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音のうつわと繋がりのビジョン(山田浩之個展『細胞分裂』)

今を遡ること八十余年前、かの北大路魯山人は『器は料理の着物』という有名な言葉を書き記しました。今なお語り継がれるこのアフォリズムはその後の陶芸史に絶大なる影響を与え続けています。
しかしながら「うつわ」という物事のあり方についてはまだ多くのことが、あらゆる角度から述べられるべきであり、「料理」に留まらないビジョンも必要となることでしょう。建築しかり「うつわ」という観点から解釈されることによって新たな機能、あるいは覆い隠されていた事実が見えてくることもあるでしょう。

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『レスラーホーン』


この度、陶芸家・山田浩之が発表した陶製スピーカーは「音のうつわ」というべき作品です。
陶素材における成型の自由さと、作家が思い描くダイナミックなイメージと確かなテクニックによって複雑な内部構造と共に組み上げられた”バックロードホーンスピーカー”です。
(構造についてはこちらで簡単に解説しております。成型過程の動画も合わせてご覧ください。)

その造形は山田浩之という奇才の手によって私たちが普段目にする”スピーカー”とは全く異質のオブジェとして姿を現します。
まずこの異物が空間に据えられることで空間の性質が一変します。そしてそのボディから流れてくる音像は、いつも聴き慣れた音楽と同じはずなのに少しだけ違って聴こえることでしょう。内部に仕込まれたバックロードによって反響し増幅された低音は耳に柔らかく、しかし同時に生じる位相のズレによって、あたかも此処とは異なる世界線で録音された作品であるかのような不思議な違和感とともに音が聴こえてくるはずです。
このズレは、作品本体の形状と内部構造によって生じるため、今回出展されたスピーカーから流れ出る音は全て異なります。
作品そのものの個性がそのまま音に反映されるのです。

一般的なオーディオでも音の個性は存在します。しかしそれは「隠し味」という範囲であることがほとんどでしょう。録音された音楽の特性を素直に反映しバランスよく再生されることが「良い音のするオーディオ」の基本的な条件であり、その個性は覆い隠されることが常です。
(そして一部のオーディオファンはその違いを聴き分けること自体にも楽しみを見出している、とも言えるでしょう。)

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『人造人間バックロードホーン』



そのような在り方とは対照的に、山田浩之のスピーカー作品では音の差異こそが全面に押し出されます。
スピーカーが変わればそこから流れる音は変わる。そんな当たり前の事実をひとつの不思議として鑑賞者に突きつけます。

スピーカーとしての機能を抜きにしてもオブジェとして成立する強烈なビジュアルとは裏腹に、素直に整理された音が鳴り響きます。視覚情報からの印象とのねじれが最初にやってきます。その音によく耳を傾けてみると普段聞き慣れたそれとは何かが異なり、その差異を聴くことによって響き渡る音楽の異なる姿を見出すこととなります。
あたかも食器によって料理の印象が変わり、視覚情報によって味覚の満足度も変化するかのように、音楽の印象を一変させます。
同じ音楽を、同じ音楽のままに、全く異なる印象に仕立て上げること。
これが「音のうつわ」としてのスピーカー作品です。

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『増殖細胞ホーン』


山田浩之は陶芸家であり土のプロフェッショナルです。
音響についての専門家ではありませんが、土の特性を知り尽くしています。
故に、粘土で成型しながら物理振動としての音が内部で反響する様子を土側の視点からイメージして制作することが可能だったようです。

”本当は振動だということは分かっていますけれども、あえてシャボン玉をイメージして、それが綺麗でかわいい形のまま外に出ていくようなイメージを持って道を作ったんです。”(山田浩之)

音を導くために山田浩之が土と交わしたコミュニケーションは、そのまま音と私たちのコミュニケーションへとスライドします。
山田浩之の作品を媒介として、音楽作品や空間との新たな関係性を紡ぐことが可能たらしめます。

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「作品は単独では存在できない」という事をいつも考えています。

ホワイトキューブは作品がそれだけで存在できる状態に近づけた空間ですが、実際の生活空間においては”何かと何かが繋がっている”という事からは逃れられません。
自分の作品発表の際にはそうした”繋がり”を常に意識しています。
お酒とぐい呑、食と器、空間とインテリアなどは、同じ空間にあることで互いに影響を与えます。しかし、ただ”ある”だけでは”繋がっている”とは考えにくいのです。
”繋がり”ということを成立させるには繋げるための何かが必要となります。

理論物理学におけるダークマターのように、見えない媒介として繋がりを成立させる"何か”です。

過去の作品ではダークマターそのものを自分なりのイメージで具現化したこともありますし、また「つち大根無人販売所」は直接的に人同士が邂逅せずとも、人と作品/人と人との繋がりを成立させる試みでもありました。



今回のスピーカー作品もその試みのひとつです。これは
空気振動である音が響き渡ることによって、同じ空間にある物と物、物と人、人と人の繋がりを提示するための装置です。
音を媒介とすることで、離れたもの同士の繋がりをごく自然な形で意識できるようになるかもしれません。(山田浩之)


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「音楽を聴く」ことと「音を聴く」ことは似て非なる行為です。
森と木の関係に近いでしょう。美しい森を眺めるだけでも十分な体験ですが、木を観察することによって森の生態系そのものを知ることも可能となるように、「音を聴く」ことで聴こえてくる音楽の解像度は大きく変化します。山田浩之の作品はそんな木の姿をちょっとだけ面白くして見せてくれます。そこにはユーモアがあり、その源泉はもしかしたら世界そのものに対する愛情かもしれません。

「世界は美しく、面白い」ということは山田浩之の作品を目にする度に気付かされることです。
この世界にある美しさをちょっと視点を変えて楽しむために、あるいは見落としている楽しさを発見する手助けをしてくれているように感じます。
しかもそれを真っ直ぐにではなく、冗談混じりで、時にホラ話を挟みながら、対峙する私たちの視点を転換させてくれます。例えるならマーク・トゥウェインの短編のようにユーモアと皮肉の底にたっぷりの愛情が隠されているはずです。

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世界は美しさと面白さに溢れていますので、山田浩之はそれを表現するために非常に慌しく、表現の幅を世界に合わせて拡張し続けることとなります。
ある種カオティックな表現の幅は本人にとっては必然であり、きっとまだ全く満ち足りてはいないはずです。


『細胞分裂』と題されたこの個展に於いては、拡張し続ける山田浩之作品世界のほんの一部を提示しています。多様なるイメージの中にある作品同士の”繋がり”、作者と作品、作品と作品、作品と鑑賞者、そして作者と鑑賞者の”繋がり”をご高覧ください。


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白白庵 オンライン&ギャラリー企画
陶芸家・山田 浩之 個展

『細胞分裂』

会期:2021年10月16日(土)午前11時~25日(月)午後7時


山田 浩之 YAMADA Hiroyuki
(陶芸家 / 滋賀県在住)

【略歴】
1970 兵庫県篠山市生まれ
1992 岡山大学卒業
1993 丹波立杭焼窯元で修業
1994 滋賀県立陶芸の森の研修作家として作陶
1996 信楽町黄瀬にて独立
2001 信楽町宮町に工房を移転

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