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息子達が巣立つ時は、いつか来るけど。

「早くパパみたいに大きくなりたいなぁ」

最近、長男がよく言う言葉だ。

私にしたら、
息子はいつまでも小さくて可愛い息子でいて欲しい。

でもそれは無理な話で、
息子達はいつか声変わりもするし、
背も高くなるし、
髭も生えるし、
思春期には私を「クソババァ!」と呼ぶかもしれないし、
ある日突然
「おふくろ…会わせたい人がいるんだ…」
と、婚約者を連れてくるかもしれない。

そんな現実とはまだ向き合えない私は

「長男が大きくなったら寂しいな…
ママとお風呂入ってくれなくなるんだよ…」

と、全力で寂しがる。
すると長男は、

「大丈夫!
ぼくはずーっとママとお風呂に入るよ!
だから心配しないで!」

と、小さな手で
私のボサボサ頭を優しく撫でてくれる。

いや、それはそれで問題だろ。

心の中で冷静に突っ込みつつも、
私は旦那にも見せないデレデレ顔で
長男に「ほんとにぃ〜?」と
私が出せる最大限の女子っぽい声で甘える。

ちなみに旦那は私の中の女子力が
もう絶滅したと思い込んでいる。
しかし絶滅危惧種である私の女子力は
実はこのような場面で長男のために日々使われている。
旦那が次に私の女子力に遭遇するのは、
恐らく来世だろう。
私を女子として扱う長男とは違い、
旦那は私を鬼か妖怪のたぐいだと思って扱ってくる。
そんな相手に、貴重な私の女子力などは使わない。
無駄遣いはしない主義なのだ。
世の中はギブアンドテイクの上に成り立っているのだぞ。心に刻め、旦那よ。

さて、私は先程の長男とのやり取りにより、
この子達もいつかは大人になり巣立つのだなぁと
なんだか不思議な気持ちになった。

今は寂しいけど、
将来はさっさと家から出てけとか、
早く結婚しろとか、
世の親が大きくなった我が子に思いがちなことを
息子達相手に思うのかもしれない。

そんな事を考えながら
そういえば私はいつ親元から巣立ったんだっけ?
と、ちょっと思う。


結婚する少し前に、実家に呼ばれた。

一人暮らしを始めた私が実家に呼ばれる時は
大抵親が私に食べさせたいものがある時か、
父が録画したテレビ番組を見せたい時だ。

私の父はNHKやBSの番組が好きで、
絶対に私が見ない教育や歴史などの番組を録画しては私に見せる。

父親が録画した番組を見ると
確かに自分の価値観が少し変わったり
「なんかちょっと頭よくなったかも」
みたいな気分にさせられる。

その日も例によって、
私はテレビの前に座らせられた。

「お前みたいなのがやってたから見てみろ」

お前みたいなの?
なんだそりゃ?

謎なヒントしか与えられないまま
番組が始まった。
どうやら動物のドキュメンタリー番組のようだ。

どんな可愛らしい動物が現れるのかと見ていると
期待を大幅に裏切られてしまった。

登場したのは『イヌワシ』という
なんとも強そうなワシだったのだ。

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かなり獰猛な見た目である。

体もデカいので、
公園の木の上などに巣を作れるはずもなく、
私が見た番組では崖の窪みを巣にしていた。

これのどこが私みたいなのか、
はてさて、謎は深まる。

イヌワシの子どもが生まれたが、
可愛いのは一瞬で、すぐさまデカくなる。


「イヌワシの雛は、
生後6週間頃になると羽ばたきの練習を始めます」

アナウンスが入り、
親と同じくらいのサイズになった子どもが
バッサバッサと羽を広げている。
そろそろ巣立ちそうである。


「生後10週間頃のイヌワシの雛です。
羽ばたきの練習を続け、
親のイヌワシから餌を貰います」

先程から4週間も経ったというのに
映像は何も変わらない。
イヌワシの子どもは相変わらず
バッサバッサしている。
飛べますよー!という空気だけは出しているが、
親の獲った餌を食べ、バッサバッサしている。
1ヶ月もそれしてんの?という感じである。


「生後80日程になり、
イヌワシの雛はそろそろ巣立ちの準備をします」

バッサバッサしてるー!!
まだ練習してるー!!!
全然巣立たないやん。
そろそろ巣立つ巣立つ詐欺で訴えられるぞ。

動物界で1ヶ月以上羽ばたきの練習とは長い。
長すぎる。
しかもその間、ずっと親にご飯を貰っている。
他の野生動物に比べ
随分と過保護に育てられているようだ。
こんな怖そうな見た目して、意外な生態である。
やはり人も動物も
外見だけで判断してはいけないのだと学ぶ。

それにしても
これだけ羽ばたき練習に長い時間を費やしているので
初めて飛ぶ瞬間への期待がかなり高まる。
びゅーんと遠くまで行ってしまいそうである。
どこまで行ってしまうのだろうか。


「遂に、イヌワシの雛が巣立ちます」

お?!
遂に?!

ここまで引っ張られたので
期待は最高潮。

私の目は、画面に釘付けになる。

イヌワシの子どもは
バッサバッサしてちょっと浮き、
近くにある崖の窪みへ移動した。



「イヌワシの巣立ちが終わりました」


…え?

巣立ち…?

…終わった…?

あんなにバッサバッサしていたのに、
イヌワシの子どもは
実家から3ハバタキという近距離立地へ巣立った。

相変わらず顔は獰猛である。
ボケている表情ではない。

アナウンスは落ち着いたトーンで静かに続ける。

「巣立ちをした雛はしばらくの間、
親に餌をもらいながら飛び方や狩りの練習をします」


まだ餌もらうんかーーい!!!


雛は巣立ったものの、
実家から3ハバタキの距離にある新居で
しばらく過ごすらしい。
ご飯は親がどうにかしてくれるらしい。
なんとも好条件である。

私がチラリと両親に目をやると、
2人ともニヤニヤしながら私を見ている。

「な?お前みたいだろ」

ぐうの音も出ないとはこのことである。

その夜も、私は両親の作ったご飯を
「うまー!」と食べた。
イヌワシなので仕方ない。


私は結婚をして子どもを産み、
30代も半ばに差し掛かろうとしているが
両親は今も私を
イヌワシの雛だと思っているところがある。

実際そうなのかもしれない。

たまに親がお裾分けだよと持ってきてくれるご飯を「うまー!」と食べる時、
私はあの獰猛な顔で
盛大にボケたイヌワシを思い出す。

私は実家を出たが、
結局、実家から車で5分の所に家を構えた。
まるで3ハバタキの近距離立地へ巣立った
イヌワシの雛である。

親達は私たち家族を気遣う連絡をくれ、
旦那の実家は少し離れているが、
沢山の美味しい食べ物を
季節ごとに段ボールいっぱいに送ってくれる。
私の親は作ったご飯やお菓子を
お裾分けだよとたまに持ってきてくれる。
まるで巣立った雛へ餌を与える
イヌワシの親である。

私は親元を巣立ったけれど、
まだまだ一人立ちは出来ていないのかもしれない。
3ハバタキして
「親元を巣立ちました!!」と胸を張っている
イヌワシの雛なのかもしれない。

いつになったら一人立ち出来るのだろうと
なんとも情けなくなる反面、
これも一つの親孝行かもなぁと
図々しくも思う。

どうやら人間はイヌワシよりも
多少複雑に作られているらしい。
子どもは子どもなりに
親の思いを汲むところがあるのだ。

我が家の息子達は
巣立ちの早いツバメだろうか。
それともイヌワシだろうか。
イヌワシの子なので多分イヌワシだろうが、
元気に大きくなってくれれば
ツバメでも、ニワトリでも、ペンギンでも何でも良い。

何になろうと
息子達はいつまでも可愛い私の息子だし、

元気でやってるかな?
そうだ、美味しい物でも送ってあげよう。

と、私に思わせてくれる親孝行くらいは
ぜひともしてもらいたい。
それがイヌワシの親心というものだ。

私はイヌワシの親であり、雛である。

子ども達の巣立ちを見守りながら、
もう少し親にも
甘えさせていただこう。

そのかわりと言っては何だが、
親が私の助けを必要とする時は
いつでもどこでも駆けつける。

忘れられては困る。
私は天下のイヌワシなのだ。

その日のために鍛錬を重ねた
羽ばたき練習の成果を
とくとご覧あれ。

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