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Battle of Shatranj

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第十一話 戻れぬ二人

 屠龍の月も終わり獣狩の季節に移り変わると冬を越すための肉や毛皮を求めて男たちは弓矢を片手に野や森に分け入る。あちこちで猟犬が獲物を追い吠えたてる声が響き渡り、矢が行き交う。年の最後の恵みを狩り終えるとそれぞれの街へと戻り、女たちが仕留めた獣の毛皮をなめし肉を干すのだった——  橋の袂で檄を交えてからわずか三日後ユージーンとルゥ、そして数人は数ヶ月ぶりに地下水道跡に足を踏み入れていた。相変わらず中は薄暗く湿っている。前と比べて少し肌寒くなったことぐらいしか変わりはなかった。

第十話 爽籟に響く狂笑

 夏の収穫が終わるとシャトランジには早くも冬の気配が漂い始める。北のアートルムから山脈を越え吹き降ろされる風は冷たく乾き人々の体温を奪っていく。男たちは森へ入り鹿を狩り、女子供は薪を拾い集め長い冬を乗り越えるための支度を始めるのだった——    農耕地で繰り広げられた両陣の戦いは熾烈を極め互いに甚大な被害を受けた。重傷を負ってなお止まる勢いのないリーヴェスの猛攻によりニキータ率いる教団兵たちは壊滅に陥ったものの遂にはそのリーヴェスも息絶え戦場となった場所には狂い笑う声が一つい

第九話 曇天に散る双剣

街中が祭りの色に染まる頃皇都ソレブリアの北に広がる農耕地では多くの作物が収穫を迎え始める。市場では収穫されたばかりの作物が所狭しと並べられ、家の食卓には夏の恵みを喜ぶかのように色鮮やかな食事が並べられる。街の人々が恵みを享受するなか北のアートルムには秋の冷たい風がひそやかに吹き始めるのだった__    両軍は一月の休戦を経て再びエムロードにてその撃を交えることとなった。付近の森で対峙したナイト同士の戦いは熾烈を極めるも終に決着はつき、黒のナイトが勝利の剣を掲げた。かろうじて生

第八話 受け継がれし誉と成りて

 晩夏を迎えるとシャトランジでは毎年迎春祭に次ぐ大規模な祭りが開かれる。街の広場には芝居小屋が築かれ神話に描かれる竜退治の劇が演じられる。人々は祭りの日に竜退治の騎士に扮し長いパレードを繰り広げるのだった——    エムロード川でセヤとセフィドが激戦を繰り広げてから一月、両者は刃を混じえることなく束の間の平穏な日々が過ぎた。しかし時は経てど大切な者を失い刻まれた傷が癒えることはなかった——   「ゼラ・スー、ただいま休暇より戻りました。」  アリアナから暇を与えられた一月程の

第七話 遥か遠き日々

 祝歌の月が終わり夏を迎え始めると皇都には馬売の商人が訪れる。春先に生まれた子馬は初夏には強く逞しい駿馬に成長する。人々は先の労働力として、移動手段としてより良い馬を買うために値を貼り市場は大いに賑わうのだった——  エムロード川でセヤの先制攻撃により始まった戦はルネッタの張り巡らせた巧妙な策によってセヤの勝利に終わった。この戦いでセフィドはルークであるライラが討たれ両者は共に優秀な参謀を失う結果となった—— 「キング!…至急……応援を!!」  慌ててきたのであろう、喘ぎ

第6話 分かたれた道は戻らない

祝歌の月も中頃を過ぎた頃音楽祭も終わりの兆しが見え始める。各国から訪れる楽団は帰り支度を始めやがて聞こえてくるのは教会の賛美歌だけとなる。人々は美しく透き通った賛美歌を耳に楽団が去った後訪れる者たちのために重い金庫の蓋を開けるのだった_ * ソレブリア砦の襲撃から2ヶ月、セヤはアンヴァンシブル山脈の麓の村に潜み軍力を蓄えていた。そんな中セフィドは2ヶ月の間行方知らずだったセヤの居場所を見つけ出し皇城から進軍を始めた。その進軍を阻むためにエムロード川に唯一かかる橋に軍を駐留させ

第5話 慟哭の賛美歌

麦の収穫を終え一層夏らしさが深まった頃、シャトランジでは大体的な音楽祭が開催される。皇都の音楽ホールには諸国からの楽団を迎え連日多くの公演がなされる。街の広場でも人々はエールを片手に楽器を引き鳴らし歌を歌い陽気に過ごす。。大聖堂では聖歌隊が組まれ一月に渡って美しい聖歌が奏でられ国全体が歌に包まれるのだった_ * 迎春祭を迎えてから早二月喜雨の月、穂麦の月を過ぎ季節は夏の真っ只中祝歌の月に差し掛かっていた。明り取り用の小窓から流れてくる陽気で華やいだ音楽に耳を傾けながら一人溜息

第4話 金色の野に女神は踊る

春が過ぎ夏の日差しが注ぎ始めた頃畑の麦は金色に染まり、辺りは一面金の野原が広がる。西から強い風が吹き農地の風車が音を立てて回る。青々とした草が生い茂るシロンス草原には家畜が放牧され、城下ではチーズやパン、エールが出回り出すのだった_ * 迎春祭を機に進軍を始めたセヤの魁部隊はソレブリア砦にて待ち構えていたタビタ率いる帝国陸軍中隊と衝突。砦はルゥによる魔術砲撃によって半壊、敵将タビタはアルバートによって討ち取られ、その首は帝都に送り届けられた。この戦いによって帝国陸軍随一の中隊

第3話 健気なる織部の双眸

春も深まり青い草葉が茂りだす頃シャトランジには恵の雨が降り始める。大地に降り落ちた雨はやがて川をなし地下を経て町に豊かな水を齎す。雨で潤った畑には夏に実る野菜の苗木が植えられ朝露が太陽に照らされて光る。畑の麦は穂を風に揺らし、その穂先は金色に輝き始める。人々は燃えるような夏を待ち侘び汗を湛えて土を耕すのだった_ * 迎春祭を機に進軍を始めたセヤ。ソレブリア皇城攻略の足がかりとしてアートルムの東に位置する砦へと軍を進めていた。対するセフィドは秘密裏にビジョップとポーンを砦へと送

第2話 鉄槌の雨に花は咲く

月の始めよりも随分と暖かくなりあちこちに生い茂る若木の枝には柔らかな緑の葉が優しい風に吹かれてそよいでいる。草原にも町の路肩の鉢にも白や黄などの可愛らしい花が顔を出し本格的に春の訪れを感じられる。白亜城の麓の町でも人々は春の訪れを祝うための迎春祭に向けていそいそと準備を始めていた- * 「迎春祭も間近で君もキングの傍で色々とすることはあるだろう、こんなところで私とのんびりお茶をしていていいのかな。」城下の賑わいからは少し遠くにある店のテラス席で2人が優雅に紅茶を嗜んでいる。「

第1話 息吹く大地

-内陸に位置する帝国シャトランジ。古くよりグレチア皇家によって統治されてきたこの国はここ数百年近く近隣諸国との均衡も良好に築かれ長く平和な社会が続いていた。東の丘陵地には帝都ソレブリアが築かれ森林を開拓した城下は商店や民家で栄えている。国の庇護下に置かれているウェールズ教の総本山であるテオス=アネモス大聖堂と併合して聳えるソレブリア皇城は真っ白な城壁から白亜城と称される。女神信仰であるウェールズ教の教えに従いシャトランジでは代々女帝によって統治が行われ、その兄弟は諸公として女