連載小説《Nagaki code》第30話─郵便警護員・真中 密の死
《前回のあらすじ》
高校生の茉莉花が湊斗に宛てて書いた手紙を、湊斗に届けた洋介。
夜の薬師岱公園で互いの想いを打ち明けた湊斗と茉莉花を確かに見届け、洋介はその場を後にした。
季節は、夏から秋へと変わっていった。
10月。
その知らせは、平和ボケした僕を突如戦慄の底へ突き落とした。
「七生郵便事業局の、真中密郵便警護員が殺された」
朝の申し送り。照内さんのいつになく低い声に、職場の空気が凍り付いたのがすぐにわかった。
薬師岱の隣町、七生(ななおい)。武家屋敷が建ち並ぶその街に一歩足を踏み入れれば、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。
そんな街並みにも溶け込むように、七生郵便事業局は佇んでいる。通常なら赤い郵便事業局の看板は、景観を崩さないよう茶色に染まっているのだ。
真中密(まなか ひそか)さんは、そこに勤めていた40歳の郵便警護員。
昨夜の任務中、追っていた殺人犯によって腹部を刺されて殺されたそうだ。『殺された』などという現実味のないワードは、僕の鼓膜を否応なしに殴りつけた。
『郵便警護員』という単語は新人研修で耳にしたが、僕には異世界の職業のような非現実的なワードにしか聞こえなかった。
「『郵便警護員』とは、通常の郵便配達業務に加え、警察と連携して犯罪者を確保し、市民の安全を守る郵便配達員のことを指します。勤続10年以上で、身体検査をクリアし、特殊な訓練を受けた郵便配達員のみが郵便警護員となり、各郵便事業局に2名配置されます」
ノートにメモを取りながらも、自分は異世界の出来事を書き連ねているのではないかと錯覚してしまった。
実技研修で手錠と警棒と拳銃を腰にかけてようやく、それがリアルの世界の出来事であるという紛れもない現実を叩きつけられる。
そして僕は思い出した。
あの雪の日、照内さんに助けられたことを。
*
「あの時はあまり深く意識していなかったんですが、もしかして照内さんは郵便警護員だったんですか?」
申し送りが終わり、夜勤明けで帰ろうとした照内さんを玄関先で捕まえてそう尋ねる。
「何だ長岐君、今更か」
呆れたようにフッと笑う照内さん。
「そうだよ。俺は厳密に言うと郵便配達員じゃなく郵便警護員。あの時君を助けたことにもそういう理由があるって訳だ。と言っても、この2つの違いは一般人には知られてないけどな」
「新人研修で聞いた記憶だと、郵便警護員は各郵便事業局に2名配置されるって……」
「ああ」
「もうひとりは、格闘技が強いって噂の山崎さんですか?」
「いや違う。彼は確かに強いが、身体はあまり強くないから身体検査で引っかかっている。それにまだ勤続7年目だ。この仕事は、身体能力が高いだけじゃ務まらない。長年の経験と勘も必要になってくる」
「そうなんですか。じゃあカズさんですか? いつもふざけていると見せかけて実は強いとか」
「全く違うね」
間髪入れずに全否定されるカズさんを少し不憫に思いながらも、僕はいよいよわからなくなってきた。
そうなると、薬師岱郵便事業局に残っている職員は佐伯さんだけだ。
「今、まさかと思ったろ?」
「えっ?」
「まさか、佐伯さんが郵便警護員だなんて──そう思ったんじゃないか?」
僕の脳裏に一人の女性が浮かぶ。
年齢を全く感じさせず、優しくて不思議なオーラを纏った、色白で華奢な美しい中年女性。
「まさか、本当に……?」
僕は、穏やかに微笑むその女性が戦う姿を一切想像出来なかった。
『私は佐伯里花。よろしくね、長岐君』