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第1話 息吹く大地

-内陸に位置する帝国シャトランジ。古くよりグレチア皇家によって統治されてきたこの国はここ数百年近く近隣諸国との均衡も良好に築かれ長く平和な社会が続いていた。東の丘陵地には帝都ソレブリアが築かれ森林を開拓した城下は商店や民家で栄えている。国の庇護下に置かれているウェールズ教の総本山であるテオス=アネモス大聖堂と併合して聳えるソレブリア皇城は真っ白な城壁から白亜城と称される。女神信仰であるウェールズ教の教えに従いシャトランジでは代々女帝によって統治が行われ、その兄弟は諸公として女帝を支えることによって帝国は現在まで栄えてきた。
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天窓から差し込む光を受けた部屋の片隅で少年のあどけなさを残した顔は机上に広げられた一冊のぶ厚い革張りの本と睨み合いをしていた。頁のタイトルには"シャトランジの歴史"と書かれている。本のところどころにはまだ乾いておらず滲みかけた文字が書き込まれ、背表紙の革は端が擦り切れている。「珍しい、ゼラが寝ずに勉強をしているなんて。」後ろから不意にかけられた声に目線が眼前の本から背後へと移る。長く美しい金髪を光でさらに輝かせ、白と青を基調とした軍服姿の妙齢の女性が立っていた。女神の信託で選ばれた次期女帝と言うだけあって今日もその佇まいは凛としていて美しい。彼女はアリアナ=エウフェミア・ディ・グレチア。白のキングだ。そしてゼラと呼ばれた青年はゼラ・スー。平民の出ではあるもののキング・アリアナ直属のナイトをしている。「うん、寝てないよ。キングの代わりに外ではスーが王様だからちゃんと勉強しないと……。」そう言いながらゼラは革本をアリアナに見せる。「うん、いい心がけだ。国の歴史を知ることは王として最も大切なことの一つ、歴史を知らずして政治は成り立たない。……どこまで勉強したんだ?」「えっと…女帝が国を栄えさせたところまで。」見せつけていた本の頁の一部を指で指し示す。それを見てアリアナはうんと一つ首を縦に振った。「そう、我が国。私が時期治めることとなるこの国は代々女帝が統治してきた。そして私もまた母上の跡を継ぎ統治することは必然だ。…………そうだと言うのに…。」歯切れよく話していたアリアナが口を噤む。明るかった表情にも影が落ちた。「ゼラ、少し風にあたりにいこう。」「え?…うん」言うや否や踵を返して部屋を出ていくアリアナの後をゼラはドタバタとついて行った。
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「見ろ、ゼラ。あの森の向こう、白亜城の城壁のその先にある黒い城を。」春の麗らかな光の暖かさを掻き消す冷たい風が室内で温まっていた体を冷やす。ゼラはアリアナの指さす方を眺めみた。白亜城と称される皇城とは正反対の真っ黒な城。この城よりかははるかに小さいものの佇まいとしては充分立派だ。「あれは国祖の兄大公の居城として作られた。この城に対して常夜城と呼ばれている。」「真っ黒でピカピカだなぁ…。」ゼラの間の抜けた感想にアリアナは拍子抜けした表情をする、が、すぐにまた元の面持ちに戻り真っ直ぐ常夜城を見る。「あの城は夏の狩りの時期の拠点となる城だった。私も幼い頃に何度か連れて行ってもらった。だが……5年前、私が成人した年あの城は我が愚兄、ユージーンのもとに墜ちた。」ポヤンとしたゼラの表情が引き締まる。「…アートルム陥落の日ですね」「そうだ、愚兄が私に弓引いた日から国は二つにわれた。私が率いる神聖帝国軍セフィドと革命派軍セヤ。貴族たちのほとんどは私に付いた、神官達も私が女神に選ばれし皇帝だと私を支持する……しかし民はどうだ?」アリアナはグッと拳を握りしめる。確かにシャトランジの国民の半数以上はセヤ、ひいてはアリアナの実兄であるユージーン=デイミアン・ディ・グレチアを支持している。しかしその一方でアリアナを支持する国民がいることも事実だ。アリアナの代わりに外では王を演じるゼラはそのことを1番知っている。この前だって小さな子供が花を差し出してくれた。たどたどしい口調で精一杯に頑張っていい国にしてくれと言い笑っていた。「民の全てがユージーン様を支持している訳ではありません、陛下を支持する民も多くいます。その証拠に今日も城下は多くのもので賑わっている…」「そうだな……キングはこの私だ!神までもが私をキングと思うているのだ思い悩むことはなかったな。」クルリとこちらを振り返りアリアナは先程までとは打って変わり自信ありげな笑みを浮かべている。ゼラはその顔を見つめこくりとひとつ頷いて見せた。自分を救ってくれた彼女ならば今はユージーンを支持している国民の気持ちを惹きつけることも出来るだろうそう思うからこそ大きく頷いて見せた。
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-ゴーン、ゴーン、ゴーン……
頭上から鐘の音が響く。正午を告げる鐘の音だ。女神の祭壇の前で跪き手を組み合わせていた男はその音を聞きゆっくりと立ち上がった。ウェールズ教の神官にしてセフィドのビショップの地位に立つ男、ニキータ・アイラトヴィチ・スヴャトスラーフは荘厳な大聖堂の中をいかにも聖職者と言った立ち居振る舞いで歩いてゆく。ウェールズ教の神官を称する真っ白な服は色とりどりのステンドグラスで照らされている。「ふふふ……今日も主のお言葉はありがたいお言葉でしたね♪さてさて、このお言葉はさっそくキング・アリアナに伝えなければ…楽しみですねぇ♪」熱心な宗徒であるニキータは毎日欠かさず大聖堂で祈りを捧げる、そして神の遣いとして女神の言葉、"神託"を聞いているという。神託を聞き終えたニキータの足取りはそれらしく振舞ってはいるもののどこが浮き足立っていた。「あら、お兄様今日のお祈りはもう終わったのね。」大聖堂の大扉を出た所で1人の女性がニキータに声をかけた。声の主は女性と言うよりかは可憐な花という言葉が良く似合う少女のような面持ちをしている。足元まで伸びた長く美しい髪をゆらめかせほんの少し薄桃色に染められたドレスを身に纏う姿は大聖堂の中央に立つ女神とみまごう程だ。この少女はアテレス=ククヴィヤラ=エリシアス、セフィドのクイーンにして多くの信徒から"勝利の女神"と謳われている。「おやおや、これは!勝利の女神、アテレスさんではないですか!!!」ニキータは大袈裟に驚いてみせる。「うふふ、お兄様ったら……なんだか今日はいつにましてご機嫌がよろしそうですわね、良い神託が聞けたのかしら。」「ええ、ええ、それはもちろん♪これからキング・アリアナの所へありがたぁい神託を伝えに行くところですよ♪」「まあ、私もアリアナちゃんの所へ行こうと思っていたところなの。同じ所へ行くのだし一緒に行こうかしら、それまでにその神託を聞かせて欲しいわ!」そういうと2人は大聖堂を後にし城の中へ足を運んで行った。
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「失礼しますよ!!!」ニキータは大声をあげて王の部屋の扉を開ける。中にはアリアナとゼラ、そしてあと2人女性が話をしている最中であった。部屋の扉を開く音、いやニキータの無駄に大きな声に室内にいた4人が振り向く。「ニキータか…それとアテレスも居たのか。ちょうどいい全員が揃ったならば今から軍事会議をしよう。」「お言葉ですがキング・アリアナ、2人がここへ来たのはなにか要件があっての事。そちらを先に聞いた方がよろしいのではないでしょうか。」そう言ったのはアリアナの後ろに控える女性。王の後ろに控えるだけあって佇まいは凛としており、その顔立ちも聡明さが感じられる。その一方で表情には気疲れが滲み出ており時折ため息も混じっていた。ルークのライラ・リリアン・ベイカー。彼女はアリアナが幼少の折より面倒を見てきた人であり、なかなかに個性派揃いのセフィドの面々をまとめ更には私利私欲のためにアリアナを利用しようと画策する貴族たちにも牽制を効かせるなど気苦労の多い人であった。「そうだな、ライラのいい分ももっとも。さて、ニキータ要件を端的に話せ。」アリアナの言葉に今まで黙っていたニキータが怒涛の如く話し出す。あまりの饒舌にその場にいた5人は思わず耳を塞ごうかと一瞬迷うほどであった。「ニキータ、それのどこが端的なんだ……。」「主の言葉はどれも大切ですから、これが端的ですよ♪」ニコニコと笑いながら答えるさまを見る限り本当にそう思っているようだ。アリアナ、もといライラはやれやれと頭を抱える。道中ニキータの話を聞いてきたのであろうアテレスがケロッとした表情をしているのはもはや尊敬の念を抱かざるを得ない。「要するに女神は待てと言っているのですね。」冷静に言ったのはタビタ・アンゲラー。帝国軍の陸軍曹長を任命されており、ポーンの地位にたっている。「待てですか……しかしそのお告げはもう5年程続いているでは無いですか。私たちがこうして5年待っているうちに向こうは着実に力をつけ準備をしている。悠長に待たず5年前にユージーン王とその側近、ひいては主要の面々を叩いていれば今そちらに気を取られずに古狸……いえ私服を肥やす貴族の統制に専念することが出来たというのに。」「あら、でも女神さまのお告げには続きがあるのよ、ねぇお兄様。」アテレスの言葉にそれを早く言えとアリアナが即座にいう。「まぁまぁ、楽しみは取っておいた方がなんだか特別感があっていいじゃないですか!ねぇ」ニキータはもったいぶったようにいい、それでは言いますよと一息つく。「待つのはこの春霞の月の終わりまで、そうすれば向こうが先に仕掛けてきます。私たちはそこを待って叩けば良いと。」「それを信じる証拠はあるのか。」「主はいつも我々を見ておられるのです、間違いはないのです♪」そう言われてしまうとこれ以上言いようがない。「神は嘆いておられる。ああ、今も聞こえる!!!敬粛な信徒であったかの方が今は黒衣をまとい主に弓引く!!!なんと悲しいことでしょう!!!」大袈裟な身振り手振りでニキータは話す。まるで喜劇か何かを見ているようだ。「ライラ、あれは何を言っている。」「恐らくアンダーソン卿の子息のことかと……。」
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城の奥、暗い北方の階段を男たちが蝋燭や魔術の光なく登っていく。「あ〜あ、俺の転移魔法がもうちょっと正確に働いてくれたらこんな長い階段登る必要なんてないのにさぁ……。」「これも鍛錬の一つだと思えばいい。」「まあ、そうなんだけどね〜化け物達と手合わせした後にこれはさすがにキツイって言うかさ。」気だるげに話しながら肩が痛いとグルグル回している。先に階段を登る青年はリーヴェス・フォン・アルトドルファー。21歳の若さでありながら革命派軍セヤの要の砦ルークの立ち位置にある。実力主義を掲げるセヤのルークに腰を据えているだけあってその武術の腕前は並の兵士では到底及ばない。そしてその後ろを黙々と登るのはポーンのアルバート・ハーヴェイ。セヤの最年長でありリーヴェスと並んでも引けを取らない腕の持ち主である。2人は朝からの鍛錬を終えたところらしくラフな格好のまま最上階を目指していた。
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正午であるにもかかわらず暗い室内はあちらこちらに吊るされた魔法光石でチカチカ照らされている。この城を作った国祖の兄大公は吸血鬼か何かなのか…城内にはほとんど窓といった日差しを取り込むものがなく日中にもかかわらず蝋燭や魔法光石なしには文字を読むことすらままならない。「ルゥ…遅くないか?」ずっと思っていたことを堪えきれずに口に出す。「ん?あれだろ…どうせリーヴェスが階段を登るのがしんどいだとか言ってトロトロ上がってきてるんだろ。」目の前の椅子に半分寝ているような格好で座る男、ルゥが答える。「そうだな……なぁ、ルゥ。」「なんだ?」「お前は何回俺に同じことを言わせるつもりなんだ。」ルゥは再びなにが?と言いながら顔の上に置いていた腕をどける。「机の上に足を乗せて寝るのをやめろ
、汚れるだろ。」「あぁ、悪ぃ。つい癖でな……」そう言いながら足を降ろすこの男、ルゥ・シュバルツは俺が10の歳から今日までの12年間隣を歩いてきた側近であり気のおける人物の1人。頼れる面も多くある反面頭を抱えることが多いのも事実、それもこれもこの男が自由すぎる故だ。それにしても遅い。ここは城の最上階と言っても2人がいた稽古場からは4階程でしかない。そろそろ、いやとっくの前にここへ来ていてもおかしくは無いはずだ。「階段の方まで見てこようか?」「ああ、頼む。へばっているとは思わないが、もしへばっていたならば担いで来てくれ。」
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「うぇ〜〜〜もう疲れた!」リーヴェスが間抜けな声を出す。その横でアルバートは相変わらずの無表情で立っている。2人は階段、ではなくだだっ広く長い廊下の中央にいた。「こんなところで何をしているんだ。」2人の後ろから声がした。振り向くと1人の女性が立っている。黒く艶やかな髪を短く切りそろえ、スラッとしたシルエットの背格好は女性であっても凛々しいという言葉が良く似合うだろう。主だったメンバーが男性ばかりの中彼女、ルネッタ=ベルトーニはセヤの頭脳として、実力主義がただ単に力のみでないということを証明する意味で重要な存在であった。「あ!姐さん、実はさ階段を登るのに疲れて途中で転移魔法を使ったんだよ。そしたらやっぱり変なところに転移してさ……もうヘトヘトなんだよね〜。」リーヴェスがさも疲れたように言う。その言葉にルネッタはほんの少し失敗するの最初から分かっているならばやらなければいいのにと言った顔をした。「アルバートは自力で登るって言うから俺だけ転移したけどまあ、見事にとんでもない方向に行って今やっと合流できたところなんだよ。」「疲れているのはよくわかったけど、そろそろユージーンの所へ行かないと不味いと思う。」そう言いながらルネッタはリーヴェスを急かす。あ〜しんどいと言いながらもリーヴェスがノロノロと動き出した時「おや、ルゥさんこっちにいましたよ」対面する廊下の曲がり角から黒のカソックが顔を覗かせた。その奥からははぁ?と困惑した声が響く。黒のカソックもといセヤのビショップ、セドリック・アンダーソンがニコニコと笑いながらお二方とも探したんですよと言った。あんまり探したような様子は感じられないがまあ探したのであろう。「お前らな〜なんでこんなところにいるんだよ!」「いや〜色々あって」「どうせ途中で転移魔法使って失敗したんだろ!」「おっしゃる通りで……」ルゥとリーヴェスが揃った途端に廊下は騒がしくなる。呆れた表情のルゥにずっと前からユージーンが待ってるぞと背中を押されるリーヴェスを先頭に一同は元々の目的地、応対間へ向かった。
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「遅かったな」扉を開いて直ぐにユージーンの声が響く。一同といってもアルバート以外の4人はやっぱり怒ってるよなという表情をする。さて、転移魔法に失敗したといってまた叱咤を食らうかとリーヴェスが覚悟を決め口を開きかけた…「すまなかった」一言、アルバートが謝罪を述べる。ユージーンは静かに頷くと席へ着くように促した。「え?それだけ?」「しっ!黙っとけ」ポカンとしたリーヴェスの言葉を後ろから叩きルゥが制止する。「ふふふ、お二人共仲がいいですね、さて席に着くとしますか。」各々が椅子に腰を落とし円卓を囲む。卓の中央には地図とチェスの駒、ポーンからキングまでが白黒1つずつ置かれている。会議という雰囲気に包まれると途端緊張感が走る、緩んだ表情もキュッと引き締まるような感覚がした。「さて、私たちはこの5年の月日をかけて充分に準備を果たせた。この5年の間アリアナ王もといセフィドが攻めてこなかったのは大いにありがたかったよ。こちら側が準備進めているということは向こうも同じだろうね、でも士気はこちらの方が高いだろう。私はこの月の終わりにある迎春祭の日白亜城の東、ソレブリア砦を落としたいと思っている。」ルネッタの言葉を皮切りに会議が始まる。東にあるソレブリア砦はセフィドからはさほど重要視されていない小さな砦だ。迎春祭は城の西側の広場で行われるためその日ならば警備の手もいつも以上に薄くなると考えたのだろう。「ソレブリア砦か、そこを落としてどうするルネッタ。」手薄で攻めるにはうってつけと言えどもその先白亜城攻略の重要な足がかりにはなりにくいというのがユージーンの考えであろう。「確かに乗馬にはうってつけだが逆に言えばあそこには砦以外何も障害物がない。城までは20マイル(1マイル=1.6km)以上あるしさすがに魔術も届かねぇよ。」周辺の地形をよく知るルゥもソレブリア砦を落とす理由は分からないらしい。「まあ、姐さんには何か意図があるんでしょ。」「ああ、もちろん。ソレブリア砦は草原が広がり5マイル先に行っても森が広がるだけ。一見それほど重要な場所とは思えないだろうね。だからセフィドもそれほど重要視していない。でも、ここを落とせばセヤにとってはかなり優位になることは間違いない。これを見て欲しい。」
一同はルネッタの取り出し卓上に広げた紙を見る。広げられた紙には既に置いてある地図とほとんど変わらない地図が描かれている。「これは……」セドリックが唸る。普通の地図とほとんど変わらないが少し描いてある道が多い気がする。「そうか、地下水道か。」「そう、ユージーンの言う通りだ。このソレブリア砦の内部には大昔に作られ使われずに放置された地下水道、それもかなり大規模で城の近くの町まで通じているものがあるんだ。しかもこの水道の先1マイル以内には大聖堂の地下霊廟がある。1マイル以内なら魔法でいくらでも穴を開けて通じることができる。」
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古くよりシャトランジが栄えてきた要因の1つに高度な水道設備があげられる。西の山地から流れる川や地下水を効率よく取り組むために地下に建国当時の最高技術をかけて作られたのが現在でも使われ続けている複雑な構図を描く水道だ。「確かにこの地下水道を抑えることが出来れば戦局は大きく俺たちに傾く。……それにしてもよくこの地図を見つけてきたな。城の資料室ですら残っていなかったはずだ。」「偶然古い本の間に挟まっているのを見つけて拝借してきたんだ。」ルネッタは偶然だと言うがきっとあちこちの本や資料を探してまわった結果がこの地図なのであろう。常に自分のできる限りの事はやる努力の人であることをユージーンはよく知っているつもりだ。「そう言えばソレブリア砦の近辺はウェールズ教の聖地でしたね。」セドリックがポツリと言葉をこぼす。神を信仰しない彼らには初耳である。曰く、ソレブリア砦付近の森にはかつて女神が禊を行った泉がありその泉は今でも教会の祝祭日に使用されているらしい。「そして教会はこの泉の水を小さな小瓶に入れて売っているんです、女神の加護が齎される聖なる水として高値で……。」「それならば尚更落とす必要があるな。」今まで黙っていたアルバートが言う。「あぁ、たかが水如きで金をむしり取るなんて腹が立つしな!……ユージーン、どうする?」「俺はルネッタが初めに言った案が良いと思う。手始めにソレブリア砦を落とし白亜城攻略の経路を確保、そして教会の収入源の一部を断つ。初戦に勝てば皆の士気もまた上がるだろう、一石二鳥、いや三鳥以上の益があるはずだ。」「俺も賛成かな〜」一同が口々に賛成の意を唱えた。仲間同士での信頼が厚い分事が決まり出すと会議はスルスルと進んでいく。「春霞の月末日、俺たちはソレブリア砦を襲撃する。魁はアルバートとルゥ、援護には俺が廻る。ルネッタとセドリックは本陣で全体の指揮、リーヴェスは殿を頼む。俺たちの、セヤの勝利のためにこの戦必ず勝とう!」「「「あぁ!!!」」」
*
-ギィィ
古い木材が軋む。石の床は一歩を踏み出すごとにすカツンカツンと硬い音を鳴らしアーチ状の天井にこだまして跳ね返ってくる。この城の中にしては珍しい大きなスタンドガラスの窓から夕方の燃えるような赤い光が差し込み黒いカソックも赤く色づく。部屋の中央で足を止めセドリックはゆっくりと上を見上げた。「相変わらずその目はちっぽけな人間を見下ろすのですね…。」目の前にはかつて捨てた主が張り付けた笑みを称えて佇んでいる。埃を被った祭壇にネックレスを置いた。ペンダントトップには女神の横顔が彫られている。もう自分を縛り付けてきた象徴はいらない。「僕には努力をすれば認めてくれる仲間が出来た、奇跡や恩恵なんかじゃなく1人の人としての努力を素直に受け入れてくれる仲間が…僕はもう貴女に膝を折ることは無い。」いもしない相手に語りかけるのはバカバカしいかもしれないけどそれでもはっきりと言葉を口に出すのはスッキリとした。
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会議が終わり2人だけになった部屋でユージーンが筆を走らせる音だけが響いている。さっきまでの会議で決めたことを書き留めているのだろう。卓に頬杖をついた状態でルゥはその様子を眺めていた。走り書きにもかかわらず綺麗な字だと感心する。ついこの間まで嬉しそうに市場を散策していた子供が今では立派に民を先導し戦を画策するにまでなるとは…。「なぁ、ユージーン…。」「どうしたんだ?」筆を置いてユージーンが顔をあげる。「お前は本当に凄いやつだよ」「改まって何を言い出すかと思えば…俺がこうやっていられるのも皆が支えてくれているからだ、何も俺が凄い訳じゃない。」「それもあるだろうな、何しろ俺がめちゃくちゃバックアップしてるからな。だけどなユージーンだから皆は支えてくれているんだ、中には今の帝国に反発したいからお前に付いたやつもいるだろうけど…少なくとも俺は、俺たちはユージーンだからついて行っている。それがユージーンの凄さだ。」軽口を挟むもののルゥの口調は至って真剣だ。「だからこそユージーンを失う訳にはいかない、お前はもう俺の光なんかじゃない。ここにいる全員のセヤの光なんだ。」「いきなりどうしたんだ…。」いつになく真剣な物言いにユージーンは眉根を寄せて笑う。時折ルゥはこういうことを言う、それにしても今日はいつになく真剣だ。先の戦で思うところでもあるのだろうか。「仲間を信頼していないわけでもなんでもないけどやっぱり心配になるんだ。こう…胸の辺りがザワつくって言うかさ……いや、俺の勘ぐり過ぎか」そう言って笑うルゥにユージーンはそうだなと頷いてみせる。心配することは無い。今は2人だけじゃない仲間がいるから。「よっし!俺とアルバートでちゃっちゃと相手を片付けてユージーンのための道を作らねぇとな。」いつも道理の調子でルゥが笑った。
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「陛下、迎春祭のことで話があるのですが…。」「ん?ゼラ、なんだ?」ゼラの方を向いてアリアナが首を傾げる。会議の後執務をほりだして昼寝をしている最中に急にゼラが真面目な態度で話し出したためアリアナはキョトンとした表情をしている。「迎春祭は月の末日に開かれる予定でしたよね、でしたらニキータの話の時期と被さります。民を巻き込むようなマネはしないとは思いますが何かあっては困りますから烏滸がましいかとは思いますが迎春祭の日も俺が影となることを許して貰えるでしょうか…。」ふむとアリアナは考え込む。確かに末日ということはニキータの話と合致する。しかしその神の声というものが本当かどうか信じるには疑わしい点が多すぎるとアリアナは思う。「私のことを案じてくれていることはわかる、だか心配しすぎではないか?」「確かに警備も厳重になっています、しかし貴女は俺の恩人。何かあった時のために陛下を守るためにも俺ができる限りのことはしたいのです。」ぽやぽやしたゼラの言葉とは思えない程しっかりとした口調に思わず笑みが零れる。「な!?スーは真面目に言ってるのに!…あ…コホン、陛下俺は真面目に言っているのですよ!?」「分かっている、ただいつものゼラとはあまりにも違うからなんだかおかしくなってな。…わかったゼラがそこまで言うのだから迎春祭の日はお前に私の影を任せよう、頼りにしている。」「任せてください!…………ふぁ〜眠たくなってきた。キングももう少し寝ようよ…。」そういうや否やもうゼラは寝始めている。ゼラにはいつも拍子抜けさせられてばかりだ。アリアナはコロコロと変わるゼラの様子にひとしきり笑ったあと、その横に寝転がって目を閉じた。春の少し冷たい風が肌を撫でていき心地がいい。あと少し微睡むのも悪くないかもしれない…。

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