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ジャーナリストの留学記録。『ハーバードで語られる世界戦略』田中宇


ハーバードはアメリカ最古の大学で、創立はおよそ400年前。殖民会社が経営したバージニアや、貴族が経営したカロライナと違って、清教徒が入植したマサチューセッツは、政治も社会も聖書に基づくプロテスタント的規範によっていました。なので、マサチューセッツは政教一致の地域。指導者になる牧師を養成する学校をつくりました。これが大学の始まりだそうです。

アメリカで最初につくられた都市のボストンには、ハーバードの建物の一部など400年前の建築物がたくさんあそうです。日本では、江戸時代の町並みが一部に残る地域はあっても、あちこちに残る都市って聞きません。

なにより、江戸時代と現代社会の間には、明治維新という断絶があります。今どきのお年寄りがいう「伝統的日本の習慣」も、せいぜい明治時代なので、そういう意味ではアメリカのほうが日本よりも「新しく」ないとのこと。日本は意外と「古くない」という田中さんの意見はおもしろいです。

新聞記者の大門さんが、ハーバードに1年留学するニューマン・フェローシップに合格したので、夫の田中さんも同等の権利を得てゼミなどに参加できることになりました。これが、本書を書くきっかけになったとか。同じハーバード大学が舞台でも、少し前に見た映画『ソーシャルネットワーク』とは別世界(学部とフェローシップでは、かなり違いがあるとはいえ)です。

もし、子連れで留学する場合には、フェローシップの財団がベビーシッターを手配してくれるとのこと。外国人記者にも門戸が開かれているフェローシップの、この至れり尽くせり感はアメリカ的ですね。20年前なのに、うらやましい。

ハーバードには世界中から教授が集まってきていて、学生も世界中から来るし、研究者や政府関係者、企業のエグゼクティブたちも集まっています。毎日のように学内のどこかで著名人が講演していて、教授たちも教えるだけでなく、授業に参加して議論しているそうです。アメリカのトップの大学の日常には、ただ感心するばかり。うっかり、アメリカの大学が全て、こんなにすごいと錯覚しないようにしないといけません。

とはいえ、日本人の感覚からすれば、ついていけないような部分も多いです。例えば、第2次世界大戦を戦略や兵器開発で支えたハーバードは、冷戦時代にも兵器の技術開発を継続して、外交政策立案の基礎部分をバックアップしたそうです。

政府が資金を出し、ハーバードに秘密研究を依頼します。ソ連が消滅した後は、イスラムを仮想敵国とする本(ハンチントン『文明の衝突』)を書かせたりもしたとか。教授たちは、ホワイトハウスから指名されて政府の要職に就きます。ハーバードは、そんな「ホワイトハウスの控え室」だそうです。

印象に残ったエピソードは、第二次大戦についての授業で、田中さんや大門さんが日本政府の加害責任について議論するのにつらそうにしていた場面の出来事。欧米の記者たちは、「自分と自分の国を、同一視したらダメ」だとアドバイスしてくれたとか。

自分は自分。政府は政府。国は国。この切り分けが難しい日本人は、私も含めて多そうだし、日本人に限らず、アジアの国では大なり小なりあるなあと思いました。ただ、一般庶民はともかく、ジャーナリストには絶対必用な技術ですね。20年くらい前の本ですが、今どうなっているかも含めて、もっと知りたくなる話が満載でした。



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