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連載小説《アンフィニ・ブラッド》第9話

 《前回のあらすじ》
 神戸シオンを追っていたのは、悪行の限りを尽くす『ノワール系魔術師』の男だった。
 統間ジエムと共に逃げるシオンだったが、目の前にその男・庵武ユイが現れる。
 ユイはその腕に、シオンと同じ吹奏楽団に所属する倉矢アンジュを捕らえていた。


「アンジュ!」
 庵武ユイの腕に捕らわれた倉矢アンジュを見て、神戸シオンは血相を変えた。
「あの女、お前の知り合いか?」
 統間ジエムが尋ねる。
「ええ……同じ吹奏楽団のメンバーよ」
 シオンがそう言った後、ユイは口を開いた。
「こいつを助けたくば、武器を捨てな」
 ユイは銃口をアンジュのこめかみに宛てがう。アンジュは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。身体を細かく震わせて涙を零す。
「……クソっ」
 ジエムはそう吐き捨て、持っていた拳銃を乱暴に地面に投げ捨て、両手を上げた。
「お前も武器を捨てろ」
 ユイはシオンにそう言うが、ジエムの頭には疑問符が浮かんだ。
 シオンは武器を持っていない。
「捨てろ。さもなくば、こいつを殺す」
 ユイはさらに強く、アンジュのこめかみに銃口を押しつける。
「頭をブチ抜くのがいいか? それとも、絞め殺してやろうか?」
 ユイがそう言って左手を握り締める仕草をすると、アンジュを縛り上げる鎖がきつく絞まり始めた。
「キャアアァァァァ!」
 ミシミシと骨が軋む。その苦しさにアンジュは泣き叫ぶ。いよいよ焦りを感じ始めたジエムはシオンに言った。
「おい、何やってんだ。武器持ってんなら早く捨て──」
「アンジュを……」
 俯いたままシオンが口を開く。
「アンジュを放しなさい……」
 小さく、震えた声。
「物わかりの悪い奴だな。武器を捨てろと言ってるだろ」
 ユイは変わらず、無機質な声でそう言う。
 状況は最悪だ。要求に応じなければ人質はこのまま殺されてしまうだろう。何しろ相手は、悪行の限りを尽くすノワール系魔術師だ。
「おい……どうすんだお前、このままだとマズいぞ」
 焦りを拭いきれないジエムはシオンにそう言うが、なおもシオンは俯いたまま。
(クソっ、どうすればいい……?)
 焦りと苛立ちでジエムが小さく舌打ちをした、その時。
「放しなさい……!」
 怒りを込めた声が路地に響くと同時に、シオンの震える右手が煌々と光りだした。
「お前、まさか……!」
 目の前の光景に、ジエムは息を呑む。そして確信した。
 
 彼女──神戸シオンは魔術師であると。
 
 光が消える。シオンの右手には、先端が刃物になったフルートが握られていた。ジエムがあの時見た血まみれの女──久利生エリが持っていた物と同じだ。
 シオンの左目は、透き通るようなエメラルドグリーンに染まっていた。その鋭い瞳で、ユイを睨みつけている。
「面白いな。お前がやるならやってやるよ」
 無表情から一転してニヤリと笑ったユイは、捕らえていたアンジュを地面に放り投げた。
「あぐっ!」
 呻き声を上げるアンジュの事など気にもせず、ユイは左手を前にかざした。その手の先で、黒い光の球体が生まれていく。
「さあ、楽しませてくれよ?」
 ユイの手から発せられた黒い球体が、シオンめがけて一直線に飛んで行った。
 その黒い球体に向かってフルートを振りかざすシオン。真っ二つに裂けた球体を掻き消すように素早く前進したシオンは、フルートでユイに斬りかかる。
「フン」
 ユイは鼻で笑いながらそれを避ける。だがシオンは攻撃を避けたユイを目で追い、フルートの先で照準を合わせた。
「ぐっ……」
 ユイは小さく呻き声を上げる。シオンのフルートから発せられた光の玉が、ユイのみぞおちに入ったのだ。
 素早く臨戦態勢を整えるシオン。地面に手を付き呼吸を整えるユイに、再びフルートで斬りかかった。
「フン……調子に乗るなよ」
 極めて冷静なユイ。シオンがフルートを振り下ろした時にはもう、そこにユイの姿はなかった。
「シオンさん後ろ!」
 ひっ迫したアンジュの声がシオンに届く頃にはもう遅かった。シオンの背後でユイは拳銃の引き金を引いた。
「キャアッ!」
 銃弾はシオンの右肩を貫いた。あまりの激痛に、シオンはフルートを落として地面に倒れ込んでしまった。
「他愛もないな」
 うつ伏せに倒れたシオンに、ユイが歩み寄る。出血量が酷いシオンは、もう立つことが出来なかった。荒く震える呼吸。遠ざかる意識。
「苦しいだろう? 今、トドメを刺してやるよ」
 シオンの頭に銃口を向けるユイがニヤリと笑った、その時。
 
「させないよ」
 優雅な笑みを浮かべた青年──柊辺エルトは、庵武ユイの背後に音もなく現れた。

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