恋した男たちの舞台
◇◇ショートショート
大学の同級生の三人で久しぶりに飲み会を開きました。就職してからそれぞれの人生を歩み始めていますが、お互いに満たされない思いでいたのです。
「一也も誠も、仕事に不満があるの」とエミが訪ねます。
「別に、僕は歯車の一つだからね、しっかり自分の役割さえ果たせばいいんだけど、やりがいがあるかって言うと・・・」と広告代理店に勤めている一也は面白くなさそうです。
「そりゃあね、僕だって子どもたち一人一人の学力が違うしね、親の意向もあるから、いつも板挟みだよ」と塾の講師をしている誠も悩みがあるようです。
「私もね、正社員じゃない上に、コールセンターのクレーマー担当だからいつも怒られてばかりだよ」とエミが愚痴交じりに話します。
「大学時代は半年ごとに舞台があって楽しかったよね、みんな喧嘩もしたけど一緒に物づくりしてさ、充実してたよな」と一也がしみじみ話します。
三人は大学時代の演劇サークル仲間です。エミは脚本を、一也は役者を誠は演出を担当していました。
「あの頃はめちゃめちゃ、大変だったけどさ、楽しかったよね」と言う一也にエミが
「また三人で芝居したいね、少し頑張ったら時間作れるでしょう」すると誠が
「どうかなー、きちんとやろうと思ったら、時間がかかるでしょう、仕事やりながらだと自分の首を絞めるだけさー」
「私、いいアディアがあるんだなー、朗読劇だったらいいんじゃない」と提案するエミに、二人も
「朗読劇か、それだったら、やれそうだね」
「いいんじゃないかな、朗読劇、やってみるか・・・」
「私が本を書くからね、二人は役者でお願いしますよ」とエミはやる気満々です。
役者の経験がほとんど無い誠は
「僕は、役者ならやらないよ、自信ないから」と言うとエミは
「あなた、舞台の袖でプロンプやってたでしょう、声もいいしさ、絶対に向いてると思う」と断言します。
誠は演出ならやりたいと思っていましたが、役者をやる気など毛頭ありません。
「僕はやらないよ、エミと一也が舞台に立てばいいじゃないか」と言うとエミが
「私に任せてよ、当て書きするから、あなたは私の船に乗れば大丈夫、やろうよ、絶対に新しい発見があると思うよ、挑戦、挑戦」
エミのパワーに押された誠は「それじゃー、セリフは一也が多めで、僕は半分以下でいいからね」と条件付きで役者をやってみることになりました。
「当て書きするんなら、僕も当て書きにしてよ、エミよろしくね」と一也もエミにすべてを委ねます。
エミは自信ありげに二人に宣言しました。
「実は私、前から温めてた企画があるんだ、二人にぴったりだと思う、昔から私二人を見ていて、書きたい芝居があったんだ、今回はそれにするからね」
「どんなストーリー展開なの・・」と二人は興味深々です。
「次回までに仮の台本を書いてくるから、それをたたき台にして、練っていこう、とにかく私に任せて、時代にマッチしたものにするから」
エミの押しの強さは学生時代からまったく変わっていません。一也も誠もとにかく台本が書き上がるのを待つことにしました。
それから二週間、いよいよ台本の完成です。
二人は、タイトルを見て驚きます。
「”恋する男たち”これがタイトルなの・・・」
「何だよ、恋する男たちって・・・」
「そのまんまよ、二人の恋心を朗読してもらうのよ」
「えー、俺たちBLなの・・・」
「そうよ、あなたたち大学時代仲良しだったでしょう、この作品のモデルはあなたたちなんだから、私はちゃんと見てたわよー」とエミは書き上げた台本のモデルが二人だと告げました。
「ねえ、ちょっと読んでみてよ」
「えー、BLなんて、俺には無理だよ・・・」と誠はしり込みをしています。
「いいじゃない、とりあえず、やってみてよ、当て書きだからね」
台本にしばらく目を通していた二人は、意を決して朗読を始めました。
一也のセリフからです。
「徹君、僕は君の細長い指がたまらなく好きなんだ、君がパソコンに文字を打ち込んでいる時、僕の心はキュンとなるんだよ、まるでパソコンの上で音楽を奏でているような、君のしなやかな指の動きが僕はたまらないんだ」
「淳君、君は僕のことをそんな目で見ていたのかい、いつも君が僕を見ていたのは知っていたよ、君は僕にいったい何を言いたいんだろうって気になってたんだ、君が見ていたのは僕の打ち込む詩かと思っていたよ、僕の指先の細かい動きまで目で追ってたなんて、僕はちょっぴり恥ずかしいよ」
「徹君、僕は何時だって君を見ていたよ、部室の片隅で台本を読んでいる時の君だって見てた、窓から注いでくる光に照らされた君の横顔は僕には眩しすぎて、まっすぐには見られなかったんだ」
「淳君、君は今まで黙っていたのにどうして急に今になって僕にそんなことを言うんだい、僕は君から今言われても何もしてあげられないよ、僕は愛する人とは結ばれない運命だし、僕の心のうちは誰にも話さないと決めているんだ」
「徹君、そうだよね、僕は君の心の内が分かったから、君に打ち明けようと思ったんだ、僕も君と同じように人には言えない恋心があるからね、分かってもらいたかったんだよ、僕の気持ちを君に」
「淳君、僕はそんな言葉を聞いてどうすればいいんだろう、僕も同じだと言ってあげればいいのかな・・・、でも二人の思いは誰も許してくれないよ」
「ハーイ!いいねー私が思った通り、当て書き大成功!こんな感じで行こうね」とエミが拍手を送ります。
一也と誠は何とも言えない表情でお互いを見つめ合っていました。
最後までお読みいただきありがとうございました。心からお礼申し上げます。たくさんのクリエーターの作品の中からこの投稿にたどり着いていただいたこと本当に嬉しいです。
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