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「化物語」に見る商業性と作家性の奇跡的均衡

10月はテレビ番組の改編時期で、色々と新番組がスタートしたと思う。
たとえばドラマとかアニメとか、どれが面白いかは見てみないことには分からんわけで、とりあえずひと通り第1話を見てから視聴継続するか決めようかな、というスタンスの人が多かったかと。
結果、1話で視聴打ち切りというのが結構多かったりして。
そのへんを制作側もよく分かってるから、1話切りされないように初回には並々ならぬ精力を注ぎ込んでると思うんだよね。

アメリカのドラマなんかは、テレビ局が複数の制作会社に初回の第1話だけパイロット版として作らせ、コンペして評判よかった企画をシリーズ化するというシステムみたいだね。
よって、アメリカのドラマは第1話だけ異様に面白かったりするわけよ。
それが案外、2話以降は急につまらなくなったりして・・。
とにかくアメリカはエンタメ大国ゆえに、ヒットさせるノウハウもがっちり理論化されてるんだわ。
たとえば、人間が退屈に耐えられる限界時間は約15分まで、というデータに基づき、必ず15分ごとに「何か」が起きるシナリオを作るのよ。
その「何か」とは人が殺されるとか、爆発炎上が起きるとか、あるいはラブシーンとか、要は刺激のあるインパクトだね。
飽きられたらそこでチャンネル変えられちゃう~、という強迫観念みたいなものがあるのか、とにかくアメリカ式はインパクトを連打してストーリーを進めていく。
だけど作家の立場とすれば、15分毎に何かが起こるシナリオなんて不本意だと思うんだよね。
物語には全体の流れってものがあるんだし、その中の起承転結のペース配分ぐらいは作家の構想通りにやらせてくれよ、と。
と文句言ったら、多分クビになるんですよ。
アメリカはプロデューサーの権限が強くて、監督や脚本家は頭数多く揃えることで権限を持たせないようにしてるんだな。
必然的に、マーケティングに基づいた作家性の薄いエンタメ的ドラマが出来上がるわけね。

米エンタメの典型的ヒットメイカー・ジェリーブラッカイマー

ならば、逆に作家性の強いのはどんなものかというと、カンヌ・ベルリン・ベネツィアなど国際映画祭のコンペ作品あたりがそれに該当するだろう。
うん、私はこのての作品を見て、途中で寝ちゃうことあるな。
だって序盤の1時間、まるで話が展開しなかったりするんだもん。
こういうのをテレビドラマやテレビアニメでやると、間違いなく1話切りをされちゃうよね。
もちろんシーズン通してトータルで見たら面白いんだろうが、そこまで辛抱強く待てないというべきかな。
結局のところ、エンタメ性と作家性のバランスはどういう形が正解なのか、私にもいまだよく分からんよ・・。

「化物語」主人公の阿良々木暦

ただ、私の目から見てもエンタメ性と作家性の奇跡的バランスを実現した例がひとつあって、それが「化物語」をはじめとする「物語」シリーズである。
これは西尾維新の小説を原作としたアニメであり、この小説は完全な会話劇のスタイルゆえアニメに適してるとはとても思えない内容だったんだけど、制作を担当したシャフトの作風との相性、モノローグの天才・神谷浩史との相性、その他諸々が奇跡的にマッチして想定以上の傑作が誕生したと思う。
話の概要としては、吸血鬼化した高校生男子が様々な怪異と対決していくんだが、ここにバトル物を期待すると肩透かしを食らう。
一応バトルもあるにはあっても一瞬で終わるし、基本は対話である。
やはり会話劇ゆえ会話の中に全てがあって、しかもその情報量がハンパない。
その情報量ゆえ、話が遅々として進まないところもあるんだ。
ひとつ例を挙げると、部屋で兄が妹の歯を磨いてるだけで30分を費やした回もあるほど。
これで十分面白いんだから、不思議なもんである。

いまや伝説の「歯磨き回」

聞けば、収録の現場に西尾維新がしょっちゅう来てたらしいね。
また、声優さんたちは台本のみならず、読み込んだ原作本を持ち寄って常に議論を戦わせてたらしい。
そのへんの声優さんたちの熱量がこっちにも伝わってくるというか、この「物語」シリーズは新人が一切起用されずに主演級の大物声優しか起用されてないのもあって、ある意味彼らのプライドを懸けた真剣勝負の舞台だったんだろう。
神谷浩史、堀江由衣、坂本真綾、斎藤千和、沢城みゆき、花澤香菜、喜多村英梨、井口裕香、加藤英美里、櫻井孝宏、三木眞一郎、早見沙織などなど。
そんじょそこらのアニメとは、キャストの次元が違う。
OP曲も「物語」の為に書き下ろした詞となっている。
これは必ずヒロイン役の声優が歌うので、「化物語」では1シーズンで4回主題歌が替わるという珍しい形だった。
「物語」シリーズ全体としては、主題歌が30曲ほどあると思う。
大体どのヒロインもOP曲を歌ってるんだが、唯一歌ってないのが坂本真綾である。
最もシンガーとして成功してる彼女が歌ってないのも変だと思ったら、彼女は「坂本真綾名義でしか歌わない」という歌手としての矜持があるらしく、忍野忍名義で歌うことを拒否したそうだ。
忍野忍は全ヒロインの中で一番人気とされるキャラなのに・・。

ED曲「君の知らない物語」は名曲として名高い

それにしてもこれだけ曲数揃えて、これだけ大物声優揃えて、一体この作品はどれだけの予算を注ぎ込んだんだ?
しかし、ちゃんと商業的には成功してるんだよ。
なぜって、DVD&Blu-rayが売れてるから。
ちなみに円盤売り上げは「物語」シリーズでトータルすると、190万枚を突破してるそうだ。
これは歴代で「ワンピース」「ポケモン」「エヴァ」に次ぐ第4位らしく、商業的に大成功といっていいだろう。
ちなみに、私もDVD全巻持ってます(笑)。
だってさ、この作品は情報量が多すぎて、一回見ただけじゃ無理じゃん。
放送順は時系列がメチャクチャだし、一回時系列通りに見るのもありだよ。
あと、DVDには副音声で西尾維新が自らシナリオを書いたという解説があるし、それ以外にも「あとがたり」という声優さんたちの座談会も用意されてるわけで、むしろ「物語」シリーズはDVDまで視聴しないと完結しないと思うぞ。
ちなみに、戦場ヶ原ひたぎと神原駿河による副音声はめっちゃ笑える。

戦場ヶ原ひたぎ(右)と神原駿河(左)

私は、主人公の恋人役の戦場ヶ原のキャラが好きだ。
一応、阿良々木暦と戦場ヶ原はカップルという設定になってるんだが、彼女は「ところでゴミ、じゃなかった阿良々木君」と完全に彼氏をゴミ扱いしてるし、阿良々木の口元にご飯粒がついてるのを「取ってあげるわ」と言って指で取り、そのご飯粒をゴミ箱に捨てるくだりには思わず主人公を同情してしまったね。
戦場ヶ原を演じた斎藤千和は、この作品の前まではロリ系を本職としてたんだが、戦場ヶ原役の大当たり以降はクールビューティ系キャラへと変貌していった。
ホントは、小学生・八九寺真宵の役でオーディション受けてたらしいね。
あと、忘れちゃいけない羽川翼役の堀江由衣。
「あとがたり」を聞いてると、女性声優たちの多くが堀江由衣への憧れを口にしていた。
神谷浩史もまた堀江さんを絶賛しており、どうやら彼女はクロウト受けする声優さんっぽいな。

羽川翼

羽川は、作中で唯一ラスボスと知能で互角に張り合えた天才キャラで、高校卒業後は契約で「ある組織」に行くと言ってアニメ版は終わっていた。
で、原作の続編では国際指名手配されるほどの大物フィクサーになってるのよ。
といっても悪いフィクサーではなく、戦争を終結させる交渉人なんだけど。
この成人後の羽川キャラは、同じ西尾維新原作の「十二大戦」にも酷似したキャラが出てきて、全く同じ仕事内容、しかも眼鏡キャラまで共通する羽川のパラレルワールド版なんだよね。

「十二大戦」の砂粒 彼女も作中で最高知能の設定
ここでは戦いに負け、敵にゾンビとして使役される哀しい末路だった

できればパラレルワールド版のオトナ羽川じゃなく、本物のオトナ羽川の姿をアニメで見たいもんだ。
原作の続編はストック十分あるんだから、やろうと思えば全然できるはず。
警察官になったという阿良々木の姿を一度見てみたいもんです。

総じて「物語」シリーズの成功の大きな要因は、原作者西尾維新の積極的なアニメへの関与があると思う。
実質、西尾氏はこのアニメのプロデューサー的立場におり、たまたまだけど彼はプロデュースの才能があった人みたい。
もともと「西尾維新アニメプロジェクト」というものが存在し、「物語」シリーズはその一環で、他にも「刀語」や「美少年探偵」など西尾作品アニメは秀作が多い。
こうして原作者とアニメ会社が一体となってアニメ制作するスタイルって、他にあるだろうか?
かなりレアな例だと思う。
しかし私は、西尾氏とシャフトの奇跡的な関係性をアニメ業界全体が見習うべきだと思うね。

これがシャフトの有名な演出、「シャフ度」である

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