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小説とか詩歌とか

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幻視者になりたい。
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2021年6月の記事一覧

【短歌】無垢それだけに

【短歌】無垢それだけに

蜂蜜の切れ目がくるのを待っているひとつながりの静かな朝に
(『まな板杯』参加作品)

ガス灯と今でも呼ばれこれからも呼ばれてゆくと信じるひかり

ねこぢるを祈りのようにめくる夜の無垢それだけに壊されたくて

みずからの手でみずからを奪うときだれの胸にもロミオは眠る

ひとの手で割れてしまった蝶にしか行かれぬ国があるのだろうか

開かれた肌のやわさにさよならを重ねつづける夕暮れどきに

水仙は首(こ

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【短編】傷口に染みる

【短編】傷口に染みる

 くらりときてしまうほどの、血の匂いだった。向かいの患者がまた、自分で自分の身体を切って、ぎゃあぎゃあ喚いている。

「ほら、よく見てくれ、この血を! おれは人間なんだ!」

 毛布を蹴りあげて両足を突き出す。脛から指さきにかけて、無数の葉が生い茂り、そのなかに、ぽつぽつと椿の花が咲いていた。彼を押しつける看護婦の腕が、ひとつ、またひとつと増えてゆく。そのうちのひとりに、僕は尋ねた。

「あの、外

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