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喫茶「はつ恋」の物語

◇◇ショートショート◇◇

訪ねると青春を取り戻すと言う伝説のカフェがあります。その店はレンガ造りで、学生街にほど近い路地裏にあり、何十年も変わらない佇まいです。
店内にはいつも様々なジャンルの曲が流れています。

店の名前は誰もが一度は経験する「はつ恋」です。一度訪ねると再び店を訪れる人が多いと言う不思議な店です。


久しぶりに訪ねた人は何故か、店を出る頃にははつ恋時代の顔に戻って帰って行きます。それはきっと音楽の魔法にかかるからなのでしょう。

店主は細いフレームのめがねをかけた白髪交じりの紳士です。彼はいつもダンディーな黒のファッションに身を包んでいます。

店内にはアンティークな家具が置かれていて、少し暗めの照明が不思議に癒される空間を作っています。

カウンターの後ろにはオーナーの趣味のレコードがインテリアに溶け込むように飾られていて、昔懐かしいレコードプレーヤーや最近はほとんど見ることが無くなったジュークボックスも健在です。

その日、まず店を訪ねたのは60代の女性でした。

彼女はスリムなブルージーンズに軽やかなシフォンのシャツを纏って店に入ってきました。

「わー、懐かしい、変わってない、あの頃と同じ場所にジュークボックスがある」

「何に、なさいますか」
店主が聞くのは注文のメニューではありません。
彼女にかけて欲しい曲を聞いたのです。

ビージーズのメロディフェアをお願いします」

「あー、映画”小さな恋のメロディ”の挿入歌ですよね、1971年だったかな・・・」

「高校時代に、大好きだった人と一緒に見たんです、小さな恋のメロディ」

「あの頃よく一緒に来ていた彼と・・・」

「そうなんです、少女がバレエをしてるシーンを覗き見する少年の姿がかわいくって、あの頃の淡い恋心忘れちゃったな・・・」
爽やかなサウンドが流れ始めました。

彼女は暫く目を閉じて、五月の風のようなその曲を聞いていました

曲が終わると彼女はゆっくり瞳を開けて、少し遠くを見ながらにこやかに微笑んで、店を後にしました。

次にはつ恋にやって来たのは、50代の男性です。
ハンチングを粋に被った彼は、白い生成りのシャツに麻のパンツを履いて、皮のサスペンダーをしています。

店主が聞きました。
「何になさいますか」

「あのー、真夏の果実をお願いします

「サザンがお好きでしたよね」
「うんずっとねー、特に1990年の秋は忘れられないんですよ、彼女と二人で映画を観に行ったから」
稲村ジェーンでしたよね、帰りにここに寄ったでしょう」

「そう、僕が一人で盛り上がってたなー、それから彼女は僕の奥さんになって、二年前に僕をひとり残して亡くなったんです」

彼は真夏の果実を聞き終わってから、暫く目を閉じたまま回想しているようでした。



店を出る時に彼は店主にこう言いました。
「いろいろ思い出しました、あの頃の彼女にまた会いに来ます
男性は来た時よりも、幸せそうに見えました。


夕方、はつ恋にやって来たのはリクルートスーツの20代の女性です。
パソコンが入った大きなバッグを重そうに持っています。

「何になさいますか」
店主が聞きました。

「あのー、ユーミンの曲なんですけど・・・
「たくさんありますからねー、ユーミンは」

「どれでもいいんです、ユーミンが聞きたくて・・・」
「何にしましょう」
「えーと、じゃー、卒業写真をお願いします

「卒業写真も、色々なバージョンがありますよ」
「一番古いので」
「じゃー、1975年ですね、あなた生まれて無いでしょう
「お母さんが、よく聞いてたから」
「そう言えば、お母さんに連れられてこの店に来てましたね

曲が始まると彼女はゆっくりと目を閉じ、歌詞を噛みしめるように聞き入っていました。

そして曲に合わせて、彼女が歌詞をつぶやいています


人込みに流されて
変わってゆく私を
あなたは時々遠くで叱って
あなたは私の青春そのもの


曲の余韻に浸りながら、彼女は顔を上げてほんの少し微笑みました

彼女が店主に言いました。
「やっぱりはつ恋に来て良かったです、高校の同窓会に行こうかどうか迷ってたんですけど私、やっぱり行くことにします

「卒業写真で決めましたか」
「うん、私、青春に会いに行ってきます」
そう言って彼女は、にこやかな笑顔を残しながら店を出て行きました。

店主は、彼女の後姿をやさしく見守っていました。


【毎日がバトル:山田家の女たち】

《お父さん粋なことしよったんじゃねー》


※92歳のばあばと娘の会話です。

「はつ恋は遅い人も早い人も色々居るねー、音楽って思い出がよみがえるけんええねー

「お母さんの思い出の曲は」

私は椰子の実よ、若い頃お父さんが家の近くに来たときに家の外で歌いよった、私のお父さんが厳しかったけん、その歌声が聞こえた私が外に出よったんよ」

「へー、素敵なお話、お父さん粋なことしよったんじゃねー」

母の初恋の頃の話を聞くことになろうとは。得した気分になりました。



最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
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また明日お会いしましょう。💗





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