鎌倉 2 〜 今日は朝から幸先がいい。そう感じられるような光景だった。
この投稿は2022年12月3日にAmebaで公開した記事の再掲となります。
こちらの続きです。
2日目の鎌倉は快晴である。
朝、予定通りの時間に宿で借りた自転車のペダルに足を掛ける。
前日はあいにくの空模様であったが、それが功を奏してか、素晴らしく、幻想的な光景に出会えた幸運があった。
北鎌倉駅から横須賀線で1駅、大船駅で夕食を済ませ、宿へ向かう。
私が予約していた宿は「ゲストハウス」という形態のものだ。
個室ではないし、食事やサービスが充実したような宿泊施設でもない。
ただ、ホテルよりも格段に安く、その日の夜に泊まる寝床と、新たな出会いを提供してくれる場所がゲストハウスだ。
これまで、家族旅行や修学旅行くらいしか旅の経験のない私は、もちろんそういった所に泊まることなど初めてである。
志望校に合格できず、年齢だけ重ねた気持ちでコンプレックスの塊のようだった私は、見ず知らずの他人と関わる度胸などなく、ここに泊まっても寝るだけで済ますつもりだった。
シャワーを浴びて、パソコンを借りようとすると、そこで働く一人のスタッフの女性に声をかけられた。
彼女はゲストハウスという形態の宿泊施設が大好きで、京都の海沿いの街からはるばる鎌倉まで出てきて、ここで住み込みで働いているのだという。
ここで経験を積んでから新たに自分のゲストハウスを作ることが夢なのだ、という話をしてくれた。
彼女の持つ話しかけやすい雰囲気に、聴き上手さも相まって、私も自分の身の上話をしていた。
そこから、何人かの旅人と話をしていると、鎌倉のおすすめの場所はどこかという話になった。
この時に教えてもらった、カレーハウスキャラウェイと翌日に行くことになる場所は、今の私にとって、鎌倉に訪れた際には欠かすことのできない店と、旅の楽しさに気づくことができる場所となる。
前日の雨が嘘かのような清々しい天気の中、私は北鎌倉へと続く坂道を自転車をこいで上る。
ずっと緩やかに続いていた坂道が、蛇行を繰り返す急な坂道へと変わる。
息を切らして、身体を熱くさせながらペダルを踏み続ける。
そして漸く頂点に達した時、湘南の海が見えた。
やはり、鎌倉という街は山と海に囲まれた場所なのだと実感する。
ここからは下り坂となる。
気持ちの良い風を受けて私は自転車で駆け抜ける。
北鎌倉が近づき、昨日神に祈りながら踏破した源氏山が近づいてきた時、思わず自転車を止めた。
前日の雨によるものか、鎌倉山の森には霧がかかっていた。
そして、そこに朝日が降り注ぎ木々の隙間から漏れた光の柱、光芒が立っていた。
今日は朝から幸先がいい。
そう感じられるような光景だった。
北鎌倉は源氏山と六国見山に挟まれた小さな街だ。
関東を代表する一大観光地である鎌倉の中心たる鎌倉駅と、JR3線が入線するターミナル駅である大船駅に挟まれながらも、独特の清閑さと厳かさを保っている。
それも、鎌倉五山である円覚寺、浄智寺、建長寺を始めとした歴史ある寺社が多いことが、関係しているのかもしれない。
どの寺社も、大きく歴史があるためか、観光客が集まっている。
しかし、参道から1本外れれば、氏子用の小さな参道や併設の保育園へ通う親子の姿が見られる。
今でも、ここに住む人々に寄り添う寺社であることを伺い知ることができた。
私はそういった代表的な寺社を巡りながら、鎌倉駅へと坂を下っていく。
だが、2日目も予定は大きく崩れていた。
私は昼を食べることもなく、16時前頃に漸く鶴岡八幡宮に到着する。
ここでかなり遅めの昼食をとるために、昨夜勧められたカレーハウスキャラウェイへ行く。
鶴岡八幡宮には横浜国立大学附属幼稚園が併設されているが、ここはかつて大学の学生寮だったという。
お腹をすかせた学生達の胃袋を満足させるために、安く美味しいカレーを提供してきた、キャラウェイ。
その考え方は今でも変わらず、普通盛りでありながら、これでもかというくらいの量のライスとカレー、ミニサラダのセットで供される。
ここのカレーは所謂欧風カレーと呼ばれるもので、いくつものスパイスを組み合わせて作られたカレーソースには、肉がトロトロになるまで溶け込んでいる。
確かな味わいのあるカレーライスはかつての学生達や地元の人々の胃袋だけでなく、舌も満足させてきたに違いない。
朝から自転車を漕ぎ続け、山に作られた寺を登り下りしたことで、私は空腹だった。
そのためか、一般的な普通盛りの2倍ほどある、''キャラウェイなりの普通盛りのカレー''をぺろりと平らげた。
そして、昨夜、ゲストハウスの女性スタッフに勧められた、ある場所へと向かう。
「鎌倉に来たなら絶対に夕日を見ないとダメですよ!」
昨夜まで振り続けた雨は、朝には止んでいたとはいえ、その日の天気は快晴とまでは言い難かった。
朝、霞が出ていたように、湘南の海も遠くの方は霞んで見え、富士山はじっと見ないと分からないほどだった。
あまり期待はせずに、湘南の海へと自転車を走らせる。
鎌倉の若草大路を南へ、由比ヶ浜に出る。
かなり日は傾いてきているとはいえ、まだ日没までは余裕がありそうだ。
由比ヶ浜から海岸線を西へ走る。
3月中旬、春が近づいているとはいえ、まだ寒い季節だが、自転車を漕ぎ続けて汗ばんだ私には、海風が心地よく感じる。
このしょっぱい磯の香りを嗅いだのは何年ぶりだろうか。
金色に輝く海を横に、自転車を立ち漕ぎしながら、海岸線を走る。
「この稲村ヶ崎という場所が夕日のスポットなんですよ!もしも明日天気が良かったら、行ってみてください!」
由比ヶ浜から長谷、坂ノ下と来ると山が影となって流石に日が隠れる。
まずい、間に合うだろうか。そう思いながら稲村ヶ崎へと急ぐ。
鎌倉海浜公園の駐車場前のカーブを曲がると、崖を切り開いたような道と、小さな坂道が見える。
その坂道を登りきった時、下り坂の向こうに再び海が見えた。
そこが稲村ヶ崎だ。
稲村ヶ崎は鎌倉から江ノ島にかけての湘南の海岸において、海側へ少し出っ張った岬である。
そのため、ここは夕日を見るのに適した場所として有名である。
とはいえ、なぜここがこんなにも持て囃されるのか。
大きな理由が2つある。
その理由の1つは江ノ島だ。
ずっと続く海岸線、静かに波打つ湘南の海、その向こうに浮かぶ江ノ島。
この景色を夕日と共に拝むことができる。
そして、もう1つの理由。
それを見た時に私はこの場所の景色に心を奪われたのだ。
海の向こう、江ノ島を超え、伊豆半島の更に向こうに、富士山が見えた。
朝見たときには見えなかった富士山は、夕日が沈むにつれ、その影を次第に濃くしていた。
私が幼稚園児だった頃、幼稚園の屋上から見える雪を冠した富士山を無意識に絵に描いて以来、その姿に心を奪われていたのかもしれない。
しかし、徐々に高いビルが立つにつれて、その姿を見ることは難しくなってしまった。
それでも、朝の小田急線のホームから富士山が見えた時などはその僅かな姿にも心を踊らせたものだ。
その富士山が、こんなにも大きく、はっきりと見えていた。
こちらに続きます。
この記事が参加している募集
よろしければサポートよろしくお願いします!