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母とヨガとPM11:00

お風呂に入り寝る前に水を飲もうとリビングに行くと、母がヨガをしていた。

「息をたっぷり吸って…」

声の方を見るとテレビにはお腹の割れたインストラクターが映っている。ピンと背筋を張って、オーガニックしか食べませんといった風貌の女性が次のポーズを促す。母は最近になってテレビにYouTubeを映す方法を覚えた。

ピンク色のヨガマットの上で母もインストラクターと同じポーズを取ろうとしている。両足を大きく開いて、上半身を横に捻っている。抽象画みたいな、幼稚園児が人を描いたみたいな、腕と足がどうなっているのかよくわからないポーズだ。

母は体が固いので、テレビの女性と同じポーズを取っているのか疑いたくなる。僕も遺伝のせいにするが、体が固い。膝裏の筋を切って欲しいと懇願したいほど前屈ができない。だから彼女が精一杯ポーズを取ろうとしていることはよくわかる。たとえそれが似つかなくとも、体固い族の我々にはどうしようもないのだ。時間が過ぎることを待つ以外に。

足と手がぷるぷると震えている。もう限界そうだ、というところで、「いったん膝をついて休めましょう」という声が聞こえた。力尽きたように、母はヨガマットの上にバタッと倒れた。

しばらくヨガ強化週間が続いた。それも決まって夜の11時ごろだ。さあ寝よか、という時間にリビングに行くと、いつものごとくピンクのヨガマットで母が寝転んだり、ポーズを取ったりしている。夕方にして、夜にもしてる日もあった。一度ハマるとガンガンにやってしまうタイプらしい。

随分と熱心だなあと思っていると、11時になってもヨガマットが広げられていない日が続いた。母にヨガの習慣ができたのならば、同時に僕にもそれを見守る習慣ができているのだ。おいおいどうしたのだと思い、聞くと

「膝が痛いから整骨院行ったら、やりすぎやって言われた」と。

ヨガって、体の痛みを予防したり、軽減してくれる効果があったのでは…。と思ったが、なにごともやりすぎはダメらしい。大事ではないが、安静にはしたほうがいいようだ。

それからインストラクターのお姉さんには会っていないし、変なポーズを見る機会がなくなった。11時になってもリビングがヨガスタジオに変わることはない。ピンクのヨガマットは丸められて隅でひっそりと佇んでいる。次に広げられるのはいつだろうか。




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