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ロボットを処方する

 近年「治療アプリ」というものが出現しています。
 2014年の薬機法制定で「治療アプリ」というカテゴリーが正式に登場しました。

<参考>


 これは凄いイノベーションだと思います。
 古来より「クスリ」とは、植物や動物から摂れる「自然由来」の成分が、人間の「体の中」に入ることによって作用が働くというものでした。そしてそれは永い、すごく永い間当然のことであり、疑われることもなく、私たちの生活とともに在り続けました。もう一度言いますが、クスリとは自然由来の成分が人間の身体の中に入るものだったのです。

 しかしこの「処方アプリ」は違います。アプリケーションという「人工由来」のプログラム刺激が、人間の「体の外」から働きかけることによって作用するという、これまでの「クスリ」の概念をぶっ壊すイノベーションなのです。
 いまや、アプリを処方する時代になったのです。

 ただし何でもかんでも治療アプリが効くというものでは、もちろんありません。至極当然のことでどんな薬でも合うものと合わないものがあります。
 やはり身体の中、つまり内臓が病んでいる状況に対しては従来の「自然由来の成分を体の中に入れる」クスリが奏功するでしょう。

 では治療アプリはどのような病気に対して有効なのでしょうか?そもそも治療アプリ自体の数がものスゴク少ないので、どういった疾患に有効かという確たるエビデンスはありませんが、実際に薬事承認されたものがヒントになっていると思います。その一つがCureApp社が開発したニコチン依存症用アプリです。

 このニコチン依存症アプリは、心理的依存に対してアプローチしていくものとのことで、僕はここに「人工由来の外部刺激」の治療アプリの特性があると思います。つまり、心理的・精神的な疾患に対しての有効性です。
 

 例えば統合失調症には「フィルター障害仮説」という理論があります。健康な状態の私たちは普段意識に上って来ないラインの下で音や光の取捨選択をしています。例えば他人とおしゃべりしているときに後ろで駆動しているエアコンの音が気にならない等です。つまり拾う音と拾わない音を分けるフィルターが働いているのですが、統合失調症の人(特に急性期)はこのフィルターに障害が起きていて、何でもかんでも拾って刺激が過多となり、パニックになるという趣旨の理論です。

 他にも認知症の症状には見当識障害というものがあります。今自分がどこにいるのか?今がいつなのか?目の前の人が誰なのか?がわからなくなる症状です。こういった症状をお持ちの方は、例えばお泊りで施設を利用したりすると非常に混乱します。これをリロケーションダメージといいます。
 あとは、例えば心因性の精神疾患で恐怖症があります。特定の条件下や刺激に暴露されたとき耐えがたい不安や恐怖の感情に襲われるといった疾患です。

 上述のとおり、精神的な疾患やその症状には「刺激」がかなり強く関連しています。フィルター理論では音や光といった感覚刺激、リロケーションダメージは環境変化という刺激、恐怖症は特定の場所やシチュエーションという刺激、といった具合です。

 これらの疾患や症状にももちろん「自然由来の成分を体の中に入れる」クスリがあります。ただ経験的な印象で言って、それらの薬が精神的な疾患にめちゃくちゃ効くのか(例えば、熱が出たときの解熱剤のように)といえば、それほどの効果はないと感じます。
 薬では幻聴や妄想がとれない人もいるし、不安や恐怖を抑えるのも対症療法であって、根治ではありません。認知症の見当識障害に関しては効くといわれる薬を僕は知りません。

    恐らく身体内部に病因がある疾患とは違い、外部環境との相互作用から生じる疾患だから「身体の中に入れる」クスリの効果が限定的なのではないかと考えます。

    つまり、外部環境との相互作用から生じる疾患においては、「良い相互作用」に刺激を置き換えることの方が効果があるのではないか?僕はそう仮定しています。

 その文脈において言えば、精神科領域には心理療法・精神療法といった非薬物治療があります。対話やコミュニケーション、その他道具を用いたりして心の在り方や認知の枠組みの変容を促す治療法であり、恐怖症などの心因性精神疾患には薬物療法より、場合によっては高い効果を発揮する印象があります。
 この心理療法・精神療法も「体内に入るもの」ではなく「体の外から働きかけるもの」です。その面では治療アプリに近いとも言えます。
 ただこれらはセラピストの経験値や技術にかなり依存的であることは否めませんので、一般性や再現性という意味では低いと言えてしまうかもしれません。そういう意味では「クスリ」からは少し遠いと思います。


 心理療法・精神療法のように「体の外から働きかける」ものでありながら、クスリのように一般性や再現性が高いもの。それが治療アプリだとも言えると考えます。(かつ人工由来という独自性も持っています)

 当社は認知症特化のデイサービスと老人ホームを経営していますが、その他にも認知症コミュニケーションロボットを開発・販売しています。

 「認知症コミュニケーションロボット」というコンセプト名通り、その目的は認知症の方と会話するロボットです。その会話エンジンが認知症の人用に開発しているロボットで、認知症の人との会話に特化しています。今も自施設や利用してくれている他施設で効果検証し、クオリティのアップデートを繰り返しています。
 このロボットの効果および狙いは「介護者の負担軽減」です。もちろんその効果はあるのですが、僕は違う効果もあるのではないか?と感じています。それが上述の治療アプリ的な効果です。
 というのも、このロボットと会話しているゲスト様の中に、普段は症状が不安定で混乱しやすく、ときには興奮される傾向のある人が、ロボットと会話しているときは穏やかにコミュニケーションを楽しんでいる場面があるからです。他にも認知症の症状が進んで介護者とはなかなか会話にならないようなゲスト様でもロボットとは楽しそうに会話出来ていたり。

 そういった場面を時折現場で目にするたびにこのロボットの可能性に希望を抱いています。
 生身の人間同士のコミュニケーションは他では代替できないリアルの質感があります。そしてケアの場面ではとても(一番)重要です。しかし、そのリアルの質感よりも一枚分だけ非リアルの質感(ある意味無機質なコミュニケーション)が奏功する場面もあります。生身のコミュニケーションでは濃度が濃すぎて刺激になってしまうときです。例えば混乱しているゲスト様に対して介護者自身が刺激ファクターになってしまう様な場面などです。そういうときはアプリやロボットの方が生身の人間のケアより有用になると思います。

 上にも述べたとおり、ケアで一番大切なのは生身の人間同士のコミュニケーションだと僕は考えていますし、それは他に代替できないモノと思っています。だから「AIにとって替わられる」なんていう議論では毛頭ありません。
 ただ、眠れない人に睡眠薬を処方するのと同じレベルの話で、ロボットとのコミュニケーションの方が落ち着く人にロボットを処方する日が来るかもしれない、と思うのです。
    そしてそれはそう遠くない未来だと。

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