桜々中雪生

桜々中雪生

最近の記事

焼野にて

 爆ぜる音がする。あらゆるものが爆ぜる音が。  草木が、花が、家が、虫が、動物が。人の髪や皮膚や、肉が爆ぜる音がする。  何もできない。何もできず、ただ目の前で起きている惨状を呆然と眺めるだけだ。目の前が真っ赤に染まる。火の手がすぐそこまで迫っているのに、足が竦んで逃げ出せなかった。 今でも夢に見る。その度に、全身がただれるような熱に覆われてユミルは目を覚ます。目が覚めた場所には燃え盛る炎はないというのに、頭から足の先まで、燃えるように熱い。  あまりに現実味を帯びた夢に、

    • 『言葉』というものについて

       明けましておめでとうございます。昨年はどんな年だったでしょうか。今年はどんな年になるでしょうか。どんなひとでありたいでしょうか。  エッセイなぞというものは書き慣れていないもので、作法も何もよくわかりませんが、新年ですし、新たな試みとして、これから挑戦してみようかと思います。  さて、私はというと、昨年は環境が大きく変わったこともあり(言い訳ですね)、執筆に割ける時間も体力もなく、目標としていた「プロットを2作分あげる」を達成することができませんでした。「書きたい」と思う気

      • ささなか読書日記 Vol.3『不如帰』

         Vol.2から随分と空いてしまいました。おはようございます、こんにちは、こんばんは。桜々中雪生です。  さて、今回は徳冨蘆花『不如帰』の読了日記です。いやー、長かった! といっても小説自体は短いのです。200頁ほどの文庫本ですから。明治時代の小説ということもあり、言い回しや言葉が現代の小説とはかなり異なっていて、中身を理解しながら進めるのに時間がかかってしまったのです。今まで明治の文学に触れてこなかった私には、些か難解でした。特に、作品に入り込むことが。  とはいえ、物

        • 残像

           さっと頬を風が撫でる。冷たく鋭い風は、まるで刃物のようだった。小さなショルダーバッグの他に、後ろ手に小さな紙袋を提げて、大通りの大きなオブジェクトの前で私は恋人を待っていた。あざとさのある厚手の毛糸のミトンをつけていても、冬の寒さが指に刺さる。 「待たせてごめん」  浩一が、白い息を吐きながら歩み寄ってきた。二十分の遅刻だ。けれど、急いだ様子もなく、髪形も服装も、乱れず綺麗に整えられたままだ。寒そうに、マフラーに鼻までうずめたまま私の前に立つ。責め立てる言葉で開こうとした口

          君と僕の距離

           ただひたすら想っていた。花が咲いたように笑う君を。今までだってこれからだって、それは変わらないと思っていた。隣でその顔を見つめ、想い続けられるのだと。すくすく健康的に育っていくさまを、子どもからおとなへ、思春期を経て変わっていくさまを、ずっと見てきたから。  だけど、それは違うと気づく。気づいてしまった。僕のいのちはもうすぐ終わる。君がもっと綺麗になった姿を見届けることなく、小さくなって、やがて僕はいなくなる。  時折僕に笑いかける君は、太陽だった。水だった。僕の生きる

          君と僕の距離

          2021年(仮)

           今回のテーマが「新しい年・2021年」ということで、まずは2020年がどのような年だったのかと思い返してみた。誰にとっても未曾有の事態、思いも寄らない年だったように思う。外に出なければならない用事が減った。他人と関わる機会が減った。これを受けて、今後の社会も大きく変わっていくのかもしれない。大学や企業は、リモートの利便性を活かした業務体制や授業体制も増えていくであろうし、大勢でない、一人での楽しみ方を好む人も増えたかもしれない。とはいえ、元来家で一人でいることを好む私にとっ

          明日へ渡る舟

          凪いだ水面に一葉。 風がさらりと辺りを撫でて、水のドレープに導かれるように遠慮がちに揺れる。 何処までも続く水平線のなかに、ひとつだけ浮かんでいる。 落ちてきた夕陽が重なって、小さな小さな舟の影が朱の海に浮かんでいる。 何処から来たのか、何処へ行くのか。誰も乗せないまま、小舟は風の赴くままに方向を変える。 ──日が沈みきってしまう前に辿りつかなければ。 急ぎ足の小さな葉は、果てのないような海原を目にはわからないほど微かな歩みで進んでいく。 ──辿りつかなければ。

          明日へ渡る舟

          心と記憶

           全くもって私個人の意見であるが、それがたとえどういうものであれ、匂いというものはひとの心と結びついているものだと思う。とはいえ、これが一般的にどう認識されているのかと少しばかり気にかかり幾つかの論文を読んでみたところ、匂いはやはり人の精神や記憶に働きかけるものであるらしい。私はこの匂いというものを、特に巡り行く季節の中で感じる。  春、夏、秋、冬。すべて違う匂いが鼻を通り、心に落ちる。春は、草と花が芽吹き、命が目覚める匂い。夏は、むわりと湿度を持って肺に充満する匂い。秋は、

          忘却

           人の記憶は脆い。簡単になかったことになっていたり、都合のいいように書き換えられていたりする。だから僕は、人の記憶、人の心ほど信用できないものはないと思っている。  僕のこの視界だって、いつからこうなってしまったのかわからない。僕の見る世界はずっと青い。どこまでも青が広がっている。風景や、建物や、人の顔でさえ、深さが違うだけで、全部青だ。見えるものがすべて青いと気づいたのは、確か五つの時だったと記憶している。とはいえ、幼い頃のことだからそれすらも曖昧なもので、ましてや気づいた

          出会い、そして

           最近どうにもこうにも創作が捗らないので、私が小説を書こうと思ったきっかけについて話そうかと思います。興味ない人は、回れ右。あれ? 誰も残ってくれないんです? ちょっ、ちょっと待って。冗談です、聞いてってください。……とまあ、柄にもないことをやってみましたが、あとがきや児童向けの小説で、こんな風に読者と言葉のキャッチボールをよくしている、あさのあつこさんが私の創作の原点です。あさのさんの作品が好きだということは公言していますので、知っている方は知っているでしょう。  そもそ

          出会い、そして

          ここにいること、先へ行くこと。

           小鳥の声とともに目を覚まし、開け放ったカーテンから射す朝日を浴びて深呼吸をする。冷たい水で頭を冴えさせて、朝食はこんがり焼けたトーストにスクランブルドエッグ、サラダ、はちみつをたっぷりいれた紅茶。食べ終えたらその日の気分で服を選んで……という朝のルーティーンがあればいいのだけれども、現実はそううまくいかない。気づかぬうちに目覚ましを止めていて、それに気づいてようやくぼんやりした頭に回路が通り、布団から勢いよく起き上がって一日が始まる。落ち着いた人間になりたいものだ、と眠りに

          ここにいること、先へ行くこと。

          変哲のない一日

           陽気がじんわりと指先に溜まる。柔らかい若草の匂いが香って、ピクニック日和だな、と思った。幸い今日は休日で、一昨日買い物に行ったおかげで冷蔵庫にも食材はたっぷりある。お弁当を作って近くの公園に行こう。そうと決めたら行動は早い。赤いチェック柄のエプロンをつけて、後ろ手に紐を結ぶ。隣県に住んでいる祖母が嫁入り道具にと拵えてくれたエプロンだ。嫁入り前だけれど、気に入っているのでよく使っている。朝炊いておいたご飯を三角に握り、軽く形を整えた後に海苔を巻きつける。うん、上出来。口角を少

          変哲のない一日

          ささなか読書日記 vol.2『夜のだれかの玩具箱』

           前回感想を載せたあさのあつこさん『朝のこどもの玩具箱』と対になっているもう一作です。前回の作品では「心」が一貫して根底にあると言いましたが、今回は「色」がよりいっそう鮮やかに浮かんでくる短編集でした。『夜のだれかの玩具箱』とはいえ決してどんよりと暗い色彩ではなく(そういう作品もありましたが)、濃い色だったと思います。もちろん前作にも色彩はありましたが、淡く暖かい色味でした。今回の作品はそれとは違います。暗かったり、明るかったり、くすんでいたり、鮮やかだったり。ただ、どれもく

          ささなか読書日記 vol.2『夜のだれかの玩具箱』

          ささなか読書日記 Vol.1『朝のこどもの玩具箱』

           表題にもあるあさのあつこさんの短編集を読了しました。全部で六つの短編から成っています。  あ、これがnoteへの初投稿なのですが、こちらではゆるゆると本の感想などを書いていけたらいいなと思っています。胸のうちに秘めてときどきひとりでひっそりと想いを馳せたいタイプなのであまり詳しくは書かないかもしれませんが。あくまで私個人がどう感じたかです。悪しからず。  さて、話が逸れました。今回読んだのは二度目だったのですが、初めての気づきとしては、すべてに一貫して「心」が描かれてい

          ささなか読書日記 Vol.1『朝のこどもの玩具箱』