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我々人類が暮らす環境を知る–太陽系

我々が暮らす太陽系は8つの惑星、100を超える月のような衛星、そして10万を超える惑星や隕石などの無数の小天体からなりたっています。この太陽系がどのように形成され、どのように進化してゆくか、そして我々の地球のような生命を持つ惑星は他にもあるのか、という疑問は人類が持っている重要であり根源的な問いと言えるでしょう。

図1:太陽系の想像図。太陽風や惑星がもつ磁気圏を表現している。(c)JAXA

太陽系にエネルギー・物質の両面で最大の影響を及ぼしているのは、もちろん太陽です。

太陽の大まかな構造を図2で示します。人間の目が捉えているのは「光球」と呼ばれる温度が約6000度の「表面」です。不思議なことに、太陽は上空にいくと温度が高くなります。光球から2000kmほど上空には、コロナと呼ばれる100万度以上の高温プラズマが存在します。

プラズマとは、気体を構成する分子が解離して原子になり、さらに原子がさらに陽イオンと電子に分かれて運動している状態です。

太陽からは高温プラズマが流れ出しており、これを太陽風と呼んでいます。その流出量は平均で毎秒100万トンにも達します。太陽がX線を放射していることは1940年代から知られていました(Burnight 1949, Phys. Rev.)。

図2:太陽の大まかな構造。(c) NAOJ/JAXA

しかし、太陽を除けば太陽系の天体の温度は、太陽に近い水星や金星の大気でもせいぜい摂氏1000度以下です。この温度は、X線を出すような銀河団プラズマ、超新星残骸、ブラックホールの周りの降着円盤などと比べれば4桁以上も低温です。

したがって太陽X線の惑星大気や衛星の地表による散乱を除けば、新しいX線現象が観測できるとは長らく考えられていませんでした。

状況が一変したのは日本の衛星を含む2000年代の新しいX線天文衛星の活躍でした。太陽系天体のX線研究はこれにより格段に進み、比較的新しいX線天文学の中でも、さらに新しい学問領域となりつつあります(Bhardwaj et al. 2007, Planet. Space Sci, Ezoe et al. 2011, Adv, Space Res. など)。その中で、X線が惑星科学分野で待ち望まれていたような、新しい観測手段にもなることも分かってきています。

今回のコラムでは、XRISMで期待される太陽系のX線研究について紹介します。

地球の磁気圏を知る

地球の周りが、実はX線でぼんやりと発光していることはご存じでしょうか。1990年代のドイツのX線天文衛星ローサットは全天のX線マップを作っている時に奇妙な増光を発見しました。当時,その原因は諸説あったものの、はっきりとは決まりませんでした。

2000年代に入り、新たなX線天文衛星による観測ができるようになって、これは太陽風の電荷交換反応という現象によるものだということが分かりました(Snowdenほか 2004, Astrophys. J.,  藤本ほか 2007, Publ. Astron. Soc. Japanなど)。

太陽からは太陽風プラズマが大量に放出されています。プラズマには電子が沢山剥ぎ取られたイオンが含まれており、イオンたちは電子が欲しい状態です。

一方、地球の周りには地球から流出した大気が薄く広がっており外圏と呼ばれる高層大気を形作っています。この外圏に含まれる主に水素原子に、太陽風イオンたとえば7階電離した酸素イオン等が衝突すると、イオンが電子を奪います。これが電荷交換反応です。

奪われた電子はイオンの中で量子力学的なより安定で低いエネルギー準位に落ちてゆく中で、余分なエネルギーをX線をとして放射します。これが奇妙な増光の原因でした。

図3:地球磁気圏に付随した太陽風電荷交換反応の想像図(©ESA、図を改変)


図3に想像図を示します。この増光は地球の周りで等方的ではなく、太陽風プラズマがたまりやすい地球磁気圏の太陽側の方が強く発光していると考えられています。磁気圏というのは、惑星が持つ太陽風に対してバリアのような役割を果たす、目には見えないけれども非常に大事な構造です。

つまりX線の放射の強さは磁気圏の構造に依存しますので、この光を使うと磁気圏の構造や太陽風の情報が得られるのではと期待されています。

XRISM 衛星に搭載されるカロリメータはこのような広がった放射に対して世界一の分光性能を持ち、電荷交換反応による特定のエネルギーに決まっているX線に最高の感度を持ちます。この放射は遠方の天体を見る際に常に視線方向に重なりますので、特に意識しなくてもデータが得られるということで、天体だけを見たい人にとってはありがた迷惑な性質があり、すべての観測で検出するチャンスがあります。

XRISM の打ち上げは太陽活動が高まる極大時期に重なっており、強い太陽風が吹くことで沢山の強い発光が期待できます。これにより地球磁気圏のどの方向の発光が強いのかが分かりますので地球磁気圏の構造、例えばどの方向が太陽風に対するバリアが弱いのか、といった情報を得ることができます。なおXRISMと同じころには日本によって地球磁気圏X線を使った磁気圏イメージング衛星の打ち上げも計画されており、分光を得意とするXRISMとの連携による成果も期待できます。

また太陽風イオンが炭素か酸素かといった種類によって異なるエネルギーのX線が出ますから、太陽風の化学組成のモニターとしても使うことができます。太陽風の状態やそれに伴う地球磁気圏の構造の変化は、人類の生活や宇宙進出にも密接に関わっていますから、こうした惑星科学にも役立つデータを得ることができます。

木星のX線オーロラ

木星にもオーロラがあるのをご存じでしょうか。

図4をご覧ください。

図4:木星のX線オーロラ (© NASA)。可視光画像にX線画像を紫色で重ねたもの。

木星は太陽系最大の惑星であり、地球の約2万倍もの強い磁場を持ち、木星が作る磁気圏のバリアは太陽系で最大・最強です。木星のオーロラはこうした強い磁場に導かれて、宇宙空間のプラズマが極に落ちる際に大気中のガスと衝突して発光するものです。木星のオーロラは地球のものと比べても規模が大きく、またほぼいつでも見えていることが特徴的です。

こうした木星のオーロラからは高エネルギーのX線が出ていることが分かってきました(Gladstoneほか2002 Natureなど)。

発光の元となっているのは、磁気圏で加速されたイオンや電子といったプラズマであり、時に周期的に明滅することもあります。しかし、こうしたプラズマがどこから木星の磁気圏バリアの中に供給されているのか、プラズマに含まれる粒子は磁気圏の中でどれくらい加速を受けているのか、また明滅の原因は何か、といった課題があります。

XRISMのカロリメータは木星オーロラにも威力を発揮します。加速されたイオンが磁力線に沿って惑星の極に落ちて発光する際には、電荷交換反応を起こすため、やはり特定のエネルギーのX線が出るためです。

図5:木星予想X線スペクトル (M. Numazawa, Y. Ezoe)。
大きい図の赤線は木星オーロラの成分を示す。
オーロラ以外に木星大気による木星X線の散乱成分がある。
しかし、このエネルギー帯では、オーロラ成分が支配的。
小さい図は6階電離した酸素イオンからのX線の拡大図。

図5に予想されるデータを示します。XRISMでは、高エネルギーのイオンの運動に伴う、いわゆるドップラーシフトによるエネルギー分布の広がりや変化も捉えることで、落下するイオンの速度分布を決めることができます。これによりどのくらい加速されているか、といった基本的な課題のみならず、その時間的な変動を調べることで、加速の起源にも迫ることができるでしょう。

粒子加速は超新星残骸など宇宙で一般的に生じている現象ですから、そういった他の天体への波及効果も期待できます。

さらにX線の特徴的なエネルギーを精密に切り分けて、イオンの種類を決定することもできます。これによりプラズマの供給源が太陽風(低エネルギーにおける主なX線の発光は炭素起源と予想される)なのか、それとも木星の衛星イオの火山ガス(主なX線の発光は硫黄起源と予想される)が主なのか、という木星オーロラの長年の問題に決着を付けることも期待されます。

さまざまな太陽系の姿を明らかに

このほかにも太陽系のトピックは多々あります。かいつまんで2つだけ紹介しましょう。

一つ目は、火星の大気流出です。我々のお隣の惑星である火星は砂漠のような乾いた寒冷な状態であることが知られていますが、水のあった痕跡が見つかっています。

こうした水がどこにいったかというと、おそらくは太陽風や太陽の強い光によって惑星の外に逃げ出したのだろうと考えられています。地球と違い火星で特に水がなくなった理由としては、地球に比べて磁場が弱く、磁気圏のバリアがあまり働かなかったためということが考えられています。

図6.:火星からの大気流出の想像図 (© NASA)

図6は火星からの大気流出の想像図です。こうして流出した大気は、太陽風と衝突して電荷交換反応でX線を出します。XRISMで観測すると、その様子を捉えることが可能です。単に流出大気の量だけでなく、特に分光力が優れているため、出てくるX線のエネルギーから流出したガスの化学組成にも迫ることができます。

二つ目のトピックは、地球に近づくと長い尾をひき、時には夜空を美しく彩る彗星です。彗星は、太陽に近づくと、ぼんやりとした淡い光に包まれるように輝いて見えます。これは「汚れた雪だるま」に例えられる彗星の本体の氷が、太陽の熱であぶられて、蒸発し、ガスと塵も一緒に表面から放出されたものです。この彗星の本体を包み込むように輝いている部分を「コマ」と呼びます。

コマに太陽風が衝突すると、やはり電荷交換反応によるX線が観測されてきています。電荷交換反応によるX線はこれまでに書いた通り、XRISMの大得意とする所です。XRISMの観測で、コマの化学組成に迫ることができると期待しています。

彗星の多くは、過去の太陽系の化学組成を保存していると言われています。彗星を調べることで、過去の太陽系の姿について知ることができるかもしれません。

このように遠方の天体だけでなく、近場の太陽系についての新しい知識も得られるのがXRISMの大変面白い点です。ぜひ多様な成果を期待して下さい。

(執筆:江副 祐一郎)

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