#39 京都大学を中退した医学部生が世界一周してみた
インターネット在りて、この冒険在りーブルネイダルサラーム④
この時のぼくたちは、ラブアン島での興奮と熱気に瘴てられて、深く考えることをやめていた。
何も知らない場所へ行くというのに、その国の性格というものを、直前に滞在した場所と同じようなものだろうと妄信していた。
ヒトは、自分が信じたいものを進んで選択し、それを信じているに過ぎないのである。
いつか教授が仰っていた言葉であるが、この時のぼくたちは、まさにその状況に陥っていたのだった。
こう書いてしまえば、オチを暴露してしまうようだが、結果的にブルネイには何も無かった。
あくまでも、「ぼくと朋也の二人にとって」ということを、ここでは強調するが、ブルネイという国には、娯楽というものが全く存在しなかったのだ。
もちろん、自分たちでそう仕向けた故に知る由も無いのだが、何も知らないぼくたちは、火照った体と共にラブアン島を後にし、それから1時間ほどの船旅を経て、無事にブルネイに入国したのだった。
そして船着き場から市街地に行こうという所で、少し困ったことが起きた。
何をどこに行って良いのか、まるでわからなかったぼくたちは、ひとまず市街地の場所と、そこへの行き方を、その場にたむろしていた人々に聞いてみた。
すると、市街地に行くには、まずここからバス停まで行って、そこで市街地行きのバスに乗る必要があるとのことだった。
さらに、船着き場からそのバス停までは4、5キロあり、その間を走る連絡バスに乗る必要があるが、その連絡バスがいつ来るかは誰もわからないという。
この時のぼくは、念のため、ということもあり、一つの情報源からの聞き込みを避け、複数の人々に同じ質問を投げていたが、みな一様に同じ回答だった。
その回答を受け、特に急ぐ必要はないが、と二人で思案していると、そこにタクシードライバーと名乗る男が現れた。
バスはきっとしばらく来ないから、バス停までおれがタクシーで連れて行ってやる、と言っている。
値段を聞いてみると10ブルネイ・ドルとのことだった。
船着き場で、マレーシア・リンギットと、米ドルを両替していたぼくたちは、そのレートから、10ブルネイ・ドルが、およそ1000円くらいであることを知っていた。
また、ぼくのうろ覚えの知識によって、ブルネイという国は石油で潤っていて、裕福な国であるから物価はそれほど安くないであろう、ということも予測していた。
これらの会話を、きっと日本語を理解していない、その男の前で、猜疑心に溢れた目と共に繰り広げていたが、こういった、ともすると失礼とも相成る振る舞いは、英語以外を母国語とする人々にとっては日常的な事かもしれない。
結果的に、ぼくと朋也はその男に付いて、バス停まで連れて行ってもらうことにした。
そして、驚いた。
タクシーに乗って、1分も経たず、ここがバス停だ、とぼくたちは降ろされたのだ。
あまりに状況が理解出来ず、何度も聞き返しながら、次第に、騙しやがって、などと悪態を吐き始めたが、次回は歩けばいいさ、などと煽られているうちに、胸にひどく気持ちの悪いものを湛えながら、ぼくたちはバス停に降りていた。
その男にも腹が立ったが、そもそもぼくは、船着き場で何人かに同じことを尋ね、同じ回答を得ていたのだ。
集団でぼくたちを騙していたのか、或いは意思疎通が出来ていなかっただけなのか、それともブルネイの物価では、あの距離を1000円で動くことが当たり前なのか、などと釈然としない気持ちのまま、市街地行きのバスへ乗り込んだのだった。
市街地だという場所にバスが着くと、聞き込みと休憩を兼ねて、カフェに入ることにした。
この時点では、ブルネイという国を、娯楽に満ちた楽園かのように期待していたぼくたち二人だったが、入ったカフェで現実を突きつけられることになった。
日本人のことを珍しがったブルネイ人の男性が、話しかけてきたのだ。
船着場で騙されたばかりだったぼくたちは、金銭の絡む話を極力避けながら、驚く程に堪能な彼の英語に、耳を傾けていた。
そこで彼が教えてくれたこととして、
「この国では、公共の場での飲酒及び、酒類の販売が禁止されていること」
「酒を買うには、マレーシアとの国境まで行く必要があること」
「国中で禁煙措置が取られていて、違反があれば罰金を取られること」
「民族主義的な思考を持っている警官もいるので、それなりの対応をされる可能性もあること」
「一部を除いて、夜に人が出歩くことはあまりないこと」
「国自体が裕福で、観光地化されてもいないので、物価は高く、ほかの国に見られるような、安いゲストハウスはほとんど存在しないこと」
「とにかく娯楽という娯楽が、存在しないということ」
などが挙げられた。
続く
第1話はこちら
https://note.mu/yamaikun/n/n8157184c5dc1
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?