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ストレンジテトラ ♭4.

♭.4 占術日和

 ⑴

「先輩はこっちの桜のやつでいいですか??」

別にいいけど。
というか、ダメと言ってもきっとオーダーするのだろう。


後輩ができるなんてさっき知った。
ぜんぶぜんぶ、編集長のせいだ。

「私持って行くんで、先輩は席とって座っててください。」

にっこりと微笑む、まだ素性の知らない女。
気の乗らないまま、口をへの字にしてわたしは席に向かった。

名前は潮田優香
歳はわたしの1つ下らしい。
前職の大手物流会社の事務職を辞めて、今日からテトラジャーナルに転職してきた。

性格はとにかく明るい。よく喋る。
ニコニコ笑顔のわかりやすい陽キャ。
どちらかと言えば苦手なタイプだ。


潮田の入社初日。
まぁ今朝のことなんだけど、
わたしたちの部署に配属が決まると、わたしと真舟編集長は互いに目で合図した。

すなわち、どちらが彼女の面倒を見るか、
仕事を教えるか、の無言の睨み合いだ。

断固、絶対、嫌。

小動物なら睨み殺せるであろう凄まじい眼力で編集長を睨みつける。
昔っから自分より下の子の面倒を見るのが苦手だった。
4つ上の姉が、わたしをとことん甘やかしてくれたのが原因かもしれない。

寄らば大樹の陰。誰かに甘えていたい。
頼りになる人に隠れて、誰かがかきわけてくれた安全な道を楽して歩いていきたい。
下の子の面倒を見ることに関しては、どれだけ考えても、メリットは見出せない。

Q.E.D   だから絶対嫌だ。


わたしの殺戮眼をものともせず、先に口を開いたのは編集長だった。


「潮田さん、うちのチームに来てくれてありがとね。いや〜嬉しい!若くて明るいやつがいるとさ、チームの士気が上がんのよね。よろしく〜。」 


編集長は編集長で、一瞬バキバキのガンギマリお目目でわたしを睨むと、財布から千円札を出した。

「あいにく、俺今から用事あるんだわ。悪いけど、そこの鮫川パイセンとお茶でもしながら仕事、教えてもらっておいで。」

わざとらしく両手を合わせて『ゴメンね』のポーズをする。
はーい、とニコニコ笑顔で返事をして、潮田がわたしの方にテテテテと寄ってくる。

これにて完全敗北。まあ、わかっていたけど。

仕事上、彼女にも担当のジャンルが割り当てられることになるわけだが、現在一番人員を割いている部門、トレンドや最新情報の記事の取材を主に担当することになった。


さて、世の中には″転職″とは別に″天職″なんて幻の言葉が存在する。

体格に恵まれた人がスポーツ選手になるように
容姿に恵まれた人がモデルや俳優になるように
天から授かった職。天性に合った職。 
それが"天職" である。


後から分かったことだが、流行と彩りで構成されている潮田の人生において、これほどまでの天職があっただろうか。

レビューの高さでモノを選び、マネキンと同じ服を着る。
大人気です残り僅かです本日限定です、と言われれば購入する。


案外、世の中はこういう部類の人が流行を流行たらしめ、お金を回し、めくるめく歴史を変え、時代を創っているのかもしれない。

そういう『トレンド』という市場が需要を産むおかげで、我々『鈍』な人種にも経済のおこぼれが回っているとも言える。


きっと彼女に【季節限定!段ボールとズワイガニウニクリームパスタ!】と言えば
『なんですかそれ!美味しそう〜!!』
と言って食い付くに違いない。
本人の頭の中ではズワイガニとウニが『季節限定だよ!』と手を繋いでダンスを踊っている。
(背景と地面が馬鹿でかい段ボールなのだが)


そんなことを考えていたら、潮田が席に注文したものを運んできた。
目の前に季節限定のケーキとドリンクが置かれる。

桜の花びらが乗ったケーキを
「はぁ…食べちゃいたいくらいかわいい…」
と目を輝かせて写真を撮る潮田。
(食べちゃうんだろうが馬鹿)


春に一度でも桜が食べたいと思った人はいるのだろうか。
ガトーショコラの上に申し訳程度に置かれた塩漬けしてある桜の花びらを、わたしは噛まずに飲み込んだ。全然おいしくない。


本来の目的は会社のいろはをレクチャーするガールズティータイム(新陸会を兼ねる)なのだが、如何せん目の前の隙だらけの女、実は隙が全く無い。
まずは優しく自己紹介をするべきか。
先手を打って少し威嚇しておくべきか。


初対面の人に仕事を教える、とは言っても何から話せばいいのやら。
大樹に隠れて生きてきたわたしにはすぐにはわからなかった。

先手必勝。ナメられる前にとりあえず何か話そう。
脳内でハチマキを巻いた矢先、先に口を開いたのは目の前のニコニコ笑顔だった。


「そういえば、先輩。昨日、この街のお店色々調べたんですけど。」

わたしなら一口で食べるであろう小さな桃色のケーキを、大事に大事にちまちまと食べている。

「駅地下のアーケードにある、占いのお店、知ってます?」
 
「占い??」

「なんか、今、SNSとかでめちゃくちゃ話題になってて。あたし最初の取材そこにしたいんです。一緒に行ってもらえないですか?」


まさかの同行取材のお誘いだ。コミュ力お化けめ。
先輩社員としては当然のことだが、もちろん気乗りはしない。面倒くさい。
遠回しに最短距離で断りたい。


「わたしあんまり占いとか、興味ないの。
真舟編集長の方が」

「でも占い師さんって先輩の仕事のネタにもなりません?」

ピエロのようにニンマリと不気味に笑って
わたしの台詞を遮った。


桜の木々もすっかり葉を茂らせ、季節は5月。
潮田が入社してから早2週間が経った。

昼休憩中、かわいいピンクのタンブラー片手に
自分の週刊テトラのページをニコニコしながらスワイプしていた潮田が『そいえば先輩、』と思い出したように口を開いた。

「あたしと占い行く約束、まだですか?」

「え、なんだっけ、それ」

覚えてたか。咄嗟に目を大きく見開いて、頭の悪そうな顔芸で押し通すことを試みたが、どうやら手遅れ。
 
「すっとぼけないでくださいよ。地下街の占い屋さん、一緒に行ってくれるって約束したじゃないですか〜。今日仕事終わりに行きません?」

駅地下のアーケードまでは会社から歩いて15分ほど。
潮田は電車通勤なので帰宅ついでなのだが、完全にわたしは家と反対方向。
仕事の一環だ。仕方なし。
いいけど、とぶっきらぼうに返事をした。


会社を出て、今にも降り出しそうな夕空の下、駅に向かって二人で歩く。

「そいえば、鮫川先輩って、彼氏いるんですか?」

今日も先手は潮田。
あーはい出た。ついに出ました。と身構える。
これだから虹色キャンパスライフを存分に遊び尽くしたキラキラロマンスガールは苦手なんだ。


上司に色恋の話吹っ掛けないだろう普通。
わたしの中の意地悪顔の姑が、
この小娘!とハンカチを噛む。


「わたし、恋愛の話するの、嫌いなんだ」

「え〜、なんですかそれ。いいじゃないですか〜」

潮田が不満げな顔をするが、先輩の恋バナ、ぶっちゃけ興味ないですけど~。と顔に書いてある(ようにわたしには見える。)


金輪際、この小説の中で恋愛の話はしない!
とわたしは誓った。


駅の階段を降りると、地下街の一角に、入り口に黒色の布が垂れ下がった禍々しい店があった。
看板には【ジガリア】と店の名前が怪しい文字で書かれている。


「あ、これです!いつもは10人くらい並んでるんですよ~。こんにちは〜!」

時間が早いからか空いている。
世の中には物理的に行列のできる占い屋さんがあるのか。

潮田が先陣を切って真っ暗な部屋に潜ってく。
わたしも続いて中に入ると、小さな折りたたみの机に若い茶髪の男が1人、頬杖を付いて座っていた。

歳は20歳くらい。わたしより若くみえる。
華奢な塩顔の男性。
耳にはいくつもピアスをしていて、首にはチェーンのネックレスをしている。
全体的に、香水の匂いがキツい。


失礼だけど、どう見ても占い師には見えない。
チャラチャラした美容師か、
ナンパに明け暮れる大学生のような風貌だ。
あまり関わりたくない。

「すいませ~ん、ここですよね?ジガリアさん。今、大人気の!占って欲しくって~」

言葉の節々にギャルが滲み出ているが、ちゃっかり名刺も差し出しながら、ニコニコ笑顔で潮田は突撃する。
たまたま遭遇したファンでもない有名人にサインを求めるときの感じだ。
取材には勢いが大事。編集長の言葉を思い出す。
此奴、なかなかできる。合格。


「え~っ!週刊テトラって、あのテトラ!?もしかして取材っすかぁ?俺に?やっば!!」

名刺を見るなり、占い師は勝手に取材を了承してくれた。
言葉の節々にギャル男が滲み出ているが、流石は易者。察しが良すぎる。


「そうなんです~。よく当たるって話題のぉ、
占い師さんの取材をさせていただきたくて~。」

「よく当たる…?」

その言葉に占い師が顔をしかめる。
癖なのか、もう一度頬杖をついてわたしたち二人を交互に見た。 
       
        
「あのぉ…、俺の占いは当たりませんけど。」


薄暗い部屋に、沈黙がガスのように漂う。


「占いとか(笑)  当たるわけないじゃないですか。」


今日は記念日だ。
たった今、初めて潮田と意見と感情が一致した。


『『この人、何言ってんだ?』』


「あ、すいません、いきなりタブー出しちゃった。前言撤回〜っつって。」

占い師は両手を振って過去を無かったことにしようとする。
そしてわざとらしく『オホン、』と咳払いした(ほんとにやる人初めて見た)。

「初めまして。素敵なお姉さん方。運命の箱庭、ジガリアへようこそ。占い師のTAKESHIです。よろしくどうぞ。」


だっっせぇ!!


わたしは心の中で今年一番叫んだ。
『「』から『」』まで全部ダセぇ!!
ほんとに占い師なのか?この人。
芸人なんじゃないのか、、?

そんでタケシって!
もっと″ホロスコープ城島″とか″水晶玉男″とか占い師らしいビジネスネームにしろよ!
せめて『開運寺 武』とか
こう!何かしらひねれんもんかね!
なんで本名!!?
タケシって!! 息子か!! 
ジムリーダーか!!
近所のガキ大将か!!


目の前の占い師と言葉のラリーも続かない間に、ツッコミをガトリング銃のように地下街にぶっ放す。

ほんとに占い師なの、?
と隣にいる潮田に目で合図する。
潮田も予想外だったようで、困り顔でこっちに助けを求めている。


「当たんないっつっても、ちゃんとした占い師ですよ!開業届も税務署に出したし、ここの地下街の管理組合にも許可はしっかり得た上でやってます。もちろん、納税も、確定申告も、ちゃ〜んとしてますよ。」

目の前の占い師は、自分で掘った深〜い墓穴を必死で埋めようとする。
しかし自ら「ちゃんとした占い師です」、と言われると、逆にますます怪しく聞こえるものだ。
反面、占い師も届出とか納税とかはやっぱり必要なんだ、と少し感心もした。


「占い師になるのって、資格とかいるんですか?占い専門の学校とか…。」

いまだに目の前の男を信用できないのか、潮田が遠回しに探る。
ちなみにもうニコニコ笑顔ではない。

「無いと言えば無いし、あるっちゃあるんですよね。」

お座りください、とわたしたちを折り畳みの椅子に座らせ、占い師は答える。

「占いのちゃんとした資格はないっす。でも占いの専門学校はあるらしいですよ。凄腕の占い師に弟子入りするパターンが昔は主流だったって聞いたこともあります。ちなみに俺は、本屋に売ってるやつで独学です。」

本屋に売ってるやつで独学?
つまるところ、と話を続ける。

「占い師って、誰でもなれるんです。」

ここで満面の笑み。
わたしたち2人は致死量の青汁を飲み干したような顔をした。


「例えば、SNSで占い師を名乗ってアカウント作っても問題ないし、それでお金を取っても法律には触れません。要は『俺は占い師です!』って宣言すれば、即、みんな占い師っす。お姉さんたちもなります?占い師。」

悪意のない占い師は、ナハハっと笑う。

「まぁただ誇張し過ぎた広告表示とか、霊感商法とかはもちろんちゃんとお縄ですよ?気をつけてくださいね。」

警官の真似のつもりだろうか、ビシッと敬礼のポーズをする。
警察を舐めるな。

「…」
「…」

「資格もいらない、資金もいらない。霊感も学歴も事務所もなぁんにも!いらない。強いて言うなら、人狼ゲームするときは真っ先に殺されるから要注意〜!って感じですね。」

多分これがお決まりのオチなんだろう。
他に質問は?というような顔で、わたしたちを嬉しそうに見つめる。


やっぱりこの人、芸人だ。
道楽でやってる大学生だ。
残念だけど、記事にはなりそうにない。

一応出しておいた4色ボールペンと漢字帳を
わたしはリュックにしまった。

こんなことなら早く帰ればよかった。

と思った矢先


「まぁ、自分ぶっちゃけ、占いとか超能力ってちゃんとは信じてないんすよ。テレビとかで見るスピリチュアルなキモい人たち。あれ根拠のないこと堂々と言うでしょ?何年後に死ぬ、とか。」


急に本音を打ち明けた。何なんだこの男。
占い師になりませんか?楽勝っすよ。と言っていた男が急に、占いそのものを全力で否定し始めた。
先程とは少し雰囲気が違うのがわかる。
諦観の境地に至った犯人が、自首するような、本音を溢すようなそんな口調だ。
少し気味が悪い。

「ほんとに未来がわかるなら事故の1つでも未然に防いでみろ、みたいな。少なくとも、俺はできないんで。」


『俺の占いは当たりませんけど』
『占いなんて当たるわけないじゃないですか』

出会いがしらの言葉をふと思い出す。
占い師の言動全てを保障する最強の保険。
でも今の話を聞くと、不思議と腑に落ちてしまう自分がいた。


「占い師がほんとに人の未来を占えたらもっと世の中は良くなってるはずだし、そもそも占い師自体、占い師なんて仕事してませんよ。毎日競馬当てて生活しますもん。」

失笑しながら占い師は淡々と話す。


「占いや超能力が使える人がもしほんとにいるとして、自分のために使うのはタブーだと思うんです。悪いことできちゃうでしょ?」


「確かに、牛がステーキ食べて育ったらなんか倫理的にヤバいですもんね」

「先輩たまにエグいこと言いますよね。」
「なんかちょっと論点も違うんすよね。」


わたしの言葉に、潮田と占い師がドン引きする。
ふたりとも、顔が笑ってない。


「中学の休み時間とか流行りませんでした?手相とか。血液型占いとか。トランプ使ったやつとか。俺、あの雰囲気が好きなんすよ。楽しいじゃないですか。」

机の上のタロットカードを手に取り、占い師は順番に4枚ずつ並べ始める。

「本来占いって、んー、例えば、今日はラッキーカラーのピンク色のリップにしようとか、最後の花びらが『好き』だったから好きな子に告白しようとか、そんなんでいいと思うんです。」

カードを一枚めくる。
太陽と月が人間を照らしている絵柄。
おっ、と占い師は小さく驚く。

「その結果いいことがあれば占いのおかげだ!って。元気が出たり勇気が湧いたり。言わばただのおまじないですよ。」

ちなみにこれは大当たりです、とわたしにカードを渡して微笑む。

「高校の修学旅行で初めて金払って占いしてもらったんすよ。ガチ風なおばさんが水晶とか眺めてるやつ。そしたら30までに大病にかかるとか言われちゃって。てめぇは医者じゃねぇだろっつって俺、その日からタバコ吸い始めました。」


ナハハ、と笑ってまたタロットを一枚めくる。
今度は大きな鎌を持った死神のカード。
見ただけで意味は何となくわかる。
小さく『ヤバっ』と聞こえる。


「占い師は占う人をハッピーにしなきゃダメですよ。いつ死ぬとか、その人とは別れた方がいい、とか。そんなのてめぇにわかるわけないし、聞きたくないじゃないですか。」

謙遜のような、
半分は愚痴のような口調で占い師は言った。


「無数に選択肢がある中でその人の背中を押してあげられるような。たわいもない一言でいいんすよ。占いって。俺にはそれしかできないし、それをしてあげたい。お姉さん今の死神、ノーカンね。」

今度は潮田に向かって微笑み、再びカードを切り始めた。


1人の人間から価値を産み出す仕事もある

特技や事象に対して付加価値を付け、それを提供する仕事。
自分自身の能力に価値を見出す。
それは生まれつき持った才能や、努力して手に入れた力。
スポーツ選手、能楽師、サーカス、タレント。
司法書士やアイドルなんかもその類いかもしれない。
自己研磨と天性で形づくる世界の話。
これも立派な"仕事"だ。

最初に引いたカードをわたしに見せて占い師は
幼く微笑む。
自分の占いの結果を相手に伝えるのは、多分彼にとって嬉しいことなんだろう。

「太陽と月のカードは転機のカード。天気だけにね! つって。人生を変えるような運命の出会いがあるかもしれないです。お姉さん笑顔が素敵だし。その桜の色のカーディガンも春っぽくて似合ってますよ。恋の季節ですね。アガリますね。」

 
わたしはあまりこういう人知を超えたものを信じる質ではないが、素直に嬉しかった。
たかが占いでも結果が良ければ誰でもそれなりに嬉しいものだ。

続いて、潮田のカードを引く。泣きの再挑戦。

天使が足を縛られて吊るされているカードだった。
見ただけで意味は何となくわかる。

「もう正直に言います。お姉さんマジで気をつけてください。すんません。」

真顔で占い師は告げると、ご愁傷様です、
と言うように頭を下げた。

潮田は少しだけ固まった後、小さな声で
「話が違う…」と吐き捨てた。

「背中を押してあげられる占いを提供したい」
と言った矢先、これは確かに話が違う。

(じゃあそのカードとさっきの死神抜いときゃいいのに)と内心わたしも思った。
でもそれじゃつまんないのか。占いって。
不正がない分、逆に信憑性がある【ハズレ】だ。

「さて、タロット占い1回ずつなのでお代は二人合わせて200円です。イカした記事、お願いしますよ。」

200円?安すぎない?と心配になったが、わたしは財布から百円硬貨を二枚出してお礼を言った。
行列の理由ってもしかして安さ…?

「今宵はありがとうございました。素敵なお姉さん方。運命の箱庭、ジガリアへ。またいつでもどうぞ。」

 
占い師に背を向け潮田と二人、黒いカーテンをくぐる。街灯の光に吸い込まれるように外へ出る。

その感じ、やめたほうがいいですよ。
全然面白くないんで。

とは口には出さなかった。

 

         

翌日、潮田が足に絆創膏を付けて半べそで出勤した。

「先輩、聞いてくださいよ。私、昨日あの後駅の階段で転んだんです。絶対あのタロットのせいだと思いません?クソ」

たがが100円の占いにしては当たり過ぎだ。
まぁ、死神と拷問みたいなカードの連チャンにしては、絆創膏で済んで良かった方だろう。

「おいおい、いきなり取材同行かよ。意外と仲良くやってるじゃん、お前ら。」

ニヤニヤしながら編集長がわたしたちを見る。

中学生がカップルを冷やかすこの感じ。
嫌いだ。

「よし、歓迎会も兼ねて、今日は焼肉でも行くか!」

編集長の鶴の一声で、その日は定時で早々に切り上げて、会社の近くの裏路地の焼肉屋さんに行った。

外観も店内もお世辞にも綺麗とは言えない風貌で、油まみれの換気扇が何十年もの歴戦の飲み会を物語っている。

「編集長、これ、なんですか?」

お座敷に座ると、潮田がテーブルの隅の方に置いてある、丸い球体を指さした。

何やら球体の周りには星座が描いてあり、上部にはルーレットのようなものが付いている。

「なんだよお前らこれ、知らねぇのか?」

やれやれ現代っ子は。と哀れむ口調で編集長が説明してくれる。

「これはルーレット式のおみくじ機だよ。自分の星座のとこに100 円入れたらルーレットが回っておみくじが出てくる。昔は喫茶店とかラーメン屋とかによく置いてあったんだけどな。久々に見た。」

やってみるか?という編集長の言葉に「結構です」と、声を合わせて丁重に断った。

なんだか目の前の100円おみくじ機が、昨日の占い師の成れの果てのように思えて、わたし達は2人で笑った。


飲み会は嫌いだ。
そもそもお酒がそんなに好きではないし
眠たいし、早く帰りたいし
おじさんの話は面白くないし
わたしの話も面白くないからだ。

でも、今日は楽しかった。
編集長とこうしてお酒を飲むのは久しぶりだ。
後輩の潮田の話も、なかなか人間味のある内容で面白かった。
全然友達のいないわたしにとってはこんなの初めての体験だ。
2人のことが少しだけ好きになった。
何より、人のお金で食べる焼肉は格別においしいことを知った。

帰り道。ふらっとコンビニに立ち寄る。

『酔い足りない』なんてわたしが言うのも変だけど、夜の風にもたれ掛かるほろ酔いの自分があまりにも気持ちよくて、レモンチューハイを購入。

いつものテトラポッドにただいま。と遠くから声をかける。(酔っているので座るのは危ない気がした)

太陽と月のカードは転機のカード。か。

運命の出会いなんて大層なものが100円の占いでわかってしまったら、人生、苦労の出番なし。だ。 

占い師の記事、どうしたものか。
ポヤポヤとした頭でいくら考えても、
良さげな文章は浮かんでこない。

そういえば、と思い立ち、『ジガリア』という言葉が気になって調べてみた。
ギリシャ語で″体重計″という意味だった。


「やっぱ芸人だったかな…」


残りのレモンチューハイを
雲に隠れた月と一緒に飲み干した。


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