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耽美をめぐる社会情勢と魅力『BLと中国』周密

以前から興味を持っていた分野なので、すごく読みたかった本ですが、発売前から重版がかかるほどとは。ドラマ『陳情令』の原作『魔道祖師』や『天官賜福』の作者・墨香銅臭さんのインタビューが掲載されていた『すばる』2003年6月号もすごかったですから、当然といえば当然なのかも。

さて、周密さんの『BLと中国』は、日本でいわゆる「BL」とされる物語が、中国では「耽美」(Danmei)と呼ばれている、その語源からたどります。日本が新しいもの=外来語を使って新しさや付加価値つけて表現し、それが大体定着します。でも、中国では最初は音訳をあてても、そのうちに漢字に収斂するところ、おもしろいです。

日本から輸入した「BL」「耽美」などの言葉が、やがて中国では「耽美」で定着しますが、言葉の意味するところが日本とは変化していきます。そのあたり、ものすごく興味があります。中国といえば小説にしろ、ドラマにしろ、テレビにしろ、映画にしろ面倒くさい検閲制度がある国なわけで、そのあたりの事情も絡んで、ややこしくもまた、おもしろい。

私が最初に知ったのは「断袖」という言葉の歴史。これは『魔道祖師』を読んだときに知った単語ですが、古来より「隣で寝ている相手を驚かさないように、相手の身体の下に敷かれた自分の袖を引き出すかわりに切り落とすこと」。これがズバリ「同性愛」を指したそうですが、例えば有名な漢哀帝と董賢にでも、「一緒に寝ていた」という記録しか残っていないとのこと。いや、記録が残っているのかと逆に驚きます。

そして、日本でも前近代は同性愛に寛容(?)だったように、中国でも比較的寛容で、儒教でも同性婚には反対しつつ、そういう道徳規範とは別の趣味のようなものとして、皇帝になる人でなければ、それなりに「容認」されていたようです。法律で明確に禁止されていたのは清の時代だけだとか。

『三国志』なんかの英雄がやたらと長身だったり、耳が異様に大きかったり、ちょっと常識では考えられない「龍」の化身っぽい身体的特徴を持っていたのは有名ですけど、男性の美貌についても中国は古い歴史がある! 隋より前の魏晋南北朝時代(3~6世紀)に、男性の誉め言葉として、「色白」「玉のような美しい人」の描写があるそうです。日本の平安時代みたい。

かなり時代は下って、映画『覇王別姫』(陳凱歌監督)でも京劇俳優と、ご贔屓さんの同性愛とか売春は描かれていたので、現代までもそれなりにいろいろあることも中国好きには知られているはず。レスリーファンなら、なおさらです。

さて、中国ではWeb小説を中心にBL小説が発表されてきた歴史があり、初期の人気作家は家庭的に恵まれない、「他に手段のない人」でもあったようです。けれど、中国には検閲制度があり、「公序良俗」に反するということで逮捕されてしまう。一方で、だんだん「お金になる」ことが周知されてくると、家庭が比較的豊かな作者も出てきて、そういう人は実家の力で逮捕されてもすぐ釈放されたり。中国のリアルすぎて辛い。

おもしろいのは、規制されるウェブサイト運営側やドラマ制作側の論理。政府に睨まれるリスクをとっても、利益が見込めるならやる。もちろん、時期的な運不運もあるけれど、確実に攻める姿勢が日本と違っておもしろいです。

そして、中国政府が「ポルノ」と認定するレーティングシステムがない理由もわかりやすい。一言でいえば、「人治」。レーティングシステムがあれば法律にもとづいて製作側も対応できたり、抜け穴探したりできるわけですが、それだと「法治」になって、政府の優位を示せないという。

聞いてみれば確かにその通りなんだけど、外国人にはわかりにくいというか、ついもう少し「高尚な」理屈を探してしまいがちなところを周密さんはバッサリ言ってくれるあたり、わかりやすいです。

作者の側も取り締まりに対処するために、官能的な表現を文学的に言い換える工夫をしたりして、そういうのは日本でも検閲があった時代の表現に似ていて、不謹慎かもしれませんが、笑ってしまいました。

というわけで、今まで知りたかった中国のBL事情について、かゆいところに手が届く本。中国のBLファンと、日本のBLファンの違い、さらには日本でドラマ『陳情令』がBLやブロマンスという枠を超えて、普通の中国ドラマ好きにもどういう受け入れられ方をしたのかまで考察されています。個人的にも、このあたりはすごく納得できます。

中国ブロマンスドラマ好きにも、普通の中国ドラマ好きにも、幅広くドラマや小説好きにもありがたい一冊。おすすめです。


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