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技術革新が引き起こす「リープフロッグ」から「IT後進国日本」の巻き返し法を考える〜野口悠紀雄『リープフロッグ 逆転勝ちの経済学』

 社会や制度に後進性があったが故に、先行者をカエル跳びのように追い抜く現象「リープフロッグ」について、歴史を紐解きながら、具体的に分析している好著で、オススメです。
 近年では、中国における「固定電話がなかったから携帯電話が広がった」「銀行の支店やATMが不十分で、偽札への懸念も強いから、電子マネーが普及した」などの現象がリープフロッグと言われています。デジタル活用という意味では世界で最も先進的な国になっています。その理由や現状に関する分析も的確です。

 アイルランドの経済成長については不勉強でした。日本も参考にするべきですね。「アイルランドは技術で豊かさと自由を手にした」(P87)との見出して、工業化と違い情報化社会では、美しい景観を維持しながら経済的な発展が可能であると指摘されています。日本を5つの道州制にすれば、一つの州の面積はアイルランドと同程度という指摘も示唆的です。日本の自治体の首長に考えてもらいたいですね。

 狭義の技術として捉えずに歴史を紐解き、イタリア〜ポルトガル〜スペイン〜オランダ〜イギリスと世界の覇権が移り変わる経緯を「リープフロッグ」という補助線を引いて、分析しています。
 そして、産業革命でイギリスが世界一の経済国になる理由と、第二次産業革命で出遅れる理由についての説明も明快です。

 本書の最も重要な指摘は 「リープフロッグにはビジネスモデルが必要」(P218)ということでしょう。アリババの成功は、共産党政府の庇護、支援ではなく、中国の市場の状況に合わせた、新たなビジネスモデルの導入だったという分析が行われています。そもそも中国には流通の市場が成立していなかったところに、売り手と買い手を結びつける商取引のプラットフォーム(Eコマース)を成立させました。その際のビジネスモデルは「決済サービスを無料にして、そこから得られるでデータを活用して収益を上げる」という革新的かつ時代を先取りしたものでした。アリババは販売手数料ではなく、アクセス解析、受注管理ソフト、在庫管理ソフトなどの販売のためのツールで収益をあげているので、そういう分析になる訳です。

 一方、日本に対する分析も的確、そして日本人にとっては辛い内容です。日本の社会の仕組みは第二次世界大戦時に戦時体制として作られたのがベースで、それが功を奏して高度成長を促進したという分析は以前、『1940年体制』で著者が行っています。日本の大企業の経営者は「経営のプロではなく、組織の階段を上り詰め、組織を掌握できる人」(P272)で、デジタル化の知識を持っていないという指摘は重いものです。19世紀のイギリスと同じ凋落の構図で「日本型組織が深刻なレガシーで、極めて根が深い問題である」(P268)との指摘に気が重くなります。衰退の理由に既得権による停滞があることを歴史が証明しているからです。卑近な例として、この20年間の音楽業界がまさにそうだったので肌感として理解できます。
 19世紀のイギリスで「電気機関車になっても、釜炊き手の同乗が義務付けられていた」(P181)という事実を知って、腹の底から笑える日本人が何人いるでしょうか?

 2020年代になってもまだ、日本では契約書を交わす際に紙の書面に印鑑を押すことが義務付けられ、銀行口座を開くときには(それがインターネット専用銀行であっても)捺印した書面を郵送することが必要だった。それだけではなく、個人や法人の同一性担保には、役所が発行する「印鑑証明書」の添付が必須だった。

 近未来の歴史の教科書に、1980年代に一人あたりGDPが世界一になった日本があっという間に後進国になった理由の象徴として、こう記されているかもしれません。僕たち日本人はそんな社会で(無駄に)我慢強く生きていることを知るべきですね。

 本書の最後に日本が先進国グループに復帰する方法についての著者の意見は下記です。

 一人一人が逆転の可能性を決してあきらめないこと。どんな場合でもどんな場合でも逆転の可能性を信じること。偶然のチャンスに期待するのではなく、実力を蓄えることで逆転すること。それに向かって努力すること。勉強して、新しい技能を身に付けること。常に自分の能力を高めようと努力すること。(P285)

 小市民性を危惧する著者の指摘に対して、全くその通りだなと首肯し、心がけていこうと思うと共に、歴史的事実に基づく合理的な分析と具体的な指摘を続けた本書で最後に具体的な提案がなく、読者個人への抽象的なマインドセットになっているところに著者の、日本の政治家、経済界首脳などのエスタブリッシュメント層への深い絶望を感じました。従来の仕組みの中からは変えられないということなのでしょう。日本を代表する経済学者の諦観と期待をしっかりと受けとめて、自分にできることからやっていきたいと思います。
 歴史を踏まえた俯瞰的視座から今の日本が根が深い病をもってしまっていることを再認識して、日本を変えるためにはスタートアップの活躍が本当に重要なんだなと、痛感させられる本でもありました。
 すでにIT後進国となり、衰退への途を歩み始めている日本が復活するのは新たな「リープフロッグ」が日本に必要です。新しいビジネスモデルを生み出せるように頑張りましょう!

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