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台湾グルメと鉄道の旅と百合。『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子(三浦裕子訳)

予告されたときから、すごく楽しみにしていた本。『台湾漫遊鉄道のふたり』というタイトルもそうですが、表紙のデザインがレトロかわいくてステキ。台北駅がモチーフになっていて、昭和のおしゃれな女性2人が楽しそう。広告のキャッチコピーも「グルメ、鉄道、百合」って情報量多すぎで、わくわくしかありません。

舞台は昭和13年5月、作家の青山千鶴子は台湾の講演旅行に招かれます。妖怪と言われるほど食いしん坊な千鶴子は、台湾の珍しい食べ物に興味津津で、片っ端からチャレンジしたがります。でも、当然ですが、千鶴子を招待した側では、現地の妙なものを食べて身体を壊されては大変だと心配します。

そんな千鶴子が出会ったのは台湾の食文化に詳しくて、知的で教養もあって、鉄道にも詳しい王千鶴。喜んだ千鶴子は、千鶴と一緒に台湾各地を鉄道で旅して、おいしいものを食べ歩きます。それだけでなく、千鶴は千鶴子に台湾のおいしい料理をつくってくれたりもします。

物語に出てくる台湾の料理がとにかく全部ものすごくおいしそうで、読んでいるだけでお腹が空いてきます。というか、無性に臺鐵弁当が食べたくなります! あのシンプルさとおいしさ! 大好き!!!

この小説は歴史エンタメということなので、今では食べられなくなってしまったような料理もあるようです。そして、台湾の宴会グルメといえば、映画『シェフ 祝宴』にも出てきた豪華料理の数々。千鶴子と千鶴はあの豪華料理10人前を平らげますよ。ウワバミ!?

作者の楊双子というペンネームは、もともと姉妹で執筆されていたときのもの。歴史学を専攻した妹さんが資料を調べ、文学を専攻してサブカル研究なんかもされているお姉さんが執筆されるスタイルだったとか。2015年に、妹さんが若くして亡くなってしまった後も、お姉さんお一人で「楊双子』としてエンタメ小説を書かれているとのこと。

この小説がモデルにしたのは、戦前に「外地」を旅した林芙美子と、台湾人で初めて新聞記者になった楊千鶴。ほかにも、昭和の小説のオマージュほか、たくさんの物語が散りばめられているそうです。巻末の訳者解説も充実していますが、『中央公論』2023年8月号のインタビューもいいです。なんと、歴史&グルメの旅という意味では『ゴールデンカムイ』や『乙嫁語り』も参考にされたそう。日本の旅&グルメマンガの最高峰をがっちりチェック済、すごいですね。

楊双子さんはご自身が書かれる「百合小説」を、女性の友情から恋愛までを描く幅広い小説だと言っていて、「女同志小説」(レズビアン小説)とは区別されています。私はこちらには不案内ですが、BLではないブロマンス、みたいな違いなのだと勝手に理解しています。実際、この本には恋愛的な描写はありません。

主人公の千鶴子が、美しくて知的で気の利く台湾人の千鶴に寄せる「友人になりたい」「助けてあげたい」想い。それは、『ゴールデンカムイ』で杉元がアイヌの少女アシリパさんを大事にしたい想いのように、保護できる側の一方的な思いでもあったりします。相手は決して、保護されたいと思っていない。むしろ対等でありたいと思っているのに。

こういう関係は、日本と植民地の台湾とか、和人とアイヌの関係だけじゃなくて、古い映画の『マイ・フェア・レディ』から続く永遠のテーマ。誰かに経済的に保護してもらって、教養や文化を一方的に与えられる関係を望むかどうか。ましてやそれが、政治的な上下関係をはらんでしまう場合にどう思うか。

千鶴子は背が高くて、姉御肌で、実家もそれなりに裕福で、しかも作家として成功している女性。日本にいてもそれなりに敬意を払われるので、植民地の台湾に来て、周りにあれこれお世話されても、それほど違和感を感じない人。だから、台湾という場所のデリケートさや、自分の社会的な優位にナチュラルに鈍感です。

こんな千鶴子の独特な感じは、少し前に読んだ漫画家の上田としこさんをモデルにしたマンガを思い出しました。彼女の場合、旧満州(中国の東北)育ちで日本的な感覚に馴染めない人でしたが、中国大陸にいれば、社長のお嬢さんで相対的に優位な日本人女性でしたっけ。

この本を一気読みして、台湾グルメと女性2人の仲のいい旅を楽しんだ後は、モデルになったという林芙美子の『愉快なる地図 台湾・樺太・パリへ』を読んでみたくなりました。最近、新装版が出たようで、しかも小説と同じ中央公論新社!小説のラストにはちゃんと宣伝もあります。さすが、中央公論新社さん、痒いところに手が届いてます。

楊双子さんの原作はこちら。この小説以外にも、楊さんの作品のいくつかはKindleで読めるんですね。すばらしい!


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