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夏が近づくと思い出す。『スローカーブをもう一球』山際淳司


ものすごく有名なスポーツ・ノンフィクション。大昔、野球を見るのが好きだったときに読んだのですが、予想と違って驚きました。

主人公の川端俊介は、熱血スポ根マンガに出てくるようなタイプではありません。体つきは丸い方で、ユニフォームも似合わず、表情が「真剣味に欠ける」と言われることもある男の子。ピッチング・フォームも変則型で、オーバースローとサイドスローが混在しているのは、軟式野球の経験があるから。当然、速球派ではありません。

川端のいる高崎高校野球部は、明治38年の創設以来、一度も甲子園に出たことがありません。いわゆる公立の進学校で、監督は学生時代にたった3ヶ月の野球部経験があるだけ。なり手のない野球部の監督を、引き受けざるを得なかった社会の先生です。だから川端投手も監督も、予想外の自分たちの成績に驚き、春の選抜出場がかかった試合を2対0でリードしていながら、「まるでマンガだ」と他人事のように思っています。

川端投手は、2年生の秋、3番手のピッチャーでした。OBのアドバイスでアンダースローを止め、スローカーブを教わりました。高校野球では、選手はひたすら基本に忠実に打ってきます。そして、基本から外れた球がくるとちょっと対応できません。

川端投手は、速球が投げれなくても、スローカーブで打者のタイミングを外し、心理的に揺さぶったり、スピードに緩急差をつけ、コーナーを丹念に狙うと打ち込まれないことを知り、成績をあげていきます。

3年生になって、彼はエースになりましたが、以前と変わらず練習は嫌いです。自分でも、惰性で野球を続けていると言い、ピンチになったら逃げればいいと思っています。本当に、スポーツ=熱血ものだった時代には驚きのノンフィクションでした。彼の「かわしていれば、いつかチャンスがまわってくる」という信条は、かなり気に入ったのを覚えています。

ビギナーズラックの監督と、スローカーブな投手のチームは、ラッキーを重ねて関東大会を勝ち進みます。決勝戦の相手は、それまでの相手とは格が違う、プロのスカウトが来るような強豪チームでした。スポットライトを浴び、夢を実現できる、ヒーローを約束されたような相手チームの月山投手。マウンドにいても注目されない自分と、まるで対極のようなを月山投手見て、川端投手は無性に抑えたくなります。彼は、それまでの、のらりくらりかわしていく自分を捨てます。そして……

山際淳司さんの文章は、この本で初めて読みました。1981年が初版だそうです。昔の野球ファンにとって、1960年代は『巨人の星』、70年代は『ドカベン』でしょうか。『タッチ』の連載開始が1981年で、アニメ化は1985年。私は、川原泉さんの『甲子園の空に笑え』が好きでした。その後はだいぶブランクがあって、ひぐちアサさんの『おおきく振りかぶって』かな?

山際淳司さんのこの本は、野球のおもしろさを知り尽くした人が、愛する野球を通して描く青春像のようです。しかも、アンチ・ヒーローを描いたのに、ものすごく魅力的なのは、誰もがエースや4番になれるわけではない現実を、よくご存知だったからかなと思ったりしました。

最近は、スポーツ観戦から遠ざかっていた私ですが、一昨年は母校がまさかの夏の甲子園出場。懐かしく思い出しました。野球ファンで未読の方は、ぜひ。

追記:
母校の甲子園からさらに数年。時代は進んで、まさか関係者の寄稿文がネットで読めるとは思いもしませんでした。そして、ノンフィクションは決して「ドキュメンタリー」ではないということも。

社会問題でもあるあるですが、スポーツだとより一層フィクションというか、ライターさんのフィルターが強い物語ができてしまうのかも。いや、もともと甲子園報道は「物語」の脚色が強すぎて苦手でしたけど。そうですか、川端選手は山際さんが描いた投手とは全然違うタイプだったのですね……。


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