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お正月の記憶

毎年ふしぎなのだけれど、お正月の朝はすがすがしい。昨日から今日、がやがやと「年の瀬」だった一日の延長にある朝なのに、夜が明けると空気が洗われたようにすっきり澄んでいる。

子どもの頃のお正月は、父と母の実家へそれぞれ行って、お墓参りとおじいちゃんおばあちゃんへの年始の挨拶をすることが恒例のイベントだった。当時は年末にも母方の実家で過ごすことが多くて、なのでつい先日まで会っていたおじいちゃんおばあちゃんに会うのだが、なにか、でも明らかに「去年とは違う」と感じていたと思う。
母方の実家には表札のところに大きな注連縄が飾られていて、家そのものも凛と正されているようだった。あらたまって玄関のたたきから上がったところに正座して、「あけましておめでとうございます」と伝えると、おばあちゃんからも正座で「今年もよろしくお願いします」と応じられる。広間の奥に座るおじいちゃんから、新年の客として迎えられる。昨日の延長の私ではなく、清められ新しくなったように感じたものだった。

父方の実家で過ごしたお正月の記憶は少ないが、たどると常にはない緊張感が身体によみがえってくる。
おじいちゃんの課題があったからだ。

そう、小学生時代の夏と冬の長期休みには父方のおじいちゃんから読書感想文の課題が出された。
おじいちゃんは私塾を開いていたこともあり、その地域では一目置かれるような存在だった。たまにしか会わない孫たちにも彼なりの愛情と教育を常にふんだんに注いでくれていたと思い出す。一緒に村の中を歩くと出会う人出会う人から「先生」と呼ばれるおじいちゃんの姿が眩しかったし、おじいちゃんの家に夏休みや冬休みに行くと、「お孫さんたちがいらっしゃってるだろうから」と近所の人たちが野菜やお菓子を持ってきてくれる。いとこたちはどう思っていたか分からないが(いとこたちは皆ずっと年上で、一緒に過ごした記憶はあるが、話した記憶はほとんどない)、私たちのおじいちゃんはすごいんだという思いがいつもあった。

そのおじいちゃんからの読書感想文だ。休みに入る頃に、自宅におじいちゃんから本が届く。その年の推薦本からおじいちゃんが選んだ本だ。本が届くとドキドキした。
初めておじいちゃんの読書感想文に取り組んだ小学1年生の夏休みは『かみなりぐもが出たぞ』という本だった。小学生になったんだから、りえも今年は書きなさいと母に言われて原稿用紙に向かう。おじいちゃんに褒めてもらいたい・いい文章を書きたいと強く思ったが、当時の私には「読書感想文」が何を書くものなのか分からなかった。

結果、本の一部を書き写した。自分なりにハイライトだと思ったシーンを幾つか寄せ集めて、原稿用紙を埋めた。それで合っているのか分からなかったけれど、自分なりにことばを選び、原稿用紙を埋めたというある種の達成感があった。
おじいちゃんは孫たちが書いた感想文を、文集のようにまとめてくれた。
その文集の中に自分の文章を見つけたとき、とても誇らしい気持ちになったのを覚えている。おじいちゃんの手で、こんなにすてきな冊子に仕上げてもらえるなんて。

母と父を、ねえ?という気持ちで見たとき、ふたりの顔が苦い表情だったので、あれ、おかしいなと感じた。よく読むと、いとこたちの感想文と自分の書いたものがずいぶん違っている。
いとこの感想文は自分の考えや感じたことが、それぞれのことばで書かれている。本の中の文章の抜粋は、引用でほんの少し。それに比べると私の文章は自分自身のことばがどこにもない。引用した文章と文章のつながりも分からず、ひとりよがりな文章の集まりだ。
ああ感想文ってこういうものかと愕然とした。
改めて自分の文章を見ると、全ての字が縮こまって恥ずかしそうに見えた。こんな思いをさせてごめん、という気持ちが湧くと同時に、こんな自分勝手なつぎはぎのモノにされて、元の本も不本意であろうという申し訳なさもじわじわと迫ってきて、身の置き所がなかった。

次のお正月にはさすがにその経験から学んで、感想文を書いたのだと思うが、何を書いたのかは覚えていない。ただ、おじいちゃんから文集を渡されるときに褒められた記憶がある。ことばの多いひとではなかったけれど、そのときはたくさんことばをかけてもらった。
文章を書く喜びは、おじいちゃんから教わったのかもしれない。
小学2年生のときにおじいちゃんは亡くなり、父方の実家に集うこともなくなった。それでも毎年お正月になると、農家でもあったおじいちゃんの大きく強い手を思い出す。よく書けた、と頭をなでてくれたおじいちゃんの厚い手を。


ライティングマラソン(23年9月)で、『恥ずかしがり屋の感想文』(10分)のテーマで書いた文章をベースにしています。
※ライティングマラソンについては、大前みどりさんのページで詳しく紹介されています。


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