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心のよりどころを求める人たちの暮らし。『信仰の現代中国』イアン・ジョンソン

最初、この本は著者のイアン・ジョンソンが、外国人の目で見た不思議な、理解しにくい中国を書いたノンフィクションだと思っていました。でも、読んでみたら全然違って、道教の道院や仏教の寺院、そしてキリスト教の教会で活動する普通の人たちを何度も訪問して、根気強くインタビューして、彼らの活動を記録した本でした。

この本は全部で七部(章)に分かれているのですが、それぞれのタイトルは月の暦、啓蟄、清明、芒種、中秋、冬至、閏年と文学的です。そして、第一部の「月の暦」から始まり、全て二十四節気や伝統文化についての素敵なイントロダクションで始まります。

月の暦は月のない夜に始まる。暗い空にあるのは星だけ、月は地球の反対側に潜んでいてわたしたちには見えない。中国人はこれを「陰暦新年」と呼ぶが、新しい季節の到来を祝う「春節」としてもっともよく知られている。

続く1(第1節)で、著者は倪家を訪問し、家長やその家族、友人たちにインタビューします。でも、そこにたどり着くまでに、冒頭で北京の分鐘寺の地名についての言い伝えから、倪家の歴史、現在の仕事、現代北京の開発で取り壊された道教の寺院と立ち退きさせられた倪家についての説明します。これがなんと、約1700字。やっぱり、ノンフィクションというより文学っぽいです。

ニューヨークのカーネギーホールで、著者が会った李斌。彼は、中国の文化生活についてのコンサートシリーズで宗教音楽を演奏していました。演奏後、楽屋に挨拶にいくと名刺をくれたので、中国に行ったときに訪ねたら、なんと李の本業は山西省の道教の葬儀屋でした。彼の楽団にはシンバルやドラ、笙、スオナ(チャルメラ)奏者がいて、ニューヨークで聞いた音楽とは別物のように心をゆさぶったそうです。

現代中国では、宗教は敏感な問題。だから、海外に紹介する場合、伝統文化として紹介するのが一番シンプルです。中国政府に対しても、宗教ではなく文化だと説明するのとトラブルがないのだとか。文化大革命という宗教迫害で破壊された道教の伝統が、各地でどうやって復活されたか、されなかったのか。李斌と彼の父、彼の息子や親戚たちへのインタビューで綴られる物語も、なんだか小説みたいに紆余曲折、波乱万丈です。

全体として、道教や仏教にかかわる人たちは、なるべく中国政府と摩擦を起こさないように慎重に振る舞います。気功を広める人も、人気になるだけで政府からマークされるので、役人の監視を受けつつも、人びとの心の中の不安を払拭するような活動でお金を稼ぎ、信者を増やして影響力を拡大していきます。こういうあたり、すごく中国っぽいです。

信者たちもすごく中国的で、理屈では説明がつかないことも多いです。例えば、道教の武神真武や子供を授けるとされる碧霞元君(送子娘娘)をまつっている廟でも、別に何かの勝利や子宝を願っているわけではありません。昔から祈っていたから、今後も祈る信者たち。会社から罰金を課せられても、自分がボランティアしたいからする信者。生き馬の目を抜くような競争社会で、心が休まるコミュニティを求めている気がしました。

これがキリスト教になると、俄然、政治的になります。将来を嘱望された若手弁護士だった王怡。彼はまだ自由な言論空間が残っていた時代に、新聞や雑誌に鋭い文章を寄稿して注目されていた彼が、言論の自由がなくなっていく中で、キリスト教を信仰し、政府が公認しない教会を主催するようになります。

四川大地震で政府をうわまわる慈善活動をしたのに、だからこそ政府に目をつけられ、監視や制限を受けるキリスト教の団体。知人は政府に逮捕されていたり、監視をうけていたり。子供は進学、奥さんは仕事で苦労させられます。そんな中でも、教会を主催する彼の行動や彼を支える周囲の人びとの活動は、静かに力強いけれどせつないです。

もちろん、中国のキリスト教も千差万別。いろんな団体があって、中国が閉ざされた時代には中国らしい独特のキリスト教だったり、カルト的な団体が出て問題を起こしたり。でも、今は若い人が急進的(というか、ヨーロッパ的には保守的)だったり、海外との交流が容易な時代だからこそ、海外と同じキリスト教の活動をしたがったり。そういう変化がとても興味深く見えます。

それ以外にも、中国共産党と宗教をめぐる話題は数多いです。習近平が若い頃、農村で活躍した中に華北の正定で臨済寺を「文化」として復活させ、出世に利用した話や、習近平のかつての同級生で、彼らをモデルにした主人公の小説を書いた作家の話などなど。長年中国とか変わってこなければわかないような話題がたくさんありすぎです。

この本はとにかく内容が豊富で、描かれていることも幅広くて、「神は細部に宿る」を実践しているようです。400ページを超える内容(しかも上下二段組!)はじっくり内容を想像しながら読みたいです。古い時代に言及されている部分が多いので、私がイメージするのをサポートしてくれるものの1つに、衣装やセットにこだわり抜いた今どきの清朝のドラマがあります。



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