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モンキー狂いはどこまでも

「千マイルブルース」収録作品

キャンプ場で出会った、ホンダのミニバイク、モンキーのマニア。
その度を越した偏愛ぶりは、思いもよらない事態を招き……。


モンキー狂いはどこまでも

 そろそろ夏も終わりかという時節。俺は、あるキャンプサイトでまったりと過ごしていた。すると男が乗った、見なれぬバイクが視界の隅に現れた。しかし二輪車にしては、異様なほどに小さい。俺を目に留めたらしく、その小型バイクがこちらにトコトコと近づいてくる。男のバイクは、モンキーだった。50㏄の原付である。
「同じホンダのバイクですねえ。でも、大きいなあ」
 五十がらみの男が、乗ってきたモンキーを俺のワルキューレの隣に停めて見比べた。俺も二台を交互に見る。こちらの排気量は1500。まるで、ゴリラとニホンザルである。けれど……。俺はそのサルに目を凝らした。サルはサルでも、これはかなりの希少種である。まず、前後ともにサスがない。それどころかウインカーもない。さらにタイヤは、玩具でも見ない五インチだ。初期型かと尋ねると、国内正式市販第一型、1967年式、Z50Mだと、男は誇らしげに言った。
「これの前に、受注生産モデルと輸出モデルがありますが、日本のモンキーシリーズは、こいつから始まったと言えますね」
 訊けば廃車を手に入れ十年かけてレストアしたというから、よほどのモンキーマニアなのだろう。そうしてどこから来たのかと尋ね、俺は驚いた。二百キロほど離れた街の名を口にしたのだ。
「これで、ですか?」
「ええ。女房がワゴンで追走してきましたけどね。でも、楽しかったあ……」
 一キロごとにハンドルを締めつけ、十キロごとにキャブのドレンボルトをまさぐり、三十キロごとに各部を増し締めし、五十キロごとにパンクを直し、百キロごとに給油してきたと笑う。これでは人が旅する「ツーリング」ではなく、工具が旅する「ツーリング」だ。奥さんの乗るワゴンには、そんな整備用具も積んであったに違いない。

 今日は泊まるのかと尋ねると、男はサイトの隅のファミリーテントを指差した。ワゴンが隣に止まっている。
「珍しく女房が、静かなところで夜を過ごしたいと言い出しましてねえ。初めてですよ、こんなこと。はっはっはっ」
 男は、とても嬉しそうに笑った。どうやらアウトドアも好きらしいし、好都合だったのだろう。
「そうだ、食事をご一緒にどうですか? モンキーの話もしたいし」
 モンキーに興味はないのだが、食事と聞いて俺は頷いた。

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