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ストレンジテトラ

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ストレンジテトラ ♭13 (最終話)

ストレンジテトラ ♭13 (最終話)

♭.13 月が昇るし 日は沈む

とんびは鷹を産まない。
例外なく子は親に似てしまうものなんだと思う。
これはもう遺伝学の話だ。
わたしには難しいから、諦めてる。

我が家の人間は
    ▶EASY      NORMAL  HARD
の選択肢があれば、絶対に"EASY"を選ぶ人間の集まりだ。

ゴールが決まっていて得られるものが同じならば、苦労は少ないほうがいい。そもそも難易度にレンジを設ける

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ストレンジテトラ ♭12

ストレンジテトラ ♭12

♭.12 エンドロール

(1)

嫌いなものに目を向けて生きてると
人生はうまくいかなくなる。

"好きこそものの上手なれ"
という言葉があるから逆説的に合ってるハズだ。
身を持って知っている。

24年という人生をなんとか生きてきたけど
"変わってる人"というラベルが付いた人間が
自分の他にも世の中にはたくさんいた。

いつも全身ピンク色の服を着ている人。
用を足した後、お尻を前から拭く人。

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ストレンジテトラ ♭.11 (2)

ストレンジテトラ ♭.11 (2)

♭.11 丸い水槽**

(3)

別れも告げずに夏が去ってしまった。
パーカーのポケットに手を突っ込んで歩く。 
あれだけこの惑星を煮えたぎらせた迷惑な季節も、いざその終わりを感じると少しの寂しさがあるものだ。

西の空に陽がストンと落ちていく。
ついさっきまでお日様だったそれはいつの間にかお月様と入れ替わった。

わたしたちと同じように。
お日様もお月様も代わりばんこに仕事をしてるんだ。
10

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ストレンジテトラ ♭.11 (1)

ストレンジテトラ ♭.11 (1)

♭.11 丸い水槽*

(1)

「なんですか。編集長。」

早朝1番、出社するなり編集長に呼ばれた。
声色と表情からどうも不機嫌そうなご様子だ。
胃がキリキリする。

「なんですか、じゃねぇよ。なんでお前今日もパーカーなんだよ。」

いつになく苛立ってる真舟編集長。
何?パーカー?
昨日と同じくしてパーカーを着てきた何が悪いんだろう。

「弊社、パーカー禁止令でも出たんですか?」

眉間に少しの

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ストレンジテトラ ♭.10

ストレンジテトラ ♭.10

♭.10 千載ニ遇

*※(1)※※
鮫川音季

この世は四角いと思う

絵画
画面
紙面
部屋



切り取る景色はいつだって四角
見える景色  全部全部
4つの点を結んで作られてる

4つあると安心する
私たちは「4つ」が好き

4の倍数が好き
4の約数が好き
4つで割り切れるのが好き
4つきれいに並ぶのが好き

交差点は好き 車も好き
T字路は嫌い 信号も怖い

食パンは好きだけど
サン

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ストレンジテトラ ♭.9

ストレンジテトラ ♭.9

♭.9 よこがお

*※(1)※※
鮫川音季

私にとっては"症状"や"病気"じゃ無いんだと思う。
あくまでも「状態」の話。

異変に最初に気づいたのは、お姉ちゃんだった。

「音季ちゃん、大丈夫? なんか最近変だよ?」

始めのうちは茶化すように私の異変を指摘していたが、私の"変"が加速していくにつれて本気で私のことを心配し始めた。
私に過保護な姉は、どうしても一度病院で見て欲しい と聞かず、私

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ストレンジテトラ ♭8.

ストレンジテトラ ♭8.

♭8. 延長線上



「それでは!9年ぶりの再会を祝って!乾杯!!」

 
と、なるはずだったんだ。

いつもより少しだけ高いウインナーを焼いて
ビールと駄菓子で夜通し話す。 
修学旅行みたいな、柄にもなくパーティーの真似事をできるもんだと思ってた。
9年も待ったんだ。
いいじゃないか。今日くらい。
少なくとも、ついさっきまではそう思ってた。

すっかり忘れてた。
計算が狂うんだ。人生ってたま

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ストレンジテトラ ♭7.

ストレンジテトラ ♭7.

♭.7  時間の繭

※※(1)※*
京坂千鶴

母は市議会議員をしていた。
幼い頃にはよくわからなかったが
「この町のみんなの代表なんだぞ」
と父に教えられ、
強くて優しくて忙しい母が誇らしかった。

漫画に出てくるお嬢様のような
裕福な家庭に育った。
大きな家に家族3人で住み
母も父も、忙しい日々の中でも疲れた顔一つ見せず私との時間を大切にしてくれた。

家庭教師に勉強は教わり
ピアノもバレエ

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ストレンジテトラ ♭6.

ストレンジテトラ ♭6.

♭.6 マズルカ 

※*⑴※※
 辻宮彩純 

産まれた時から耳がほとんど聴こえなかった。
"伝音性難聴"って言うらしい。
鼓膜に異常がある。と人には説明する。

電話などの音のするツールは基本使えないし
授業中や病院の待合室でも、自分が呼ばれていることに気づかない。

補聴器を付ければ少しは聴こえるものの
逆にそれが厄介だった。
音が大きければ完全に聞こえる、というわけではなく、眼鏡と同じで聞

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ストレンジテトラ ♭5.

ストレンジテトラ ♭5.

♭5. 魚心水心     



「ご飯炊く時、お米洗うじゃないですか。その時、熱っつい熱湯で洗うんですよ」

箸で挟んだ卵焼きを宙で静止させ、わたしは続ける。

「我慢できる限界の熱さでお米を研いで、そんで一旦研ぎ汁捨てたら今度は冷水で洗うんです。そしたらなんか手だけ部分的にサウナと水風呂入ってる気分になって気持ちいいんです」

わたしが意気揚々と話しているのに相槌の一つも無かった。
自分から

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ストレンジテトラ ♭4.

ストレンジテトラ ♭4.

♭.4 占術日和

 ⑴

「先輩はこっちの桜のやつでいいですか??」

別にいいけど。
というか、ダメと言ってもきっとオーダーするのだろう。

後輩ができるなんてさっき知った。
ぜんぶぜんぶ、編集長のせいだ。

「私持って行くんで、先輩は席とって座っててください。」

にっこりと微笑む、まだ素性の知らない女。
気の乗らないまま、口をへの字にしてわたしは席に向かった。

名前は潮田優香。
歳はわた

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ストレンジテトラ ♭3.

ストレンジテトラ ♭3.

♭⒊ 一文菓子
         



趣味はなんですか?
と聞かれるのがどうにも苦手だ。
うんうん、と共感した人にはわかると思うが
理由は一つ。
特に思いつかないからだ。

わたしの休日は八時くらいにゆっくり起きて、とにかくダラダラ過ごす。
その姿は〈ダラダラ過ごす〉以外に表現する言葉をわたしは知らない。

語彙力の欠落。記者失格だ。
へへへっ、と力無く笑う。

ダラダラするのに飽きたら、特

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ストレンジテトラ ♭2.

ストレンジテトラ ♭2.

♭.2 有色透明



「サメ子おめぇなんだよこれ、こんなひでぇの出せねぇぞ、没。」

真舟編集長に想像通り怒られる。
ですよね。と適当に笑みを返す。

汚れた雑巾の端を摘むように編集長がわたしのA4のメモをヒラヒラさせる。
もちろんそこにはさっきの当たり屋の記事の下書きが書き殴ってある。
付箋に『鮮度が命』と書いて編集長の机に置いたものだ。
 
テトラジャーナルには500人ほど社員がいる。

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ストレンジテトラ ♭1.

ストレンジテトラ ♭1.

♭.1 千載一遇



「あの もしかして 当たり屋さん ですか?」
口から飛び出た自分の言葉にわたし自身驚いた。
いつの間にか身に沁みついた悪癖なんです、
とでも言い訳しようか。

早起きは三文の徳、なんて やっぱり嘘だ。

 

部屋に大音量が響き渡る前に目が覚めた。
一秒前は夢の中にいたのに三秒で忘れる。
だいたいいつもそうだ。
枕元の目覚まし時計の音を先んじて止める。
鯨の形の電波時計は

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