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おとなのための青春ファンタジー。『町でうわさの天狗の子』岩本ナオ


ファンタジーなのに、妙に現実があって、でも独特の浮遊感ある作品です。昔話と少女漫画を合体させたような、不思議な魅力があります。天狗が住んでいて、それをみんなが受け入れている町っていうのも、すごくファンタジーなのに、なぜか自然。

物語の舞台は、ある中国地方っぽい田舎町。父親は、天狗になった元人間で何百年も生きています。母は、年上好みのしっかり美人。主人公の秋姫は、二人の間に生まれた娘で、力自慢。でも、お山で修行するのが嫌で、父親のような天狗になりたくなくて、怪力じゃない普通の女の子として、普通に恋愛する生活をしたい。

そんな彼女が暮らす町は、天狗とかキツネ以外には結構リアリティがあって、例えば中学校から高校への進学するときの、希望高校の倍はほぼなしとか、高校生が学校帰りに必ず立ち寄る場所はホームセンターとか、出身中学ごとにグループができるとか、そういう田舎のリアリティ。

秋姫は、父親の反対を押し切って高校生になり、自分の住む町の外へ出て、別の町の同級生たちと学校生活にチャレンジします。天狗の力のせいで引っ込み思案な秋姫がちょっとづつ女の子の友達をつくっていく嬉しさや、好きな男の子とうまくいかないヒリヒリ感、要所要所で挟まれるコメディ要素がバランスなバランスです。

恋に友情に、ファンタジー要素が重層的に組み合わさって、スピード感を増していく展開。それに合わさる岩本さん独特のコマわりと、詩的なモノローグ。奈良、四国と中国地方にまたがる、緻密なエピソードの積み重ねの妙。そして、脇役たちの絶妙な存在感。ラストは本当に圧巻です。

世の中の名作にはみんな、読む人の数だけ語りたいポイントがあると思いますが、私にとってこの物語は大人のための童話です。かつての若者が抱えていた、出口のない焦燥感や未来への不安を、あたたかなハッピーエンドで昇華させてくれる物語。

高校生とか大学生くらいのときは、自分が何者かもわからなくて、もどかしい感じ。それは、絶対リアルタイムでは言葉にできなくて、そのときは悩んで焦っているだけで。たくさんのものを経験した大人になって、ふりかえって、やっと言葉にできるんだけど、それはもう遥か過去のことでしかない、そういう切なさ。

もう、何年も前に完結した有名な作品ですけれど、未読の方はぜひ読んでみていただきたいです。


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