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レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』を読んで

『華氏451度〔新訳版〕』レイ・ブラッドベリ 2014.4.24 発行 ハヤカワ文庫SF

内容
 華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!

裏表紙より

 『華氏451度』は、ディストピア小説であり、その内容は現代社会にも深く響くものです。

 火を燃やすのは楽しかった。
 ものが火に食われ、黒ずんで、別の何かに代わってゆくのを見るのは格別の快感だった。

レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』 11頁

 炎を見て、恍惚感に浸るシーンで物語が始まります。
 
 物語の舞台は、生活のあらゆる場面で本が禁止され、本の収集や読書さえも禁じられています。
 主人公モンターグの仕事は本を燃やすこと。本が忌み嫌われ情報の全てがテレビから一方的に与えられている近未来。
 この世界では、マスメディアが情報を独占し、主体的に考える能力をほとんど完全に奪っています。

 初めは模範的な隊員だったモンターグ。毎日のように本に火をつけていましたが、少女クラリスと出会うことであることに何となく気づきます。それは、ロウソクの光は燃えているだけでなく、心を温めているということに。
 このことから、火は物を燃やして奪うだけでなく、与えることもできることを暗示しています。

 自由に思考するクラリスとの出会いによって、次第に自分の仕事に疑問を持ち始めます。また彼は常に不安を抱えていることに気づきますが、「昔」と口にするだけでも命取りになるこの世界では、自分の気持ちを表現する術がありません。

 最終的には、書物に頼らず、「心の中に記憶している物語」を大事にしながら、同志たちと旅をしていくことになります。

 
 多くのディストピア小説では、政府は消極的な国民にベルトを締めるように強制しますが、『華氏451度』では、人々の無関心こそが現在のシステムを生み出したと言えます。
 
 まず文化が消え、その後、想像力や自己表現が消えていく。人々の話し方まで短絡的になっていく。社会自体が燃やされてしまうことに加担してしまうような社会の例え話でもあります。

 本を燃やすということは、言葉を捨てるということ。

 そういう意味では、これは自分の思考を捨てることにもつながります。
 
 ネットなしでは生きていけない世の中で、人々は絶えず何かしらの刺激を受けています。しかし、情報を消化するためには余暇が必要であり、考える時間を持つことが大切です。

 思考する時間が減ると、自分で考えなくなる。そうなると、自分で選択することが減り、徐々に自分の人生が灰になっていくような気がします。一人一人は前例がない人生で、誰かの評価に当てはめたいときもありますが、何か選択肢があったとしても、最終的には自分の意志で選び、決断していきたいものです。

 この小説は、心のゆとりを忘れてしまった人たちへの忠告なのかもしれません。また、効率化の先には人々は思考能力を放棄してしまう皮肉が込められています。

 自らの行動・体験によって、苦労しながら得る一次情報、これが、情報を精査する審美眼となるものだと、改めて気づかされました。

 自分の語る言葉が、モニターから得たメディアの情報に偏っていないか、気をつけたいところです。


 『華氏451度』の内容ではありませんが、この本の表紙には、6つの本の表紙が描かれています。
 それぞれの表紙の絵が何を意味しているのかはわかりませんが、もしかしたら絵画などの絵を見ても、自分の頭の中で考えないことを表現している。つまり、分かりやすいもの、もしくは答えがないと「ものを考える事」が出来ない人たちへの、皮肉の意味合いも込められているのかなと思いました。

印象に残った文章

「ぼくらは、しあわせになるために必要なものはぜんぶ持っているのに、しあわせではない。なにかが足りないんです。だからさがしてみました。なくなったことがはっきりわかっているのは、この十年、十二年でぼくが燃やした本だけでした。だから、本が助けになるかもしれないと思ったんです。」

レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』 138頁

「きみがさがしているものは、この世界のどこかにある。しかし、ふつうの人間がさがしものの九十九パーセントを見いだすのは本のなかだ。かならず、という保証を求めていかん。ひとつのもの、ひとりの人間、ひとつの機械、ひとつの図書館に救われることを期待してはならんのだ。」

レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』 144頁

 モンターグは歩きながら、横目でひとりひとりの顔をちらちらと盗み見ていた。「本を表紙で判断してはいかんぞ」と誰かがいった。全員が静かに笑い、下流への旅はつづいた。

レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』 258頁

「人は死ぬとき、なにかを残していかねばならない、(中略)なにか、死んだときに魂の行き場所になるような、なんらかのかたちで手をかけたものを残すのだ。そうすれば、誰かがお前が植えた樹や花を見れば、お前はそこにいることになる。」

レイ・ブラッドベリ『華氏451度〔新訳版〕』 261頁


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