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≪労務アドバイザリー・ケーススタディ≫年次有給休暇の時効延長の相談対応

年次有給休暇は付与日から2年の間に取得しないと時効で消滅してしまうので、この消滅した日数分を特別休暇(有給)に振り替えて従業員が引き続き自由に取得出来る仕組みを導入したいと思っています。この制度導入についてご指導ください。

このような相談を受けた場合、貴方ならどのように回答されるでしょうか?

「良い制度ですね。良い会社ですね。」と思いませんでしたでしょうか?

私は次のようにアドバイスさせて頂きます。

貴社のここ数年間の年次有給休暇の取得率はいかがでしょうか?
仮に取得率が70%を下回っているようであればコンプライアンス上の問題があるのでやめておきましょう。
一方、常態的に70%を上回っているようであれば仕組みに工夫は必要ですが導入されても差し支えないかもしれません。
尚、法定の年次有給休暇を全取得した場合に限り特別休暇を使える仕組みとされるのならば取得率に関係なく導入されても良いと思います。

理由をご説明させて頂きます。

年次給休暇請求権の消滅時効は2年と定められています。
この種の消滅時効は権利を消滅させるためではなくなるべく早く行使させることを主な目的として設定されています。
携帯各社等の各種ポイント制度も有効期限が定められているからこそ使うことに意識が向かいます。
永久不滅なのであれば積極的に使おうとしないのが人間です。

民法改正により消滅時効が原則5年間となることに伴い、これまで2年間とされていた賃金請求権の時効期間についても見直す議論が行われ、2020年4月1日施行の改正労働基準法により、賃金請求権、つまり労働者が事業者に対して未払いの賃金などを請求できる期間を当分の間「3年」にすることになりました。

その際、年次有給休暇の消滅時効についても議論がなされた訳ですが、以下の理由によりこれまで通りの2年に据え置かれました。

そもそも年休権が発生した年の中で取得することが想定されている仕組みであり、未取得分の翌年への繰越しは制度趣旨に鑑みると本来であれば例外的なものである。仮に賃金請求権の消滅時効期間と合わせてこの年次有給休暇請求権の消滅時効期間も現行よりも長くした場合、こうした制度の趣旨の方向と合致せず、年次有給休暇の取得率の向上という政策の方向性に逆行するおそれもある。
(厚生労働省:「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」より)


年次有給休暇とは「一定期間勤続した労働者に対して、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される休暇(※厚生労働省・労働基準行政全般に関するQ&Aより)」であるため、付与から1年以内に全取得。翌年繰り越しも例外的取扱いというのが、どうやら国の原則的な考え方のようです。

年次有給休暇の取得率が低い会社が相談事例のような事実上の期限延長制度を定めた場合、特別休暇への振替制度があることを理由に管理職や上長が明示的・黙示的に本来の年次有給休暇の取得を抑制し更に取得率が悪化することは容易に想像出来ます。

もし年次有給休暇を取得出来ずに消滅してしまう事に不満を持つ労働者への対応としてこの特別休暇の導入を考えているのであればそれは単なる問題の先送り、その場凌ぎの対応であって根本的な問題解決にはなりません。  (この制度の導入と同時に年次有給休暇の取得率を正常化させるための具体的背策を講じ実際に1、2年でそれが実現できるのであれば別)

改正労基法により2019年4月1日から使用者には管理簿による有給休暇の取得と取得の記録が義務付けられた為、労働基準監督署による有給取得率の確認と取得勧奨が強化されるものと思われます。

その際、特別休暇という名の事実上の時効延長制度の導入を原因として取得率の悪化が認められた場合にはこれを廃止・改善するよう行政指導の対象となる可能性があります。

年次有給休暇の取得率が低調なのであればまずはそれを一般レベルにまで引き上げて頂くことを優先すべきで、特別休暇制度の導入や取得促進はそれからの話です。

一見すれば労働者にとってメリットのある制度と捉えがちですが取得率の悪い会社にあってはコンプライアンス上かなりネガティブな制度といえます。

一方、「2020年において年次有給休暇の取得率70%以上を目指す(※2018年時点は5割程度)」という政府目標を常態的にクリアしている「取得率が比較的良好な会社」にあっては、この特別休暇制度の導入が年次有給休暇の取得抑制に働くのではなく、事実上の全取得(時効までに取得できなかった30%部分も取得出来る仕組み)にも繋がる仕組みと期待できるためコンプライアンス上問題がある仕組みとまでは言えないと考えます。

勿論、保有する年次有給休暇を全取得した場合に限り特別休暇を取得できる仕組みであれば何ら問題がない(むしろ望ましい)事はご理解頂けると思います。

極めてホワイトな企業様からのご相談であれば別ですが、通常の会社からこのような相談があった場合には、言葉をそのまま受け止めて瞬発的に条文化を進めようとするのではなく、「なぜ経営者にとってデメリットでしかない制度を導入しようとされているのか」という目的の深部に思いを巡らせ、その議論を十分に顧客と交わすことから問題解決に取り組むべきでしょう。

そうすれば議論のテーマそのものが当初とは大きく変わることになると思います。

労務アドバイザリーやコンサルティングの領域は、顧客とこのような議論展開、コミュニケーションが実現出来てこそだと私は思います

〔三浦 裕樹〕

Ⓒ Yodogawa Labor Management Society


社会保険労務士法人 淀川労務協会



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