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こちとら何の武器も持ってへん素人やぞ

「引っ掛かったぞ〜!!!!」

これは、初めて千葉の勝浦でメジマグロが取れた時、吹き荒ぶ潮風に薄い髪をヒラつかせながら感極まって漏らした私の第一声...では決してなく、1月に実施された人間ドックに見事“要・精・密・検・査!!!”の文字が刻まれているのを目にした時の心痛を伴うアラフォー魂の叫び、である。

肝臓と腎臓が完全にイカれていた。

肝腎要(かんじんかなめ)の語彙の元になった臓器に死亡フラグが立っている。
この事実をどう受け止めたらいいのか5秒くらいは悩んだ。
しかし幸か不幸か人というものは(特に私は)自在に馬鹿になれる生き物である。
要精密検査ということは、まだ大丈夫。
開けてみないとわからない暗黒玉手箱のようなモノなんだから悩んでも仕方ねぇ、メシだメシ、となるのである。
全トッピングマシマシラーメンを半泣きですすり、すすり終わったらもう呪術廻戦の五条悟に思いを馳せ、背脂の領域展開に身を沈めていた。
加えて、絶対どっかイカれてんぜ!と自負のあった私であるから、この結果は至極当然の通知で、無事にイカれ具合を指摘してもらえてホッとしたゼィ...とすら思った。

来たる精密検査当日。
腎臓と肝臓を再チェックする。

腎臓医師:透析は必要ないが、これ以上悪くなったら十分透析もありえる数値まではキていますので、日々の生活習慣の見直しと強化をはかってください。過食やめんかったら死ぬどワレ。ちゃお

肝臓医師:腫瘍が見えましたので、再々検査にお越しください、なお私は大変多忙が故なかなか予約が取れないかもしれませんが、何とか奪取して次回造影CT検査をして腫瘍の善悪を判断せんかったらいてまうどワレ。ちゃお

総括、生活習慣を見直さないと通院地獄、肝臓に難ありで再再検査、再来週に造影CT検査実施(聞いたこともない検査で軽く失禁)、なかなか取れない予約枠を巡って受付でゴリゴリにわめく私、困惑する受付嬢、奥から出てくる受付嬢たちの総取締り役、どこかに電話をかける、すんなり希望日が通る、安堵する私再びの失禁、お釣りはいらねぇと万札を差し出そうとしたが、“自動精算機をご利用ください”と対面での金銭授受を拒否され失意の帰路に着く。

またまた来たる再再検査当日。
そもそも造影CTとはなんぞや?を前夜予習してきた。
要は造影剤と呼ばれる薬を、点滴スタイルで体内に流し込みながらスキャン検査すると、悪いところがよう見えとんでワレ、という按配だった。理解。

看護師(推定50歳のベテラン)に名前を呼ばれ、部屋に入る。
血管の状態を見たいので両腕を出して下さいと言われる。

看護師「わ〜とってもいい血管ですね!これどっちからでもいけますね!よし、じゃあ今日は右からお薬入れちゃいましょうか!」

え?利き手やけど?!
こっち商売道具の方の腕やけど大丈夫なん看護師!
ほんま何かあったらどうしてくれんのまじで!
どう責任取ろおもてんの看護師!
日常生活の9割が右手で成り立ってる現実どうおもてんのほんま!
私が左手で書いた字クソ気持ち悪くて上司早退させるレベルなん分かって言ってんの!
不器用って書いて私って読むってカルテに書いてあるやろ、よう見とってや頼むで!

心が叫びたがっていた。
でも口には出せない損な性格〜(BYスピード)。←分かる貴方の平成試験100点

ゴムのチューブを右手に巻かれる。
注射器を取り出し、うんOK!Ready?と笑みをよこす彼女。

看護師「はいじゃあルート取っていきまーす!ちょっとチクっとしますけど大丈夫ですからね〜!」

ぐぬぬぬぬ....やはり何度やっても注射刺されるのは嫌いじゃ....
はよルート取って楽にしてくれ...んんんんんん

看護師「あらっ?あれっ?あらら?」

動揺を患者に見せんなプロがーーー!!!!!

全然取れないルート、何度も抜き差しされる注射器。

やん「すいません、もう痛いので左手にしてもらえませんか(泣)」
看護師「本当に、ほんっとうにごめんなさいね私が不甲斐ないばっかりに本当にごめんなさい、いつもなら取れるのよ、ごめんなさいこんなにイイ血管してるのにもう本当に私がいけないの、ごめんなさい本当に本当に....私がiken+::@;#"1(ry」

本当なのはわかってるからはよ注射器抜かんかいワレ!!!!!
死んでまうどおい!!!!!!!!
こちとら何の武器も持ってへん素人やぞ!!!!!!

ようやく抜かれる注射器。平謝りする看護師。顔面ヤクザな私。
疑心暗鬼の空気のまま、新しい注射器が左手に刺される。
ここでも3回ほど失敗し、ようやくルート確保。
前世でどれだけの悪行を積んだらこうなるのかと自分を責めた。

看護師「でもあれですね、やんさんチュウカが少し黒ずんでますね、アトピーとかですか?」

ん???チュウカ???とは?

説明しよう、肘窩(ちゅうか)とはヒジの内側にある浅い窪み(注射を刺す部分)のことである。

おい待てこらワレぃ!
黒ずんでるってどゆことやねん!
しかもアトピーでもないし、アトピーやったとしてもその声かけはナイんちゃうか!アトピーの方に謝らんかい!スライディング土下座案件やぞ!
しかもマ○コ黒いから遊んでる〜みたいな言い方せんといてくれや!
普通に辛いわ!!!!!

この看護師とはどこまでもこんな感じなのだろう。

看護師「では先生が到着するまで少し廊下で待っててくださいね〜!」

おや?
この状態で?
ほんまにこれで?
この状態のままステイ?

ぴーーーーーーーーー(泣声)!!!!!!!!!!!!!!!

血が逆流するんじゃないのか、この管から酸素が入ったら死ぬんじゃないか、針が途中で折れるんじゃないか...
あらゆる最悪のシチュエーションが脳内を駆け巡る。
そんでもって右手はこれである。

待合室で両腕(右手:何度も失敗され挙句ルートが取れなくて地味に痛いのにガーゼ貼って誤魔化しやがっての状態、左手:よく分からんが刺さったままの注射器と管をテープで止められ1ミリも動かしたくない状態)を突き出して医師を待つ。

5分、10分、15分...全然来る気配がない。
え?これワンチャン医師ランチ行ってんじゃね?
不安マシマシである。

看護師「やんさ〜ん!お待たせしました〜!もう医師来ないので先にCTのお部屋入って待ってましょうね〜」

言っちゃった!医師来ないって言っちゃったよこの人!!!

仕方ない、前の患者がくだらない駄々でもコネて長引いていると思おう。
私もよくコネるから分かる。許す。医師には出来る限り尽くしてもらいたいからな、わかるぜ。

CT部屋に入ると、ひんやりとした空気が流れていた。
CTの機械がバカでかいからヒートしないように冷房でもかけているのだろうか。とにかく寒い。
部屋は2つに分かれており、右がCTが置いてある部屋で、ガラスを挟んで左手には技師や医師がCT検査の様子を見る(そしてマイクで指示を出す)部屋がある。ものすごく取調室を彷彿とさせる造りだ。

注射器が刺さったまま機械に寝かされる。
ジンジンする両腕、寒くて心細い胸中。
例の看護師がそっとお腹に毛布をかけてくれると、なぜか私の両眼から溢れ出したのは涙だった。

看護師「え?やんさん?!どうされました?!痛いですか?左手痛みますか?具合悪いですか?大丈夫ですか?!」

ガラス越しの検査技師からも大丈夫かと声をかけられる。

なぜ涙が出たんだろう。その時は突然の体の反応をうまく言語化できなかったが、多分、久しぶりに誰かに優しくされたこと(ここでは毛布をかけてもらった、声をかけてもらったことなど)が嬉しくて、自分を気遣ってくれる人がいることに感動してしまって、もし悪いところが見つかってもこうやって誰かが一緒に励ましてくれたりそばにいてくれるのかと思うと、胸が詰まってしまったのだと思う。

何でもないです、あくびをしただけですと答えると、看護師はホッとした様子で隣の部屋に入って行った。

検査技師「ではテストをしていくので、合図があったら息を止めたり吐いたりしてくださ〜い!」

5分ほど呼吸のテストが続いた。
鬼滅マスターの私は全集中はもちろん、あらゆる型に対応した呼吸が可能であるので、これ見よがしにスーハーやらヒーフーやらやっていた。

検査技師「はいOKでーす!じゃあ次は両腕バンザイでお願いしまーす!」

無理ですわ。
左手見てもらってええですか?注射刺さっとんのですよワシ。
右手も3回失敗されてほら、ガーゼ貼っとりますやろ?痛いですねん。
あと自分四十肩きててだいぶ腕上がらんのですわ。
せやから無理ちゃいますかね〜たぶん。

検査技師「はいできまーす!ゆっくりやったらできまーす!やらないと検査できませーん!上がらないなら上げに行きまーす!」

鬼!!!!!!!!!!!!!!

悔しいけど無理やり腕を上げられて痛い思いするなら自分でやる、やったる。
全集中の呼吸でこの両腕をバンザイしきったる!!!!

おおおおおおおおおおおぉぉいてぇえええええええええええ!!!!!

無事に上がった両腕と上げた私をいっさい褒めることなく次の手順の説明をする鬼の検査技師。
そして全然来ない医師。たぶん予定時刻から40分は優に超えているはずだ。
ランチの帰りに鬼狩りにあったとしか思えない。

注射が刺さったままの左手がマッドマックスを迎え、いよいよメンタルもデスロードを歩み始めそうだ。

やん「まだ先生は来ないでしょうか?左手が痛くて持ちそうにありません」

ガラスの向こう側で何やらヒソヒソし始める看護師と技師。
募る怒りと不安。

5分後。

検査技師「お待たせしましたー!ではT先生が来れないので代わりにK先生に同席いただいて検査を始めたいと思いまーす!」

おいいいいいいいいい!!!!!!
こんだけ待たせて結局来んのかいーーーー!!!!!
待った意味!耐えた意味!流した涙ああああああ!!!!!!


T先生じゃなくてもいいなら早くK先生を呼んで欲しかったし、そもそもT先生の存在なんて始めから匂わせないで欲しかった。ただただ待ち損やないか。

検査技師「今から点滴の要領で造影剤を体内に入れて行きまーす!そしたら体が熱くなって、おしっこが漏れた感覚が出てきますが心配いらないでーす!ただの感覚なので大丈夫でーす!ではいきまーす!」

まてまてまてまてーい!!!!
なんか今聞き捨てならんセリフ入っとったけど、ちょっと一旦停止してもらえますやろか??!!!
え、なに?もう入って来てるやん!熱い!体が火照ってきましたーーー!!!

やん「も、漏れましたーーーーーーーーーーー!!!!!!!(泣)」
技師「はい漏れてないー!!全然漏れてない大丈夫ーーー!!!!」
やん「いやまじでこれは確実にパンツまでいってるやつですーーー!!!」
技師「安心してください...漏れてませんよ」

うまいこと言っとる場合かーーー!!!!!
こちとらパンツ1枚犠牲にしとんのやぞ!!
コレどんだけお気にか分かっとんのか!!!
検査の後ビシャビシャになったパンツひっさげて帰んのワシやぞ!!!
おまえそこんとこよう考えてモノ言うてくれんと困るでほんま!!!!

造影剤が無事体内を1巡し、何枚かCTが撮影された。
3分。
たった3分の撮影のために、俺は両腕を犠牲にし、下半身の醜態までも他人に晒すはめになった。
健康。
やはり健康第一なのだ。
技師や看護師や医師は全力を尽くしてくれた。
悪いのは健康管理できてない自分だ。

検査終了後、恐る恐る下半身を見てみると全然漏らした様子はなく、それだからお気にのパンツは皆無の被害で、このまま誰に抱かれても大丈夫、おいこら早く抱かんかい!なステータスで再び待合室に腰をかける私であった。

看護師「ではこれから造影剤の副作用があるかもしれないので30分様子を見ます。この注射器は刺したままお待ちください。何かあったらすぐに点滴に入りますから、声をかけて下さいね、とにかく水分をよく取って早くお小水から造影剤を出すようにしましょう。あと、右手のガーゼはもう剥がしちゃいますね!血も止まってると思うので!」

NO!!!!!!!やめたって!!!!
剥がしたらあかん!!!!
私の病人としてのステータスが下がってまうやんか!!!
みんなに心配してもらいたい!
可哀想大丈夫?ってまだ思われていたいんや!!!!


ものすごく歪曲した駄々のこね方で看護師を困らせたが、
なんとかガーゼはそのままにしてもらい、何事もなく30分が経過した。

ようやく注射器を抜かれた時には貧血になりそうな程の青アザができており、やっぱりあの看護師1回シメたらなアカンかったわ...とミネラルウォーターを痛飲した。


「やっぱ健康第一やぞ〜!!!!」

千葉の勝浦で吹き荒ぶ潮風に薄い髪をヒラつかせながら、そう叫びたい。

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