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ころっけ

「千マイルブルース」収録作品

オランダ人の大男。こいつをリアに乗せることになったために……。


ころっけ

 旅の途中、道の駅に寄った。
 目的地は、そう遠くない。俺は、ルートを確認したついでに、売店でハンバーガーを買った。そして日なたのベンチに座って食おうとした時である。突然日がかげり、頭上から、岩のような声が転げ落ちてきた。
「ぼく、おなか、へった、である」
 見上げると、でかい外国人の男が立っている。190はあるだろう。ウエイトもそれなりだ。まだ若いとは思うが、薄汚れ、やはりでかいザックを背負ったその姿には迫力がある。しかし、なんとも情けない顔をしているではないか。
 ともかく、腹が減っているようである。俺はかわいそうになり、ハンバーガーを差し出した。大男は喜んで受け取ると、ほとんどひと口でたいらげた。こいつには遠慮というものが……。俺は呆れたが、まあいい。俺には、じつはお楽しみが待っているのだ。
「ありがとう、ござ……ござった」
 怪しい日本語を吐きながらも、大男はキチンと頭を下げてきた。悪い奴ではなさそうである。
 男に名前を訊くと、ユルン、と名乗った。オランダ人だという。ぶつ切りの日本語を組み合わせると、どうやらオランダはライデン大学の、長崎県のハウステンボス分校生だとわかった。あんなところに大学があるとは知らなかった。
「そうか、日本語を勉強中なんだな」
 男が頷いた。
「いっぱい、しています。でも、とてもむずかしい。とくに、カンジ。あなたたち、よく、よめ、よめ……よめいります?」
「くれよ。嫁」
 からかいながらも話を聞いてやる。ヒッチハイクで長崎から東京に向かい、上野の国立博物館で日蘭交流記念展を観てきた帰りだと言う。なるほどね。俺は腕時計を覗いた。そろそろ出よう。
 じゃあな、とベンチから立ち上がろうとすると、でかい手が俺の腕を掴んだ。
「きゅうしゅう、いく?」
「九州だあ?」
 冗談じゃあない。方角はそうだが、この先の小さな街までだ。そう告げるとユルンが、そこまででいいので乗せてくれ、と手を合わせてきた。でかいナリが小さく縮こまって俺を窺う。リアシートは空いているし、遅れなければ構いはしないが……。
「でもおまえ、ヘルメットは?」
 ユルンが、ニッコリ笑ってザックを降ろした。
「ぼく、あんぜんおとうと、いち、いる」
 俺は首を傾げた。安全な弟が一人いる? するとユルンは、ザックの中から工事用の黄色いヘルメットを取り出し被って見せた。どこかのゴミ箱から拾ってきたのだろう。
「……弟ねえ」
 ヘルメットには、緑十字のマークと『安全第一』の文字が入っていた。

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