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第4話 金色の野に女神は踊る

春が過ぎ夏の日差しが注ぎ始めた頃畑の麦は金色に染まり、辺りは一面金の野原が広がる。西から強い風が吹き農地の風車が音を立てて回る。青々とした草が生い茂るシロンス草原には家畜が放牧され、城下ではチーズやパン、エールが出回り出すのだった_
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迎春祭を機に進軍を始めたセヤの魁部隊はソレブリア砦にて待ち構えていたタビタ率いる帝国陸軍中隊と衝突。砦はルゥによる魔術砲撃によって半壊、敵将タビタはアルバートによって討ち取られ、その首は帝都に送り届けられた。この戦いによって帝国陸軍随一の中隊は総崩れとなりセフィドは大きな損害を負うこととなった_
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「お!アルバート!!!」遠くから叫ぶ声が聞こえた。ハッとしてそちらを見やると馬上でルゥが手を振っている。その姿にアルバートは思わずゾッとする。「どこか怪我でもしたのか!?」近づいてくるや否や駆けつけて問う。ルゥの全身が真っ赤に染まっていたからだ。心配するアルバートの気も知らずにルゥはケロッとした顔で笑う。「大丈夫だって、かすり傷くらいさ。全部返り血だ……つうかそう言うアルバートの方がやべぇじゃねぇかよ。」そう言うと馬から降りたルゥはアルバートの体、傷をまじまじと観察する。「……私は問題ない。」「いいや、こいつはすぐに手当しねぇと。あ〜、こっちの手は治らねぇな。こっちのはまあ、傷口くらいなら塞げそうだな。待ってな、俺もだいぶ魔力を消費してな…。」とりあえず止血でもするかと革紐を取り出すルゥをよそに本当に底無しの魔力じゃなかったんだとアルバートはどうでもいいことを考える。タビタを手にかけたことがどうにも現実的に感じられないようだ。「……それ、タビタか。」止血をしながら言うルゥの視線の先にはタビタが横たわっている。「ああ。」「…………。そっか、俺も久々に戦いたかったんだけどな。死んじまったもんは仕方ねぇか。」かつては戦友だったはずの相手が死んだと言うのにこの男はあっけらかんとし過ぎているような気がする。やはり恐ろしい。「なぁ、そこの剣取ってくれねぇか。」タビタの側にしゃがみこんで言う。「斬りすぎてなまっちまってな、切れねぇんだよ。」「…何をする気だ。」「ん?首を斬るんだよ。」何を言っているのだろう。あまりにも当たり前のように言うルゥにアルバートは困惑する。死んだ相手の首を斬るなんて考えも及ばなかった。首を斬るなんて行為…死んだ相手に敬意はないのか?「……首を斬ってどうするつもりなんだ。」「そうだな、とりあえず皇都に届けるか。ピースの1人が討ち取られたってなると戦意も下がるだろうし。所詮温室育ちの坊ちゃん嬢ちゃんばっかしだからそんなもん見慣れてないだろ。」………………。死者の首すら道具に使うなんて…。「タビタに、死者に対して失礼だとは思わないのか?」「そりゃあな、惨いとは思うぜ。でもさ、これは戦いなんだよ。失礼だとか道理だとか言ってらんねぇ、俺はユージーンが勝つためなら首の1つや2つ飾ってやってもいいつもりだ。」「………………。」「アルバート、タビタは敵なんだよ。そりゃあ5年前までは肩並べて汗流した友かもしれねぇけど、今は違う。いつまでも昔のこと思ってるとそのうちその思いに足引っ張られてお前が死んじまう。本当に大切なものを選べ、全てを持っていけるほど俺たちは器用でもなんでもないんだから。」強い口調で言い放つとルゥは近くにあった剣を拾い上げて戸惑いもなく首を切り落とした。切り落とされた首はゴロンと転がってこちらを見る。虚ろに濁った瞳に思わず吐き気がこみあげる。「先に本陣に戻っていてくれ。俺はこいつを届けるように手配するから。」
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ひたひたと雫が垂れる音が響く。1歩を進める事に白い畳石が赤く濡れる。アテレスはフラフラとした足取りで1つの扉の前まで来ると力なく扉を押した。ギィィと軋んだ音がする。「アテレス、どこに行って……!?!?」部屋の中で地図と睨み合っていたアリアナが顔を上げ言葉を区切る。「……それは………………アンゲラーか?」いつもは気丈な声が微かに震えている。首を抱えたままのアテレスは俯いたままコクンと小さく頷く。彼女の純白のドレスが赤く染まり一層おぞましさを引き立てていた。ゼラとライラは声1つあげることなくその光景をただ見つめている。「ど、どういうことだ。アンゲラーは会場警備の指揮に回っていたのでは無いのか?」アリアナはライラの方へと視線を向ける。ライラは目を見開いたまま硬直しているだけだ。「…そ、そんな。まさかタビタさんが……そんな。」「…答えろ!ベイカー!!!どういうことだ!何故アンゲラーは死んだ?私に何を隠していた!!!???」「お兄様の予言で砦に襲撃があるって聞いてライラちゃんがお兄様とタビタちゃんをこっそり送ったのよ!それでタビタちゃんが……。」顔をあげたアテレスの目は泣き腫らして赤くなっている。「なぜ私に黙ってそんなことをしたんだ、ベイカー!」「所詮予言です、まさか本当になるとは…。」突然のことに混乱するライラはいつもの冷静さを欠いているようだ。「……ッ…………まあいい。今更何を言ったところで結果は変わらない。それよりもこれからだ。襲撃されたのはどこの砦だ。」「ソレブリア砦です。」ライラの返答を聞いてすぐにアリアナは地図へと目を走らせた。皇都からつつと指でなぞりながら砦を探す。「…ん、ここか。皇都から山の向かいの砦…。随分と放置されていたところだな。ゼラ、この砦の文献を探してくれ。」指示されたゼラは黙って頷くと後ろの本棚を探し始めた。私も手伝いましょうとライラものろのろと立ち上がる。「ね、ねぇ……みんなどうして悲しまないの?タビタちゃんが死んじゃったのよ。」1人アテレスは扉の前で突っ立ったまま言う。「起きたことは仕方がない、アンゲラーを弔うのは全て終わったあとだ。出鼻を取られたんだ、湿っぽく嘆いている暇なぞない。」「そうですね、タビタさんを討ち取ったことでセヤは勢いづいているでしょう。次に彼らが出てくるところを確実に抑えなければ私たちが不利になる一方です。」アリアナとライラの2人は作業を続けたままアテレスに言う。「…みんな酷いわ!!お友達が殺されちゃったのに戦うことばかり考えて!!」叫ぶとアテレスは3人にくるりと背を向けて廊下へと走り出していった。
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ひどい!ひどいわ!!みんな人でなしよ!ロウソクで照らされただけの暗い廊下を1人走りながらアテレスは泣きじゃくる。思わず飛び出した部屋は自室から遠く離れている。ただ気持ちのままに走り続けた。くんっと足が何かに引っかかって前に転ぶ。両手に抱えていたタビタの首はその反動で暗がりの方へとんとんと転がっていった。「あっ!」アテレスはそれを追いかける。いつの間にかまた先程と同じ所へと来ていたようだ。ドレスの裾が土で汚れる。「あったわ。」それは木の根元に止まっていた。隣には小さな黄色い花が咲いている。「そうだ…ちゃんと埋めてあげないとダメね。」そっと首を横へ退けるとアテレスは手頃な木の枝を手に取って根元を掘り始めた。しっかりと掘って置かないと全部埋められないわね……思っていたよりも固くて大変だわ。……………………。良し!こんな感じでいいかしら。ちゃんと頭の先まで埋められたし…あとはお花ね。そう思いながら傍に咲く花を1つ手折って小さく盛り上がった土の山の上にそっと置く。タビタちゃん……みんなは悲しんでくれないし弔ってもくれない酷い人達だけど私がちゃんと貴女のために泣いてあげる。弔ってあげるわ。お友達が殺されちゃうってこんな気持ちなのね……悲しくて哀しくてかなしくて胸が張り裂けちゃいそう。……………………………………………………………………アルバート、アルバート。アルバート・ハーヴェイ、セフィドのポーンを討ち取ったり。あの手紙にはそう書いてあった。タビタちゃんを殺したのはあの男。汚い汚い憎い男。お母様を引き裂いたあの汚い手で今度はタビタちゃんを殺した。アテレスはそっと胸元のネックレスの先に触れる。じんわりと暖かい球が脈打つように跳ねた。「ねぇ、タビタちゃん。酷いことされた仕返しはちゃんとしないといけないわよね。あの汚い男は罪を償わなきゃいけないわよね。うふふ、そうでしょう。あいつが居なくなればみんなも喜ぶわ。私、久しぶりに頑張っちゃおうかな!」指先にとくんと振動が伝わる。「タビタちゃんも賛成してくれるの?そっか。そうよね、うふふ。勝利の女神の私がみんなに勝利を届けなきゃね。」笑うアテレスの周りに花が舞う。白い花弁は1つ2つと増えていき彼女の姿をかき消すように舞踊っていた。
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戦場となったソレブリア砦正面の草原は既に霧が晴れ、風が吹き始めていた。すっかり見渡しやすくなった草原には数え切れない程の兵士の骸が転がっている。その半数以上は緑のマークが記された布を巻いている。最強の一角と称された陸軍中隊がこうも無惨に敗れ散るとは……案外終わりって言うのは呆気ないもんだなぁ。沈みかけた夕日に照らされた骸の間をゆっくりと歩きながらリーヴェスは思う。砦の方から聞こえてくる騒ぎ声は少し離れるとほとんど聞こえなくて寂しさを感じる。風が草の葉を撫でて通り過ぎていく音だけを耳にしながら歩き続けると遠くの方に人影が見えた。あっ!いたいた。うちは男手も多い方だけど半壊した砦を修復して陣を移すのは大変だから壊しまくった張本人を呼んでこいって言ったって…なんで俺がパシられてるんだろ。ルネッタに伝言を頼んで楽しようと思ったのに居ないし。そんな風に文句も半々に人影が見えた方へと歩いていった。ずっと進んでいくと目の前の緑が次第になくなっていってチラホラと金色が見え始める。「ルゥ-!!!おっさん達が戻って来いってさぁ!!!!」まだ少し遠い背中に叫んだ。揺れる金色の方を向いていたルゥは声に気づいて振り返る。「リーヴェス、悪ぃけどまだもうちょっと帰れそうにないんだ。」「なんでだよ。」「まだ馬が帰ってこないんだよ。」「馬ぁ!?」素っ頓狂な反応をしてしまった。ルゥは至って真面目にあぁ、馬だと言う。ルゥの馬はもう厩舎に居たはずだけど……。「セドリックの馬がまだ帰って来ねぇんだよ。」小さく呟く。「そうだなぁ、シロンス平原の方まで行ったかもね。」「……馬はさ、魂を運ぶって言い伝えがあってな。俺たちが死んだらその魂は馬に乗って走っていくんだって。…まぁ、シロンスの方に行くのも良いかもな。あっちの方は気候もいいしのんびり過ごせそうだ。」そう言いながら草原の端へと歩いていく。眼下に広がる金色の穂が風に吹かれて重たそうに揺れた。「もうすぐ麦の収穫の季節が来るな。」
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「いや、今俺魔術使えねぇから。」ルゥの一言に周りはガックリと肩を落とす。「まぁそうがっかりすんなよ。力仕事なら手伝うからさ………………なんだよその顔。」「後先考えずに魔力で全部ぶち壊そうとするなって顔だね〜。」リーヴェスがケラケラ笑いながら代弁するように言う。「俺の判断じゃねぇよ、砦を壊すってのは!ルネッタだよ!!」周りの人々はルネッタか、それならまあいいかなどと言い始める。「ちょっと待て、何でルネッタなら許されるんだよ!!」「まぁルゥの独断ならただ壊しただけっぽいけどルネッタの判断ならその先のこともちゃんと考えてくれてそうじゃん。」「俺の事馬鹿だと思ってるだろ、あんた達。」そう言うルゥに対して1人が兄ちゃんは馬鹿だろと声を上げる。「なんだ、落ち込んでるかと思ったら随分と元気そうだね。」わちゃわちゃとしている群衆の間からルネッタが顔を覗かせた。「ルネッタ!!この砦どうすんだよ、正面の壁はほとんど崩れてるけど…。」「ああ、問題ないよ。砦の方はほとんど必要ないし、重要なのは地下の下水道跡だからね。構造図を見る限り中のスペースも広そうだし陣も地下に移そうかと思うんだけど…。」「じゃあ砦このまんまでいいってこと?」「そうだね。問題は馬をどうするか、ってことだけだよ。」砦の修復が不必要だと知って兵たちはとりあえず酒でも飲むかと言い始める。そのまま場は宴をするような雰囲気へと変わっていく。戦勝祝いと弔いを兼ねた宴だから酒も肉もめいっぱい用意しようと男たちは急にせっせと動き出した。祝いだとか弔いだとか言っているけど酒が飲みたいだけなんじゃないかとリーヴェスとルゥは思う。「戦勝祝いなら俺ユージーン呼んでくるわ。」「ん、じゃあ俺はアルバート探してくるかぁ〜。」そう言って2人は別々の方へ歩いていった。
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ロウソクの灯りで照らされる卓上に広げた一冊の本とアリアナは随分と前から睨み合っていた。その横にはいくつかのぶ厚い革本や羊皮紙が置いてある。「うーん、周辺地理に歴史、建国当時の古い文献まで調べたが何故こんなにもこの砦の史料は少ないんだ。ゼラ!本当にこれだけなのか?」「…え、うん。これぐらいしかありませんでした。」「しかし、あちらが攻めてきたとなると何かがあるのは明白なのですが…。」「?。攻めてくる理由があるんだ、進軍の途中にあったから攻めてきたと思ってた。」ゼラが不思議そうに言った。「ゼラ、この地図を見てみろ。アートルムはここにある。この国領は元々隣国グランデ帝国の所有領だった、そのため建国当初はそのグランデ帝国からの侵略が度々重なった。だから初代女帝は兄大公に侵略してくる軍を退けることを依頼し、この地に城塞が建てられた。それは知っているな。」ゼラはこくこくと頷いて答える。「そしてソレブリアはここだ。アートルムからはアームの森とアンヴァンシブル山脈を隔てて位置している。そこで、だ。万が一この城塞が陥落した場合敵は深い森や険しい山脈を越えて侵略してくることはまずもってない。そうなるとかなり遠回りにはなるがこの街道を通ってソレブリアへと向かってくることになる。だからこの街道沿いにはソレブリア砦のような砦が数多く存在する。」「へぇ、じゃあ他の砦がソレブリア砦よりも近くにあったのに攻撃してこなかったってことかぁ……。」その通り、とアリアナは頷く。「正確に言うとアートルムからの進軍ならばソレブリア砦よりも更に進んだところにある砦を攻めることも時間的には可能なんだ。その方が夜襲をかけられるから楽だしな。」「ええ、位置的には随分と中途半端過ぎますね。しいて言うなら森も山脈も無視するとこの砦はここと直線距離的には街道を進軍するよりも遥かに近い、ということですね。」ライラは砦からソレブリアまでを指で真っ直ぐになぞる。確かにその距離は随分と短いことが一目瞭然だ。「森と山を越えてくるの?」「それは無いだろう、愚兄の主力は騎兵だ。森はまだしもあの山脈を馬が越えることは難しい。山岳馬もいるが……まあ無理だろう。」アリアナは腕を組んだままうーんと唸る。帝都と同じ名が付けられた砦だ。何かがあるのは絶対だろう、だかその何かが分からない。それも史料が少ないせいだ。「キング・アリアナ、どう致しますか?」「何があるかわからん以上あらゆる可能性を考える必要があるが…ベイカー、ニキータはまだ砦付近に居るのか?」「え、ええ。恐らく山脈を越えてはいないでしょう。」「そうか、では急ぎ使いの者を出してその場に留まりセヤの進軍があれば食い止めろと伝えろ。万が一あの山脈を越えて進軍してきたのならば私が出よう。帝国兵にもそう伝えておけ。」「分かりました。至急取りかかります。」そう言って立ち上がるとライラは部屋を出て行った。「キング、スーは…じゃなくて私は何を?」「ゼラは私のサポートに回れ。」「分かりました。」
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日も落ちて暗くなった空に瞬き出した星の明かりだけを頼りにルゥは崩れ落ち、瓦礫の山と化した砦の正面を歩いていた。積み重なった石が踏む度に音を立てる。さてと、ユージーンはどこに行ったもんかな…。少し高くなった瓦礫の上にひょいと飛び乗って辺りを見渡す。天井部分が崩れ中が丸見えになった砦の1階、そこから弱い水色の反射光が一瞬目に写った。なんだ、砦の中にいたのか。瓦礫から飛び降りると砦の中に足を向ける。砦の中はジメジメと湿気ていて居心地がいいとはお世辞にも言えない。こんなとこに1人で居るなんてな、全く……。足速に廊下を進んでさっき見えた部屋の一角に入っていく。「ユージーン、いつまで落ち込んでんだよ。」壁に背を預けて空を見上げる横顔に声をかけた。「……ルゥ。」ユージーンは目線だけでこちらを見上げる。「お前はいつまでたっても泣き虫だよなぁ。」「な!?泣き虫でもないし、俺は泣いてなんかいない!」「じゃあ1人でこんなとこに居て何してんだよ?」「別に……俺は…………。」モゴモゴと口篭る、差し障りのない返答が上手く見つからないといったようだ。「こんなジメジメしたとこに居るのもなんだし、とりあえず外に出ようぜ、な。」そう言ってユージーンの右手を掴んでグイと引っ張り上げる。ほんの少し抵抗しようとするユージーンを無視してそのままルゥは歩いてきた廊下を進んで砦の外に出た。夜露と草、土の香りを含んだ優しくて暖かい風が髪を揺らす。外へ出てすぐ近くに落ちて重なった壁だったそれに腰掛けてルゥは隣に座るように手でとんとんと催促する。「…セドリックのこと、さっきリーヴェスに聞いたんだよ。お前セドリックが死ぬ原因を自分が作ったって思ってんだろ?」ユージーンは黙ったまま1つ首を縦に振る。「俺は…確かに他の誰よりも守られるべき人間だと言うのは分かっている。だからセドリックに庇われたのは当然だ。…だが……庇う原因さえ作らなければ死ぬことはなかったじゃないか。」「原因を作らなかったら、か。確かにそうかもしれねぇけど…お前死角から狙われて誰かに庇われても自分の不注意のせいでって言うだろ。全部自分のせいにして背追い込もうとなんてしなくていい、そんなの傲慢だ。それに失ったものに対していつまでも後ろ振り返ってたら先には進めない。セドリックだってお前には振り返ってばかりいて欲しくはないと思うけどな、あいつの顔見たか?いい顔してたぜ。」ユージーンは黙って俯いたままだ。「ま、俺はお前じゃないし口ではなんでも言うことは出来るさ。でもそれじゃあお前は納得いかないんだろ?だから泣くなり思ってること吐き出すなりなんでもすればいい、誰も責めはしねぇよ。なんなら俺がお袋さんの代わりに抱きしめてやろうか?そんぐらいなら貸してやるぜ。」「……子供扱いするなよ。」「ほんっと可愛くねぇなお前。」ルゥはそのままゴロンっと横になる。星がぱちぱちと瞬いてまた光る。お前は皆の上に立つものとしてしっかりしようとしてるのかもしれないけど俺から見ればまだまだちっせえ子供みたいなもんだし……たまには俺を兄貴だと思って頼れよ、馬鹿野郎。
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「お〜い!!」リーヴェスが叫ぶ。そして走っていってユージーンとルゥ、というかほとんどルゥに軽く体当たりを食らわした。ルゥはうぇっと踏まれたかえるみたいな声を出す。「お前らさ〜来るの遅すぎじゃん。おっさん達みんな出来上がっててさまじで相手すんのめんどくさかったんだけど〜。なぁ、ルネッタ。」「ははは、そうだね。あれはあれで面白いとは思うけど。」「……タフだなぁ。っと、それはそうと2人が全然来ないから優しい俺がいいもん持ってきたから感謝してよね!」後ろ手に持っていたビンをずいっと押し付ける。「…リーヴェスが飲みたいだけだろ。」「うっわ!心外!!」「何が心外なんだよ!その通りだろ!!酒バカ!!!」「はぁ〜そんなこと言うならもうルネッタと俺で全部飲むからな〜!」うるさい奴らだなとユージーンはルネッタに目配せする。それにルネッタは笑って返す。「ほら、コップとそれからちょっとだけだけど干し肉もあるからみんなで乾杯しようよ。」両手に抱えた木のコップをルゥとリーヴェスの間に割って入って手渡す。折角だから飲むかとユージーンも腰をあげる。「アルバートは?」「まだ治療中だってさ〜、あと怪我人に酒なんて飲ますなって怒られた。」「ふぅん酒飲んどけばだいたいなんでも治るだろ。」「ルゥ、酒でなんでも治るなら薬も魔法も要らん。」わいわいと騒ぎ出す2人とそれに突っ込み始めたユージーンを微笑ましく思いながらルネッタはからのコップに酒を注いでいく。いつまでもこんな風に笑っていてくれればいいのに……。ユージーンの横顔を見つめてルネッタは思う。このまま戦い続ければきっとまたここにいる誰かが死ぬのだろう、それは自分自身もそうだ。できることならずっとユージーンの傍に居たい、彼の行先を見ていたい。その願いすら明日には掻き消されるかもしれない。「ルネッタ、それ1つ多くないか?」「え?あ、ああ。セドリックの分もと思ってね。彼も酒は好きだっただろう。」「そういう事か。……土に還る前に見送ってやらねぇとな。」そう言うとそっと指先でまだ湿った地面を撫でる。小さく詠唱すると草間に星を落とした様な白く輝かしい花がポツポツとさき始めた。「これは…エーデルワイス?」「気候的にすぐ枯れそうだけどまあ手向け花にはいいだろ。」白い花弁に反射した夜の光が飽和して静かに揺蕩うように揺らぐ。つい数刻前まで多くの人が死んでいった戦場とは思えないほど幻想的な景色にルネッタは息を飲んだ。どこか現実味を感じさせない死に対しての喪失感を感じさせまいとするこれは区切りだ。誰かが死ぬ度に振り返り立ち止まっていれば士気は下がるだけ、だから振り返らずにただ進むだけだという区切り。「ルネッタ、乾杯しよう。」呼ばれて3人の所へ近づく。「それじゃ、散っていった奴らへの弔いと戦勝を祝って乾杯!!」「「乾杯!!!」」

厳かに鳴り響いていた鐘の音が急に鳴り止み、それと変わって甲高い悲鳴が耳を刺した。聖堂の奥に位置する豪奢な部屋のベットに腰掛けていた少女は手元の本からハッと顔を上げた。愛らしい大きな淡緑の瞳に不安の影が過ぎる。ベットから降りると裸足のままそっと扉を開けて部屋から抜け出た。あちこちから叫び声や悲鳴が聞こえる。「お母様!!!」少女は震える声で叫んだ。叫んだ声に応えはない。1人で恐る恐る踏み締めていく石畳の廊下は真っ白な足をジンと締め付け赤く悴ませる。はたと足が止まった。思わず噎せそうになる程の臭いにヒュっと息が詰まる。「ア…アテ、レス……逃げ…て。」見開いた目に映るのは黒い手に引き裂かれていく母だった。それは白い百合が1枚1枚の花弁を毟り取られていくかのように残酷に輪辱されていく。くず折れていく母の向こうで濡羽の髪束が揺らめいた。翠色の双眼が真っ直ぐにこちらへ向けられる。「司祭の娘だ、殺せ。」抑揚のない氷のような冷たい声。石の隙間を伝って流れた熟れた柘榴の果実色をした生暖かい血が指先を濡らす。母を引き裂いていた黒い手が眼前に広げられていた。「_____ッ!!!」跳ね起きると木の骨組みが苦しげに軋んだ音をたてた。アテレスは固く握り締めた両手をそっと解す。体中じんわりと汗をかいているようだ。…嫌な夢ね。"オレオル=エペ聖堂の悲劇"、"臈雪の月の悲劇"、そう称されるそれは15年前にアートルム城に隣接する聖堂で起こった。アートルム近郊の町や村の暴徒が臈雪の月未明にオレオル=エペ聖堂を襲撃し、その場に居合わせた司祭を初めて神官、教団兵、教徒たちが惨殺されたシャトランジ、またウェールズ教の歴史の中でも血にまみれた出来事だった。オレオルの司祭、アレッサ=ククヴィヤラ=エリアシスはアテレスの母であった。彼女は暴徒の手によって生きたまま引き裂かれ、遺体は目を当てられぬほど惨いものだったという。お母様が殺された時のことを夢に見るなんて…これも全てあの男のせいよ。アルバート・ハーヴェイ、お母様を殺した暴徒を先導した張本人。1度は教団兵の数人に抱えられて逃げ仰せたアテレスではあったが、逃げ延びた先テオス=アネモス大聖堂で再びあの黒髪で緑眼の男アルバートを見かけた時には次は自分が引き裂かれる番なのだと打ち震えた。そしてそれと同時に憎くて仕方がないあの男への殺意が沸々と胸の内に育まれていった。
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「流石にちょっと暗いし湿っていて居心地はいまいちだね。」「何百年と風を通していないんだ。カビ臭くても仕方ないだろう。」簡易的に作られた新たな陣の感想を口にしながら5人は各々何となく自分の立ち位置について机を囲む。「それじゃあ次の行動についての話し合いをしようか。とりあえずはこの水道跡を真っ直ぐに行くしかない。ここをずっと行くと山脈を越えてすぐの村の教会に出られるはずだ。」「その村に出てそこにまた陣を張ってって感じでいいわけ?」「そうだね、リーヴェス。この村はちょうど10年程前に飢饉で廃村になっているから人に見つかることも無いはずだよ。」あまりの好都合な状態に一同は思わず呆気にとられる。これも全て調べた上でこの水道跡を使うとルネッタは決めたようだ。「にしても喉元にいきなり剣を突きつけられるようなこんな道よく今まで放置していたもんだな。」「初代女帝の働きによって列強諸国と肩を並べるほどの国となって油断が生まれたんだろうな。絶対統制の元で内乱が起こることもなかったし。…何はともあれ、早急に隊列を組んでその村へ出ねばならない。あれに軍事行動を起こしたことはもう伝わっているだろう。あんなでも頭だけはいい。ルネッタ、配列は決まっているのか。」ああと返事をするとルネッタは石板に隊の配列を書いていく。そしてそれを真ん中へとやりこの並びはどうだろうかと見せる。「リーヴェスの歩兵部隊を先頭にして次にアルバート。その後は本陣というか私の率いる部隊とセドリックが率いていた部隊だね。それからルゥ、リーヴェス、ユージーンの騎馬兵、最後にユージーンの歩兵でどうだろう。」「そうだな、馬が暗くて狭いここに怯えてるから後ろにしておいた方が進みはいいだろうな。…なんなら俺のところで全員の馬だけ預かるぜ。一纏めにしておいた方が飯も水もやりやすいし。」ルゥは賛同を示す。それに続いてユージーンも首を縦に振った。「俺もそれでいいけど、俺どこにいたらいいわけ?先頭?それともユージーンと一緒にいればいい?」「先頭は私に行かせてほしい。歩兵が先ならば率いるのも慣れている。だからリーヴェスは陛下の側に。」「いや、でもアルバート怪我してるし…。」アルバートは問題ないという。頑固なアルバートの事だ、言い出したら意見を変えることはないだろう。「わかった、先頭はアルバートに任せる。」「ありがとうございます、陛下。」
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暗い水道跡をただ黙々とアルバートは歩いていた。後ろを歩く歩兵の足取りは軽いものの彼自身の足取りは重い。風も吹かないこの地下に人の歩く音や馬の蹄、金属が触れ合ってたてる甲高い音が反響してまた返ってくる。暗くて閉鎖的な空間に馬が怯えているのだろう、後ろからは絶えず馬を宥める声が聞こえた。『本当に大切なものだけを選べ』あの時言われた言葉が脳内で何度も繰り返し現れては消えていく。本当に大切なもの、それはユージーンやピースのことを言いたいのだろうとアルバートは思う。確かに陛下は誰よりも大切な人ではあるし、ピースのメンバーも1人が欠けると大きな痛手にもなる。しかし自分たちに着いてきてくれる兵士たちも大切なことに代わりはないし、なによりも彼等を率いる者として彼等を守り、万が一道半ばで倒れることがあったのならその意志を引き継ぎ忘れずに連れていくのが義務であり責任だと思う。それはタビタも同じだ。敵であったとしても5年前はそうじゃなかった、あんな風に割り切ることなんて私には到底出来そうにない。そんなことを考えながら歩いていてふと足を止めた。考え事をしすぎて1人で随分と先まで来てしまったようだ。周りには誰もいない。音も聞こえなければ光も見えない、ただ甘く匂やかな春の風が体を包み込むように吹き抜けていった。……何故こんな所で風が吹いている?その疑問に答えはなくただ風はアルバートの周りを吹き続ける。気づけばそこは薄暗くて湿った水道の中とは正反対の春の麗らかな陽射しが降り注ぎ、山鳥の囀りや小川の粼が微かに聞こえる美しい花畑の真ん中だった。「…ここは。」軍に入る前、商隊のキャラバンと旅をしていた頃何度か目にした高山の花畑によく似ている。ドンッと背中から衝撃が走る。熱い焼けた鉄を無理矢理ねじ込まれたような気分だ。背中から胸へと突き刺された剣の鋒からポタポタと血が滴り落ちるのが見える。肺からせり上げてくる血を吐き出し膝から崩れ落ちた。「あら、ごきげんよう。私あなたにとっても素敵なプレゼントを持ってきたのですよ。」不意にかけられた声に振り返る。まるでこの花畑の主役かのような少女、否乙女が微笑みを浮かべながらたっていたか。「……何故、ここに…いる。」「この道は私とお母様の秘密の道ですから。」
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目の前に血を吐いて膝を地面に付いたあの男がいる。喉の奥で込み上げてきた血が呼吸を阻み、苦しそうに喘いでいる。「私からのプレゼントはどうかしら、アルバート。あなたがタビタちゃんの首を私に送ってきたから私もお返ししなきゃって思ったの。……自分が手塩にかけた育てた兵に刺される心地は悲しいかしら、それとも絶望?」アテレスはアルバートを刺し貫いた少年兵の髪をそっと撫でながら問いかけた。アルバートは答えない。けれどもその顔には悲壮感のようなものがありありと浮かんでいる。少し危険を冒してでも密偵の疑いで牢に入れられていたこの少年兵を連れてきて良かったとアテレスは思う。「ねぇ、あなた今苦しいかしら。」ゆっくりとアルバートに近づいていく。パッとアルバートが右手を振り上げた。アテレスの白い肌に赤い血が滲む。「まだ抵抗する気なの…もう少し痛めつけても良さそうね。」右手に持った槍をそのまま足へと突き刺した。「くっ!……卑怯な、真似を…。」「卑怯?あなたには言われたくないわ!15年前オレオル=エペでお母様をあんな風に殺しておいて!!」「……何の事だ?」「まさか覚えていないと言うつもりなの?」アルバートの言葉に怒りで埋め尽くされていく。「長く苦しませずに殺してあげようと思っていたけれど、止めたわ。苦しんで苦しんで絶望して死になさい!!」足に刺した槍を抜くと振り上げて目を切り裂いた。そのまま腕を刺し、腹を裂いていく。アルバートは抵抗する気概すらないようでただなされるがままになっている。引き裂かれた動脈から溢れ出した濃紅の血が地面に染み込むこともなく水溜まりを作っていく。まだ死なせない。もっともっともっと苦しまないと死なせてなんてあげないんだから!!右手に最大限の力を込めてもう一度腹を突き刺した。その衝撃でアルバートの体は揺れて地面に倒れる。足元の血溜まりが跳ねて白い服を赤く染めた。地面に投げ出された手の傷口をブーツのヒールでグリグリと踏みつける。アルバートはくぐもった呻き声をあげだ。「はぁ、私ったらつい熱くなってしまったわ。」アテレスはパッと槍から手を離して言う。「こんな汚い男の血で服が汚れちゃった…。そうね、やっぱりとどめは私よりも貴方にされる方が嫌よね。こいつの首をはねてちょうだい!!」側に立ったまま見ていた少年兵は無言で剣を抜き振り上げる。「……い、………………た。」アルバートが息を切らせながらか細い声で言う。「あら、まだ話す気概が残っていたのね。何を言っているか聞いてあげたらどうかしら?」「はい、女神様。」剣を降ろしてアルバートの口元に耳を寄せた。「すまない、私は…君を守れなかっ……た。」掠れて震えた声だ。少年の表情は変わらない。「白亜城に密偵で行ってそこで女神様に出逢えた。僕は今仕えるべき人に仕えられて幸せです。アルバートさんが何を言いたいのかはわからないですけど、安心して死んでください。」何の躊躇いもなく少年兵はアルバートの首をはねた。血潮と共に花弁が舞う。髪の根元を掴んでアテレスの元へと運んでくる。「よく頑張ったわね。……うふふ、最期に何を思ったのか聞けないのは残念だけど…まあいっか。女の子には男の首は重すぎるわね。私頑張りすぎちゃったかしら?でもみんな喜んでくれるし、褒めてくれるわよね。」
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「なぁ、なんか前の方騒がしくない?」リーヴェスの一言にふと前の方へと顔を向けた。怯える馬を宥めるのに集中しきっていて今まで周りのことを気にしていなかった。確かに先程よりも騒がしい気がする。「何かあったのかもしれねぇな。」緩い風がマントの裾を揺らす。「なぁんか変な気がするんだよなぁ。」後ろ手に腕を組んで言う。「あ、あの……アルバート殿の姿が見えないと前の部隊から連絡がきたのですが。」リーヴェスとルゥは互いに目配せをする。「こいつは…ヤバいかもな。」「俺たちの勘って嫌な時に限って当たるよね。」「…俺たちはアルバートを探してくる。あんたはルネッタとユージーンに知らせてくれ!」言い終わるや否や2人は前の方へと走り始めた。「お前転移できねぇの?」「いやぁ、初めての場所だから失敗しそう……。」「そうか、なら全力で走れ。」足音は筒の中を反響してまわる。兵の間を通り抜けてアルバートが居たはずの先頭へ進んでいく。しかしどこにもアルバートの姿は見当たらない。どこに行ったって言うんだ…側道の方へ迷い込んだのか?歩兵がいる辺りの側を横切ったとき微かに甘い花の香りが鼻腔を擽った。くっと足を止める。「リーヴェス、今花の匂いがしなかったか?」ルゥが足を止めたのを見て同じように足を止めたリーヴェスは首を傾げる。「この側道…!!リーヴェス、足跡だ。それもまだ新しい。大きさからしてアルバートので間違いないだろう。」「あ〜これなら俺も分かるわ。」2人は行くかと顔を見合わせる。1歩を踏み出すとパチッとルゥの身体の周りで火花が散った。随分とここだけ魔力の濃度が高いな、俺のと反発し合うなんて。魔力の強さから空間自体が歪んで見える。次第に行く手は何枚ものベールが重なりあったかのように塞がれた。前へ行こうにも柔らかくふわりふわりと押し返される。「何だよここ。」キョロキョロと周りを見ながらリーヴェスが声を上げる。「…多分幻想魔法だな。この先に何かあることにはあるんだろうけどこんだけ強いと俺もなかなか跳ね返すのは難しいな。」「幻想魔法かぁ……そう言うの得意な人いたっけ?」「1人心当たりはあるけど……構造式も複雑すぎるし、物理魔法もこりゃあ効かねぇな。」漂いながらもはっきりと行く手を拒むそれをルゥは睨むように見る。自身の魔力を一点に集めて何とか術を崩そうとしているようだ。額に垂れた前髪を春風がサラサラと揺らす。金色の目に微かに白い花と雪を被った尾根が映った。その瞬間眼下には白花の咲き乱れる花畑が広がる。少し冷えた空気が汗ばんだ肌に染み込んで心地がいい。こいつは俺の故郷とそっくりじゃねぇか。「リーヴェス!高山の花畑だ、俺の故郷1回見せただろ、思い浮かべろ!イメージさえ見えりゃあ幻想魔法の中に入れる。」「え?ああうん。……ルゥの故郷かぁ…!!!あっ、見えた。」花畑の中をぐるっと見渡す。鋭い光を宿したままの瞳がグッと細められた。眼差しの向こう側には淡緑の豊かな髪が揺れている。足元に広がる黒髪を見てルゥとリーヴェスは無言で剣を抜いた。
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「あら、誰か邪魔しに来たみたいね。」アテレスは顔を上げて花畑の向こうを見た。周りにいる兵が剣を抜いて構える。ゆっくりと近づいてくる2人は慣れた手付きで近くの兵を薙ぎ払って倒していく。白い花が剣から滴り落ちる血で赤く濡れた。「早く殺しなさいよ!私とお母様のお花畑が汚い足で踏み荒らされちゃうじゃない!!」アテレスの叫び声に兵は2人を囲む。その中の1人をルゥは睨みつけた。「お前アルバートのとこに居たガキじゃねえか、なんでこんなところにいやがる。」「女神様にお仕えするため、アルバートさんを殺しに来たんです。」「師への恩義も忘れて居もしねぇ女神なんぞに肩入れするってぇのか!!」半分怒鳴るように言う。「アルバートを殺したのはてめぇか?」「そうですが」さしてなんでもないこのように答えた少年兵を一太刀で切り捨てた。血潮が吹き出して服を汚す。崩れる身体の向こうへ視線をやる。その先にはアテレスが立っている。「リーヴェス、こいつら任せていいか?」背中へ問う。「まぁ、いいけどさぁ。」「頼むぜ。」一言投げかけるとアテレスの方へと走る。半歩手前で左手に持った剣を峰へと持ち替えて横に振りきった。軽い体がいとも簡単に吹っ飛ぶ。痩躯が地面に叩きつけられコキンと音がした。「きゃぁぁぁ、いや!痛いわ!!」悲鳴を上げて逃げようとする腕を掴みあげて力のままに捻る。腕はまるで乾いた小枝のように簡単にパキパキと音を立てて折れる。見開かれた瞳から大粒の涙が幾つもこぼれ落ちた。「離しなさいよ!私にこんなことして酷いわ!!」金切り声で叫ぶアテレスの頬に拳を叩き込んだ。反動で再び地面にしりを着く。陶磁器のように白い肌が赤くなり口の端には血が滲んでいる。「酷いだと?汚ぇ手使ってアルバートを騙し討ちした分際でよくもそんなことが言えたな!!」「あんな男死んで当然よ!私は女神なの、か弱い女の子なのよ、こんなことして許されると思ってるの!本当に貴方たち男は汚くて醜いわ!獣と同じじゃないの!」「ほざくな!!何が女神だ、何がか弱い女だ。お前はお前が汚い、醜いと嬲ってきた奴らと同じだろうがよ!」「違うわ!違うわ!!私はそんな汚い男と同じなんかじゃない!獣と一緒にしないでよ!!!」アテレスが叫ぶと周りの花が乱れ舞い始める。「んなもん俺には効かねぇんだよ!小賢しい真似しやがって。」近くに刺したままになっていたアテレスの槍を抜くとまっすぐ彼女の胸に突き刺した。
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口から血がこぼれた。あの男と同じ殺され方されるなんて嫌よ!お母様、タビタちゃん……誰か助けて、私汚い男に殺されちゃう。まだ死にたくなんてないの!!「あ゛っ……づゔ!!」胸に刺さった槍が引き抜かれる。吹き出した血でドレスが深紅色へと変わる。痛い!痛い!熱くて気持ちが悪い!口にどんどんとせりあがってくる血の熱さと粘りに吐き気を感じる。頭がぼんやりとしてきた。霞む視界にもう一度振り上げられた槍が映る。血で染ってどす黒くなったマントが揺らめいている。冷たい琥珀の狼の目が私を見下ろしている。アテレスは目を閉じた。胸を刺された時にちぎれて地面に落ちた緑の小石が光を放ち始める。光はアテレスを包んで眩い渦を作り出す。「なんでこいつがグランデの魔法水晶なんて大層なもん持ってやがんだよ。くそっ、石に何をこめやがった!?」渦は軈て弾けて雪のような粒が落ちてくる。『アテレス……アテレス……。』遠くで優しい声が呼んでいる。この声はお母様?声のする方へと走っていく。体は羽のように軽い。午後の穏やかな日差しに包まれた花畑の片隅で純白の修道着を着た妙齢の麗しい女性が笑顔で手招きしている。『お母様!!!』広げられた腕の中に飛び込んだ。『今までよく頑張ったわね。怖かったでしょう、辛かったでしょう。…もう大丈夫、私があなたを守ってあげるから。黒い悪魔はもう居ないわ。』優しい手に頭を撫でられる。ここは私とお母様の2人だけのお花畑、誰にも邪魔されたりなんてしない。お母様がいるんだもの、何も怖くなんてないわ。…安心したら何だか眠たくなってきちゃった。頑張ったんだし少しくらい眠っても良いよね。『あら、眠たいの?……お休みなさい、アテレス。』………………………………………………。「死ぬ間際に自分に幻想を見せたのか。」先程とは打って変わって穏やかでまるで眠っているかのような表情でアテレスは事切れていた。術者が死に魔法が解けていく。周りは先までいた暗い水道に戻る。ルゥは後ろを振り返った。「全兵に告ぐ、敵兵を片付けろ!!」
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「ルゥ!リーヴェス!何があったか説明しろ。」側道から本道へ戻るとユージーンが仁王立ちで構えていた。「どうしてだかは分かんねぇけど白のクイーンから攻撃を受けてな。……アルバートがやられた。魔法で孤立させて何人かで殺ったんだろうな。」「……。そうか、でクイーンは?」「まだ向こうに置いたままだ。後で首だけ白亜城に送り届けてやるさ。連れて来ていた兵士の方はあらかたリーヴェスが片付けてくれたし問題はねぇよ。」「まじでルゥって人遣い荒いよね。俺1人に十何人も相手させてさぁ。あいつらみんなめちゃくちゃ強かったんだけど。」ユージーンはリーヴェスの方へと目をやるが、これといって目立った怪我もなく元気そうであった。「確かに所属を見る限り全員貴族の軍の選りすぐりだったな。ま、良いじゃねぇか。ここで使える兵を殺して相手の戦力減らせたわけだしよ。」所属が刺繍された腕章を倒れた兵の傍に置いてルゥは再び側道の方へと戻って行った。リーヴェスとユージーンの間に沈黙が流れる。暫くの静寂のあと先に口を開いたのはリーヴェスだった。「あのさ、白のクイーンがここに来たってことは俺たちの行動が敵さんに筒抜けってことだよね。砦だって待ち構えられてたし。」「ああ。向こうに未来予知が使える者がいるならば別だかこっちに間者がいる可能性を考えないといけなくなったな。」「仲間を疑うのは嫌なんだけどなぁ。」「それは…俺だって同じだ。リーヴェス、ことが落ち着いたら一先ず本陣に戻ってそのことを話し合おう。ルゥにも伝えておいてくれ、これはピース以外には他言無用だ。」「ん、了解〜。とりあえず死体処理かなんか手伝ってくるわ。」そういうとリーヴェスも側道の方へと走っていく。木霊してくる足音が聞こえなくなるとユージーンは本陣の方へと足速に向かう。燃えるような赤髪が歩調に合わせて揺れる。また自分のすぐ近くで仲間を失った。俺は今この時まで何をしてきた?何も出来てはいないじゃないか。胸の奥で燻る思いを抱えて見やる先には果てのない道が続いているだけだった。

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