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移住の人生は、一度きりの人生を“盛りだくさん”に

最近はコロナの影響で都会から田舎への移住希望者が増えていると聞く。また、日本国家の将来に不安を抱き、海外移住を企てている有名人の話もちらほら聞くが、今となればサキガケだったかもしれない。

我が家は理想を求めて、シティーライフから日本の田舎、さらなる地球規模の田舎ともいえる南国サモアに移住した。日本からサモアは、先進国から発展途上国への移住でもあり、便利から不便への移住とも言えた。

便利から不便という意味では、シティライフから日本の田舎も同様だった。目の前にコンビニのある暮らしから、ファストフードもファミレスもなく、夜になればカエルが鳴いているだけの土地で12年間暮らした。

数々の不便はあったものの、自然を身近に感じることができた。田舎ならではの人情に触れ、心にゆとりの感じられる貴重な経験だった。スーパーでなんでも買えば済むという便利を手放した田舎の暮らしから学べたことははかりしれない。

ベーカリーはない。パンもケーキも自分で焼くようになった。食べきれないほどもらう野菜で、漬物を作ることがあたりまえになった。畑で作る野菜の成長も楽しみだった。

「ないものは買えばいい」が「ないなら作ってしまえ」がフツーになっていった。これらは生きていく上で知っていて損はないスキルだ。ネが怠け者のわたしのことだ。もし近所のスーパーでなんでも買える環境で暮らしていたのなら、こんなスキルは一生身につかなかっただろう。

田舎時代、近所に住むお婆ちゃんに「梅干し好きなら、種まきん」と真顔で言われたときには、「梅干しになるまでどんだけ時間がかかるのか?」と気が遠くなる発想に吹いてしまったことがあった。

あまりの時空感覚のちがいに、宇宙人と会話しているような気にさえなったものだ。でも、それから梅の木を植えて、気がつけば庭に毎年たくさんの実をつけるようになっていた。「お婆ちゃんのいうことは正しかったな」と何年もかかってわかったことだ。


そんなふうに新しいことを習い、人は変わっていけるのだ。こののんびり思考は、次の南国生活でも役に立った。

サモア時代の体験もほんとうに奇天烈だった。

移住後間もないころは、「こんなはずじゃなかった」の連続だった。「エメラルドグーンの海の前でブルースカイとヤシの木を背景に優雅に読書」に憧れていたが甘かった。

そこにはハエ、蚊、ゴキブリといったもれなくついてくる南国の現実が……。わたしの憧れは表の顔に過ぎなかった。家族そろってバタバタと病に倒れ、その驚異に愕然とした。実際、蚊はデング熱やマラリアなど命のキケンすら媒介する。それでもやがて自衛の方法を知り、免疫もできていった。暮らしているうちに体ごと適応していった。

人間の順能力に感心した。

加えてサモア時代はシンプルライフへの挑戦でもあった。

テレビ、電子レンジ、コーヒーメーカー、洗濯機だの掃除機だの、それまであたりまえにあった便利な道具はない暮らしだった。きつかったのは、洗濯機がないことだった。家族6人分の洗濯物を毎日手洗いすると、筋肉痛になった。常夏なので汗をよくかく。毎日着替えなければすぐにカビる。

服は薄いので問題なかったが、バスタオルやシーツなどの大きなものは、洗うのも絞るのも毎日が筋トレだった。絞りながら昔の人に思いを馳せたものだ。四年間よくやり抜いたと思う。

洗濯はしんどかったが、手洗いした洗濯物を、ギンギラのお日さまの下、走り回るニワトリの鳴き声を聞きながらパンパンと干す時間は気に入っていた。

風にのって、ココナツを削る音が聞こえ、庭に咲き乱れるトロピカルフラワーならでは強い香りと洗ったばかりの石鹸の香りが混ざり合うのが心地よかった時間でもあった。

そして、米国に。

それまでの南国暮らしとは全てが対極の便利な暮らしのスタートだった。毎日の洗濯筋トレから開放され物理的には確かに楽になったが、日々せわしく感じられた。

洗濯筋トレの代わりに、ジムでの筋トレに変わった。サモア時代にあった暮らしの中で感じる匂いが失せた。それでもサモアを後にしてかれこれ二十年となる。とうとう、わたしの人生時間のほとんどを占める土地が米国のミシガン州となった。

どのライフステージにも苦労や怒り、楽しみや笑いがあった。せっかく生きている時間、単色も悪くはないが、いろんな色で染めてみるのも人生を彩る方法だと思う。したいことをして、住みたいところに住んで、いろんなタイプの怒り、苦しみ、悲しみ、笑い、楽しみこそが生きている時間なのだ。

そう考えると、ちがう環境で暮らしてみるということは、一度きりの人生の中で、何種類もの人生を試せたようなもの。

自分を振り返るときには年代だけでなく、場所でそれぞれのライフステージを思い出す。シティライフ時代、田舎時代、南国時代、そして現在進行系の在米時代。すべてが「人生の実績」喜怒哀楽ももりだくさんなのだ。


最大試練だった年2020〜2021年 3月のアメリカン・ライフ


わたしの2013年の一年間の記録



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