#40 京都大学を中退した医学部生が世界一周してみた
インターネット在りて、この冒険在りーブルネイダルサラーム⑤
つまり、簡潔にまとめてしまうと、気楽な個人旅行のバックパッカーにとっては、最も不向きな部類に入る国だということがわかったのだ。
しかし、ラブアン島での一件によって、事前期待値を上げてしまっていたせいか、ここでもまだ自分たちの信じたいことだけを信じようとしていた。
ブルネイ人の彼から聞いた話を信じ切ることが出来なかったのだ。
或いは、英語の聞き取りミスがあったかもしれない、と自分に思い込ませようともした。
そうして、ぼくたちはとうとう規則を破り、携帯電話を無線回線に繋いで、日本語の情報を供覧することにした。
そこで全てを悟ったのだ。
興奮に満ちあふれた、ぼくたちの冒険は失敗したのだと。
その瞬間、正の属性を持った何かの物体が、体の中から外へ出ていくのを感じた。
そして、親切なそのブルネイ人男性を、ともすると邪険に扱ってしまいそうなどす黒い感情をなんとか体内に押し込み、礼を言った。
いやしかし、この時、何をもって冒険の成功、あるいは失敗とするかについては、吟味の余地があったのかもしれない。
その時には、体内から力が抜け、そうすることは出来なかったが、この場を借りて精査してみようと思う。
大抵、旅行をしながら街を評価する際、ぼくは以下のようなことを考えていた。
「ビルが多く建つ背の高い土地か、それとも背丈の低い土地か」
「海のある街なのか、それとも陸しかない街なのか」
「物価は高いのか、それとも安いのか」
「そこでは酒を飲んで騒ぐのか、それとも静かに自分と向き合うのか」
「他の旅行客が多く出会いに溢れているのか、それとも自分たちだけで完結するのか」
こうして5つの分枝を挙げてみると、これら組み合わせの32通りによって、世界の多くの街は、分類出来る可能性があった。
あくまでも、ぼくの主観に基づくものではあるが、例えば、好きな街の一つでもあるバンコクは、「ビルが多く建ち、陸しかなく、物価は安い。そして酒を飲んで騒ぎ、他の旅行客との出会いも多くある」街と言えるだろう。
同じタイ国内でも、先に書いたパーイなどは、「背丈が低く陸しかない、物価の安い土地で静かに自分と向き合うと同時に、他の旅行客と出会うこともある」街と言えた。
こうして比較してみて分かったことだが、物価ということを除けば、どの選択肢にも、どちらが一方的に低評価、ということはないはずであった。
では、ブルネイの印象はどうだったのだろう。
まずは一つ目であるが、発展はしていても、ビルが多い印象は無かった。
二つ目、近くに海はあるはずだが、それを感じさせる雰囲気は街に漂っていなかった。
三つ目、物価は高かった。
四つ目、酒は飲めないが、かといって自分と向き合う雰囲気ではなかった。
最後に五つ目、滞在中に出会った旅行客は一人だけで出会いは全く無かったが、自分たちだけで完結させるには、観光も含めた、娯楽というものが不足していた。
このように振り返ってみると、なにせブルネイの印象というのは、どっちつかずの中途半端、というものだったのだ。
特に、ぼくたち二人にとっては、四つ目が痛手となっていた可能性が高かった。
もちろん、四六時中アルコールが無いと生きていけない、ということはないのだが、飲みたい時に軽くでも飲めない、という状況はあまり好意的に受け入れられるものではなかった。
酒を飲まず自分と向き合うにしても、断酒して自己抑圧をかける、という状態が、当時のぼくたちに適合することは無かったのだ。
続く
第1話はこちら
https://note.mu/yamaikun/n/n8157184c5dc1
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