだな」 男はテーブルに埋め込まれている入力装置らしきタッチパネルに手のひらを乗せた。 「いえ、そこではなくこちらのフィ

【ショートショート】SRS開発者の談話

私がこのSRS(ストレス・リサイクル・システム)を発明した2040年以前はストレスはただ発散するものでした。 ストレスを石油に置き換わるエネルギーとして資源化することに成功し、当時世界が抱えていた問題は一気に解決へと向かったのです。 ストレスとは人間が外部刺激に伴って発生させる緊張です。 いわば社会生活をしていれば必ず発生する副産物であり、SRSの実現により人類は無限に採取できる資源を手に入れたと言っても過言ではありません。 ストレスは一度溜め込んでしまえば、効率よく発散する

【ショートショート】整幹院

「どうもおひさしぶりですね。最近noteへの更新が滞っているようですがどうなさいましたか」 診察台に腰を掛けた吉田図工は、そう声を掛けられると苦笑いを浮かべながら頭をかいた。 「それがちょっと、凝り固まってしまって辛くて…」 「そうですか。それでは、触って確認していきますね」 そう言うと整幹師は図工の頭の柔軟性を触診する。 「なるほど、思想の偏りから発想…ひいては思索までカチカチになってますね」 「どうりで。最近ワンパターンなモノしか思いつかなくて」 「ゲントレンを撮ってもう